1-6 魔法少女は悩みを聞く
太陽も頂点まで昇り切り、晴々しい青空の元、七海は母の作ったお弁当を膝の上に乗せて遅めの昼食を取っていた。朝会の後のまとめ資料を作るのに手間取ってしまったのだ、全部一人でやってしまったのが原因だとは解っている、会長の仕事の為に生徒会役員達には迷惑はかけたくないのだ。
「っ!」
傷ついた頬に絆創膏を貼った部分が痛んだ。また、完璧にこなそうとしてしまった。
タイタンは朝会後にどこかに姿を晦ましてしまった、授業にはしっかりと七海の後ろに座っているのだが、誰も存在に気づいていないような感覚だった。フィレのように特定の人以外には見えていないのだろうか。
「先輩」
中庭の七海の特等席にてご飯を食べていると目の前に新重、この子は千佳ちゃんかな。声の高さで判断を下す、見分けがつかないからと言って失礼であること極まりない。
「どうしたの千佳ちゃん、もしかしてお昼?ここ座る?」
新重千佳は一年生なので七海の事を先輩と呼び生徒会時には会長と呼ぶ。先輩や会長と呼んでくれるのは有難いのだけれども、プライベートでも名前を言ってもらった事は一度も無いのが悲しいところである。
「このままでいいです」
千佳は険しい表情をして七海の膝を見つめていた。普段は七海に向かって表情を見せない千佳のその表情は不謹慎だが七海にとっては少し嬉しいものだった。
「千佳ちゃんが立つなら私も立っちゃおう。それからお話ししよう」
笑顔を作り、お弁当を脇に置いて七海は立ちあがる。
「恐縮です。お話と言っても相談のようなものなのですけど」
「こんな私で良かったら何でも相談して」
後輩、先輩、教師、あらゆる人間から相談を受けている七海にとっては生徒会役員と言う仲間の相談などお茶の子さいさいだ。だが決して軽く見ることは無い。
「最近ですね、あの、ちょっとお腹周りに、ですね、なんと言うかですね、あの余分なものがですね」
千佳の顔が喋れば喋る程に紅潮してゆく。言いたいことは択一解った。彼女は七海と同じ悩みを抱えているのだ。女子ならば一度、いや何度でも気にするであろう、余分な脂肪、もとい体重の増量。
「解る、解るよ千佳ちゃん。私もそうなんだ、同じ悩みを抱える仲間だよ」
俯いている千佳の肩をポンポンと叩いて同調する。
「そ、そうなんですか?先輩ってスタイルも良いですし、そんな風には見えないです」
「着やせするタイプ。良く言われるよ、だけどそれは悲しい現実を突き付けられているのだよ」
昨日の夜も鏡を見て余分な脂肪を目の当たりにしたから言える言葉だ。涙ぐましい事この上ない。
「それで、その余分な脂肪をどうにかしたいって事かな?」
「いえ、違うんです。余分な脂肪がつく原因は解っているんです。問題はその原因なんです」
「夜中に美味しいものが我慢できなくなっちゃうとか?」
「まぁ、そうなんですけど。でもおかしいんです、千佳は前まで夜中には何も食べなかったのに最近になって直にお腹が空いてしまうんです。昨日もお昼を食べたのに五限目が終わる頃にはお腹が鳴っているんです。今日もきっとそうです」
話す千佳の目には段々と涙が溜まって来ている、潤った瞳でこちらを見つめて必死で原因を伝えようとしている。
「はい千佳ちゃん」
涙を拭く為にハンカチをポケットから取り出して渡す。千佳は礼を言って受け取り涙を拭く。幸い遅い昼食だったので中庭には人が少人数しかいなかった。間違っても七海が千佳を泣かした訳ではないのだが、罪悪感は湧いてしまう。
「成長期、と言えなくもないけど、前まで小食だった千佳ちゃんが急に大食いと言ってもいいのかな?とりあえず今はそうしておくね。病院には行った?」
「行きました、だけど結果は異常なしでした。先輩が言うように成長期と言われました。でも解るんです、絶対そんなものじゃないって!」
胸の前で両手を握り、今の自分のありったけの思いを七海にぶつける。
七海には思い当たる節があった。それは七つの大罪の暴食についてである。暴食の使いは種を感情ではなく欲へと変化させ、人に取り付き、姿を現さずに取り付いている人間と共に栄養を得て成長する魔物だ。放課後の魔法少女の仕事のリスト一覧に近々暴食の活動が活発になると記入してあったので、そのせいであろう。
魔法少女の腰についているポーチの中にはヘックスと名乗る女性が魔法で作ったメモ帳と、無くなった魔力を回復させる為の丸いガラス玉と武器になる魔法ペンの代わりになる小さくなったランスが収納されている。さながら四次元へと繋がっているポケットと同等なポーチだろうか。
メモ帳はヘックスと共通して使っている。ヘックスが現状の状況を書き留めてくれるおかげで、どこでどの魔物が活動するかが判断する事ができ、予定が立てやすくなるのだ。昨日怠惰の人面驢馬の項目をペンで線を引いた場合、仕事をこなしたと完了通知が後日届く。それは変身しないと確かめる事ができないと少し不便な使用である。
「了解したよ、千佳ちゃん。その悩みを私が解決するから」
「ほ、本当ですか!」
千佳の顔に笑顔が戻る。この笑顔の方が可愛いのにどうしていつも無表情なのだろうか。
「うん!私は人の気持ちを弄ぶ嘘は付かない」
と、解決に導こうとしている時に始業五分前のチャイムが鳴る。
「あら、お昼休み終わっちゃうのか。千佳ちゃん放課後の生徒会業務の後にまた私の所に来て。そしたら解決しよう」
「あ、ありがとうございます!千佳、日直なのでお先失礼します。また生徒会室で!」
頭を四十五度下げて手を振って千佳は去って行った。千佳の背中が見えなくなるまで手を振っていたが、七海も呑気にしている場合ではない、椅子に座り残ったお昼ご飯を急いで口に詰めて、尋常じゃないほど早く噛みしめて飲み込む。
「ごちそうさまでした!」
手を合わせ、弁当を片づけて速足で教室へと戻る。午後の授業の間の休みにタイタンに暴食の事を話しておこう。