なにか青いものを(1)
霧の月、最初の土曜日の朝。
このところバタバタしていたせいか、世間に取り残されちまったように感じる。学校ができたり転移物流の実験が始まったりで、人の流れが変わったのだ。
人間もだ。シドニア夫妻も俺の両親も街を出て行って、ついこの間まで千客万来だったのが嘘みたいだった。
メルセデスと俺の結婚が決まってから、周りの奴らがよそよそしくなったようにも思う。
きっとメルセデスも俺自身も、いつか変わってしまって今のことを懐かしく思い出すんだろう。
「はぁ……なかなか難しいな」
「エミール君もまだ決まらない? 時間足りないよぉ……」
俺たちには明日までに揃えなければならないものがあった。
これがなかなか難しくて、二人ともようやく半分を過ぎたところでネタ切れしてしまったのだ。
期限も迫っているので今日の昼にはなんとかしたいところだ。店の仕込みどころじゃない。
と、忙しい時に限って時間泥棒は来るものだ。
「エミール兄ちゃん、厨房貸してくれよ!」
「わたしからもお願いするわ!」
「どうも、お邪魔します……」
マテオたち孤児院のガキどもと、ちびテルマことテュカが入ってきた。ロマンみたいな髪の女の子は入学式にいたな。
あと、ひょろっとしたエルフの男は誰だ? と思ったら変装したマゼンタじゃねぇか。
飲食店に厨房を貸せとは、また穏やかじゃない。マゼンタがいるってことはカガチが骨折りしてる絡みだろう。
どうして店に入れたのかと思ったら。
「あとなんか食わせてくれよ、腹減った!」
「しょうがねぇな……」
一応飯も目当てだった。しょうが焼きでも作ってやるか……クソ駄洒落じゃねぇぞ!
「――だからってなんでうちの店でやるんだよ」
「そういうことなら貸してあげようよ!」
「いやぁ、悪いね」
しょうが焼き定食を食べるガキどもの作り話を聞いた。メルセデスとマゼンタも食べた。
メルセデスもカガチから聞いてるだろうに。まぁ店主がいいってんならいいけどよ。
「俺とソラルがパン生地、カーラはホイップ、他は皿洗いな。兄ちゃんごちそうさま!」
というわけで、エルフ男が持ち込んだ材料でマテオがパン生地をこね始めた。
イネスじゃ洗い場に届かないから、踏み台を持ってきてやる。食った皿を洗っていくのはいい心掛けだ。
『クルトシュ』ってのは初めて聞いたが、この屋台は生地とホイップクリームを準備するだけだ。チョコレートとフルーツソースは在庫があり、営業中はクルトシュを焼きながらたまにクリームを泡立てるだけ。
孤児院で鍛えられてるこいつらなら楽勝だろう。
マゼンタも付いてるから心配はしてないが、場所が場所だけに釘は刺しておく。
「まぁ、いいけどよ。気を付けろよ、客は冒険者が多い。下手なもん出すと命が危ねぇぞ」
「大丈夫よ、あんなやつら大したこと――」
「おいっ、テュカ……!」
「あんなやつら?」
「な、なんでもないわっ、行きましょう!」
ガキどもは逃げるように出て行った。
なんか心配になってきたな……。
「あの子たちに嘘吐かれて寂しい?」
「勉強にはなるだろ。人助けだしな」
「うんうん、よしよし」
にんまりしたメルセデスに頭を撫でられた。
***
昼時になっても相変わらず二人で考え込んでいると、メルセデスがポツリと言った。
「そういえば、マゼンタさんは付いていかなかったみたい」
「ん?」
「さっきの子どもたちね。マゼンタさんは別行動だったよ」
ガキどもを見送ったメルセデスが言うのだから、そうなんだろう。
いやしかし……でもマゼンタだからなぁ。「できるだけ穏便な手段」としてネズミ使いを街にけしかけた奴だ。
俺はアイテムバッグを手に立ち上がった。
どうせ考えてるだけじゃダメなんだ。
「エミール君?」
「昼飯兼ねて買い物行こうぜ。店を回ればいいもの見つかるかもしんねぇし」
というわけでやってきたのは東の裏町だ。
市場から学校までをつなぐ南の裏町と違い、俺は北と東の裏町にあまり行かない。用事が無いからだ。
北の裏町に衛兵隊の宿舎(元牛舎)があることくらいしか知らない。
だがよく知らない町だからこそ、目新しいものが見つかるかもしれない。断じてガキどもが気になったからではないぞ。
「お昼に外食なんて久しぶりだね。あ、お菓子屋さん」
カラフルな外装の菓子店にメルセデスが吸い込まれていった。昼飯前だぞ。
「こりゃ大したもんだな」
「すごいねぇ」
空いている店内で見つけたのは、俺の肩幅くらいに作られた『お菓子の家』だった。俺は一度本物に遭遇したんだけど。
見ると商品はマシュマロでできたベッドやトイレ型の最中など、家にちなんだ凝ったデザインのものばかりだった。
「あ、これ……」
メルセデスはチョコレートでできた鍵と錠前が気になるらしい。本当に解錠できるかはチョコが割れる覚悟で試すしかない。
「いいんじゃねぇか? お、これもすげぇな」
俺も焼き菓子でできた馬車を買うことにする。馬は飴細工だった。
これは『何か壊れやすいもの』――俺たちが探していたものの一つだ。
昼飯は後にして、次に入ったのは婆さんが一人でやってるお洒落な小物屋だ。婆さんもなんかお洒落だった。
チェスの駒の形をしたペッパーミル、ドーナツ型の花瓶、月齢がわかるランプなどなど。使い道もないのに欲しくなる。
「もう冬物置いてるんだねぇ。この手袋、モコモコでかわいい!」
「この懐炉ってのは冬に仕入れ行く時いいな。魔道具か?」
ここで見つけたのは『何か暖かいもの』だ。俺はは手袋と、揃いの帽子を。メルセデスは懐炉と燃料を買った。魔道具ではないそうだ。
店を出ると何人かの顔見知りと遭遇し、挨拶しながら進む。薄暗い路地へ入り込み見つけたのは、なんとも怪しい雰囲気の金物屋だ。
なんせ看板に『マッサージ』とあるのに訂正する素振りもない。
「意外と普通に金物屋さんしてるねぇ」
「だな。『ファイヤースターター』って火打ち石とは違うのか」
見た目は金属の棒なんだが、これをナイフでそっと削り、枯れ草の上に削り粉を落とす。その上で今度は素早くナイフを当てると火花が散り、削り粉に引火して着火できるらしい。
「メルセデスたちは野営の火起こしも魔術か?」
「そうそう。迷宮の中だと薪がないから、焚火自体も魔術だったなぁ」
そういうことなら、これはお買い上げだ。『何か不便なもの』が揃って、俺は買い物完了。
メルセデスはなぜかフライパンを買っていた。目当てのものが無けりゃ、買わずに出ていいと思うぜ?
店を出て屋台街に向かった。
メルセデスはまだ探し物があるだろうから、昼飯にして一息つくのだ。
煙の臭いを辿って通りに出るや否や。
『――ここいらの屋台は全部俺たちのもんだからよぉ!』
男の声に続いてそこいらの屋台の店主たちも武器を取り出した。なんかまずいところに出くわしたな。
「あ、セリアちゃんたちだ」
「マジか……ありゃ渦中の人、いや火中の栗じゃねぇか」
クソ駄洒落じゃねぇぞ!
叫んでいた男はセリアに剣を向けている。五人掛かりとは大人げねぇなぁ。
金持ちの子らしいちびロマンが庇ってるのは、友達になったんだな。
焦っているテュカの顔も見えた。
そこへピィーッ鳴った笛を合図に、メルセデスの姿がぶれる。
『ぼげぇっ!?』
ひどい音がして五人吹き飛んだのを見て、俺もガキどものところへ向かった。
フライパン、そのために買ったのか?
「みんなぁ、怪我はない?」
「だから言ったろ、危ねぇって。でもまぁ、よくやったな」
さっきすれ違った顔見知り、カガチ組の連中が他のならず者たちを制圧するのを尻目に、ガキどもの様子を見た。みんな無事だ。
ガキども、テイマーの事件から成長してねぇ……いや、まだ半年だったか。街も変わったように見えて、案外いつも通りかもしれん。
なんだか気分良くなってると、ちびロマンに裾を引っ張られた。
「あの……メルセデス様とエミール様ですわよね? お父様が街の英雄だと言っていましたわ」
「しゃべり方までちびロマンかよ」
「ちびロマン!? ヴィオレットですわ!」
「そうかよヴィオレット。メルセデスはともかく……お前、俺よかよほど英雄に向いてるぜ」
「見て見てエミール君。『不便なフライパン』できたよ!」
メルセデスは穴の空いたフライパンを嬉しそうに持ってきた。どうして柄が曲がる前に穴空くんだよ……?
ともかく目当てのもんが揃えば、俺たちの出る幕じゃねぇ。
「ここは昼飯どころじゃなさそうだし、シルキーのとんかつ屋でも行くか」
「わぁい♪」
明日はメルセデスと俺の結婚式だ。




