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オドヴィ(生命の水)

 収穫祭の翌週、霧の月最後の金曜日。

 今日も『居酒屋 迷い猫』は通常営業だ。てか結婚式の二日後からこっち、収穫祭の前後を除いて普段通りの営業をしていた。


 カウンターで秋刀魚の塩焼きをつつきながら、グーラが杯を干す。



「新婚生活はどうだ、エミールよ」



 ちなみに俺は秋刀魚のワタを食べない派閥だ。食べるなら肝醤油なりパテなりに調理する。



「変化らしい変化っていや、『新婚生活はどうだ?』って毎日聞かれるようになったくらいだな」


「元々一緒に住んでたからねぇ」


「つまらんのぅ」



 メルセデスはグーラのお猪口に燗酒を注いでにんまりする。北部はもう熱燗がうまい季節なんだよなぁ。


 アントレは王都より季節がはっきりしている。秋が深まるっつーか、涼しくなるにつれ味覚がクリアになっていく気がするのは、そのせいだろうか。

 そして収穫祭もあったわけで、食材の多くが旬を迎える季節でもある。



「変化はあるだろう? 寝室が一緒になったり」


「アドン? あ、じゃこおろしとすだちを下さいな」


「はいよ」



 下世話な代官をギルド長がたしなめた。収穫祭の後片付けまで忙しかった代官は、随分と酒が進んでいるようで。秋刀魚に付けた大根おろしじゃ足りない人はじゃこおろしを注文する。


 今日の客は他にキノミヤが大人しくカレーを食べているだけだ。シモンとミリスは収穫祭で結婚式を挙げ、今はミリスの実家のある領都グリエでもう一度結婚式の最中。大変だなぁ。

 テルマやカガチたちは忙しいらしく、最近遅くなりがちだ。グーラとキノミヤは暇なの?


 収穫祭の後しばらくはこんなものらしいので、ロマンは休暇をとった。聖女とポアソンに行っているから、夏に世話になった海鮮レストランの娘にでも会っているのだろう。



「部屋も別々のままだよぉ」


「む、それでは二人きりの時間がないではないか。Yes/No枕もないなど新婚サンらしくないのぅ」


「エミールさん、それはちょっと……」



 ギルド長も批難するような目で俺を見る。いやここ、メルセデスの家なんだけど。

 しかたねぇな。



「仕入れとか仮眠の時間以外、ずっと一緒にいるんだぜ? 昼間は二人きりだし」


「お店閉めて片付けたら、すぐ寝ちゃわないとだしねぇ。朝早いから」



 出会ってたった半年で結婚した俺たちだが――いや、メルセデスは三年前から俺を知ってたんだっけ。あとメルセデスとなら半年で結婚したくなってもおかしくないから、俺たちは順当――いや、まぁ……全てはあの時に決まったと思う。

 メルセデスが水晶の塊になった時。あれは何かを間違えれば二度と目覚めなかったかもしれなかった。今思い出しても包丁を握る手が震える。

 メルセデスが今動いてしゃべってることを思えば、二人きりじゃないなんてのは些細なことだった。



「つまりエミールたちは日の高いうちからイチャイチャしてるの」


「「「なるほど」」」


「「!?」」



 大人しかったキノミヤの発言にざわついた。

 今日のカレーは『サバとトマトのカレー』なんだが、口に合わなかったか?



「カレーお替わり欲しいの」




   ***




新婚旅行(ハネムーン)くらい行ったらどうかの?」


「まぁ、行くなら今のうちだよな」


「そもそもハネムーンというのはの、新婚夫婦が精を付けるため蜂蜜酒を――」



 ハネムーンの由来はまぁいい。グーラの提案を聞きつつキノミヤにカレーのお替わりを用意する。


 今のうちってのは新婚だからってだけじゃない。アントレに限らずこの国の田舎は、今がハネムーン・シーズンだ。

 収穫祭で結婚式を挙げることが多いからで、王都やリゾート地は賑わっているだろう。その分、送り出す街は人手不足になる。カガチたちが忙しいのはそのせいで、最近店が暇なのも巡り巡ってその影響だ。


 あと一、二週間はこの調子らしいから行くなら今だろう。だが行くとなると行き先は――



「シドニア夫妻のいる西の島国、魔族国家かい? 西部領の港から船が出ているが、長旅だな」


「西部領と魔族の国にはキノミヤ生えてないの。王都までしか転移できないの」



 キノミヤが代官の視線に答えた。

 王都まで南下してから西に向かうのがルートのようだ。王都から西部領の港まで行くのに馬車で四、五日はかかるだろう。


 早くも旅行気分なのか楽しげなメルセデスを見る。やっぱ親に会いたい気持ちはあるんだろう。確かに長旅だけどメルセデスが両親に会えるチャンスはそうそうないだろうしなぁ。



「よし、行くか――」


「うん、それなら幻のお酒を探しに行こうよ!」


「まぼ……ろしの酒? 親は?」


「いいよぉ、この前会ったばっかりだし」



 全然違うことを考えていたようだ。

 てか幻の酒って何? 迷宮にでも行くのか?



「カガチちゃんから聞いたんだけどね。生命の水(オドヴィ)って呼ばれてるお酒があって、昔は王国の至宝とか神の酒(ネクタル)とも呼ばれてたんだって。偽物も多くて手に入りにくいって言うから、飲んでみたいな!」


「そりゃまた大層な酒だけどよ。『呼ばれてる』ってことは本当の名前はなんだ?」


「それが名前は付いてないんだって。ラベルも無くて無色透明。お酒の種類も公言はされてないみたいだね」



 どう考えても偽物が多い理由はそれだな。税金的にいいのか、それ?

 名前が無いと探しようもねぇ。



「でも『飲めばそれとわかる』らしいよ、なんだか酒飲み心をくすぐるフレーズだよね! あ、カガチちゃんは『あれはフルーツブランデーだぞ』って言ってた」


「フルーツブランデーの銘酒か……多くはねぇな」



 俺は酒飲みじゃないけど、確かに興味をそそる話だ。


 ブランデーってのはそもそもフルーツ、ブドウから作るものだが、カルヴァドスみたいにブドウ以外の果物から作ったものをフルーツブランデーと呼ぶことがある。

 狭い意味ではキルシュみたいに樽熟成をしないもの、さらに狭い意味では果実に付いてる酵母で発酵させたものを指すけど、業界団体があるわけでもないから言ったもん勝ちだったりする。



「ああ、オドヴィか。あれは確かにフルーツブランデーだよ」


「不思議でとてもおいしいお酒でしたね」



 代官夫妻も飲んだことがあるようだ。グーラが物欲しそうに見たが、とっくに飲み干したとのこと。

 なんでも代官夫妻が赴任してきた二年前、当時ヒラだった衛兵隊長から贈られたそうだ。



「王室御用達だけあって、素晴らしい酒だった。衛兵隊長に取り立てるだけの価値はあったよ」


「とんでもねぇ闇をぶっこんできましたね!?」


「アドン!?」


「いや冗談だよ……ラベルもロゴも無い簡素な瓶に入っていたが、隊長の故郷の酒だそうだ」


「ということは西部領のお酒だね! 隊長さんはどこで買ったんだろう?」


「衛兵隊長に聞いてみるしかないな。最近買ったもんなら有力情報だ」


「残念ながら彼は休暇中だよ。あと二週間は戻ってこないはずだ」


「タイミング悪いのぅ」


「う~ん……そぉだぁ、王室御用達のお酒なら王宮の酒蔵(セリエ)を荒らしに行こうよ!」


「つまり王都か」


「うん、王都でハネムーン。それならクレアさんとライアンさんにも会えるし」


「よし行くだけ行ってみるか、西部領」


「えっ、王宮ならすぐだよ――きゃぁ」



 近所にリンゴ買いに行くような気軽さで強盗を計画する人には、頭にチョップだ。

 カップルで強盗に青春を燃やす犯罪小説じゃねぇんだぜ。あの話、ラストは主人公の男女が惨殺されるんだよな……。



「親父たちにだって会ったばっかだしな。一度きりの新婚旅行だ、冒険だと思って遠出しようぜ」


「王都まで転移で送るの」


「移動手段はわたしに任せて! 世界樹の力もちょこっと借りるね」



 こうして俺たちの新婚旅行先は魔族の国と王都の中間地点、西部領に落ち着いた。

 メルセデスが移動は任せろって言うけど、どうするつもりだ?


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