セリエ(酒蔵)
『幻の酒を探しに行ってきます――店主』
翌朝。
引き戸に休業の告知を貼った俺を、メルセデスは店の裏に連れてきた。小さなハーブ畑と小さな世界樹がある所だ。
その世界樹を囲んで、いつ生えたのか花が咲いている。円形に並ぶ不自然な花は俺も聞いた覚えがあった。
「もしかしてこれ、フェアリーリングか?」
「そうだよ。『大宮殿さん』がいなくなってから力が戻って、呼べるようになったの。呼び方はあの人に教えてもらったんだよ」
「フェアリーリングって呼んだら来るものなんだな……」
辻馬車かよ。
あの人ってのは妖精女王だな。
あ、フィーもメルセデスもフェアリーリングで移動できるから、『両親にはいつでも会える』のか。そういや、そうだったわ。
「普通のフェアリーリングは行きたい所に直接行ける訳じゃなくて時に遠回りしながら、いくつも乗り継がなきゃいけないの。使えるタイミングも決まっていて、花の配列と月齢とかからそれを読み解くんだよ」
「乗り合い馬車の時刻表とにらめっこしながら移動するようなもんか?」
「そうだね。フェアリーリングは森の中にしかできないし月が出てないと使えないから、なーんにもない夜の森を移動したり野営したりだけど」
「そいつは大冒険だな。でもこいつは……まだ朝だぜ?」
「これは世界樹の力を借りてできた特別製だよ。今日はこれで西部領都のポワールまでひとっ飛びしちゃおう!」
西部領はフランベ王国の西海岸を有し、年中温暖で海と山の幸に恵まれた土地だ。魔族の国との海洋貿易拠点であり、東西南北で唯一国境線を持たない領地で王都への食糧供給拠点でもある。
カガチの王都土産が西部産のオリーブオイルだったのも、そのためだ。
これで分かる通り、西部領は豊かだ。だからこそ芸術・工芸の発信地だし、王国民ののんびり気質とうまいものに貪欲な気質もこの土地が発祥と言われている。
最近でこそ各地で始まった酒造りも、西部領が一番の伝統を持っている訳だ。オドヴィとかいう幻の酒を造っていても不思議じゃあない。
その西部領の領都とのなれば当然、賑やかな街だろう。ハネムーンとしては落ち着いたリゾート地もいいが、やっぱりよその飲食店だって気になるのだ。
港町ポアソンで食べたような地元のうまいものを期待して、到着したのは……。
「おいメルセデス、いるのか!?」
ひんやりした空気に石の床。俺の声の響き方からも建物の中だと思うが、窓一つ無いのか真っ暗で何も見えない。あと返事も無い。
フェアリーリングに入って二人で世界樹の幹に触れた直後のことだ。
キノミヤに転移させてもらった経験から、どこか別の場所に来たのだろうとは思う。
メルセデスとはぐれたとは考えにくいが、ともかく壁を求めて這いずってみるか。
「あ、エミール君は動かないでちょっと待っててね」
「メルセデス、どこだ――痛えっ!?」
メルセデスの声に身体を起こした途端、頭をぶつけた。すぐに灯りを持ったメルセデスがやってくる。照明魔術だ。
「イテテ……どこだ、ここ?」
「ごめんごめん。わたし見えるから灯りが遅くなったよ」
頭を撫でられながら立ち上がる。星一つ無くても見えるのかよ。
石造りの室内で天井は低い。窓が無いのは地下なんだろうか。なにより見渡す限り並んだ棚が異様だ。
俺はその棚の一つに入り込んだらしくて、棚板に頭をぶつけたのだ。
「ここ王宮の酒蔵だねぇ。見覚えがあるよ」
「あぁぁぁ……」
幻の酒を探すに当たって真っ先に王宮から盗もうと言い出したメルセデスだ。フェアリーリングを使いこなせるなら、こういう企みも考えるべきだった。
頭を抱える俺にメルセデスは首と手を大げさに振る。
「ち、ちがうよ!? わざとじゃないよぉ。初めてだからちょっと失敗しちゃっただけだよ!」
「フェアリーリングは初めてじゃねぇだろ?」
「フェアリーリングと世界樹の混合術式のことだよぉ。だぶんね、世界で初めて。途中で落ちた感覚があったから、王宮の世界樹に引っ張られたんだね」
「え、もしかしてあれ、ぶっつけ本番?」
「うん、むしろ初実験としては成功だね!」
「……」
いや、試すなら一人でやれとは言わんけどさ。
考えてみるとキノミヤに王都まで転移させてもらうと、王宮内不法侵入者まっしぐらなんだな。
「せ、せっかくだからここも見ていこうよ! 王宮には貸しもあるし、迷惑料ってことで――きゃぁ」
「貸しがあんなら堂々と要求すりゃいいだろ」
冒険者から怪盗にジョブチェンジさせた覚えはありません。また王宮から目を付けられたらどうすんだ。
あと貸しの件なら王都を一度追い出された親父たちがなんか企んでるから、そっちに任せよう。
「見るだけでもダメ……?」
「まぁ、見るだけなら。脱出方法も考えながらだぜ」
「わぁい」
捨て猫拾いたい、みたいな目で見るな。
俺も国一番の酒蔵ってのは拝んでみたい。不法侵入は今更だし。
幸い朝だから、酒蔵に来る人などいないだろう。
とはいえどこまで続いているか先の見えない棚を全て見ていると、捕まるかもしれない。
大半を占めるワインの棚はスキップしていくことにした。あれは外交物資でもあるから、万が一もあってはならないし。
「蒸留酒は意外と普通だなぁ」
「清酒もだねぇ。輸入品が多いからかな、国王としては国産のワインとブランデーを推したいだろうし」
確かにブランデーは居酒屋には置かないような高級品ばかりだった。ウィスキーや焼酎は他国から贈られたのか、金ピカのボトルに入っていて味はおろか銘柄すら不明だ。恐らく死蔵品だろう。
王宮の酒蔵には幻の酒どころか、メルセデスと俺が欲しくなるようなものは見当たらなかった。
あれ、なんかおかしいな?
「前に忍び込んだ時は何を盗ったんだ?」
「えへへ……献上品のお酒たくさんあったでしょ?」
「あの金ピカボトルか」
「あの中身、実は安酒なんだよ。わたしたちが入れ替えて飲んじゃったから――きゃぁ」
思わず頭にチョップした。
だから今日は目もくれなかったのか。マゼンタと二人で盗みに入って、あの辺のウィスキー・ラム・テキーラは根こそぎ入れ替えたそうだ。
『子豚』って怪盗団だったの?
ちなみにその時もオドヴィはなかったらしい。
「さて、どうやって脱出したもんかな」
「それなら目処が立ってるよ」
そう言ってメルセデスは酒瓶を掲げる。
あぁぁぁ……。
「だ、大丈夫。借りるだけだから!」
目が泳いでいるが。
メルセデスは開けた場所に照明魔術を固定すると、酒瓶を並べ始めた。円形だ。
てか何本持ってきたんだ?
よく見るとこの酒、中に花が入っているのがある。
文字通り華やかな酒だ。
「きれいな酒だな」
「全部フラワーリキュールだよ。バラ、桜、りんごの花……わたしはエルダーフラワーのお酒が好き」
白くて小さな花で、酒はフルーツ系の香りがするそうだ。確かに飲みやすそうだな。
さすがうちのソムリエ、酒には詳しい。
メルセデスは酒瓶の栓を抜いてまわっているが、飲むつもりはないようだ。
で、花の酒で円陣を作ったってことは。
「お酒のフェアリーリング、できたぁ」
「なぁ、これも初めて実験するとか――」
「色と香り、お花の本質を溶かし込んだお酒ならできるはずっ! もちろん、世界初だよぉ」
「!?」
円の中に入ると花の香りに包まれる。
メルセデスの手を握った瞬間、転移した。




