1-4 魔法少女は警護される
夢実高等付属中学校は全五棟と体育館と講堂と武道館、テニスコートにプールにグランドと言って、不憫な設備はそれほどない一般的にある高等学校である。体育館も大きく、全校生徒六百四十八人が入ってもまだ後百人以上は入れる。因みに高等部の敷地は別にある。
そんな体育館の壇上に二人、全校生徒を前にして立っている。
七海とタイタンである。
夢実高校は生徒の主張を重んじている為に朝礼は生徒会がすることになっている。校長が現在出張中なので、校長先生の挨拶を代わりにする今の七海は実質夢実高校付属中学の校長とも言っても過言ではない。壇上の脇に偽が司会用のマイクを持っているが全校生徒の視線は全て七海に集まっている。現支持率百パーセントの七海には教師からは期待の目、生徒からは尊敬の目を向けられていた。総勢千三百二十八個の目が七海に注目しているのであった。
まず朝礼の挨拶は終えた。その次は眠くなるような定期連絡である。各部活動の行いをまとめ、興味も無い事を聞かされる。そこに洒落たジョークを混ぜる事で場を和ませているが、七海のポキャブラリーもそんなに多くは無い。最近は笑ってくれるのは教師だけだ。
「以上で定期連絡を終わります」
作り笑いをして、笑顔で壇上を後にする。次に昇る時はもう少し後の方である。それまで休憩をしておこう。今日はやたら喉が渇くのだ。
「おい、こんなことを毎日やっているのか?」
ずっと黙って七海の後ろにいたタイタンが小さい声を上げる。周りには誰もいないのだが、キャラクターを壊したくないのだろう。
「毎日ではないです。月に一回です。面倒だと思いますが、これが伝統ですので」
「よくそんな陳家な伝統で不満不平がでないものだな」
「みんな口に出さないだけで不満はあるかもしれませんね」
「当たり前だろう。名前も顔も知らない可能性のある他人の報告を喜んで聞く物好きなど早々いないだろう」
「私はそういうの好きですけどね」
「そんなお前を希少種と呼ぶのだ」
「私は普通です!」
少々ムッと腹を立てて壇上の方にそっぽを向く。壇上には保健委員の委員長が定時連絡を行っている。七海とまったく一緒の状況なのに生徒の反応は無関心と、取って違っていた。
だけどその事はまったく気づかず七海だけが楽しげに保健委員の話を視聴している。
ふと、七海の額から汗が流れ落ちる。今日はそれほど厚着をしている訳でもなく、体育館を全校生徒で埋め熱が大きく籠っている訳でもない。なのにストーブを間近で受けている熱さが素肌に感じられる。
ポケットに入っているハンカチで額の汗を拭うも汗は止まる事をしらず、一滴ずつ、湧きでては床に落ちを繰り返す。先程から喉も渇くし、冷たかった水もぬるいお湯のようになっている。
「タイタンさん、何だか暑くないですか?」
異常な暑さに七海はタイタンに質問する。
「はん、警護が役に立つ時が来たようだな」
「それってどういう意味でしょうか。まさか不審者がどこかで火事を起こしているとか?」
「人災と言えば人災だな。だがそんな小さなものではない、欲深く、激しく燃えている。そろそろ顔を出す頃だな」
「だからどういうつっ」
突如頬に痛みが走る。痛んだところを触れてみると、指にはねっとりとした感触がし、確認すると真っ赤な血がついていた。
「お前の仕事の時間だが、今回は私に任せておけ」
「え?」
驚き、脳が反応していない七海の横を走って駆け抜けて壇上にいる保健委員に向かってハンマーが鎌に形状変化しているものを手に持って振りかざす。
一般の保健委員が斬り捌かれる、そうなるはずだった。だがそこには異様な光景が七海の目に映っていた。保健委員の肩から黒色の手が鎌の取っ手を掴んでいた。掌は赤く光り、まるで溶岩のような手だった。
その手を識別した途端に辺りが赤黒く染まって行く。
「入ったな」
タイタンが呟いた事でやっと状況を理解した私の頭が動き始める。
「って!魔物!えぇっとそれにタイタンさんそんな人前で犯罪行為を!」
「お前の目は節穴か」
また知らぬ間に何かをしたのだろう、辺りを見回すと誰も瞬きも、呼吸もせず時間が止まっているように動かなかった。
これは確かルームと呼ばれる現象。魔物が現れた時だけに発生する現象。ルーム内では時間が止まり、一般人では魔物を認知することはできない。できるこができるのは魔法少女である者と魔物の餌食となる者だけである。逆にルームに入っていない人間はルームに入っている者に干渉する事は出来無い。ただ暴食に関してはルームが発生する事は無い、危惧するように。そんな事がマニュアルに書かれていたのを思い出す。
汗が目に入らないように瞬きをした途端にまた七海の横を風が切った。目で追うとさっきの黒い手の持ち主が舞台袖の垂れ幕に吹き飛ばされて倒れていた。
「どうやらサタンの使いが生まれたようだな。暑苦しい奴だ」
壇上でフィレの首根っこを持って今まさに赤い飴を無理やり食べさせているタイタンが言った。
サタン。七つの大罪の中で憤怒の感情を使役する悪魔。他の六個の感情、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。これらを司る悪魔達が人間の負の感情を高まりに高め自分の化身の魔物を生み、その魔物を使役し自らの力を高めるのだ。それらは人間に害をなし、己の欲望のままに動き回る。その為に魔法少女がいる。
全ての魔物は魔法で裁かれ。魔法で統一される。
「ファイアーフォックス」
燃え盛る太刀を鞘から抜き出し、舞台袖の幕の上に倒れている魔物に向かって刃を向ける。
魔物は幕を黒い右手で握る、すると幕が燃えあがり、垂れ幕全てに火が行きわたる。壇上は燃え盛る業火なステージと変わり果てた。
魔物は人型だが、黒い鎧を所々に纏った狼であった。狼の魔物の目が赤く鋭く、七海を獲物として捕らえていた。
狼の魔物は七海を見据えていた。
「こっちを見ろ、犬畜生」
壇上の上にいるタイタンが呟いて太刀を振った瞬時、狼の魔物が体育館の外へ飛び出、タイタンの太刀筋をかわす。
「逃げ足の速い奴だ」
タイタンはその言葉を残して狼の魔物の後を追ってしまった。
とりあえず、火を消化しようと消火器を探そうとするも、火など上がってはいなかった。先程まで燃え盛っていたステージは静かに元のステージへと戻っていた。きっとタイタンがまた魔法を使ってくれたのだろう。
「魔法よ、力を貸して!」
ホッと一息をついた後にコンパクトを取り出し変身する。タイタン一人には任せておけない。七海もランスを持ち、タイタンの後を追う。