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『クルトシュ(2)』


「みんな、どこ行ったのですわ~!?」



 ようやくピンチを自覚したヴィオレットは、しゃがみ込み目をつぶる。だが。



「怪我はないかい? いてて……」



 ヴィオレットが目を開けると店主は右肩から血を流し、うずくまっていた。ヴィオレットをかばって刺されたのだ。

 誰かが衛兵を呼びに走ったらしく、ならず者たちは逃げた後だった。



「あの……あの……わたくし……ひぐっ」



 動揺して泣き出すヴィオレットの元に、マテオたちが戻ってくる。

 テュカは何も言わず、店主の肩にポーションをかけた。いざという時のために持たされているものだ。



「ありがとう、助かったよ」


「これで明日も営業できるわね」


「うーん……大騒ぎになっちゃったからね。もっと安全な場所を探すよ。今度怪我をした時、またポーションをもらえるとは限らない。そうしたら廃業だからね」



 エルフなら元冒険者でもおかしくないのだが、店主はひょろっとした見た目通り、武芸の心得はないようだ。見た目通りの年齢なのかもしれない。

 話を聞くといろんな街でいろんな仕事をしてきたらしい。売っていたクルトシュは北方の伝統菓子で、フランベでは珍しいのを見越して始めたそうだ。


 一方ならず者たちも最近流れてきたのは明らかだ。でなければこの街であんなにはしゃぐはずがない。



「そんなのダメですわ!」



 声を上げたのはヴィオレットだった。責任を感じているのだ。ヴィオレットは肩を落とす店主に詰め寄る。



「我が家の家人に守らせますわ。この場所はあなたが代官様から許可を頂いた、あなたの場所です。冒険者を雇ってでも、死守しますわよ!」



 テュカは以前遭遇したネズミ使いのテイマーを思い出した。

 あいつは街の飲食店を脅したり、自分たちを人買いに売ろうとした極悪人だった。あの時はわけもわからず大冒険に巻き込まれ、自分でなんとかしようとした。その結果、危ない目に遭ったが今度は。



「いいえ、ヴィオレット。わたしたちでやるわよ!」



 あまり変わっていなかった。




   ***




「なかなか上手いじゃないか」



 翌日の朝。店主指導の下、屋台の仕込みを済ませた。ここは料理慣れした孤児たちの腕の見せ所だ。元々毎日必要な作業はパン生地とホイップクリームを作るくらいなのだから、彼らにはたやすい。


 炭火をおこし、生地を巻き付けて焼くのもお手の物だった。



「だからってなんでうちの店でやるんだよ」


「いやぁ、悪いね」



 エミールが文句を言い、店主が申し訳なさそうにする。

 ここは『迷い猫』の厨房だ。準備と練習のために借りたのだ。

 大人たちには『勉強のために昼時だけ屋台を借りた』ということにしてある。



「まぁ、いいけどよ。気を付けろよ、客は冒険者が多い。下手なもん出すと命が危ねぇぞ」


「大丈夫よ、あんなやつら大したこと――」


「おいっ、テュカ……!」


「あんなやつら?」


「な、なんでもないわっ、行きましょう!」



 店主はこのまま衛兵隊本部で事情聴取があるので、マテオとソラルが屋台を引く。

 にこにこ顔のメルセデスに見送られ、東の裏町に向かった。



「さぁ、売るわよ!」


「なぁ、テュカ。お前やってみたかっただけだろ?」



 開店準備が整った頃、誰も指摘しなかったことをマテオが言った。

 テュカは当然のように答える。



「だってやってみたいじゃない、お店屋さん! あなたたちは収穫祭でお店出すのよね?」


「おう、稼ぎ時だからな。テュカも一緒にやるか?」


「わたしはダメよ、挨拶回りがあるもの」


「テュカ様は商売をしたかったのですの?」


「こいつなんでもやってみたがるんだよ。エルフじゃねぇんだからさ」


「うるさいわね、お客さんが来たわよ」



 さて、素人の子どもたちが売るクルトシュの評判はというと……よく売れた。商品の珍しさに加え、子どもが売っているというもの珍しさ、それに孤児たちの手際による味の良さが評判を呼んだのだろう。



「なぁ、あれってさ……」



 忙しく手を動かしながら、マテオがテュカに耳打ちした。テュカは通りの向こうで路地に身を隠す男を確かめ、わかっていたとばかりに返す。



「ネズミ使いだわね」


「どうすんだよ。また何かやる気じゃねぇか?」


「一度捕まってから何もしてないんだから、どうもしないわ……そうね、イネス。これあの人に持って行ってちょうだい」



 と、テュカは焼き上がったクルトシュを一つ、イネスに持たせてネズミ使いへ届けさせた。

 イネスに声を掛けられたネズミ使いは飛び上がらんばかりに驚くが、クルトシュを受け取ってその場から動く気配はない。

 当然イネスは無事に戻ってきた。



「おじちゃんがありがとう、だって」


「どういうことだ?」


「わたしたちに見られてるって、わかってもあそこにいるなら悪事じゃないでしょ」


「そういうもんか?」


「いいから手を動かす! お店って楽しいわね、ヴィオレット」


「商売にご興味がおありなら、このヴィオレット。いくらでもご教示しましてよ?」



 納得いかなそうなマテオはさておき、テュカは屋台のひとときを楽しんだ。自分たちが作ったものが売れる、というのは実に楽しい。

 つまみ食い、もとい賄いに食べる焼きたてのクルトシュもおいしい。


 そろそろパン生地が心許なくなってきた頃、あの男たちが来た。数えてみると五人組だ。



「なんだぁ? 昨日のガキじゃねぇか。よくもまた店出せたもんだなぁ、おい」


「な、なんですの! 買わないなら商売の邪魔ですわっ!」


「買ってやるさ、残り全部だ」


「か、買うならいいですわ。焼けるまでその辺で――」


「そんで今日の売り上げ全部置いてけ。昨日のことはそれで手打ちにしてやる」


「んなっ!?」


「――ねぇ、あんたたちどうしてこの店にだけ、ちょっかいかけてるの?」



 やはりカツアゲに来た男たち。

 ソラルがイネスとカーラを、マテオがテュカを後ろに避難させた時、セリアが尋ねた。

 そう、昨日も男たちが金をせびったのはこの店だけなのだ。

 店主がひょろくて脅しやすかったからかもしれない。だが他の屋台の店主には老人や女もいる。


 テュカも昨日、他の屋台の店主や通行人が見て見ぬふりだったことは不審に思っていた。多少荒れても、そんな街じゃないはずだ。



クルトシュな(Haben Sie )んて食べ飽き(genug von)たのかしら(Kurtos)?』


「てめっ……なんだチビ。そんなことが気になるのか? そりゃあ――」



 リーダー格の男は不敵なセリア(9歳)に少し動揺するが、左右に目配せすると片手剣を抜いた。



「――ここいらの屋台は全部俺たちのもんだからよぉ!」



 立ち並ぶ屋台の店主たちも各々得物を手に、気勢を上げる。花を売っていた老婆までもだ。

 まさしくならず者たちの危険な様子に、通行人たちはそろりと距離をとった。


 一方、テュカはセリアの言葉にハッとする。

 王国民は珍しい料理に目がなく、クルトシュはテュカも知らなかったほど珍しい。それを食べようともしないということは。


 ――こいつら、外国人だわっ!



「東の裏町は俺たち『臭い足シュティンケン・フース』がもぎ取った! カガチ組がなんぼのもんだ、おらぁっ!」


「あ、危ないですわっ」


「テュカ、前に出るなっ!」



 ――間に合わないっ!


 剣を向けられたセリアを、ヴィオレットが抱きすくめて庇う。

 短杖を構えて飛び出そうとするテュカだが、マテオに遮られうまく魔法を放てない――いや、向こうの魔術師がこちらに気付いて妨害しているのだ。


 その時、向こうの路地からピィーッと笛を鳴らす者がいた。あのネズミ使いだ。


 男たちが背後を気にした一瞬、ピンク色の影が滑り込んだ。



「ぼげぇっ!?」



 五人の男たちは絡まり合いながら道の反対側まで跳ねて、動かなくなる。

 手にフライパンを持ったメルセデスだ。買い物袋を抱えたエミールもやってきた。


 これまで傍観していた通行人たちも隠し持っていた武器をとり、屋台のならず者たちに突きつける。


 わけがわからないのは覚悟を決めていたヴィオレットだ。



「へ? なんですの、これ……ハッ、もしや全知全能のテュカ様が予め衛兵の手配を!?」


「わたしもビックリしてるわ!」


「では無意識のうちに!?」


「そういうことじゃねぇだろ……ま、お前も頑張ったな」



 ヴィオレットのテュカ信仰がとどまるところを知らない。

 一方、テュカも呆れるマテオたちも、ヴィオレットを見直していた。もう仲間だ。

 あの場でセリアを守ろうとしたのだから。


 そこへメルセデスとエミールが声を掛ける。



「みんなぁ、怪我はない?」


「だから言ったろ、危ねぇって。でもまぁ、よくやったな」


「メルセデス様は全部知ってて守ってくれていたの?」


「違うよぉ、テュカちゃん。わたしはエミール君がお買い物行こうって言うから来ただけ。外国の悪い人を狙ってたのはね――」


「はいはい、東の裏町は『カガチ組』がもぎとったぞー。まったく、やっとで一網打尽だ」


「あ、カガチ先生だ」



 けだるげに手を叩きながらカガチも出てきた。カーラの声にヒラヒラと手を振る。

 鉄火場だからか派手な刺繍の入った上着を羽織っていた。


 カガチはキセルの火をその辺の焼き台に捨てると、テュカたちの前にやってくる。



「あいつらは北の帝国から入ってきた……まぁ山賊半分、諜報員半分って奴らさ。東を手薄にしといたらスポンと嵌まってくれたもんだぞ」


「ひょっとして、セリアはわかっていたの?」


「クルトシュは帝国の伝統菓子よ。あいつらの言葉にも帝国訛りがあったわね、帝国語も通じたし」


「何者だい、この子……?」


「「「九歳児」」」



 その通りだ。

 淡々と語るセリアにカガチがキセルを落とした。




   ***




「しっかしメル姉ちゃん、すごかったな。前よか強くなったんだぜ!」


「カガチ先生もステキだったわぁ……」



 マテオとカーラが違う方向に興奮している。

 ここはヴィオレットの父が所有する長者通りのカフェだ。


 クルトシュの屋台はカガチ組の構成員が店主に返すというので、ヴィオレットのおごりで一休みしている。

 カガチ組とは街に新設された自警団のことだった。暴力団ではない。



「あのネズミ使いがカガチ組入ったとはなー」


「お菓子あげたおじちゃん?」


「イネスは寝ていたから知らないわよね」



 ネズミ使いはこの街で更生し、地道に働いていた。

 今の仕事はカガチ組の密偵で、ずっと東の裏町の状況を仲間に伝えていたのだ。

 今日はターゲットがしっぽを出した時に合図する役割で、実は昨日もいたのだという。通行人にも昨日からカガチ組の構成員が仕込まれていた。



「それをヴィオレットが騒いで台無しにしちゃったわけだ」


「もうっ、何度も言われなくてもわかりましたわ!」


「でもエミール兄ちゃんに『俺よかよほど英雄』って言われてたじゃん」


「英雄かぁ」



 テュカは父から聞いた。

 エミールは『ことが済んでから仕掛けを説明されてるようでは英雄じゃない』と言ったそうだ。

 まるで今の自分たちのように。


 だがテュカは思う。

 『いるべき時にいるべき場所にいる』のが英雄(ヒーロー)だ。あの二人はお互いに、自分が相手にとってそうあるように、してきたのだろう。

 それだけ自分と相手を信じているのだ。きっと身分の違いなど、考えたこともない。


 入学式の日、セリアに『婿を取るのか』と言われたもどかしさを思い出した。

 テュカが出した結論は。



「セリアはもっと、バカになって楽しんだ方がいいと思うわ!」


「なによ、急にっ!?」



 珍しく意表を突かれたセリアの表情に満足する。

 何も急がなくていいのだ。

 テュカはまだ、恋も知らない。




   ***




「子どもたちに店任せたのはやりすぎだ、冷や冷やしたぞ」



 その夜、南の裏町にあるバーのカウンター。

 カガチが文句を付けているのは変装を解いた(・・・・・・)クルトシュ屋台の店主、改めマゼンタだった。

 マゼンタはウィスキーのグラスの氷を鳴らしながらおどけて言う。



「テイマーの入団試験を兼ねてるから、中止できないって言ったのはそっちじゃないか。それに、なんともなかっただろ?」



 マゼンタは不審な外国人集団を釣り上げるために潜入していたのだ。カガチの依頼だ。


 カガチは焼酎のグラスを置いて、わざとらしくため息をつく。どうも初対面の頃から、カガチはマゼンタには弱いところがあった。



「こっちはエルフの女王が怪我したってだけでも縮み上がるんだぞ……ブリヌイにはいつ帰るんだ?」


「そのくらい帝国の動きは重要ってことだよ。二人の結婚式が終わったらすぐ発つかな。ずっとこっちにいたいけど」


「寂しくなるぞ」



 二人は景気よくグラスを合わせた。




クルトシュ 完


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