表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女狩人  作者: 須田原道則
2/34

1-1 魔法少女は監視される

 文月ふみつき七海ななみは魔法少女である。


 文武両道、才色兼備、頭脳明晰。こう言った言葉が似合うどこにでもいるはずの少女である。年齢十四歳水瓶座のO型、身長百七十二センチ、体重五十七キロ、バスト九十五センチ、ウェスト六十九センチ、ヒップ八十八センチ。私立夢実高等学校付属中学所属、二年三組出席番号二十番。学校での仕事はクラスの委員長兼生徒会長で夢実高等学校付属中学の華であり、型でもある。


 そんな役柄であるからこそ交友関係は幅広く、生徒、教師は当たり前。PTAや付近住民、理事長までも友好的に付き合っている。もちろん家族との付き合いも最善であり、最高である。


 家族構成は父と母。兄弟はおらず一人っ子。幼いころに父を亡くし、母が二年前に再婚した。


 彼女が微笑めば皆が微笑む。彼女が泣けば皆が泣く。そんな王道のような道を行く彼女には誰にも言えない秘密がある。


 それが魔法少女であること。


「魔法少女。それは魔の物を法律で裁く権限を持った少女たちの事である。か」


 文月七海の文献を読み終えた背広の男は鼻で笑ってから、開いている文献を閉じる。


 男の前には深紅のベッドの上で安らかな顔をして、黒く長い髪を乱れさせて横たわっている文月七海が目に映った。かれこれ彼女は二時間ほど眠っているが、一向に目を開けようとはしない。まるで死んでいるかのようだ。


「ははん、さては強く殴りすぎたな、こりゃ脳の中で出血しているぜ。お前、力の制御くらいしろよな」


 黒い背広を着た男の長い足の後ろから幼げな少女が現れる。


「黙れ女狐」


 男は隣にいる狐の耳と尻尾を生やした幼女の頭を掴み、自らの顔の高さまで幼女を逆さ吊りの状態で上げる。幼女の瞳は黄色く輝きこちらを見据えている。


「離せ!脳まで筋肉非モテ仏頂面引きこもり男!」


 狐のような幼女は、男に抵抗するために目を三角にして手を回し、足をばたつかせて暴れまわる。


「んっうぅん」


 大声が起床の合図となったか、七海が目を覚ました。


 目を開けて彼女が最初に見た光景は、大男が小さき幼女をヘッドロックしている場面であった。そして次の瞬間、後ろを振り向き男は幼女を部屋の隅まで投げ飛ばした。幼女は勢いよく頭から壁にぶつかって小さな悲鳴を上げて動かなくなってしまった。


 脳がまだ働いていない七海にも、それは異常な行為である事が理解できた。


「なっ何しているんですか!」


 ベッドから飛び起き、裸足で投げられた幼女まで駆け寄り、優しく抱く。そしてこんな酷い目に合わせる非人道的である人物を睨みつけた。


 七海と男は目が合った。目が合ったことで、目の前にいる男が誰かを七海は理解した。黒い背広にオールバックの髪型、そして口元まで深く巻いているマフラー。彼は自分を襲った正体の知れない男に酷似している。脳が活性化するほどに、もはやそのものだと、脳が告げている。


 七海は自分の体を見る。薄い茶色のブレザーに赤いリボン、淡い紺色のスカート、通っている夢実中学の制服を気を失う前と同じように着ている。着崩れもしておらず、今朝着た時より綺麗になっているように感じられた。


「わ、私に何をしたんですか」


 七海が初めて会った時のようにぎこちなく問うも、男は同じように物憂げに考えているだけだった。


 ふと、胸の辺りにこそばゆい感覚を覚えた。何かと思い見てみると、抱きかかえていた幼女が目を覚まして小さな手で胸部を揉みしだいていた。


 幼女の赤みがかった髪の毛の頂点部からは狐のような耳が生えており、七海の胸を揉む度に耳が動いて感覚を感じ取っていた。


「ほうほう、これは中々の」 


 ご満悦の表情で揉んでいる中、七海の視線に気づくと無垢な笑顔で笑って、再び七海の胸を揉み始めた。


「と、とりあえず!彼方は一体何者なんですか!」


 満更でも無くもないが事態の深刻差は目の前に居る男の方が大きい判断した。なんと言っても魔法少女狩人と名乗ったのだから。自らの命の危険を感じるのも無理もなかった。


「言っただろう、魔法少女狩人だと」


「じゃあ、私を殺すのですか?」


「誰も殺すなどとは言っていない。私はお前を人間に戻す為にここへ連れてきた」


 変わらぬ表情で男は言った。


 頭脳明細な七海にも理解不能な事はあった。別に自分は何でも知っている訳ではない。知らない事だって沢山ある。人より少し知識が豊富なだけの中学生なのだ。


「お前を魔法少女から唯の少女に戻すと言っているのだ」


 返事が無いので男は面倒くさそうに説明を付足した。


「私を・・・元の私に?」


 七海は考えた。この男は本当に自分を元に戻す力があるのだろうか。結論は早く出た。この男には魔法少女に対抗できる力があるのはもう既に見ている。長く考えている意味も無かった。だから七海は強く拒絶した。


「いや!私は魔法少女で有り続ける!」


「どうしてもか?」


「どうしても!」


 再び問われても七海は強く拒絶した。


「そうか」


 男は納得し、一歩ずつ七海に近づく。七海は警戒態勢を取り、無造作に置かれていた鞄の中にある小さなコンパクトを取り出した。

それは魔法少女に変身する必要不可欠なアイテムであった。使用者が力を求め、魔法の呪文を唱えるとコンパクトの蓋が開き、中にある粉末が飛びだした後に、使用者を煙で包み込んでしまう。その間にどう言った理屈では知らないが魔法少女に変身するのである。


 男は七海の前まで来ると、その長い手を伸ばした。襲われる!そう思った七海はコンパクトを開こうとした。が襲われる事は無く胸を浸し切りに揉んでいた幼女が尻尾を掴まれて離れて行った。


「何をする!この木偶の棒!」


 幼女は逆さになりながらも、男に見た目にそぐわない罵倒を浴びせ、男の手から逃れようと抵抗をする。


「力を貸せ。文月七海は拒んだ」


「けっ嫌だもごごごごご」


 男は背広のポケットから赤色の棒キャンディを取り出し、逆さまになって拒否しようとしていた幼女の口に無理やりねじ込んだ。


 すると幼女は脱力し、瞬時に赤い光を放つ玉へと変わり果ててしまった。その後にその玉は男のマフラーへと引き込まれ同化し、男のマフラーが赤く光り、仕舞いには熱さがこちらまで伝わる程に燃え始めた。


「ファイアーフォックス」


 男は呟き、七海を見下ろし続けた。


 七海は恐怖を抑え込み、立ち上がってコンパクトを開いた。


「魔法よ、力を貸して!」


 声を張り上げると大きな煙が体を包み込み、七海の視界を白に染める。次にこそばゆい感覚が下から上へ通ったかと思うと、元の炎のマフラーを纏った男が大きなハンマーを持っている視界へ戻った。


「私はこの力を失いたくない!」


 銀色の大きなランスを持ち構え、七海は男と対峙する。


「私はお前を人間へと戻したいだけだ。お前が快く了承してくれれば力ずくで分かちあう事もないだろう」


「こんなの分かち合いじゃない!」


「私の中では分かち合いだ」


 男は足でハンマーを蹴り上げた、それと同時に七海の方へハンマーの突起部分を向けて突進してくる。


 七海はランスの矛先で相殺させる為に弓を引くように右手を後ろへ引いた。普通ならば相殺など力の強さと武器相性も踏まえて確実に七海が負ける。だがしかし七海は今、言葉が伝わらない、または魔の法律を守らない魔の物達を武力で制する力を持っている。負けるはずがないと慢心していた。


 ランスの間合いに入った時、引いていたランスを大きく突き出した。ハンマーの突起部分は割れて粉々になる。そう思っていた。


 だが違った。


 ランスが封印の呪文を言ってもいないのに、口を開け、ハンマーの突起部分を食べてしまったのだ。


「俗物が」


 男がハンマーから片手を離して燃え盛るマフラーを棒状の部分に巻きつけた。


 すると手袋越しからでも伝わる程ランスが熱を帯び始める。未だに突起部分を食べ続けているランスを引きぬこうと腕に力を入れて引くも、ランスは自分の意志を持つかのように微動だにしなかった。


「形状変化」


 男が呟いた刹那、大きな反動が七海の体を吹き飛ばし部屋の壁へ叩きつけた。


「かっ」


 叩きつけられた事によって息ができず声を漏らす。右手に持っていたランスは同じように吹き飛び、部屋の端っこに転がっていた。


 霞んだ目で男の方を向くと、持っていたハンマーは長い太刀へと変化していた。しっかりと鞘を腰につけて、男は太刀を既に七海の喉元につけつけている。チェックメイト、詰み、敗北。七海の頭の中で負けの意味を持つ単語がかけ回る。


 生唾さえも飲み込めない状況で自分が魔法少女の力を取り上げられると解った七海の眼には涙が溜まっていた。そして溢れだし、頬の上を何度も何度も大きな粒が流れ落ち、声を殺して泣き始めた。


「いやです、私はこの力を手放したくない」


 喉元に太刀を突き付けられていながらも七海は拒絶をやめない。それを黙って男は見ていた。


「私はこの力を授かる為に生れたと思っているんです。日々の努力が報われて授かった力なんです。私にしかできない事なんです。それを彼方に奪う権利なんてあるんですか!私の幸せを奪わないでくださいよ!」


 動かせない視線のまま、くしゃくしゃに潰れそうな声で、強い意志を男にぶつけた。


「ふむ、一理ある」


「へ?」


 七海は自分でも驚く程素っ頓狂な声を出した。


「私は鬼ではない、力量での分かち合いができた所で私には人一人の幸せを奪う権利が無い」


 男は太刀を喉元から離して、空中へ投げ捨てた。太刀は半回転し、長い鞘へと収まった。その太刀を腰から外して、ベッドの上へ投げ捨てた。


「つ、つまり、私は魔法少女をやめなくていい?」


「いや違う」


 男が指を鳴らすと、羽の生えた小さな小人が数人と、鳥足に綺麗な羽が生え揃った緑色の髪色をした鳥のような幼女がドアから入ってきた。小人は玉座のような椅子を持ち運んで来て男が座りやすい位置に置いて、そさくさと出て行ってしまった。鳥幼女は黙って男の肩に止まり、目を瞑って動かなくなった。


 その椅子に男は優雅に座ってから話を続けた。


「お前が魔法少女に相応しいかどうかを見てやろう。魔法少女の力の源は清純な人間の幸福度、言わば純粋な心だったな。そのためお前が幸せかどうかを判断する。あぁ判断は公平にするから心配するな」


「ちょっと待ってください、相応しいかどうか判断するって一体どういうことです?」


「補足が必要か?お前の私生活を見て判断すると言っているのだ。学校、自宅、外出時、魔法少女としての仕事。それら全てを見て判断する。ここまで言えば解るだろう、なんたってお前は頭脳明細なのだから」


 頬杖をついて脚を組み、七海を見下すように話す。


「猶予は一週間。本日から一週間お前を監視し続ける。反論は無いな?」


「あ、ありますよ!急すぎますよ!」


「ふむ、では今、力を奪うしかないようだな」


「い、いえ、あの自宅のお風呂やトイレも監視されるのでしょうか」


 椅子の手掛けを持っている手に力を入れて立ち上がろうとするのを見て七海は言いたかった不満を飲みこむ。


「そんな些細な事か、気にするな」


「気にしますよ!」


 常識離れした発言に七海は怒る。もう変身している意味もないので、コンパクトを閉じて、元の制服姿へと戻って立ち上がる。


 変身を解いても紅潮した七海の顔を見て、男はため息をついた。


「では、その場合こいつを監視役とさせる」


 いつの間にか手に持っていた先程の狐のような幼女を七海に向かって投げ捨てた。それを七海は慌てて受け取った。幼女はどうやら眠っているようで、七海の腕の中で丸くなった。


「あ、あの、今さらですけど、彼方の名前は?」


「タイタンだ」


「タイタンさん、まだ納得はいかないんですけど、彼方はどうして私を元の人間に戻そうとするんですか?」


「魔法少女が嫌いだからだ」


「そんな私怨で!」


 七海にとっては驚愕の事実であった。ただ自分が嫌いなものだから根本的に無くそうとするとは、食わず嫌いにも程がある。


「ふん、私が魔法少女のことが嫌いだから、お前達魔法少女を狩っている、何が悪い?」


「悪いですよ!人の事が嫌いだから、人に意地悪するのは悪い事です!」


 当たり前のこと、小学校の道徳の時間で何度も習い、耳にタコができるより、心に植え付ける大事なこと。


「人間とは人の事が好きでも意地悪すると思うのだが、お前はどう思う?」


「それは小学生までです!」


「そうか、ストーカーがどうやって起きるか知っているか?」


「うっ、知っています」


 ああ言えばこう返してくる人である。


「知っていながらも私に啖呵を切るとはお前は相当幸せ者だな」


「そうですよ、幸せ者ですよ・・・」


 少々卑屈になったところで、七海はタイタンの事を理解する。タイタンと言う男は人を虐め、屈服させることが好きなサドスティックな男であった。


「ふむ、解った。ではお前が嫌いと言う事にしておこう」


「え、えぇ・・・」


 最近は人に嫌いなどと言われた事が無い七海は少し落ち込んだ声を上げる。


 二人の会話が止まったおかげで、部屋の中で時計の針が動く音だけが時を動かしていた。時計で思い出したか七海は腕につけている時計で時間を確認する。午後、十時二十分。時計の針はそこから止まることなく動いている。


「嘘!もうこんな時間なの!」


 気絶していた時間は約二時間と解った。解ったところで時は戻っても止まってもくれない。


「うるさいぞ、急に大声を上げるな」


「家、家に帰してください!門限破っちゃっています!」


 慌ただしく腕時計の時間をタイタンに見せつける。生まれて一度も門限を破った事がないので、七海の父母はすごく心配していることだろう。もしかしたら大袈裟にも警察へ電話しているかもしれない。文月家の両親は親バカなのだ。


 そこで七海は初めて気づいた。


 この部屋には窓がある。だが外は暗くなく、晴々しい空が広がっている。だけど周りには何も無かった。ただ空があるだけだ。


「どうして?もしかして午後じゃなくて午前?」


「騒がしくしたり、急に落ち着いたり、忙しい奴だな」


「タイタンさん、どこなんですか、ここ」


「お前に教える義理もない。何故私が説明せねばならん」


「じゃあ、もういいです、早く家に帰してください!」


 意地悪をされている時間も惜しいのか七海はタイタンに詰め寄る。


「はん、好奇心の無い奴め」


 タイタンは鼻で笑い飛ばし、ポケットの中から棒状のキャンディを取り出して、七海に投げ渡した。棒状のキャンディはさっき程の赤色とは違い、白色の包み紙に包まれていた。鼻に近付けて匂ってみても無臭であった。


「こ、これは?」


 七海は舐めて落ち着けと解釈していいのか判らず、手に持った白いキャンディを手持無沙汰にしていた。


「扉のノブに近付けてみろ」


 どうやら思っていた事とは違ったようであった。面倒くさそうに言ったタイタンを尻目に七海は言われた通り、この部屋の出口の扉のドアノブに近付けた。すると白い飴が淡い光を発して、光が消えた時にはシンプルな銀色の鍵へと変わってしまった。


「それは思った場所に行ける鍵へと変わる飴だ。絶対に私利私欲の為に使うな。ここに来る、ここから帰る。それだけの為に使え。この約束を守らなかった場合、お前の力を無理やり奪う」


「解りました」


 約束と言われたからには破らない。七海は心に誓い、ドアノブに鍵を差し込み、回した。音を立てて鍵が空き、扉を引く。


 扉の奥には見た事のある風景があった。そこは七海の部屋であった。


「で、では見ていてくださいね。私が幸せだってことを。絶対に証明して力を奪わせませんから」


「あぁそうだといいな、さっさと行け」


「言われなくても行きます!」


 見送りの言葉にムッと腹を立てて、七海は一歩踏み出して自分の部屋へと入った。扉は静かに閉まってゆき、後ろを振り向くとその奥で椅子に座りながら不敵に笑うタイタンの姿が見えた。


「そういえば、そこの女狐には乳房揉ませないほうが良いぞ。お前の弱点が増えてしまう可能性があるからな」


 扉が閉まる寸前に聞こえた言葉の意味の真意は七海には理解ができなかったが従った方が良いと本能的に察したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ