1-2 魔法少女は妖怪と湯浴みする
バタン。と扉が閉まる音がした。後ろを向いてもそこは自室の扉があり、開けてみても自宅のフローリング式廊下が電球の光を反射しているだけだった。
夢だったのかな。と思いたいが、手に持っている白いキャンディと狐耳幼女を抱いている事で夢じゃなく現実と思い知らされる。
七海の部屋は小奇麗に片付いていた。つい先程寝ていた深紅のベッドよりは柔らかくは無いが、寝るには困らないベッドに勉強机、クローゼットには春夏秋冬の服が入っており、衣装箪笥にはまだ必要無い衣服や下着が収納してある。色んな種類の本が入れられた本棚に、小さなテーブル、その上にノートパソコンが一つ置いてある。年頃の女子らしくもない、我ながら質素な部屋だと常日頃七海は感じていた。
「だいっ興奮!」
突然、抱きかかえている狐耳幼女が喋ったかと思うと、手から抜け出してベッドへとダイビングした。
「これが現役女子中学生の枕の匂いか!反芻反芻!おっと!こちらには使い古したティッシュが入ったゴミ箱が!も!し!や!こ!れ!は!甘い青春の香りが!おっ?」
何をしだすかと思えば犯罪者紛いの事をしだしたので、脇を両手で持ち抱え、対面させる高さまで上げる。なんとなくだが、タイタンが言った事を理解する七海であった。
「あなたは私の監視役なのでしょう?」
少しドスを聞かせた声で訊ねた。いくら幼女とは言え度が過ぎる事をすれば怒る時は怒るのだ。
「そ、そうみたいだな」
目にも判るようにしょんぼりと耳を垂れ下がった。本当に動物のような幼女だ。
「じゃあ、こんなことしちゃダメでしょ?」
「欲を抑え切られなくて。自分の中で何かが満たされたくて」
「気持ちは解る気もしないけど、でも、もう今のことはしないでほしいな、監視と言うプライバシーを侵した行為をしている挙句、部屋を荒らされちゃかなわない」
「御尤もです」
「解ればよろしい」
幼女がコクリと頷いたところでベッドの上へ降ろした。幼女は先程とは別人のように至極まともになり、ベッドの上で正座をした。
「あなたの名前は?あ、私は文月七海。よろしくね」
勉強机の椅子をベッドの前まで持ってきて、それに座った後にこれから一週間監視される相手に自己紹介をする。
「私か?私はフィレだ、今はあの木偶の棒に力を貸している狐の妖怪だが、元はおっぱいちゃんと同じ魔法少女だったんだぞ」
えっへんと誇らしく胸を張るフィレの姿は微笑ましく、可愛げがあった。
「おっぱいちゃんって・・・。あれ?フィレちゃんは元魔法少女だったってどういうこと?妖怪が魔法少女になれるの?」
魔法少女は魔の法律で裁く為に人間の少女がなれるもの、決して妖怪と称された魔の物がなれる訳が無い。七海はそう教わった時の事を思い出す。
「まぁ色々あるんだわ。説明しようとすると、おっぱいちゃんの力を奪いに、あの木偶の棒が強制的にくるぜ」
「それは困りますね、聞かなかった事にしてください」
「良い心がけだな」
まるで脅し文句のように聞こえたが、そこを深く掘り下げると、本当に魔法少女をやめさせられないのでやめておこうと、七海は自分を律した。
「えぇっとフィレちゃんが妖怪ってことは相当お年を召しているってことかな?」
「女性に年齢を訊くか」
「女子同士なんだからいいんじゃないかな?ほら、お近づきの印みたいな感じだよ、一週間の監視期間だけど私、フィレちゃんと仲良くしたいし」
笑顔を向けると顔に光でも当てられたか、フィレは苦い顔をした。
七海は会話をして気づかされた。監視される事を成り行きで了承してしまった事に。そんな自分を恥ずかしいと思ってしまう。
決して見られたい訳ではない。タイタンはトイレやお風呂場まで監視すると言っていたのを、きっぱり断れずにフィレを連れてきてしまったのは七海が冷静ではなかったからだろう。
「ぐっその眩しい笑顔!天使か!仕方ない、私の年齢はせ」
「七海ちゃん帰っているのー?」
年齢の最初の言葉を発した瞬間にフィレが言葉に詰まる。ドアの向こう側から聞こえた声は母親のものだった。フィレと話している声と気配で気づかれたのだろう。
「入るねー」
ノックを三回してから、ドアが開き、見なれた母親の顔がドアから覗かせた。母親は心配そうな素振りはなく、元気な娘の顔を見て、安堵の息を漏らした。その後に眉を顰めた。
「もう、帰っているなら、帰ったって言ってよね。ほらご飯できているわよ」
「あ、うん、ごめんなさい。着替えたら降りるね」
母は言伝だけして出て行った。何かがおかしかった。そう七海が感じたのは横に正座しているフィレのせいだろう。
「どうしてフィレちゃんの事を触れなかったのかな?」
「私は一般の人には見えないのさ、逆に見えたらおっぱいちゃんが言い訳に困るだろう?こんないたいけな幼女を保護しました。なーんて言って信じてもらえるかい?」
「いたいけって自分で言っちゃうんだね。でも信じてくれると思うよ。だって私のお母さんだもん」
「すげぇ理屈だな」
「ご飯冷めると二人共に悪いから、私、着替えるね」
「おう」
と、言うもののフィレは変わらず七海の事を凝視している。
「あ、あの」
「なんだ?ストリップしてくれないのか?」
「しないよ!人に見られながら私、快感は覚えないよ!」
「人じゃないから安心しろ!」
「妖怪でもやだよ!」
力強く言い放ったフィレの眼は今かまだかと期待して輝いていた。
「そんな煩悩の塊のフィレちゃんにこれをつけさせてもらいます」
「なっ何をするだー!」
衣装箪笥から白く分厚いタオルを取り出してフィレの顔に巻いてやる。これでこちらを見られる心配は無い、念のために手と足も縛っておこう。
「うぅ自分から仲良くなりたいと言いながら、こんな仕打ちをするとは」
七海はフィレの泣きごとを無視して着替えに取り掛かった。パジャマを取り出してベッドの上に置く。手っ取り早くブレザー、リボン、カッターシャツと言った順番で脱いでハンガーにブレザーを掛ける。そして予備のカッターシャツも同じハンガーに掛けておく。スカートのチャックを下ろしてスカートを脱ぐ。紅葉した葉が落ち始めたからか、下着だけでは少々寒かった。
「その音はスカートを脱いだ音!くぅ下着姿が見たい!舐めまわすように見回し揉みしだきたい!」
くねくねと体を捻らせて、どうにか手と足を縛っているタオルを解こうとしているフィレを見て、これから一週間着替える度にフィレを縛ろうと決意する七海であった。
自分の体が映っているクローゼットについている鏡を見る。少しお腹周りにお肉がついてきただろうか、いやこれはきっと錯覚だ。お肉と思うからお肉なのだ、例えお肉だったとしても女性は多少太っている方が男性にモテる、そうどこかの雑誌に書いてあったはず。と、自分に言い聞かせる。
「あー、ちょっと太っちゃったかなぁ、なんて思っていたりする?」
心臓が高鳴った、後ろを振り向いても、変わらずフィレは目と手足を縛られているままだった。
「そういえばフィレちゃんはご飯とかどうするの?」
気を取り直して、置いておいたパジャマに手をかける最中に疑問に思った事を訊ねる。
「私か?私はスニャッカーズがあるから大丈夫だ」
お菓子の名前が出てきた。気が抜ける名前だがお菓子である。チョコバーなのだが中にキャラメルとナッツが入っている外国で人気のお菓子だ。七海は余り好みではない。あの歯に付くようなキャラメルが駄目なのだ。
「狐がチョコ食べても良いの?」
「そこは割りきって考えよう」
「割りきっちゃうんだ」
「スニャッカーズだけに!」
疑問も解消できたところで七海は着替え終える。
「いや、あのね、スニャッカーズのCMで折っているからね、だから割り切るって言ったのね」
「ボケの説明をしても余りうまくないよ」
「スニャッカーズだけに!!」
美味しくないと思っているなら食べなくてもいいのにと七海はツッコミつつ、フィレを縛っているタオルを解いた。タオルは湿っていて、衣装箪笥から出した時とは随分重さが違った。これは先程の涙か、それとも今のボケ殺しに対しての涙なのかは七海には判別はつかなかった。
「あー窮屈だった。うわっ!ピンクのパーカーとは、あざとい!胸がはち切れんばかりにパーカーを突き破ろうとしているのがあざとい!しかもパーカーに隠れるように履いているショートパンツが味を出している!あざとい!」
それはあざといと言うのだろうか。七海は口には出さずに手をわきわきとさせているフィレの頭を軽く撫でてやって落ち着かせた。
「それじゃあ、ご飯食べてくるから、いい子にしていてね、決して部屋嗅ぎまわって探りまわさないでね。その場合は私、変身するから」
「は、はい、心得ました」
背筋を伸ばしてフィレは信楽焼のように固まった。それを見てから信用はできないが、七海は自室を出た。廊下の突き当たりにある階段を降りてリビングに続くドアを開け、リビングへと入った。
「お、なんだ、帰っていたのか。心配したぞ、連絡くらいよこしなさい」
リビングに入ると、ソファーに座ってテレビを見ていた父が七海に声を掛けた。父は既にこの時間には帰っているので、帰宅時に七海がいないと、人の親なので心配するのだ。
「ごめんなさい、ちょっと遠くの本屋に行っていて、それで、夢中になっちゃって」
七海は反省の色を見せて、父と母に向かって謝った。
「そうか、七海は読書が好きだったもんな。だけど今度からは連絡するように、解ったか?」
「はい」
門限を初めて破ったにしては、お咎めも無く、少しのお説教で終わってしまった事に、腑に落ちない様子の七海。別に怒ってほしい訳ではないのであるが、不思議な気持ちに包まれていた。
「ほぉら、お腹空いたでしょ、食べなさい」
テーブルには大好物の鳥の空揚げが並べられていた。カロリーを相当消費したはずなので、多少多く食べても悪い事は無いだろうと言い訳しつつ席に着いた。
「はーい、いただきまーす」
父と母は自分が帰って来るのを待っていてくれたようで、七海が席に着くと同時に座り。家族揃ってご飯を食べ始めた。
他愛無い会話が何度も交わされて、ご飯を食べ終える。
「ごちそうさまでした」
これもまた家族揃って言った。
「お父さん持って行くね」
「あぁありがとう」
自分と父の食器を持って台所の流し台へと向かう。これも七海の日課であった。食器を洗おうと腕を捲ると、母に優しく腕を掴まれた。
「今日はいいから、先にお風呂入ってきなさい」
「え、でも」
「いいから、明日早いんでしょう?お母さんに任せて」
「うん、ありがとう」
ここで母の気遣いを無駄にする訳にもいかないので、七海は甘えておくことにした。
二階へ続く階段を昇り、フィレの様子を見る為とバスタオルを取る為に、何やら騒がしい自室のドアを開けた。
「大玉ボンバー!これはビッグバンですわ!はっはっはっは愉快爽快!わぁっはっはっはっぁ!」
七海のピンク色のブラジャーを頭にかけて遊んでいたフィレと七海は目と目が合った。フィレと七海との間の時間が止まったように感じたが、それも一瞬の間であり、七海は無言でコンパクトを取りだし、変身しようとする。
「わー、すまない!すまない!言う事を利かなかった事は謝るから痛いのは止してくれ!」
「大丈夫、封印はしない、ちょっとチクリとするだけだから」
「おっぱいちゃん目が怖い!人ってそんな目ができるのね!」
「魔法よ、力を貸して」
「いやああああああああああああ」
小さき獣の鳴き声が部屋中に響く。だけどこれが誰にも聞こえてないので、何も気にすることなく、可愛い二の腕にランスをちくちくと優しく刺す。この仕置きはお尻を叩かれるより痛いだろう。子供の頃の針への怖さは異常である。多分お灸を据えられる以上にトラウマは植えつけられる。
「いたい!血がでてる!こんなの初めて!」
「反省の色が見えません」
「ひぎぃ!深い!奥に当たりそう!」
「え、刺しこんじゃった?」
「いえ、まったく」
「そう・・・」
けろっとした表情で言ったので、より一層強め七海は刺した。
「ごめんなさいいい」
腕にしがみ付いて涙目で七海を見据えているフィレを見て、良心が痛んだので、仕置きは終わりにした。これ以上すると、妖怪と言えど小さい子を虐めている気分になりかねなかった。
七海はコンパクトを閉じて変身を解除する。フィレはペロペロと二の腕から血が出ている部分を舐めていた。狐が毛づくろいをしている様まんまである。
「次、同じ事をしたなら監視役変えてもらうからね」
「ふぁい」
涙声で答えるフィレは愛らしかった。
「おっぱいちゃん、どうして監視役が私以外にいると解ったんだ?」
傷ができた部分が自然治癒とは思えないほど早く治り、消え去ったのを不思議そうに見ている七海に向かって、フィレはあぐらを掻いて質問する。
「それはね、タイタンさんが椅子に座った時あったじゃない」
「私が太刀と同化している時だな」
「その時に、肩に鳥の妖怪なのかな?その子が止まっていたから、もしかしたら他にも仕えている子がいるのかなって思って」
タイタンの話を訊くのに必死だった七海が思い返してみると、気になる点が幾つも思い当たった。小人に、あの部屋の謎、仕える妖怪、タイタンと言う男の存在そのものが謎なのだが。今、それは深く考えても七海には答えを見つけることは出来なかった。
「あぁ、あいつな。あいつは好かん。それにおっぱいちゃんとは色々と合わないと思うぞ」
「そうなの?何か可愛らしい子だと思ったんだけど」
「そう見せかけているだけだ、あいつは腹の内が読めん奴だ!」
力強く語るフィレの眼は闘士に燃えていた。二人の間で何があったかは知らないが、触れない方が七海の身の為である事は直感で理解した。
「それはそうとフィレちゃん、私、お風呂に入る為にバスタオルを取りに来たんだ」
「ほい、これだな」
衣裳箪笥を断りも無く開けて、得意げにバスタオルをテーブルの上に置いた。
「ねぇ」
「言うな言うな、礼などいらん。私は物覚えがいいのだよ」
「へぇ、つまり私が言った事を覚えていながらあえて、漁ったんだ」
「最近物覚えが悪くなってな、ご飯まだ?」
「ほっぺにチョコ付いているよ?」
フィレは右頬に付いているチョコを人差し指で拭って口に突っ込んで舐めた。言っていたスニャッカーズを食べた後なのだろう、嬉しそうな顔をしている。そんな嬉しそうな顔をしているのを見ると、七海は怒る気も失せてしまった。
「もう、ほら、フィレちゃんいくよ?」
「はい?」
フィレの目が点になった。フィレが出してくれたバスタオルを持つ前に、もう一つ一回り小さなバスタオルを取り出して、洗濯する為の服と下着を持っておく。
「もしかしてお風呂は三日入らなくても大丈夫な人?」
「そんなズボラじゃない!行く!入る!おっぱいちゃんの裸体を目に焼き付ける!」
「そんなことしなくていいから。それじゃあいこっか」
フィレを抱え上げてバスタオルを持つ。フィレに胸部を揉まれないようにバスタオルと洗濯する服をフィレとの間に挟みガードする。あからさまに嫌な顔をするフィレを見て、七海は心の中でガッツポーズをした。
階段を降りてリビングと反対側に位置しているのが洗面所兼脱衣所である。自慢ではないがお風呂場は一般家庭より少し広い。
洗濯機の上にフィレを置く。
「フィレちゃんの服って脱がしても良いの?」
「質問の意図が良く解らんが、優しくしてね」
「いや、こう言った妖怪は服と同化しているのがセオリーだと思っちゃって。まぁ何もないなら万歳して」
フィレが万歳したのを見て、服を脱がしてやる。一枚しか着てなかったようなのですぐに肌色が見えた。フィレの服を畳んでその後に持ってきていた小さいバスタオルで先と同様目に巻いてやる。
「何をするだー!パート2」
「そんなお昼の番組みたいなことをやらなくていいよ」
フィレはしっかりと手を回して数字の二を表すようにピースしている再現までしていた。
「こっちは裸体を晒しているのに・・・なんというプレイですか」
「プレイとか言わないで。これも全てフィレちゃんが悪いんだからね」
返す言葉も無いようでフィレは口を閉じてしまう。
持ってきていた服を脱衣籠の中に入れて、着ていた服を脱いで、また下着姿になる。パジャマは綺麗に畳んだ状態で洗濯機の上に置いておく。
フィレの目の前で手を振り、反応しない事を確認して、下着も外し、生まれたての姿になる。下着も洗濯籠に入れて、お風呂場へ続くドアを開ける。そしてフィレの脇を抱えて、肌に触れないようにして風呂場へと入った。
「おっぱいちゃんはどこから先に洗うのだ?」
フィレを浴用椅子に座らせると、もう目隠しになれているのか、普通に話し始めた。
「それってさ、女性に言うと頭って言うしかないよね」
「好きな男子には胸やらふとももやらお尻やら色々と言うんじゃないのか?」
「好きな男子程恥ずかしくない部分を言っちゃうよ。だって知られたくないもの」
七海は、生まれてこの方、その質問は初めてされたのだがとは言えなかった。
「普通は私の事を知ってほしいと思うものでは?」
「私は知ってほしくないな。別に隠したい訳じゃないよ。自分から自分の事を言うより、相手が私を見て知ってほしい」
「気難しいお年頃というやつか」
「そうかもね」
「それで結局どこから?」
「言った通り頭、いや、髪の毛からだよ」
タオルを取った後に言ったっ通りに頭からお湯をフィレに掛けてやる。
「こぽぉ、びっくりしたぁ!」
フィレがこちらを向く前にシャンプーを二プッシュして手の中で捏ねてすぐさま髪の毛に浸した。フィレの頭に振れると耳が勝手に折れ曲がり、水とシャンプーが入らないように塞いでしまった。
「フィレちゃん、もしも私を見ようとするならば、事故で目にシャンプーが入る事になるよ?」
「事故・・・?」
怖くなったのかフィレは小さな手で目を覆う。
「ここ三十分で体感したが、おっぱいちゃんは鬼だな」
「魔法少女だよ?」
「まぁ、そうなのだけど。おっそうだ、おっぱいちゃんに訊きたい事があったのだ」
「何?セクハラでなければ答えるよ」
「至極真っ当な質問さ。どうして魔法少女になろうとしたのかなってさ。見た感じ、裕福な家だし家庭内事情も悪い訳ではない、さっき部屋を漁らしてもらった時にテストも見たが成績も悪くない、容姿も抜群。そんなおっぱいちゃんがどうして魔法少女なんて異質な存在になったか気になってね」
フィレの言葉に髪を洗う手を七海は止めた。
異質な存在。そう言われると確かにもそうだ、魔の物と称される物達と関わっている時点で普通ではない。
七海は泡だった右手を見る。なんら変わりのない少女の手。だが変身すれば、こんなか弱い手でも大人を圧倒する事など造作もない。
人をも丸のみできる脅威なランスを扱い、魔の物を裁き、元いる場所へ帰す。それが魔法少女の仕事だ。七海は自分が魔法少女ありきの生活に順応し過ぎていることに気がついた。
そもそも魔法少女自体なんなのかは、ほとんどと言って知らない。自分に力を与えてくれた人物は唯、口頭説明とマニュアルをよこして、それに従っているだけである。ふと、考えてみれば知らないのに七海の日常には魔法少女や魔の物が当たり前になっていた。まるで人間が作った兵器のように。
「おーい?おっぱいちゃん?」
遠くの方からフィレの呼ぶ声が聞こえて七海は考えることをやめた。
「あ、はいはい、ごめんね、熱に当てられていたよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」
気遣ってくれているフィレに元気を見せる為に再び頭を洗い始める。一度考え込むと考え過ぎてしまうのが七海の悪い癖である。
「答えたくなかったら、答えなくてもいいぞ、なんとなく気になっただけだからな」
「うん、そうする」
慣れてしまっていたが、普通だと思っていたものほど普通ではないのかもしれない。
しんみりとした空気になったのが悪かったのか、体を洗っている最中は空気をよんでフィレの質問はセクハラ三昧になってしまった。
体を洗い終えて、綺麗になったところで湯船に浸かれば今日一日の疲れが飛んでゆく、体の芯から暖かくなっていく。
「んんー」
気持ちよさをより良くする為に七海は腕を伸ばして肩を叩く。どうもここ最近また肩が凝り始めた。肩が凝る理由は解っているストラップをきつくしすぎて筋肉の筋が痛いからである。緩めても良くないと訊くが、ブラ自体の買い替えの時期だろうか。と考えているとフィレが七海に声をかけた。
「何を感じているのだ?」
「心地いいなぁって」
「私は見えない恐怖と共に湯船につけられていて、心地よくないぞ」
「自分の行いを悔やみなさい」
フィレは湯船に浸かっていると思っているが、実は桶の一つにお湯を入れて簡易お風呂を作っているだけなのだ。足がついているから解ると思うんだけど。
数十分して湯船から上がり、再び脱衣所兼洗面所へと戻った。
まずは濡れたフィレを拭いてやろうとすると、動物のように身震いをした。ぬるい水飛沫が顔に掛かり、それをバスタオルで拭う。気を取り直して目隠しをしたままのフィレを七海は拭いた。
「フィレちゃん私のお古の服とか無いから、着替えは我慢してね」
「大丈夫だ、私は同じ服を三着持っている」
「え?でもないよ?」
洗濯籠を見回しても脱いだ時のままである。
「こうすればいい」
手を横に突き出した瞬間に何もなかった空間に丸い穴が空いて、そこへ小さな手が突っ込まれた。そして直に引きぬいて、お目当ての服をフィレは取り出した。七海が瞬きしている内に穴は消えていた。
「え?何かな?今の?」
「タネもしかけもトリックもございません」
「マジックなの?」
「魔法の一種ではあるな。今あの木偶の棒のいる場所と、ここを一瞬繋いだのだ、とは言うもののあいつの部屋ではなく私の部屋にだがな、だから見られる心配はないぞ」
「そうなんだ、そんな魔法もあるんだね」
空間転移魔法のようなものだろうか。まさか妖怪が魔法を使えるとは思いもよらなかった。と七海は自己完結しておいた。
フィレが取り出した服を自分で着ている間に、七海は自分の濡れた体を拭いてパジャマを着用する。丁度着終わると、フィレも着替え終わっていたので目に巻いているタオルを取った。
「うおっ眩しい!」
何度も瞬きさせながら目を細くして辺りを見回しているフィレを見て、一言声を掛ければ良かったかもしれないと、七海は自責の念に囚われた。
「フィレちゃん頭乾かすよ?」
ドライヤーを持って洗濯機の上にいるフィレに先端を向けると。
「チッチッノ―センキュー、もう乾いていますから」
「え?」
言われてみると、フィレの髪の毛は風呂に入る前と同じように乾いていた。
「もしかして、フィレちゃんの能力を使って?」
「イエス!アイアム!私は火を扱う事においては誰にも負けない自信はあるね!電化製品にだって、原始人にだって!」
「張り合う相手が原始人と機械って悲しくない?」
「あまり突っ込まないでほしい」
どうやら気にしているようで、獣耳と同じように俯いてしまった。
「ごめんね。じゃあ、私髪の毛乾かすからちょっと待ってね」
謝罪をしつつ、七海はドライヤーのスイッチを入れる。生温かい風が髪の毛と髪の毛の間を通り抜けて、髪の毛に含まれた水分が無くなって行くのが手触りで感じ取れた。
ドライヤーの音を聞きながら何分経ったかは知らないが、髪の毛はある程度乾いた。
「人間って不便だな」
乾いてサラサラになった髪の毛を弄びながらフィレは言った。
「不便だからこそ利便性のある物を作って欠点を補っているんだよ」
「つまり欠点だらけの生き物と」
「命あるもの欠点だらけだよ」
「私に欠点はない!」
「フィレちゃんの欠点は欲望だね。ほい」
湿気をしみ込ませたタオルは洗濯籠に入れ、フィレを抱える。もちろん行きと同じように体には触れさせはしなかった。
洗面所兼脱衣所を出て、七海はリビングの扉を半分開けて顔を覗かせた。父はご飯を食べる前と同じようにテレビを見ていて、母は食器を洗い終わり丁度片付けに入っているところだった。
「お風呂お先でした。今日は寝ます、おやすみなさい」
顔を覗かせながら言うと、ソファーに座っている父が七海の方を向いた。
「あぁ、おやすみ」
その後に母が七海を見て笑顔で就寝の挨拶をした。
フィレと共に自室に戻り、明日の予定を確認する為に学校鞄からメモ帳を取り出し、開いた。
明日の予定は朝に朝会。放課後に生徒会業務がある。それが終われば魔法少女の仕事をする。簡潔に三行にまとめて書かれていた。
「よし、じゃあフィレちゃん寝よっか」
「そうだな、ではどうして机の脚に縛られているのか説明してもらいたい」
フィレを机の脚にがっちりと結んでいる時に抗議もされず黙っていたので、てっきり了承していると思っていたが、なぜ自分がこんな目にあっているのかを疑問に思っていたようだった。
「これまでの自分の行いを覚えている?」
「忘れかけているから、あの温もりをもう一度」
「じゃあ、おやすみー」
慈悲で小さな毛布をかけてやり、部屋の電気を消して七海は布団に潜った。教育とは心を鬼にして教えないといけない時がある、それが今と七海は信じていた。
布団に入って目を瞑って何分か経てば七海の意識は薄くなり、最終的には何も考えなくなった。