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『クルトシュ』

 昼時で賑わう東の裏町の屋台通り。

 暦は霧の月に変わり、最初の金曜日。学校が始まってからひと月が経とうとしている。

 このところよく見かけるようになった、グレーのブレザーに茶色のプリーツスカート、またはズボンの制服の子どもたちが街歩きをしていた。



「すごいわ、これ全部食べ物のお店なの!?」



 アントレ迷宮学校の生徒たち、テュカと孤児たちだ。普段は授業が終わるとまっすぐ帰り、孤児院で昼食の準備をするマテオたちだが、この時期、収穫の手伝い仕事で潤い、小遣いをもらえた。

 今日は院長兼教頭に許しを得て、帰り道とは反対のここまで買い食いに来ているのだ。


 そこになぜテュカがいるかといえば、マテオ・カーラ・ソラル・セリア・イネスの五人は入学後、代官屋敷に招かれご馳走になったことがあり、今日はそのお礼なのだ。


 『お友達を家に招く』イベントに続き、『お友達と寄り道』もこなすテュカは朝からご機嫌だった。



「今日は俺たちがおごるからよ、好きなもん食おうぜ!」


「ふんっ、辛気くさい場所ね。露店の粗野な食事なんてテュカ様には不釣り合いだわっ。制服が煙臭くなるじゃない!」


「お前、なんでいるんだよ。てか誰だっけ?」



 両サイドの茶色い髪を縦ロールに巻いた、気の強そうな少女が付いてきていた。ヴィオレット、グリエに本店を持つ大商会の娘だ。


 唯一の貴族であるテュカに気を遣ってか、富裕層の生徒にも派閥らしい派閥はできなかった。せいぜい通学で一緒になる者同士がつながりつつある、というところだ。

 なお、ヴィオレットの自宅はシルキーのとんかつ屋がある長者通りなので、この中の誰とも別方向だ。



「しっかし、エミール兄ちゃんが行方不明になってからゴタゴタしたよな」


「メル姉ちゃんにも何かあったらしいけど、すぐ解決したらしいぜ」


「あの二人、ようやく結婚するのよ」


「その話ね、皆も式に呼ばれるんじゃないかしら」



 あの入学式後の一件から、しばらく大人たちが慌ただしかったのは子どもたちも知っている。

 しばらく迷宮広場に近付かないよう言いつけられていたし、孤児院には『迷い猫』から差し入れが届かない日もあった。


 子どもたちが学校に慣れる頃には、それも落ち着いて今度は渦中の二人が結婚するというのだ。

 子どもたちの多くは『仲のいい大人の男女は結婚するもの』と思っているので、疑問はない。ゴタゴタで延びていたが、シモンですら結婚するし。



「あの時の料理人よね。お相手はシドニア卿の娘なのに、大丈夫なのかしら?」



 メルセデスがシドニア卿の娘であることは、すっかり街の住人の知るところとなった。

 ちなみに妖精女王の娘であることはその場にいた者の胸に秘されている。

 シドニア卿が国外追放となったことも周知されたが、実はフランベ王国以外の国からも爵位をもらっている外国貴族なので、貴族には変わりないのだ。

 貴族籍を持つ外国から、王国へクレームが届きかねない。


 その問題も力技でクリアしているのだが、子どもたちは知らない。



「確かにそうね。でもあの二人はくっつくと思っていたわ」



 自分でそう言いつつ、なぜだろうとテュカは思う。あの二人はどうして、意志を通せたのだろう? 二人は特別だったのだろうか。



「お、ここのお菓子うまそうだな!」


「クルトシュじゃない。テュカもここでいい?」



 甘い香りの漂う焼き物屋台の前でマテオが立ち止まる。賢者セリアは知っていたようだ。


 『クルトシュ』とは棒に巻き付けた甘味のあるパン生地を炭火で焼き、棒から外してシナモンや砂糖をまぶしたお菓子だ。

 別売りのホイップクリームやフルーツソース、チョコレートをカップに入れてもらい、ちぎったクルトシュをディップして食べる。



「おいしそうだわ。わたしはシナモン抜きでチョコレートとオレンジソースを付けてちょうだい」


「迷いねぇな。じゃあ俺はクリームとフルーツミックス」


「わたくしはチョコレートにココナツ。シナモンたっぷりでお願いしますわ」


「兄ちゃん、こいつのお会計は別で頼むぜ」


「むきーっ、このくらいわたくしが支払わせていただきますわっ」


「まいどー」



 結局ヴィオレットが払ってくれた。孤児たちは次の店でテュカとヴィオレットにもおごるつもりだ。


 ひとの良さそうな若い店主が手際よく作るのを眺める。

 よく見るとエルフなので、実年齢はそうでもないかもしれない。屋台を引くのは珍しいが、エルフは生涯でいろんな職に就くためおかしなことではなかった。


 テュカは早速受け取ったクルトシュを少しちぎり、チョコレートにディップして食べる。



「ん~、おいしい!」



 見た目はバームクーヘンのできそこないだが、熱々の生地は外はカリッと、内側はモチモチしていて、素朴な味はそのままでもおいしい。しかしカップのチョコレートともよく合う。

 チョコレートはベリーとも合うが、柑橘の爽やかさを加えてもおいしい。


 ふと隣のマテオがクリームを頬に付けているのを見る。



「そっちも少し食べさせなさいよ」


「あ、てめぇ。ま、いいか。俺にもチョコくれ」



 テュカは自分のクルトシュをちぎって、マテオのカップからクリームを奪う。

 フルーツソースを全種類混ぜた不思議な味がクリームに包まれ、これはこれでおいしい。



「あのテュカ様……わたくしのもお試しになってよろしくてよ?」


「わたしシナモンとココナツ苦手なのよ。今日はごちそうさま」


「ぐはぇっ」


「これこれ! ヴィオレットの髪と一緒だぜ! 『ヴィオレット焼き』!」



 ソラルが筒状の生地を解いて遊んでいた。縦ロールの髪のように解けるため、ちぎって食べやすいのだ。

 会計を持ったのに散々なヴィオレットを、イネスの口を拭ったカーラがフォローする。



「『ロマン焼き』の方が売れるわ! ロマン様の方が有名なんだから」


「はいはい、食べ物で遊ばないの」



 フォローだったのだろうか。

 セリアに諭されソラル(年上)が大人しくなったところで、周囲の雰囲気が変わった。

 次の客が来たようだが。



「おい兄ちゃん、俺たちゃこんな女子どもの食いもんはいらねぇ。もっと腹にたまるもんよこせよ」


「それなら隣で肉串でも――」



 冒険者風の若い男が数人、いや、この街の冒険者は諸事情で行儀がいい。身を持ち崩した『元』冒険者がよその街から流れてきたか。

 一時はグリエへ流出していったならず者たちだが、商工業者の対策が効果を上げている。そこへ来てさらに発展していくアントレ、一方で少々景気の悪い王都周辺。

 このところ街の幹部がエミール周辺にかかり切りだったせいもあり、アントレの治安は再び悪化していた。



「腹にたまるもんってのは肉じゃねぇ、金だ。場所代よこせって言ってんだよ」


「代官に許可は取ってるよ。誰に払う場所代だい?」


「払わねぇなら閉店だ。やれ」



 一人が焼き台に近付き手をかざす。

 その手から出てきた水が、赤々と燃える炭にぶちまけられた。

 暴力的な音と煙、巻き上がる灰に野次馬たちも一歩引く。


 これはなかなか効果的な嫌がらせだ。

 濡れた焼き台を乾かして火起こししている間に、昼時を逃してしまう。灰を被ったパン生地やクリームは使えない。相手に魔術師がいる以上、助けもこないだろう。しかも衛兵に訴えたところで、被害は炭火を消されただけだ。

 だが。



「ちょっとあなたたち! どうしてくれるのよ、制服が灰まみれじゃない!」


「あ? なんだこのガキ、邪魔くせぇ。寄り道しねぇで家に帰んな」



 盛大に灰を被ったヴィオレットが、ならず者にくってかかった。


 大商人の娘であるヴィオレットは、仇を受けたらしっかり請求するよう教育されているのだ!

 この間まで平穏なグリエで暮らしていたせいでもある。



「制服のクリーニング代、ダメになった食材、営業できない時間分の損害、きっちり支払うまで返しませんわよ! さぁ、この念書にサインなさいっ」



 それに契約書の作り方も心得た十歳児だった。

 周囲から感嘆の声と笑いが漏れる。


 これに気を悪くしたのはならず者のリーダーだ。金をせびりに来たのに、子どもに金を請求され笑われては面子に関わる。

 ヴィオレットの手から用紙を奪うと、読まずに破り捨てた。



「そんなことしていいのかしら? こっちにはすごいお方がいるのよ……あれ、テュカ様は? みんなは?」



 あくまで強気のヴィオレットはテュカの威を借りようと背後を見る。

 だがならず者たちが店主と揉め始めた瞬間、マテオたちはテュカを連れて避難していた。代官やヴィクトーから「テュカをよろしく頼む」と言われている以上、危険にさらすわけにはいかないのだ。


 野次馬も一人で立ち向かう少女に感心していたのだが。

 孤立無援のヴィオレットにならず者が剣を向ける。



「てめぇ、優しくしてりゃあっ」


「みんなどこ行ったのですわ~!?」



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