1.とある少女
午後20時。太陽が完全に沈み、上空には大きな満月が昇っていた。綺麗な丸い光が、地上をやさしく照らしていた。地上の街はこんな夜でも賑わいを見せている。酒を飲むもの、公園で眠っているもの、談笑を楽しむもの、人々はそれぞれその一日を楽しんでいた。一日何もなければ、あとはその時間を平穏に過ごすだけ。周りのことなど気にしない。
だからこそ、突然起こる非日常にはすぐに気付けないのだ。
夜の賑わいを見せる中、その道をおぼつかない足取りでゆっくりと歩く一人の男がいた。多くの人々がごった返す中、横を通り過ぎる人にも目もくれない。逆に、その男性の横を通り過ぎる者たちは、その男性を横目でじっと見つめてからすれ違った。
季節は冬。それなのに、その男は薄手のTシャツに半ズボンとなんとも外れすぎた格好だった。靴もサンダルで、とても寒そうなのに、その男からは、冷気というものが感じられない。それよか、暑そうな雰囲気がある。なぜか分からないが、直感的にそう感じるものは少なくなかった。
男はフラフラとまっすぐ道を歩く。まるでそこにしか道がないよう…。もしくは、道を外れないようにしているみたい…。
「ねぇ、あの人大丈夫かな?」
「あの格好はさすがに寒いよね?」
「貧乏だからお金がないのかな?」
通り過ぎる人々は、他人事のように呟いてさっさと通り過ぎていく。彼らは本能的にその男から離れていた。関わったらめんどくさくなると本能が拒否反応を起こしている。
「………。」
こんなに寒いのに、誰も助けてくれない。皆、汚物を見るような目でこちらを見てくる。口々に聞こえてくる「関わるな」という言葉。
『どうする?声かける?』
『ばか、変質者とかだったらどうすんだよ?関わらないほうがいいって。』
『私たちが助けなくても誰かが助けてくれるよね?』
『うちらじゃなくてもきっと誰かが…。』
『俺たちが助けなくてもいいよな。』
『あんなのに付き合ってる暇ないし。』
その途端、頭の中のネジがぽろっと落ちたような感覚が襲い掛かった。
気が付いたら、辺りが真っ赤に染まっていて、それから逃げるように人々の断末魔が聞こえてきた。
同時刻、反対側の道を歩くフードを深くかぶる一人の少女。太ももの真ん中あたりまで伸びる大きなパーカーは、少女の体にしては大きく見える。そこから見える寒そうな足は、黒いストッキングで覆われている。前から来る人々から上手く避けながら、道を進んでいた。
すると、少女の鼻がピクリと動いた。そして、空気を深く吸い込む。清浄な空気に混じる血の匂い。
標的は近かった。
少女はアスファルトをけって、走り出した。
徐々に濃くなる血の匂いに、少女の口角も上がる。こういうスリルがたまらなく楽しいのだ。
少女は手首に付けているリストバンドの真ん中のボタンを押した。すると、空中にいくつかのホログラム画面が表示される。少女はそこから標的のいる座標マップを映した。標的まであと1メートル弱。
(近いな…。)
少女はホログラムを消し、前を見据える。走る速度を落とし、ゆっくりと近づいていく。
同時に聞こえてきたのは、女の悲鳴だった。
「きゃあああああああああああ!!!!!」
「誰かぁああ!!」
「ひ、人が……刺されたぞ!!!」
「早く警察呼んで!!!!」
人々がその男と距離を取りつつ、叫び続けている。少女は群がる野次馬を掻き分け、先頭に顔を出した。
そこには、地面に広がる大量の血と、無残にバラバラにされた肉片。その真ん中に気怠く立っている一人の男。
「ハ…ハハハハハハハ………。」
男は乾いた笑い声をあげながら、周囲を見渡した。死んだような瞳で、辺りを見る。
その間に、少女は先頭から少し距離を置き始める。そして、掌に力を込めた。途端、5つの小さな魔方陣が現れ、瞬時に刃渡り10センチほどの小さなナイフを取り出した。それを、少し前に突き出すと、僅かな動作で上空に投げ放った。人々の視界にも耳にも届かない。
そのまま少女はその場を離れ、近くにある路地裏に移動した。
「俺は……俺は……こんなことをしたくないんだ……。でも……どうしてもやりたくなっちゃうんだよぉぉぉぉっ!!!!!!!」
男は誰に聞かせるわけでもなく、ただひたすらに自身の叫びを訴えていた。
「止めてくても止められねぇ……、俺を見る人間すべてを………殺したくなっちまうんだああああああ!!!!!」
「だったら、止めてやるよ……。」
男が大きく叫んだ瞬間、パチンと軽快な音が静寂な中に鳴り響いた。
サクっーーーーーーーー。
「……?」
男は何の音か辺りを見回した。だがその途端、とてつもない気怠感に襲われる。そして、なぜか、頭がとても痛い……。
探るように手を頭に乗せる。すると、ぬるっとした生暖かい感触が手に伝わった。その手をゆっくりと下す。
「ーーーーーー。」
その手には、べったりと赤い血が付いていた。徐々に薄れる意識の中、それが血だとしばらくしてから理解した。だが、理解した途端、目の奥がグルんと回る。黒目が反対側を回り、小さく泡を吹いた。そして、ゆっくりと後ろへ倒れる。バラバラになった肉片の中に、ドサッと沈んだ。
『………。』
周りを囲んでいた野次馬達は、一瞬何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
悲鳴が上がったのは、理解してから数秒後だった。
『うわあああああああああ!!!!!!!!』
『きゃあああああああああ!!!!!!!!』
野次馬達が一斉にその場から逃げていく。
その様子を路地裏から眺めていた少女は、フッと笑みを浮かべ、再びリストバンドのボタンを押した。ホログラムから通話画面をタップし、一人の名前を押した。通話ボタンを押して、応答を待つ。
プルルルル…プルルルル…。
『もしもし?』
画面越しから聞こえてきたのは、甲高い少女の声。
「あたしだ。」
『あー。終わったの?』
「今ちょうどな。」
『そう、地上に降りてから5分も経ってないよ?』
「標的相手に時間かける必要もねぇだろ?」
『それもそうね、じゃあもう帰る?』
「いや、地上の警察に掃除を頼んでから帰るわ。10分後に入口開けといて。」
『オッケー!それじゃあ待ってるわ!!』
「おう。」
一通りの会話を済ませた後、通話終了ボタンを押した。
「ふぅ。」
短く息を吐いてから、すっかり人だかりが無くなった死体のところへ歩み寄った。絶命した男の頭上には、深く突き刺さった一本のナイフ。
生き物のように動くナイフは、少女の意思に沿うように上空から男の頭目掛け深く突き刺した。
「………。」
少女は男の頭からナイフを引き抜く。ナイフの刃を白い布で丁寧にふき取った後、それを瞬時に元の空間に仕舞った。そして、赤い血が付いた布を男の顔にそっと被せる。その顔の上の空中に、空気ペンという特殊なペンで文字を書き込んだ。
「………。」
書き終えた後、男によって無残に殺された人間の原型すら無くなった肉片を見つめ、小さく手を合わせた。
「…ごめんな。」
小さく呟いて、少女はその場を後にした。
数時間後、現場に駆け付けた警察官が、目も前の光景に目を疑った。
赤い海の中に沈む肉片と死体。お悔やみを言うように白い布を被せられた季節外れの男。だが、警察官が見入ってしまったのは、その上に書かれた文字だった。
『尊い命の掃除をお願いします。最後のとどめを刺したのは我々だ。彼らは何の罪もない。今日も、我らを憎むがいい。 殺戮班。』
血のような赤い色で書かれたそれを見、警察官の表情が大きく歪んだ。と同時に、とてつもない怒りが包み込む。
「………殺戮班ッ!!!」
上司の立場にある警察官が、その文字を思いっきり殴った。後ろに控えていた部下が、ひぃと僅かに悲鳴を上げる。
その声は、静まり返る街の中に消えていった。
翌日、その街の新聞にでかでかと昨日の事が掲載されていた。
見出しには『あの殺し屋集団の犯行か!?街を脅かした20時の悲劇』と載っていた。その新聞を、端末で見ていた少女。
内容を一通り見てから、小さく笑った。
「どう?勘違いすぎる新聞は。」
後ろから声をかけてきたのは、電話で話した甲高い声の少女。
「別に、こういう見出ししか出来ないだろ?」
「それもそうよね、世間じゃ私たちは悪者扱いだものね。」
「まぁそれがお似合いってことだよ。」
少女は端末を閉じ、振り返った。
「それが殺戮班だ。」
少女の言葉に、向かい合う少女もにこっと笑って見せた。
「ーーさて、今日も依頼が来てるの。やるでしょ?サクラ。」
「当然だろ、ミユリ。」
二人は、楽しむように口角を上げて、笑いあった。
世間は、とあるチームに恐怖と怒りを感じていた。それは、少人数で構成された殺し屋集団。20歳未満の少年少女たちが依頼の報酬に応じて標的を確実に仕留める。
未成年の殺し屋集団、その名はーーーーーーーーーーーー『殺戮班』。
初めまして!初投稿です!
殺し屋を主にしたファンタジー作品です。流血表現、一部グロイ表現がこれから増えていきますので、苦手な方はUターンもしくは、体調が悪くならない程度にお読みください。
r18の部分も時にあるので、慎重に?お読みください。
かっこいい女の子を主人公にするのが大好きです!!戦う女の子、気高い女の子、悪だくみする女の子、皆可愛いと思ってます(笑)
最近は、ツインテールの余裕ぶった女の子にハマってます(笑)
不束者でございますが、何卒よろしくお願いいたします。