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ANTI=HERO  作者: ツキウサギ
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2.月波刑務所

 地上の遥か上でゆっくりと移動する巨大な塊。それは一見城のようにも見える。だが、その中身は誰も見ることができない。中心部を囲むように並ぶ鉄壁。脱獄が出来ないよう、中心部の建物よりも大きく建てられたその鉄壁は、空の様子を写すことは無い。

 そして、各所に設置された高度なセキュリティーシステム。脱獄や不正を未然に防ぐため、事ある場所に監視カメラが設置されている。

 脱獄を成功した者はいない絶対城壁の監獄、それが『月波刑務所』である。

 囚人の数はおよそ1000人。老若男女問わず、多くの囚人が収容されている。だが、その者たちには、一つの共通点がある。それは、全員が人を殺した経験があるということだ。

 月波刑務所は、地上で多くの人間を殺し、関係のない人々を脅かした人間限定で収容している。窃盗や放火、脅しなどの部類の人間は地上の警察で事は足りる。だが、人を殺した人間はその精神が波の人間とは違っている。普通の人間などまず、人を殺したいという衝動など持ち合わせない。その衝動に負け、人を殺す選択をした人間はこの世にはごまんといる。どんな理由であれ、人を殺すことはとても重い。

 月波は、そのための更生の場でもある。

 月波に収容される主な人間は、人間を5人以上殺した者に限られる。それ以下の人間は地上の拘置所、又は、精神病院へ連れていかれる。

 監獄の中は、罵声や怒号で溢れかえる。意思の異なる人間同士は、いかなる事を以てしても、相手に自分の意見を押し付けようとする。それが、人間の本能というものだ。中には、他人のことなどどうでもいいように話に参加をしない者もいる。人によって感情や、性格は様々だ。

 それを正しく導かせるのが看守の一つの仕事でもある。

「おいお前ら!!!ちょっとはお互いの意見を聞いたらどうなんだ!!!!」

 黒い軍服を身に着けた第一級看守ジェイドは、目の前で怒号を浴びせあっている二人の少女に声を荒げた。

「だって、ミユリが次の任務には私は入れないとかいうのよ!?ミユリにそんな権限はないでしょ!?」

「私は資料を見たうえで考えたことを言ってるだけよ。今回の任務にはカレンは不適切だと思うの。」

「だから、ミユリにそれを決める権利はないでしょ!?」

「私は、あんたより長くここにいるの。決める権限くらいあるわ。」

 ミユリと言い争いをしていたのは、ピンク色のカール髪を上に二つに結った少女-カレン。とはいうものの、ミユリよりも年上に中るが。

「はぁ…、どうにかなんねぇのか?」

 ジェイドはカレンの隣に座る黒髪の少女ーサクラに声をかけた。

「……こうなっちまったら、あたしでも手におえねぇよ。」

 サクラは肩をすくめて答えた。その答えにジェイドも肩を落とす。

「だから、今回は私とサクラで行くから。カレンは待機でお願い。」

「納得いかないわ。」

 お互い食い下がる気はなかった。

 今回の依頼は、とある街の町長からの依頼だ。街を荒らす悪人のグループを殺してほしいとのこと。詳しく見ると、そのグループはとある人物を神のように崇拝しているらしい。

 月波刑務所に唯一殺人が許されたチーム『殺戮班』。そのメンバーは、皆が、100人以上の人間を殺した経歴がある。

 より多くの人間を殺してきた人間が、地上の人間の依頼を聞き、遂行する、その理由は、個人によってさまざまだ。

 その理由と、依頼の内容を把握したうえで、ミユリはカレンは待機だと判断したことに、カレンは納得がいかないようでもめているのだ。

 街荒らしは、短時間で色々な街を破壊しながら、移動する傾向がある。それはかつて、ある一人の人物が行っていた行為だからだ。

 多くの犯罪者は、より高い犯罪実績を持つ人間に崇高したがる。それが、今の自分と同じ意図があるなら猶更だ。ミユリはそれを分かっているからこそ、カレンを行かせないと言っているのだ。だがカレンもそのことに関しては一番理解をしている。だからこそ、自分が行きたいと願ったのだ。

 それが案の定言い争いに発展してしまっていた。

 二人の喧嘩はこれまでに何度も見てきているため、サクラたちも止める気はないらしい。

「さっさとしろ、もうすぐ着いちまうぞ。」

 ジェイドが最後の賭けとして、二人に言い放った。だが、二人は食い下がるつもりはないようだ。

「カレンはあきらめて。」

「同類のあんたの意見を聞くわけないでしょう。」

 二人はにらみ合うように目を合わせる。何度言っても無駄のようだ。

「どうするか……。」

 ジェイドは頭を抱えた。

 すると、先ほどから黙って喧騒を見ていたサクラが口を開いた。

「ーー今回はシノとリナを連れていく。以上。」

『ええええ!?』

「シノ、リナ、準備しろ。」

 サクラは、向かい合うようにして座る淡いピンク色の短髪の女の子ーシノと、赤髪に青い着物を身に着けた長身の女性ーリナに声をかけた。

 リナは微笑んで強く頷く。シノも、籠に詰め込んだクッキーを一つ食べながら、小さく頷いた。その頬はほんのり赤く染まっている。

「え、ちょサクラ!?」

 カレンが真っ先にサクラを呼び止めた。

「何でリナとシノなの!?こっちで決めてたのに……。」

「今回の依頼は、数人のチンピラどもだ。誰が行っても変わんねぇよ。それに、お前の影響力はまだある、無暗に行くのもどうかと思う。崇拝者がお前を見つけたとき、そいつらは何をすると思う?」

「?」

「ーーー自ら命を絶つんだよ。」

「ーーーーー。」

 カレンはサクラの言葉に目を見開いた。ミユリも耳を澄ませた。

「崇拝者は、崇拝したものの行動や言葉、全てに敏感になる。だからこそ、本人の動向を探っていく。お前の信者は数は少なくなっているが、過激派はいまだ健在してる。そいつらの定義知ってるか?……あいつらは、本人と会ったとたん命を絶つと決め込んでる。」

「ーーー何で?」

「それが、崇拝の完成型だと心に決めてるからだ。思い残すことは無い、だから命をあなたのために捧げる、それが、最大の恩返しとなるから。----裏を返せば、お前の存在のせいで他人が死んだことになる。」

「!!」

「……お前はここに来たばかりだ。こういった連中はあたしらがやる。」

 サクラの言葉に、カレンはしぶしぶ頷いた。何となく、サクラの言いたいことが分かってきた。今回のグループの崇拝するものはカレンだ。

 月波に入る前、カレンは世間では有名な通り魔であり、計500人の罪のない人間を殺してきた。だが、それを見て憧れを抱く人間も少なくなかった。だからこそ、月波に来たばかりで、まだ崇拝者が途絶えていないカレンに行かせるのは、少々危険になる。体力的にではなく、精神的に、だ。

「それからミユリ。」

「うん。」

「カレンを思ったのはわかる。でも、権限なんてそもそもここにはないだろ。」

「……。」

「ちょっと頭に血が昇っちまったな。冷やせば、もうわかるよな?」

「ーーーーえぇ。」

 ミユリもゆっくりと頷いた。サクラはジェイドに顔を向ける。

「じゃ、全員で行ってくるよ。」



『ーーーえ?』



 予想だにしていなかった言葉に、全員がサクラに顔を向けた。

「さっきシノとリナだけを連れてくって。」

「それはこいつらが自分の勘違いに気付いてなかったからだ。もう気付いてんなら、一緒に行かない理由にはならねぇだろ?」

「でもサクラ、今回の標的の崇拝って私なんでしょ?だから、行かせないんじゃ……。」

「ーーー殺戮班のお前がそんな弱気なこと言ってんなよ?お前があいつらを動かして、逝かせてやれ。」

「ーーーーー。」

 サクラの本当の意味を理解したカレンは、強く頷き、ミユリのほうに顔を向ける。

「ミユリ、私を甘くみんなよ。私もれっきとした殺戮班の一人だ。あたしの手で、全部終わらせる。文句ないわよね?」

 ミユリは一つ目を瞑ると、ふっと笑った。

「……当然よ。でも私も同じ言葉を返すわ。サポートだとしても、一人には変わりないからね?」

「いつあんたを見くびったのよ。」

「今さっきじゃない。」

「心配してあげたんですぅーー!!」

「はいもういい。お前ら全員で行くんだな?」

「あぁ。」

 サクラが答えた。それに合わせるように皆も頷く。

 ジェイドは深くため息を吐いた後、サクラたちを見据えた。

「いいか、殺戮班は罪を背負うためのチームだ。命を粗末に扱ってきたお前らのための報いだ。罪を背負王としてる連中の糧になってやれ。それが、殺戮班の存在意義だ。」

『ーーーーーーー。』

「これより、殺戮班特許法第27条に照らし、囚人の地上降下を許可する。1時間で終わらせて来い。」


『ーーーーOK。』


 これが『殺戮班』。罪を知らないものが、罪を人に伝えるための要だ。

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