なにか青いものを(2)
「揃えたもの見せて見せて!」
夕食後、今日まで集めた『何か』をテーブルに広げる。夜、こんなにのんびりするのは久しぶりだ。
独身最後の夜だからな、当然店は休みだ。
この国の結婚は簡単で、領主に届け出さえすれば夫婦と認められる。アントレなら領主別邸で代官に書類一枚出せばいい。
もちろん貴族は貴族籍という帳簿を国が管理しているから、王宮への申請も必要だ。
「届け出一枚で済んだのは、シドニア卿が国外追放になったお陰だよな」
「王国の貴族籍抜けたからね。外国の方は誤魔化しといてくれるっていうし」
メルセデスは一つ星冒険者として登録し直し、『最近移住してきた王国の平民、ただのメルセデス』になったのだ。外国の貴族籍にいるのは別人という建前で話がついている。
実際王国ではもう平民だからできたことだが、領主がグルだと何でもありだな。
こうして俺たちの身分の違いは(勝手に)クリアされた。
さて、揃えたものを確認しよう。
今日買ったものは。
『何か壊れやすいもの』:
お菓子の馬車、チョコレートの鍵と錠前。
『何か暖かいもの』:
もこもこの手袋と帽子、燃料を入れる懐炉。
『何か不便なもの』:
ファイヤースターター、穴の空いたフライパン。
この国では結婚する時、七つの『何か○○なもの』を夫婦で贈り合う習慣がある。それを結婚式で披露して客に論評される、まぁ余興だ。
これを揃えるのはなかなか大変で、苦労して揃えても結婚相手の不興を買っちゃ元も子もない。
当日のサプライズにしてもいいが、普通は結婚前にこうして打ち合わせておくものらしい。
「『壊れやすいものを大事にするように』とか、一つ一つ意味があるんだよねぇ。あ、でも食べ物買っちゃったから、長持ちしないよ!?」
「どのみちアイテムバッグがあるからなぁ。壊れる前に食っちまえばいいんじゃねぇか?」
○○の部分は決まっていて、それぞれに教訓めいた理由がある。『暖かいもの』は困難から互いを守れるように。『不便なもの』は結婚生活に嫌なことがあっても、この贈り物ほどじゃないだろう、という具合だ。
残りの四つはこんなだった。
『何か変わらないもの』:
金と白金を合わせた指輪をお互いに贈った。永遠の愛ってやつだ。
『何かうれしいもの』:
俺からは空っぽの弁当箱を贈り、メルセデスから中身の入った弁当箱、というか弁当をもらった。お互いに自分が受け取ったらうれしいものを知ろう、ということだ。
『何かめでたいもの』:
馬の蹄鉄やウサギの足がメジャーだが、俺は豚の貯金箱にした。子豚の丸焼きってのも縁起物なんだよなぁ。
メルセデスからはキラキラ光る粉の瓶詰めをもらった。妖精が飛ぶ時に落とすというアレだ。入手方法は聞くまい。
最後は『何か青いもの』だ。
これも縁起のいい色とされていて、贈られたものを式で身につける人も多い。俺は青いスカーフをもらった。
そして俺が贈るのは。
「いい匂い!」
汚れを落としたつぶ貝を、酒と塩を加えたお湯で殻ごとボイルしてあく抜きしたら、ザルにあげる。アイスピックを刺して回しながら身を取り出し、わたと唾液腺を取り除いてぬめりを取ったら、殻に戻す。
今度はしょうゆ・酒・みりん・塩で調味した昆布出汁で10分ほど煮る。冷めたら完成。
これは青つぶと呼ばれる殻が青い種類だから、『青つぶの出汁煮』だ。
まだ熱いが一個ずつ味見する。
「おいひー! 式で振る舞うなら清酒が必要だね!」
「全部揃えたら肝が据わってきたぜ。そういや両親呼ばなくてよかったのか? フェアリーリング使えばこっそり来られるだろ」
「まぁけじめかな。クレアさんたちも王都に帰っちゃったけど、引き留めなかったね?」
「親父たちが明日まで居座ったら落ち着かねぇ……それに嫁に雇われて嫁の家に住んでるとな。自分の店持ってる親父見て自信なくすっていうか……」
「エミール君、そんなこと気にしてたの?」
「それがさ、昼間の騒ぎとかこの贈り物見たら落ち着いたんだよ」
「ははぁ。それはねぇ、『マリッジブルー』じゃないかなぁ」
「マリッジ、ブルー……!」
結婚が近付くと将来の不安から元気なくなるっていう、アレな。
んなわけ……と思ったけど、反論の余地がねぇ。
男でもなるんだなぁ……。青ってほんとに縁起いい色なのか?
「いつか二人で会いに行こうよ、王都も魔族の国も!」
まぁ青いものが一つ余った分、行ってもいいかな。
***
翌日の昼。
俺は一人、式場に向かい席に着いた。徒歩で。
というのも会場は店の前、迷宮広場の一角を許可取って使っているのだ。タダだしすぐ借りられる。
新郎新婦と客席が向かい合うようにテーブルが並び、地面には花びらが敷き詰められていた。ロマンと聖女監督のもと、孤児院の子どもたちに働いてもらったのだ。
グーラたちやシモンとかには声を掛けたけど、あとは通りすがりでも出席可能だ。条件は一人分以上の料理持ち込み。酒と最低限の料理は俺とホオズキで用意したけど、人数決まってないし。
俺は『今後フォーマルな仕事もあるから』と言われ誂えた立派なコックコートに、メルセデスからもらった青いスカーフを巻いた。
そのスカーフを直す手がある。ロマンだ。
「しゃんとなさいな。お姉さまが到着ですわ」
朝から聖女に連れて行かれて準備していたメルセデスが、馬車で到着した。聖女は今日の式を仕切ってくれる。
ふわっとした純白のドレスにキノミヤが作ったブーケ。腰に青いリボンを巻いていた。
長く垂れたベールの裾をイネスとセリアがサポートする。二人にもドレスと花冠を作った。
メルセデスは聖女に手を引かれ、客席の間をゆっ
くり向かってくる。そういや化粧してるのは初めて見たかもしれない。
胸がドクンと鳴った。
「なぁ……メルセデスって、あんなに……美人だったか……?」
ロマンはもう脇に控えていたので、漏れた言葉に返事はない。
今朝まで一緒だったメルセデスの花嫁姿に、動揺した俺は指輪を落とした。
***
~ グーラのめしログ『青つぶの出汁煮』 ~
よい式であったの。
特に緊張したエミールがぎこちなかったのがよい! しばらく酒の肴になってもらうとしよう。
そもそも庶民の結婚式など酒場で騒ぐ程度だというに、あんな往来の真ん中でよくやったものだの。
お陰で飛び入り参加者が持参した料理も充実しておった。肉と七輪を置いたのは、青空焼き肉屋台の店主であるな?
して『何かうまいもの』……いや『何か青いもの』の『青つぶの出汁煮』であるな。
青く美しい殻だの。青つぶといっても普通は青みがかっている程度だが、エミールめ、今日のために手に入れたのであろ。
つぶ貝といえばしょうゆで甘辛く煮付けたものが多いが、このスープは薄い色で量も多い。
まずはスープをレンゲですくって味わってみれば。
実によい。
海の香りと太さのある旨味である。
薄めの塩加減で味が身体に染み渡るようではないか。酒蒸しでにじみ出たスープに似ておるが、より手が加えられた味だの。
続いて竹串で身を取り出し、頬張る。
生とは違いコリコリの手前くらいで噛みきれる、この歯ごたえぞ!
薄味だがしっかりと味が付いておる。一度身を取り出して、人の子が食べられぬ部分を取り除いておるな。
この味にはキレのいい冷酒が合うの。
スープだけでも肴になるではないか!
~ ごちそうさまであった! ~
なにか青いものを・完




