最後の一口
目が覚めたら使い慣れた部屋のベッドの上だった。ぼんやりとした視界でメルセデスがにんまりして人の頭を撫でている……一瞬で目が覚めた。
「えへへ……戻ってきちゃった」
「てか寝てたのか、俺」
「もうお昼だし、起きる? わわっ、エミール君!?」
差し出された手を。目の前で動くメルセデスを見たら、思わずたぐり寄せてしまった。
メルセデスは、メルセデスの部屋と同じ匂いがした。もう、ピンクの石像ではなかった。
「確認だ……ちゃんと人に戻ってるか」
「……うん。でもね、皆見てるよ?」
「!?」
ドアを半開きにして、両親と『子豚』の三人がニヤニヤしていた。
「でかした、ついに押し倒したね」
「ありゃ引き倒しだろう」
「格闘技の決まり手じゃないのですわ」
「人の部屋覗くなよっ!?」
恥ずかしさで今度こそ目が覚めた。
全員追い出し、メルセデスの手を引いて俺も店に降りる。まずやらなきゃいけないことは、やっぱり確認だ。
「……どうだ?」
「…………っ」
迷宮で作った『海苔弁当』をメルセデスに食べさせてみた。
あの迷宮に入ったのは俺たちの意識だけで、夢の中みたいなものだ。だが料理は持って帰ることができたのだ。というか脱出の時、ニセモノに持たされた。
まずちくわの磯辺揚げを食べたメルセデスは……無言の二口目。なんか言え。
「ふぁほほへんほうほふぁひはぁっ!」
「飲み込んでからでいいからよ……もしかして味がわかるのか?」
そして涙が長いまつげの先で弾けた。
「おいひぃよぉ! 味がわかるよぉっ! エミール君のお弁当の味だよっ、毎日食べてた味!!」
今度は俺が押し倒される番だった。
***
「迷宮攻略したらメルセデスが助かって、それはフィーの言ったとおりだからいいんだけどさ。あんなんでよかったのか?」
『夜に行くから宴の用意をせよ』と、グーラからのからの言伝で仕込みをしている。
仕入れしてねぇよ、と思ったが食材も迷宮から持ち帰っていた。
解決してほんとよかったけど、気持ち悪い魔物と戦ってのり弁作ったら解決って、逆に不安じゃねぇか?
「ん~、最後に『大宮殿さん』の声が聞こえたんだよねぇ。『お世話になりました』って」
「大宮殿さん?」
「お腹に封印してから聞こえるようになったから、そう呼んでたんだよ」
「何それ怖い……」
「それは迷宮の魂だの」
グーラがふらっと入ってきた。
おめぇ、夜に来るって言ったじゃねぇか。
のり弁でも食べて待っててもらうことにする。
「迷宮は魔法生物だがスライムのような下等なものではない、自我もある。迷宮主以外でも会話できる場合があると聞くのぅ」
「え、じゃあグーラもアントレ迷宮としゃべってんのか?」
「うむ。迷宮の開発方針を相談しておる。この店に来る前は晩酌の相手もしておったの」
「グーラ様の独り言が多いのは、そういうことでありましたか」
「!?」
そこへロアとカガチも入ってきた。
だから準備中だっての。のり弁を渡し待っていてもらう。
石英化したメルセデスを調べてくれたのは階層主たちだ。なんだかその報酬に弁当を渡しているみたいになってきた。
「『大宮殿』はメルセデスの中でずっと呪いの解析をしていたみたいだぞ」
「メルセデス殿が迷宮になったのも、やはり『大宮殿』の仕業でありますな。エミール殿たちの力を利用したかったのであります」
「のり弁作っただけだけどな」
「そうやってメルセデスの意識と記憶を刺激させたの。呪いはその対応にリソースを割くの」
キノミヤも来たのでのり弁を渡す。カレーがなくてすまん。
「魔物を出現させるのも呪いのリソースを削るためなの。『大宮殿』はその隙に呪いを中和した形跡があったの」
「ではお姉さまのニセモノはなんだったのですわ?」
テーブルと食器の準備を終えたロマンが言った。聖女とマゼンタも手伝ってくれて、今はのり弁を食べている。もうお通しみたいになってきたな、のり弁。
ニセモノは俺と問答したのと合わせて10体も出てきた。こちらをだます気がなさそうなニセモノ具合で、ただの悪趣味かと思ってたが。
「ニセモノは『迷宮・メルセデス』に偽装した『大宮殿』なの。不自然に周囲の魔物を巻き込む動きがログに残っていたの」
「じゃあ『大宮殿』のお陰でメルセデスを助けられたってことか」
「元はといえば『大宮殿』から感染した呪いだがの」
「フィーの狙いがあったり、母さんの頼みだったりもな……これもなるべくしてなった、ってわけだ」
俺は積み上がったのり弁の山を見た。全部迷宮で作ったものだ。
帰りに十個くらいヨートンに持って帰ってくれよ?
「大量注文を当日キャンセルされたみたいになっておるの」
「問答の答えが『海苔弁当』だってのは自信あったんだけどな」
ニセモノの駄目出しが多くて何度も作り直したのだ。そもそも『海苔弁当』の具材なんていろいろだから、俺も手当たり次第に作った。
だからどののり弁も中身が違う。二度とやりたくねぇ。
「『メルセデスー!』とか叫びながら作っていましたね。恥ずかしいので破門しようかと思いました」
「うっせ」
「ニセモノが煽ってたからね。先に始末すべきだったかな」
『その程度ではメルセデスに届かない』とか『君の思いはそんなものか』とか言われたなぁ……二度とやりたくねぇ。やっぱ俺、弁当苦手だわ。
「呪いを中和するまでの時間稼ぎであろう」
「おかげで魔物を抑えていたわたくしたちも、ボロボロになりましたわ……しかしエミールもよくやりましたの。子豚の丸焼きのメンバーとして恥ずかしくない迷宮攻略でしたわ」
「エミール君も憧れの冒険者になってみる?」
「勘弁してくれ。冒険は本で読むにかぎる」
勝手におかしな名前の団体に入会させるな。
あとメルセデスは引退したじゃねぇか。
迷宮には何度か入ったけど(丸腰で)、冒険者なんて俺には無理な仕事だ。
グーラが土地神になった時然り、災害級討伐然り。ことが済んでから仕掛けを説明されてるようじゃ英雄は務まらねぇ。
「英雄ってのは自分から仕掛けるか、仕掛けを食い破って勝ちに行くもんだろ」
「お店やってるだけでも結構冒険できるしねぇ」
「まぁな」
「――邪魔をするぞ」
「ちょっと早かったかしら?」
ビャクヤとテルマが来た。続いて代官夫妻をはじめ、常連が揃う。
メルセデスの件は昨日の今日で解決したから知らないはずだけど、皆勘が鋭いな。宴会の臭いをかぎつけたか。
お通しののり弁に首を傾げられつつ、ちょっと早いが宴会の始まりだ。
『ホッケのつみれ汁』、『ピリ辛キュウリ』、『だし巻き卵』、『しめさば』、『手羽先揚げ』、『ササチー』、『カキフライ』、『つぶと舞茸の炒め物』、『串焼き盛り合わせ』、『鮭ハラス焼き』、『もつ鍋』……じゃんじゃん出していく。
メルセデスとロマンも忙しくなってきた。
ここは英雄と常人が集う居場所だ。
これで何も起きない訳がないのは、この半年が証拠。この先だってそうだろう。
「このスープ、目の覚めるような旨味だね」
代官の賞賛をもらった。
実は迷宮で調理する最中、俺もついに魔法使いになったのだ。
『指先から旨味調味料が出る魔法』――『アジノモト』と名付けた。ごく少量ですごい効果がある。
これは当分秘密だ。
***
「せっかく呪いが解けたのに、『大宮殿』は消失しちゃったんだよねぇ……一緒に飲み会したかったなぁ」
「仕方ないさ。最後にすっきりできて本望だろう、あたしも迷宮主じゃなくなってホッとしたよ」
新しいリンゴ酒を開けたメルセデスは、珍しく感傷を母さんにこぼした。酔ったのかもしれない。
『大宮殿』といえばスキャンダルで精神攻撃を仕掛けるデーモンだろ。酔っ払っても呼ぶなよ?
「『大宮殿』なら余が消失前に欠片を回収して、ネストに放り込んでおいた。いつか復活するだろう」
「む、そんなの『ネストと迷宮の融合体』が生まれる伏線ではないかの?」
「愛娘が世話になったんだ、それくらいいいだろ?」
グーラの抗議を受け流すフィーこと、フィデリア・ルフェイ・シドニア……と、シドニア卿も来ていた。シドニア卿はなんだか、憑き物が落ちたようないい顔になっている。恐るべし、妖精女王。
「すぐお暇するから安心したまえ。私は王国を追放になった身でね」
国王をだましたり王都の騒動を誘発した罪だそうだ。俺はどうもこの人が苦手で、なんと言えばいいか迷う。
「……ほんの二日前のことなのに、早いんだな」
「フェアリーリングで行き来したからな。そのこともバレて、王宮で研究されることになってしまった……妖精の存在が再認識されるなら、それもいいのかもしれない」
フェアリーリングが実用化されたら、アントレの『転移流通網』と競合しそうだなぁ。同じことを考えたらしい代官夫妻が怖い目になった。
また騒動の予感だ。
シドニア卿は未だ妖精の痕跡が残る西の島国、魔族国家へ渡るそうだ。フィーも付いていくという。
メルセデスとはけじめが付いたようだ。親子三人、柔らかい表情で短い言葉を交わしていた。普通の親子みたいになるには、まだ時間がかかるだろうけど。
夫妻は今から発つというので、マゼンタも一緒に外まで見送る。
「余も人並みの寿命を得た。これからはただの“フィー”として、夫と添い遂げるさ。娘をよろしく頼む」
「人といってもエルフ並かも。ボクより長生きするかもしれないよ、女王」
「そうそう、お料理は最後の一口までわからないよ」
マゼンタとメルセデスの言葉に母親は驚いた顔をする。すぐに笑うと夫婦は去って行った。
~ グーラのめしログ 『海苔弁当』 ~
この店、最近トラブルに巻き込まれすぎだと思うが、日を置かずして解決したの。店の休業が長引かなくてなによりぞ。
一つ一つ中身がちがうというこの弁当、われが受け取ったものはちくわの磯辺揚げ、白身魚フライ、鮭の塩焼き、卵焼き、半熟の味玉、きんぴらごぼうにお新香が入っておる。
ちょっと豪華であるが奇をてらった内容ではないの。
最初の一口はやはり、ちくわの磯辺揚げであろう。理由は知らぬがこれに決まっておる。
しょうゆなど付けなくてもうまいからかの?
優しい味と油の満足感を兼ね備えたおかずであるが、サクッとした衣とちくわの食感もよい。この磯の香りが残るうちに、姿を見せた海苔とご飯をすくい上げる。
しっとりとした海苔は滑らかで香りがよい。おかかは辛めに炊いておるの。しょうゆ原理主義者も満足の、汗をかいた後に食う味である。
しかし味の濃いご飯を、薄味のおかずと共に口へ詰め込むと。
おかずの分だけ香りや食感に変化が生まれる。
おかかご飯の強い旨味に、タルタルソースの付いたフライはコクを加えてくれる。
この甘い卵焼きには『アジノモト』の魔法を使ったかの? エミールは隠しておる故、われも黙っていてやろう。
つまり、のり弁の主役は海苔とご飯なのだ。おかかの少ない端のご飯は、お新香と一緒に食うがよい。
最後の一口には二層の海苔を含むご飯と、味玉をお取りおきした。
半熟の黄身のコクと味のしみた卵白の食感に、海苔とおかかの旨味が絡みつく。ここだけ見れば昨夜の『ねこまんま』のようでもある。
思えば、いなり寿司というものは最後の一口がやけに小さく感じる。よって次の一個に手が伸びる。
カツ丼もカレーライスも最後の一口が肝要であった。飯ばかりになってはならぬ。その点、チャーハンは無心に食えてよい。
鍋物の最後の一口は後から加えた飯か麺。ぐつぐつ煮えていた具材も消え失せ盛者必衰、世の移ろいを感じさせる。
最後を逃すこともある。酒と相性のよいものは食っては飲み、飲んでは食う故、酒が先か肴が先か、何が最後の一口かわからぬ。天ぷらと清酒など無限ループではないか。
神事のカキフライは最後の一個を聖女に持って行かれ、まさに幻の一口であったぞ。
激辛麻婆豆腐のように最後を回復薬でしめるのはこりごりだがの。
なるほど、料理は最後の一口までわからぬものぞ。
む、宴が始まるようだの。
今宵はまた、いつにも増して『居酒屋メニュー』ではないか。酒をもて!
~ ごちそうさまであった! ~
「ライアンよ。街に温泉旅館を作ろうと思うのだが、アントレに残って料理人をせぬか?」
「そりゃいいな!」
「王都に帰れよ、親父……」
***
フランベ王国の北部、山と海に程よく近いアントレの街。
街の中央にある迷宮の入り口、その向かいで『居酒屋 迷い猫』はのれんを掲げている。
迷宮広場を夕陽が赤く染める頃。
三毛の子猫が一匹、店に入りたいのか引き戸をカリカリとひっかく。すると小走りでやってきたピンクブロンドの少年がそれを捕まえた。
遅れてきた赤毛の少女は母猫らしい、大きな三毛猫を抱えている。
猫の親子を引き合わせた兄妹を、店の中から呼ぶ声があった。
「いるのか、チビども。飯だぞー、母ちゃんも呼んで来い!」
迷い猫は見つかったようだ。
四章 英雄の記憶と最後の一口・完
(完)
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