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第三節 婚約破棄された悪役令嬢は辺境の村から再出発する

 雨が止んでから外が明るくなって視界がひらけてきたので、私たちは少し先にあるという集落を目指すことになった。


「今いるのはこの辺りかな」


 そう言いながらシルヴィさんが見せてくれたのは、世界地図のこのあたりの地理が書き込まれたもの。初めて見た地図に私がうきうきしているのに気付いたのか、シルヴィさんは私に地図を持たせてくれて指で今まで来た道を指し示してくれた。


「この歓楽都市から」


 歓楽都市はどこか賑やかそうな町が描かれている。なるほど、分かりやすい。


「こっちに抜けて、この村を目指そうかなと思ってるんだ」


 森が描かれた先に小さな村とその名前が書いてある。


「ザグン?」


「聞いたことないだろう? そういうところから始めた方がいいと思うんだ」


「始める?」


「そう! エリーの歌姫としての人生を!」


 寝ている間にちょっぴり忘れていたけれど、そういえば私を歌姫にしたくてシルヴィさんは私を買い取ってくれたんでした。そうでした。


「閉鎖的な村もあるかもしれないけど、ここの村は歓楽都市へ抜けるための街道に沿っているし、そこそこ賑やかなんじゃないかな。行商人がいればエリーの服も見立てたいし」


 目がきらきらとしているシルヴィさんを止めることは難しい。楽しそうだし、そんなシルヴィさんを見ているのはちょっと楽しい気がする。こんな気持ちになったのは、久しぶり。


「じゃあ、行こうか」


 そう言って、また私のことをふわっとお姫様のように抱きかかえるので、私の顔は真っ赤になった。


「大丈夫です! 歩けます!」


「森の中は足場が悪いし、エリーはまだ体力が落ちているだろう? 街道に出るまでにするから、ねっ?」


 お願い、と言われてしまっては、断ることも出来ない。私はシルヴィさんに弱みを握られまくりだなー。というか、女の子をこんな抱っこをして移動することに一切抵抗がないってのはどういうことなのだろうか? 騎士の方たちだって、恋物語の本に出てきた王子様だって、こんな風にしている姿は見たことがない。


「どうかした? 俺の顔に何かついてる?」


「いっ! いいえ!!」


 至近距離にものすごく整った殿方の画面があるというのは、とても心臓によろしくないということを私はその日はじめて知ったのだった。




―――辺境の村、ザグン。




「わあ」


 街道に出てからも何やかやと言って、結局私をほぼほぼ抱っこしたまま移動してきたシルヴィさんが

、私をようやく街道の石畳の上に下ろしてくれたのは、辺境の村ザグンの入り口にたどり着いてからだった。

 私、本当にほとんど歩いてなんだけども。うれしいけど、これは甘やかしすぎでは……。

 村の入り口は簡素なものだったけれど、そこから見える景色はすごく明かるくて街といってもいいようなものに見える。思わず歓声を上げてしまった口をはしたないと両手で抑えると、くすくすとシルヴィさんが笑った気配がした。


「エリー」


 私は私ではなくなってしまった。でも、今は。差し伸べてくれる手は私に向けられている。私だけに、向けられている。


「はい! シルヴィさん」


 おぼつかない足元のまま、ゆっくりと近づくとその手をぎゅっと握ってくれる。私はそっと握り返す。


「気を付けて。ここ最近歩くことはあんまりなかったんだろう?」


 本当にこの人は私をよく見ている。うれしいようなこそばゆいような、不思議な気持ちになる。

 ゆっくりと私の歩幅を気にしながら、いっしょに歩いてくれる。


「その先に宿屋があったはずだから、そこで部屋をとってそれからゆっくり買い物をしよう」


「あんまりゆっくりしていると、日が暮れてしまうのでは」


「大丈夫。ここは日が暮れてもやっている店が多いんだ」


 街道沿いで栄えているとは聞いていたけれど、そういうものもあるのか。領地の館に近いところの店はみな、日が暮れれば閉まるところが多かった。そうして魔物への備えをするのだ。夜の闇は魔物が巣くう。

 でもこれだけ活気に溢れているのならば、きっと最近開発されたという魔導灯と呼ばれる灯りも据え付けられているだろうし、明るいのなら魔物も寄ってくる頻度が減るというからなぁ。

 領地。今は遠い故郷。もう戻れない場所のひとつ。みんな、どうしているだろう。姫様と呼ばれたころが懐かしい。


「……エリー」


 いろいろ考えていたせいで歩みが止まっていたらしい。シルヴィさんに名を呼ばれてはっとして顔をあげた。少し切なそうな、悲しそうな顔をしている。そんな顔をされると、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。


「すいません。ちょっといろいろ考え事をしていて」


「そうか」


「あの、ここって何かおいしいものとか、ありますかね? 私、甘いものも好きなんですけど」


 そこまで言ったところで、また両手で口をふさいだ。ついはしゃいでしまった。はしたない。


「ふふ。そうだね。いろいろ探してみよう。さあ、行こう」


 シルヴィさんは優しい。はてしなく優しい。本当に私の歌声なんかが気に入ったなんて思ってるのかな。

 いつも周りにいた人たちに裏切られたことは胸の奥にしこりとなって残っている。

 疑心暗鬼。どうしても、疑わずにはいられない。どうしても。

 手をひかれてゆっくりと歩くと、街道の活気は賑やかで子どもの笑い声や娘さんたちのさざめく声、恋人同士の甘いささやき、そういったものが風にのって耳に届く。

 ちら、とシルヴィさんを見ると、目が合ってにっこりと微笑まれた。思わず恥ずかしくて顔をそらしてしまったけれど、耳まで赤くなっている気がする。

 私、本当は王太子殿下とこうして並び立っていたかった。手を取り合って支えあって生きていくものだとばかり、思っていたの。

 でも、今私はエリザヴェートではなくて、エリーで、髪もレモンイエローで、いっしょにいてくれて手を取ってくれる人は訳ありだけど優しい。

 ここから始めよう、とシルヴィさんは言った。

 その先にどんな困難があるのかはわからないけれど、ひとつだけ、確かだと思うことがある。私は、シルヴィさんを裏切らないようにしよう。一生懸命歌おう。それだけがきっと恩返しになるのだと思うから、頑張ろうと心に誓ったのだった。


ここからReスタートってなもんでございますよ。

次回はシルヴィさん視点からお届けする予定でいます。

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