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森のドライカレー

 階層主『世界樹』キノミヤによって店から攫われた俺は、迷宮地下二層『鎮守の森』にいた。

 そこで俺は魔物肉をはじめとする高級食材に囲まれ、キノミヤから料理を作るよう頼まれる。てっきり調理するところを見たいとかそんなところかと思ったのだが、


「ひょっとして、キノミヤの用事は魔物肉の調理じゃないのか?」


「簡単なものならカガチが作ってくれるの。キノミヤが食べたいものはカガチには作れなかったの」


「それを俺に?」


 カガチってのは七層の主らしい。料理できるんだな。

 キノミヤの指先がシュルシュルと伸びて、スパイスを詰めた瓶が俺の手に渡る。さっきまで挽いていたものだろうか、蓋を開けると食欲をそそるいい香りだ。肉料理に合いそう。


「前にここじゃないキノミヤが人の子にもらった食べ物があるの。また食べたいの」


「ここじゃないって?」


「キノミヤ世界中に生えてるの。ここじゃないキノミヤもこのキノミヤとつながってるの」


 冒険小説で読んだことあるな、そういう伝説。ドライアドは群体で一個の生物とかってやつ。


「エミールはキノミヤにお料理くれた人と同じこと言ったの。多分近い個体なの」


「同じこと……魔物肉は料理の腕落ちるってやつか? ありゃ親父の受け売りなんだけどなぁ。まぁいいや、何食いたいんだ?」


「スパイスが多かったの」


 キノミヤは籠っている洞の中から、次々に瓶を取り出し俺の前に並べた。

 蓋を開けなくてもスパイス店のような匂いになってくる。


「こんなに匂いがしたら、冒険者とか魔物とか来るんじゃねぇか?」


 さっきから鳥の声しかしないけど。


「ここは誰も来ないの。キノミヤのお部屋なの」


「森ひとつ部屋かよ……」


  ***


「で、食べた味を思い出してスパイスを調合したけど、たくさん出来てわからなくなったってことか……これはたいしたもんだな」


 あれこれ嗅いでみると、鍋に合いそうなの、魚を焼くのに使いたいもの、から揚げに使ったらうまそうなのと、どれもしっかり成立した調合だ。もらって帰りたい。

 でもスパイスを効かせた料理って広すぎだな。


「名前はともかく、見た目とか味とか覚えてないのか?」


「辛かったの」


 カラシか唐辛子か胡椒あたりが多かったんだな。

 俺は辛みが薄そうな瓶を除けた。それでもかなりの数が残っている。

 他に特徴はないだろうか。


「食べたら幸せだったの」


「うまかったわけだ……また食べたいんだからそうだよな。見た目はどうだった?」


「山が火を吹いたみたいにグラグラしてたの」


 山が火……噴火、溶岩? お、そいつはひょっとして麻婆豆腐かな?

 と思ったが、ピリッと痺れる花椒の入った瓶は無かった。入れない場合もあるけどこれじゃ特定できないな。豆腐料理なら決まりだろうけど。


「食感は? 白くて柔らかいものは入ってなかったか?」


「森が丸ごとでトロトロな感じなの」


 森……木でも生えてたかなぁ。恵みが豊かってことなら、


「野菜とかの具材が多かったってことか? それなら前にスパイシーな鍋ものを出したことあるぜ」


「それはビャクヤに聞いたけど違ったの。でもエミールなら多分作れるの」


 森かぁ。

 俺は改めて周囲の森――というか、キノミヤが集めた食材を眺めた。

 あるのは肉と野菜、ハーブとスパイスだ。クルミなどの木の実(ナッツ)もある。

 肉はさっきの鹿肉らしきもの。ハーブとスパイスを除けてみると、野菜は見た目通りなら、トマト、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ブロッコリー、かぼちゃ、芋などで、キャベツのような葉物はない。


「お、森だけあってキノコも豊富だな」


「さっきの魔物の背中に生えてたの。魔物ではないの」


「…………」


 鹿の背中に生えたキノコかよ……見る限り香りも食感もよさそうだ。こういうのうまいんだよなぁ。

 さて、この材料から俺が作るとしたらなんだろう。その中でキノミヤの条件に合うとしたら――


「一番はわかんなくなっちゃったけど、これ近いの」


 そう言って薬研を動かしていたキノミヤは、蔓を伸ばして小皿にとったスパイスを俺に渡す。そういえば足元根が張ってるし、キノミヤは移動できなさそうだな。その分他の場所の世界樹とつながってるってわけか。


 俺は受け取ったスパイスを少量、バターで炒め始めた。ターメリック、クミン、コリアンダー。明らかに覚えのある香りが立ち、納得する。


「ま、食ってみるのが一番だよな」


 小さめに切った玉ねぎ、にんじん、セロリを少し加え、強火でさっと火を通し塩で調味する。

 スパイスミックスの正体は食うまでもなくわかったが、味も確かめた。確かに辛い。唐辛子と胡椒の辛みだ。

 俺が今作ったのは、


「野菜のカレー炒め、つまりキノミヤのスパイスミックスはカレー粉だな」


「エミール、作れるの?」


「おう、すぐできるから、そこで待ってろよ!」


  ***


 さて、米も麦も無いから、まずは『特製ごろごろマッシュポテト』でも作るか。と、市場のものよりちょっと面長な芋の皮をむくと、


「ありゃ、こいつ山芋か」


 生でも食える珍しいでんぷん質だけど、ホクホクが足りない。というかマッシュポテトにならない。

 黙示録乳使いたかったけど仕方ないな。これは厚めに輪切りにして、小麦粉……は無いから表面の水気を拭って素揚げにし、塩コショウして油を切っておく。


 ブロッコリーは小房ごとに切って大きさを揃える。軸も真ん中は柔らかいので外側を厚くそぎ落とし、1cm幅くらいにカット。塩を少し加えたお湯で軸から先にゆで、水を切る。


 たまねぎ、ニンニク、ショウガらしきものをみじん切り、バターをフライパンに落としたところへ加え、色づくまで炒める。

 角切りにしたトマトらしきものを追加して、ペースト化したらキノミヤ製スパイスミックスを投入。これは事前に別で炒っておくとなおよい。

 さらに細かく刻んだ鹿キノコと塩少々を加えて混ぜていると、スパイスの香りが開く。

 ミンチにした魔物鹿肉を加えて、全体の水気が飛ぶまで炒めたら火を止め、塩で調味する。

 ドライカレーができた。


 魔物肉しかないから使ったけど、肉を入れる前後で味見した限りでは俺の、というかキノミヤスパイスの味になっている。これだけ強い味付けなら負けないとは思ってたけど、ここで想定外の味になるようだと腕が悪いということだ。

 やっぱあまり使いたいもんじゃないな、魔物肉。


 木皿の上に山芋の素揚げを乗せ、その上にドライカレーを重ねて形を揃える。ゆでたブロッコリーと、適当に生野菜も添えて完成だ。


「できたぜ、名付けて『森のドライカレー』だ」


  ***


「おなか空いたの」


 キノミヤは伸ばした蔓で皿を受け取りつつ言った。今度は食べるみたいだ。

 ドライカレーは俗にスパイスカレーと言われる料理の一種だ。大量のスパイスを炒って香りを立てたから、俺も腹が減った。


「キノミヤはさっきも食べてないから、なおさら腹減ってるだろ?」


「? キノミヤたちは食べなくてもおなか空かないの」


「え、今腹減ったって言ったろ?」


「キノミヤたちの食事は魔力なの。迷宮には魔力が満ちてるから、キノミヤたちは魔物も食べないの。他の階層主も同じなの」


「だからさっきも食べなかったのか。じゃあ今は? 前に食べ物もらったって言ったよな?」


「人の子の料理は不思議なの。見るとおなか空くことがあるの。キノミヤたちは現世(うつしよ)のものを食べても腹は膨れないのに、食べたくなるの」


「あー、だからグーラたちは大食いなのか……」


 魔力とかよくわからなかったけど、グーラたちがやけに大食いな理由はわかった。食べ物は嗜好品……別腹?……みたいなもんか。人の作ったものならなんでも食べるわけじゃないのは、さっきの魔物肉を食べなかったからわかる。それは人間も同じだし。

 わからないのはメルセデスが大食いな仕組みだけだなっ!


「食べていいの……?」


 考え込んでいると、キノミヤは木のスプーンを持ったままこっちをじっと見ていた。

 そういや俺も腹減ってんだ。


「食おうか。いただきます」

「いただきますなの」


 木のスプーンでも山芋ごとすくいとることができた。揚げはうまくいったようだ。口に入れるとカレーの香りが鼻を抜ける。肉とキノコの食感の違いと豊富なうまみ、山芋のシャキシャキねっとりした歯触り、どれもうまくいった。

 挽きたて炒りたてのスパイスだから結構辛いが、バターと肉の脂でうまくまとまっていて、これ以上角を取っても物足りなくなりそうだ。

 素材もよかったし、即興にしては上出来ってところだろう。


「飯が欲しいけどこれも悪くないな。キノミヤはどうだ、これが探してた料理に近いか?」


 はむはむはむ。

 味わっているようなのしばし待つ。コップに黙示録ミルクをもらい、キノミヤの分も用意した。辛いものの後にもよく合う味だ。もらって帰りたい。

 完食したキノミヤがシュルシュル蔓を伸ばしてコップを受け取る。こくりとミルクを飲んでから言った。


「おいしかったけど違うの」


「ちがうのかよっ……具材かなぁ、ここの食材なら一応なんでもカレーにできるぜ? あと小麦粉があれば山芋はもっとうまくなったな」


「味は似てるけどグラグラトロトロしてないの」


 グラグラ……グラグラ……グラタントロトロ……。

 あ、そうか、小麦粉だ。

 キノミヤが言ってるのは多分、ルーカレーだな。

 この国ではカレーと言ってもスパイスと具材を炒めたもの、ブイヨンで煮込んでスープにしたもの、そして小麦粉でとろみをつけたルーカレーと様々だ。よその国では特定のもの以外を区別したり、スパイスの構成からしてまったく違うものをカレーと呼ぶこともあるらしい。

 すぐに作ることばかりに目が行って考えてなかった。


 世界中にいるというキノミヤがどこで食べたのかは知らないが、このカレーのような味でグラグラトロトロと言えば、肉の入ったルーカレーだろう。


「それって飯の上にかかってなかったか?」


「…………キノミヤ森に無いものはよくわからないの。でもさっきみたいに辛いところと辛くないところがあったの」


「間違いなくルーカレー、『カレーライス』だな」


 そうとわかれば早速――と言いたいところだが、さすがに眠い。時間もかかるし店のブイヨンも使いたい。その辺のことを遠慮なく伝えた。


「つーわけで今日は帰って寝るから、明日店に来てくれよ。食材とスパイスもらっていっていい?」


「キノミヤもお店行って待つの」


 もらった袋に食材を詰めながら、俺はキノミヤの足元に張った根を見た。

 移動できるんだろうか。


「キノミヤはこの一本だけ動けるの」


 俺はキノミヤの頭上にそびえる大木を見上げた。あれごと店に来るつもりだろうか。

 キノミヤは指先の蔓を伸ばして頭上に伸びた大木の枝をつかみ、足を振り上げ――ぶちぶち根を引きちぎった!


「!?」


 その勢いのまま洞を出る。

 そして眠そうな目で俺を見上げた。


「おんぶして運んでほしいの」


「ああ、移動できるけど歩けないのか。それ痛くないんだよな?」


 俺はなんだかハラハラしながら、キノミヤが掴まれるように腰を落とす。

 だがキノミヤは何か思い出したように、てくてく(・・・・)洞に戻り、何か取って戻ってきた。


「歩けるんじゃねぇか!?」


「忘れ物したの。これあげないとダメってグーラ様言ってたの」


 背中ごしに振り返る俺に、キノミヤは金貨を差し出し眠そうな目で言った。


「おんぶしてほしいの」


「………………」


 料理の代金だよな、おんぶにお金払ってないよなっ!?

次回は満を持して『カレーライス』、月曜日更新です。


メルセデス:「ドライアドのドライカレー……ぷぷぅ」

エミール:「おいやめろ」

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