異世界召喚されてクラス全員が優秀スキルを持つ中俺だけが、体がすり抜けるだけの糞スキルだと判明した途端にゴミ扱い ~失意のどん底の中で美少女魔王に拾われました~
キーンコーンカーンコーン
普段と何ら変わらない日常。
今鳴ったのは、三時間目の授業が始まることを知らせる鐘の音。それに従って席を立って友人と談笑に耽っていた生徒たちが、自身の席に戻っていく。
藤間高校
至って普通の私立高等学校。校風としては、そこらの公立高校とあまり変わらず、成績もまずまずと言ったところ。何か特徴を挙げるとするならば、吹奏楽部が全国大会に出場したことがあることだろうか。
そんな学校に通う生徒たちも、普通の学校生活を送る今時の若者ばかり。教室の窓側中央には三時間目の数学に向けて、教材を机の上に用意する男子生徒がいる。
彼の名前は、鏡透徹。黒髪黒目、太り過ぎず痩せすぎず、イケメンでもなければブサイクでもない。友達はそこそこにいるが、自分の明確な意見というのを持たない、いつも周りに流されてばかりの無色透明な人間だ。
趣味はありきたりな、アニメ視聴やラノベを読み漁ることで、昼休みや下校時には共通の趣味を持つ友人たちと、話題の作品について語り合っている。
この日も、三時間目が彼の苦手な教科である数学ということで心の中で面倒くさいと悪態をつく透徹。
前回の授業で出された宿題はやってきている。
数学を担当する教師は透徹たち二年三組の担任で、授業の冒頭で宿題の答え合わせをするので、宿題をやっていない者は必然的に回答が出来ないからだ。
それを理解して入るのだが、バイトが忙しかった、デートしてて、面倒くさいなど様々な理由で宿題をやってきていない生徒たちが、近くに座る生徒に助けを求めている。
かく言う透徹も、隣に座る友人の古堀拓磨に両手で拝まれたので、解答を写す作業の為にノートを貸している。
「いつも悪ぃな。感謝してるぜ」
「おう、いいから早く写せよな。先生来ちまうぜ」
軽口を叩きあいながら、教師が教室へ入ってくるのを待つ。
暫くして、教室のドアが開かれ担任の男性教師が入ってきた。
どうやら、タイミング良く隣の拓磨が宿題を写し終えたのか、目で感謝を伝えながらノートを透徹に返す。
「おし、授業始めるぞー。早速宿題の答え合わせするからな」
黒板の前まで歩きながら、そんなことを言う担任教師の田中誠司。手に持った教材を教卓の上に置いたところで、急に教室の床が眩く光を放つ。
「な、なんだぁっ!?」
席に座っている生徒たちよりも、驚愕を露にしている教師。
生徒たちも一体何が起こっているのか、全くもって理解不能であり、女子に至ってはパニックを起こして大声で叫ぶ生徒もいた。
依然として光り続ける床だが、その白一色の中から少しずつだが紋様のようなものが浮かび上がってくる。
そう、勘のいいサブカルを嗜好する者ならば察することが出来る。
これはもしかして、異世界から召喚されたのではと。
反応は様々。
泣く者、怯える者、怒りを露にする者、そして歓喜する者。
そして、更に光が強まったかと思うと急な浮遊感が体を襲う。たまらず教室内の人間全てが目を瞑った。
ジェットコースターのようなアトラクションが光を伴って一瞬の内に、自身に降りかかった感覚。やがて浮遊感は収まり、その場から音が消えた。
一体どれくらい目を瞑っていたのか、時間の感覚など忘れてしまい始めた頃に、一つの嗄れた声が聞こえてくる。
「よくぞ参ったな。異世界の救世主たちよ」
どうやら、透徹たちが元いた教室ではないらしい。
何故それがわかるのかというと、声の主である恐らく老人であろう男の声がやけに反響したことにある。まるで、石造りか何かの密室にいるような声の響き具合から、透徹はそう判断したが、それを口にすることはせず心の中に留めておいた。
それは、唯でさえ何が起こったのかわからない状況でしかもここは密室。そして、どうやら近くには誰かがいることが確認が出来る。こちらは目を瞑ったままであり、どう考えてもあちらが有利で、下手に声を出そうものなら何をされるか、そこまで冷静に考えた上での行動だった。
「もう、目を開けても良い。楽にしたまえ」
その声に従って皆が恐る恐る、その瞳に風景を映していく。透徹もそれに倣って、目の前の声の主であろう人物に焦点をあてていく。
そこに見えるのは、豪奢な装いをした白髪の髪と髭を蓄える、正に威風堂々と言うに正しい人物が、その両側に甲冑を身につけた人間を侍らして、こちらを見つめている。
救世主という言葉から決して睨んでいる訳ではないとは思うのだが、人を射殺さんばかりの眼光が生徒たちを恐怖させる。
頭には実際に見たことは無いが、あれが王冠と呼べる程に装飾のついた被り物をしている人物が、やんごとない人物であろうというのは誰もがすぐに判断出来た。
側に控えるのは、まるで中世ヨーロッパで使われていたガチガチの甲冑を全身にまとう騎士のような者で、腰には剣を帯びている。
決して鞘からその刀身を見せている訳では無いのだが、何故かそれが贋物では無いのだと思わせるような迫力がある。そんなことを感じさせる程に、この場の雰囲気というのは非常にピリついたものであった。
「あぁ、別に危害を加えようという気は無い。君たちはこの世界『アーカス』を導く救世主たちなのだから」
透徹たちを見つめて、掠れた声でそんなことをいきなり宣うこの老人に、胡散臭さを感じる生徒たち。いきなり教室から別の場所へ移動させられて、窓も何も無い壁も床も石で組まれたこの部屋で、現状監禁されている状況でそんなことを言われても、理解がすぐには追いつかない。
一部の生徒は、テンプレ通りだと小さくガッツポーズをしている者も見受けられるが、そんなことを一々気にする程の余裕は殆どの生徒たちは持っていない。
本来ならば、若い自分たちの為に矢面に立ってくれるはずの大人の担任教師は、金魚のように口をパクパクさせて顔を青くさせている。どうやら、使い物にはなりそうにない。
透徹も、自分がしゃしゃり出るべきかと考え込んでいると一人の生徒が皆の中から一歩前に進み出た。
彼はこのクラス、というより藤間高校で一番の人気者である、風間光希。イケメンというやつで文武両道の、これからもモテモテ人生を歩み続けるであろう人間だ。
しかし、女癖が悪く自分が下と見る人間に対しては、態度が荒くなる傾向がある性格である。
そんな彼もこの状況が怖いのに変わりはないのだが、自身がクラスメイトたちに弱い自分を見せては舐められてしまうという薄いプライドから、何とか自分を奮わせてその足を動かすことが出来た。
「あの、ここは一体どこなのでしょうか?」
言動に気を付けながら、丁寧に目の前の老人に問いかける光希。
「ふむ。ここは君たちのいた世界とは違う『アーカス』という世界のオラシオン王国。そこに建つオラシオン城の召喚の間だ。そして、私はそのオラシオン王国の王であるオースティン・フィル・オラシオンだ」
王冠を被り、真紅のマントを翻す男は、自身が王だと名乗る。
王族なのだとわかったことで、光希が礼儀について謝罪すると、王であるオースティンは気にしていないと無礼を許す。
しかし、オースティンが語った中でどうしても聞き逃せないワードが頭に残る。それは、『アーカス』という世界の名称。自分たちが育ってきたのは地球だ。そして、オラシオン王国という名の国は、今まで一度も聞いたことがない。
オースティンは何でも無いように言っていたが、透徹たちにとっては全く理解が追いつかない。もしかして、頭のおかしい外人連中に集団拉致されたのではと、命の危険に怯える生徒も現れ始める。
「突然のことで混乱していることだろう。いきなりこんな所に呼び出されて不安に押し潰されそうというのは百も承知である。しかし、時間は待ってくれないので、単刀直入に言おう」
変わらず掠れた声ではあるのだが、オースティンのその真剣な表情と、言葉に込められた感情からただ事ではないことが、その場にいる誰もが感じることが出来た。
「君たちはこの世界の平和を導く救世主として召喚された。どうか、身勝手な頼みではあるのだが君たちの力を貸して欲しいのだ。魔族の侵攻から我々人類を救ってくれ……!」
王族である彼が、語気を強くしてそんな風に頼み込む姿に、近くに控える騎士たちが戸惑う。救世主とはいえ、一国の主がそう易々と頭を下げるものではない。それだけ、事態は切迫しているものなのだということが窺い知れた。
「あ、頭を上げてください王様!」
どうしていいかわからない光希は、取り敢えず話を聞かせて欲しいということを伝えると、何とかその場は収まった。
そして、王が何故このように異世界から救世主を呼び出さざるをえなくなってしまったのかを説明した。
オースティンの話によると、どうやら自分たちオラシオン王国を含め人族たちに、魔族と呼ばれる異形が集まる国が侵攻し、強奪や殺しも厭わぬ蛮行を各地で行っているようで、戦いに未関係な民は、いつ来るかも分からぬ襲撃に怯えながら苦しい生活をしているとのことだ。
人族も抵抗はするのだが、魔族というのは人族と比べるとその地力が大いに違うらしく、中々戦況は覆らないという。
そして、この世界にはファンタジー世界では当たり前の魔法を使うことが出来るのだが、その魔法を行使するための魔力というものを魔族は非常に高い水準で備えているらしく、その戦闘力に人族は為す術も無く殺されることもあるという。
今まで必死に抗ってきた人族であるが、次第に激化していく戦場。倒れていく戦友は後を絶たず、このままでは種の滅亡を迎えるのではと危ぶまれた頃に、かつて大昔に行われたという異世界召喚を行うことで絶大な力を持つ救世主を異世界から呼び出すという儀式をオラシオン王国が代表して行ったのである。
そうして呼び出されたのが、藤間高校二年三組。
どうやら、地球人たちは召喚された際に何か最低一つは特別で強力なスキルを持って召喚されるという、伝説に則って大規模な召喚魔法を使ったのだという。
「そして送還するための魔法は魔族側が秘密としているらしい。ズルイやり方だとは思うが、君たちが元の世界に帰るには、魔族と戦って勝つしか方法は無い」
断言しても良いと真っ直ぐ生徒たちを見てそう話すオースティン。
「もう頼れるのは君たちしかいないのだ。頼む」
そう言って再び頭を下げる王。今度はその場にいる騎士や文官たちも一斉に頭を下げて懇願する。
「……少し話し合う時間を頂けませんか?」
「あぁ、勿論だとも」
自分の判断だけで今後の方針を決めるのは厳しいと思った光希は、オースティンへ提案した。オースティンも、まだ彼らがこの世界に来て間もない存在というのは理解しており、快くその提案を受けた。
王に許しを得た光希は、クラスメイトたちに体を向けてどうするかを相談し始める。
「早く帰りたいよ!」
「でも、帰るには魔族と戦わなきゃって」
「私、戦うなんてそんな経験したことないし……」
「そもそも、勝手に呼び出されておいてこの世界を救う義理があるのか? もしかしたら別の帰還方法もあるかもしれない」
未知の体験に冷静さを欠いている二年三組の面々は、光希の言った話し合いというよりは、自分たちの願望をただぶつけ合うだけの物となっている。
「田中先生! どうしたら良いんですか!?」
自分たちでは埒が明かないと判断した生徒の一人が、担任教師の田中誠司に意見を求める。
「い、いや俺もどうしたらいいのかさっぱり……」
「先生! しっかりしてください! 大人でしょ!」
この場にいる召喚された者の中で唯一の大人である誠司だが、頭が混乱して正常な判断が出来るようには見えないことが、彼の狼狽ぶりから誰が見ても分かってしまう。
「光希……。お前はどう思うんだ?」
役に立たない担任教師を生徒たちは既に見放した。
冷たいようであるが、今はそんなことに構っていられる程の余裕は無い。それならばクラスの委員長を頼るべきなのだが、彼女よりもクラスメイトからの人気が高い風間光希に委ねるしかなかった。
皆が光希に注目する中、しばらく思考に耽っていた彼は静かに言葉を発する。
「現状、俺たちだけで何かをしようと思っても何も出来ない。怖いのは俺も同じだが、皆で団結すれば元の世界に帰れるかもしれない。幸いさっきの王の言葉にあったように、俺たちには特別な力があるみたいだし、ここは従っておいた方が良いと思う」
声は静かにだが確かにその言葉はクラスメイトに伝わった。
未だに顔を青くする者もいるが、光希の言う通りに自分たちで何かを成すことは出来ない。それを理解している彼らは、全員が頷くことで光希の意見を総意として託すことにした。
再び王に向き直す光希。
自分がしっかりとしなければ、どんなことをされるかという責任感が彼の肩に重くのしかかるが、ゆっくりとしかし真っ直ぐに王の目を見て、自分たちの決めた結果を口に出す。
「僕たちがここで何をするにしても、何もかもが足りない。それをしっかりと保証してくれるのならば、僕たちはこの世界の救世主として微力ながら協力させて頂きます」
自分たちが戦うにしても、その力の行使するための知識を始めとして何も持ち合わせてはいない。せめて、世話くらいは見て欲しいという願いを込めて光希は皆の気持ちを代弁する。
「それは勿論だ。元々そのつもりであったし、君たちが少しでもこの世界に馴染めるように私たちも全力でサポートさせて貰おう」
自分たちの要望が無事叶ったことに、胸を撫で下ろす生徒たち。
「まずは君たちの持つスキルを確認したい。ここに控える魔法士は、君たちの所持スキルを見ることが出来る者だ。彼の前へ行って自分たちの能力を把握してもらおう」
オースティンがそう言うと、後ろへ控えていたローブの男が前へ進み出てきて頭を下げる。王の言葉に従い、ローブの男の前に縦に並んでそれぞれのスキルを口頭で教えてもらう。
「おお! 貴方様は優秀なスキルをお持ちなようで!」
「この『勇者』ってのはそんなに凄いものなのですか?」
「凄いも何も、救世主の中の救世主と呼ばれる存在です! 王よ、此度の救世主は非常に高い能力を持っております!」
鼻息を荒くして興奮を抑えきれない様子のローブの男が、王に向かって声を上げる。王であるオースティンもその言葉に満足気に頷いている。
「さすがは光希だ! 『勇者』なんて大層なスキルを持ってるなんてお前は凄いな!」
「風間くん、私戦場が怖いの……」
「アタシも! 風間くんなら守ってくれるよね?」
クラスメイトたちがこぞって光希を持て囃す。
光希も満更ではないのか、照れ隠しをしながらも謙遜の言葉を口にし続ける。そして、ここぞとばかりに女子たちは光希とお近づきになるために、積極的に取り入ろうとする。
「俺は『強靭』っていう強そうなスキルだぜ!」
「私は『変化』! 色々な動物に姿を変えられるみたい!」
「僕は凄いですよ! 『浮遊』と言って空中に浮くことが出来るんです!」
先程までのシリアスは何処へやら。
生徒たちは、自身の力であるスキルを互いに自慢し合っている。どうやら戦いで使うことの出来る武器は最初から、それも中々の性能を誇っているらしい。
次々とローブの男から所持スキルの名称と効果を伝えられていくと、担任教師の田中誠司もその内訳を伝えられていた。
「貴方は……、どうやらあまり戦闘には向いていないようですね。『開拓』というのは主に農民が所持するスキルです。後天スキルもありますが、あまり期待は出来ませんね」
今まで生徒たちに浮かべていた笑顔がサッと消える。どうやら、彼らからすれば戦闘能力を持たない人間は、評価するに値しないという意識があるようで、ローブの男を始めオースティンの側に控える者たちは、非常に冷たい視線を誠司に浴びせている。
それは、王も例外では無かった。
こちらの都合で呼び出してしまったことを詫びるということを言っておきながら、いざ召喚された人間が使い物にならないのであれば一気に興味も冷めていく。ゴミを見るような目で、眉間に皺を寄せている。
ここで、ローブの男が言っていた後天スキルという物だが、先に先天スキルというの物について説明をする。
先天スキルとは、命を誕生させた時に誰もが必ず一つは持つスキルのことを言う。また、後天スキルとは自身の努力の積み重ねによって得られるスキルのことを指す。
この世界において、先天スキルはその者のこれからの人生を早々に決めうる要素であり、それによって上にも下にも振れることが出来る。例え名家の生まれであったとしても、先天スキルによっては勘当されてしまうことも普通にある世の中なのであった。
「な、なんだよ? お前らさっき、俺らのことを面倒みるって言ったよな!? だったら何でそんな目で俺を見るんだ!」
誠司も急に変わったオラシオン王国側の雰囲気に戸惑いながらも、先程言っていたことを引き合いに出して、大声で自分を保護するようにと訴える。
しかし、そんな誠司の言葉も虚しくローブの男は一瞬鼻で笑った後に後ろへ並んでいた生徒に向かい直し、彼らのスキルを「解析」していく。
「ほうほう、『分身』ですか! これは便利な能力ですね、素晴らしい!」
次々と優秀なスキル保持者を褒めちぎっていくローブの男。最早、誠司に対しての興味は失せておりいないものとして扱っている。
そんな自分たちの担任教師が、目の前でドブに捨てられるような扱いを目にして、最初は驚いたもののこの世界において力を持つ者が文字通りの強者。ここは平和な日本ではないのだ、いつの間にかそんな思考に頭が支配された生徒たちも、誠司のことを嘲笑う。
自分たちは選ばれた存在なのだ、これ程のスキルを持っているのならば魔族と戦うのも意外と楽なのではと思い込んでしまう程には、彼らも弱者を蔑むことを心の支えとしているのだろう。
並んでいた列が段々短くなっていき、最後に並んでいた鏡透徹の順番がやって来る。
「最後の方ですね! 貴方は、えっと……『透徹』と。……話になりませんね、とんだ役立たずスキルですよ」
そう辛辣に言葉を吐き捨てるローブの男。言われた当人の透徹は、一瞬思考が飛ぶ。彼が言ったことが信じられずもう一度見て欲しいと訴える。
「何度見ても変わりませんよ。『透徹』スキル。任意で体の一部または全身がすり抜けるといった物です。これには上位互換に『幽体化』という物がありましてね。これはすり抜けるだけではなく、攻撃にも転じることの出来る珍しいスキルなのですよ。せめてそれならば、ねぇ」
死刑宣告をされたかのように、全身に衝撃が走る透徹はその場で膝から崩れ落ちてしまう。まさか、自分も誠司と同じように役立たずとして捨てられてしまうのかと恐怖する。
恐る恐る顔を後ろに向ける透徹。
自分たちは一緒に異世界へ召喚された仲間たち。言わば運命共同体なのだから、そう簡単に自分を見捨てることはしないだろうと希望を持って、クラスメイトたちの顔を見やる。
しかし、そこに希望などは無かった。
その顔に浮かぶのは嘲笑の表情。
誠司の二の舞となってしまうことを、即座に理解してしまった透徹。全身から嫌な汗が噴き出してくる。
言葉を紡ごうにも、中々上手くいかない。まるで、餌を求めて水面に顔を出して口をパクパクとする鯉のようになってしまうばかりであった。
自分が弱者なのだと再確認させられた透徹は、頭が真っ白になる。思考が追い付かない。
「これで、全てのスキル解析が終わりました」
慇懃な態度を持って、王へ敬礼するローブの男。
オースティンは彼にご苦労と言葉を掛けて、自身の後ろへ下がらせる。
「さて、では君たちにはそれぞれ個室を設けようと思う。部屋は既に確保している為、清掃が終わるまではしばらくここで待機してもらおう」
そうオースティンが言ったところで、すぐ側の騎士がオースティンへ近づき耳打ちをする。
「ふむ。どうやら清掃が丁度終わったようだ。では、係りの者に誘導させるので、それぞれ後ろに付いていって欲しい。それでは、私はここで……」
オースティンが別れの言葉を繋げようとしたタイミングに合わせるように、急に後ろの鉄扉が開かれる。
「誰だ!? まだ中に入ることは許可しておらぬぞ!」
恐らく救世主たちを部屋へ案内するメイドたちが、誤って入ってきたのだと文官の男は判断し、後ろを振り向きながら足音の主に大声で咎めかける。
「門番の騎士は一体何をして……、む? 貴様は一体誰だ?」
文官の男が召喚の間に入ってきた輩の姿を見ると、果たしてこんな者が城内にいただろうかと、一瞬頭の中で記憶を探る。しかし、思い出そうとしても当てはまらない。
「邪魔するねー」
この場に似つかわしくない声が、石造りのこの部屋に響き渡る。とても可愛らしい声で、開かれた扉から部屋の中央に進んでいく。
「……何者だ?」
オースティンが問い掛けたのは先にいたのは、長い銀髪を靡かせる美少女。切れ長の金色の目を持つ彼女の顔はクールな印象を受けるが、その口調は子供のそれである。コメカミの辺りからは黒い山羊のような角が生えていて、生徒たちから見ても、人間ではない存在だというのが目に見えて分かった。
「むっふっふー! 私は私のダーリンを迎えにきただけだよ!」
オースティンの質問には答えず、自身の目的だけを告げる彼女。
「魔族が何用だ」
「だから、ダーリンを迎えにきたんだって! 老い過ぎて耳が遠くなっちゃった?」
一国の王を馬鹿にした態度に、傍に控える騎士たちが激昂し、抜いた剣を少女へ向ける。
「別に、今日は事を荒立てるつもりは無いんだけどなー。ダーリン見つけたらスグに帰るからさ」
騎士など全く意にも介さず、首をキョロキョロとさせてお目当てのダーリンとやらを探す魔族の少女。
少女と言っても、恐らく自分たちと同じ年齢に見える容姿をしており、胸の辺りに大きな赤いリボンを拵え、黒が基調のゴシックドレスを身に纏っている。厚めの服装なのだが、その布越しからも分かる程のスタイルをしており、出るとこは出るメリハリのあるスタイルをこれでもかと発揮している。
基本的に全身が黒で包まれた少の姿に、生徒たちもその美しさに一瞬見蕩れるものの、魔族だと知った瞬間に思考を切り替えて各々の臨戦態勢を取る。
それでも、彼女は危機感の無いような仕草で歩みを進めてくる。すると、彼女は急に足を止めたかと思うとその顔を満面の笑みにしてある一点に熱視線を送る。
その視線は、召喚された生徒たちの集団、の更に奥にいる男子生徒の姿。未だに膝をついている彼だが、顔だけはこちらを向いていた為に魔族の少女はお目当ての人物を探し当てられた。
「ダーリン見ぃつけたぁ!」
そう言った瞬間に、騎士たちの目の前にいたはずの魔族の姿が消えていた。辺りを見回してみるが、まるで見当たらない。そこで先程まで彼女が見つめていた視線の先に目を向けてみると、その背中が見える。
一体いつの間に移動したのか、皆目見当がつかない彼らは目をパチパチとさせながらその背中姿を黙って見つめる。オースティンも同じような反応をしていた。
「やっと会えた! どれだけこの時を待っていたか!」
そう声を掛けられたのは、先程ローブの男にゴミ扱いされた男子生徒の鏡透徹。どうやら自分のことをこの少女は知っているようだが、透徹はこの娘のことは全くの初対面である。
一人で感動に打たれている彼女に、どうしようかと考えていると少女が更に身を寄せてくる。一体何をされるのかと思ったのだが、それは杞憂に終わる。
何といきなり顔を透徹の胸に頬擦りしながら、抱き着いてくるではないか。突然のことに驚きを露にするが、思い返してみると彼女の言葉が頭に浮かんでくる。
ダーリンを探している、と。
まさかとは思うが、この少女の行動から見れば自分に何らかの好意を寄せているのではと思ってしまう。この世界の親愛表現がどんなものかは知らないが、地球と同じであるとするならばそこらの見知らぬ男に女がいきなり抱き着くというのは考えづらい。
その点だけで判断するのは早計かもしれないが、今実際に体を密着させてきているのは事実。女の子とこんなに体が近いのは初めての経験である透徹は、こんな状況ではあるが喜びと驚きの感情が半分ずつ心中を支配していた。
「ささ、やっとダーリンに会えたんだ! こんな湿っぽいところからはスグに出ていこ?」
目的の人物を見つけられたことで、嬉しさを爆発させている魔族の少女は透徹に向かってここを出ようと提案してくる。
一体何がなんなのか理解しきれていない透徹だが、ゴミ扱いをされたこの身。ここで何が出来るかもわからないままに燻るよりは、自分のことを必要としているように見えるこの少女に付いていくというのも悪くない話だと考える。
急な展開であったが、しばらくして思考を取り戻したオースティンが魔族の少女に問い掛ける。
「その髪、その服、そしてその角。もしかしてお前は……」
「そんな話はどうでもいいの。私の目的は今達成されたから、もう出ていくよ」
背中を向けながら王へ言い放つ魔族の少女。
それに対して、いくら透徹がゴミだとは言え自分たちが召喚した人間。戦力としては足りないものの、労力としてならば利用出来る為に、且つ今回の召喚に際し払った犠牲を考えるとどんな救世主だとは言え、無料で渡す訳にはいかなかった。
「何? 邪魔するつもり?」
「それは私の物だ。勝手に持って帰られては困る」
「ダーリンは物じゃ無いんだけど」
「私がこの世界に呼んだんだ。彼のような物でも保護する責任がこの国にはある」
二人の意見は平行線を行き、この先も交わりそうにはない。
「まぁ、私は誰がどう言おうと関係ない。ダーリンは連れていくから」
「ここから出られるとでも?」
「余裕よ」
オースティンと少女の目線が合わさり、火花を散らす。
「騎士たちよ、侵入者を逃がすな」
オースティンは騎士たちに、彼女を拘束するようにと指示をする。すぐさまそれに従い、魔族の少女と透徹は囲まれてしまう。
「ど、どうすれば……」
「ダーリンは何も心配しなくても良いんだよ。目を瞑ってて」
不安で圧し潰されそうな透徹に、顔を近づけながら優しく微笑みかけることでそれを取り払おうとする少女。不覚にもこんな状況であるのに、透徹は彼女の笑顔にドキリとさせられる。
「ちょっとだけこのままでいて」
魔族の少女は透徹にそれだけを言うと、立ち上がり周りを囲む騎士たちを見やる。
「争うつもりはないんだけど。退いてくれるかな?」
「王の命令だ。それは出来ん」
聞く耳持たずといった感じに、剣を構える騎士たち。
戦意は漲っているようだ。
「はぁ、仕方ない。クロードにはこれ以上騒ぎを起こすなって言われてたけど、これは仕方ないよね」
やれやれといった感じに首を横に振る彼女だが、急にふざけた空気は吹き飛ぶ。どうやら彼女の戦意も高まったようだ。
「実力行使あるのみだよね!」
そう言って魔族の少女は何も無い空間に向かって両手を翳す。何をするつもりかと、騎士たちが身構える。
気が付けば、彼女の両手にはそれぞれ一振りの白い光に覆われた剣が握られていた。途轍もない力の波動を感じる騎士たち。よく分からないが、この場の空気が重くなったかのようなプレッシャーを感じる生徒たち。反応は様々だが、皆がこれから起こりうることに警戒をする。
「やっ!」
短く息を吹くように声を出して、両手に握る双剣を上に掲げる。それと同時に、剣先から目を開けていられない程に眩い光を放つ。
「目眩しか!」
オースティンが少女の思惑を見抜いて口にする。
「扉から出るつもりだ! 防げ!」
声を荒立てて騎士たちに指示を出すオースティン。そんなことが出来るとは思えないと、指示を飛ばした後に気付くがこの場で逃がす訳にはいかない。
「くっ! 騎士たちよ、捕らえたか?」
少しずつ光が弱まってきたことで目を開けられるようになったオースティンたち。最初は焦点が合わなかったが、視線の先には一つの人影も見えない。
訝しみながら、やっと視認出来る程に回復した目で捉えた光景は、無惨。恐らく、目眩しで視界を奪った際に囲んでいた騎士たちを双剣によって切り捨てたのだろう。人であっただろう肉塊がそこらに散らばっている。
そして、その先の壁には大きな壁が空いており、そこから風が吹き抜ける。どうやら、壁を破壊してそこから脱出したようだ。
しかし、どうやったらあの短時間の内にこれ程までのことが出来るかと思案に耽るオースティン。今考えても埒が明かないと判断したオースティンは、取り敢えずこの場を鎮めることに勤しむことにした。
一瞬のうちに目の前に死体が転がっているさまを見せつけられた光希たちは、今まで目にしたことのない惨い光景に皆が口を抑えている。中には胃の中の物を吐いてしまった者もいるらしく、涙目になってえずいていた。
「クソが。これでトラウマになって使い物にならなくなったらどうしたらいいか」
王に有るまじき暴言を吐くオースティン。
しかし、生徒たちにそんな言葉を聞く程の余裕は無い為にその言葉が誰の耳にも入ることは無かった。
◇
一方、無事にオラシオン城から抜け出すことの出来た透徹たちはというと……。
「上手く逃げられたね、ダーリン!」
「うぅ、まだ頭がクラクラする……」
魔族の少女は透徹の手を握りながら、ゴシックドレスを破り背中から生えた黒い翼を羽ばたかせて空を飛んでいた。
「クロードが言った通り、あまり事を大きくしてはいないはず……! これで怒られることはない!」
一人でそんなことを言う彼女は、少し滑稽だと透徹は思ってしまったが、何故自分を連れて出ていくのかを質問する。
「ダーリンがいるから!」
「いや、それ説明になってないよ」
会話が成立しないことを理解した透徹。
どうやら、彼女が今目指して飛んでいるのは自分の住む所だという。そこに、クロードという博識の魔族がいるらしく詳しいことは彼に聞いて欲しいと言われてしまったのでは、透徹が聞くことは今は無い。
飛んでいる最中も彼女と軽い話をしていると、少しずつだが透徹の警戒心も薄れていく。見た目は人間とは違うが、感性は人間の女の子と同じで可愛らしいと思う程には彼も彼女との取り留めもない話が楽しめるようにはなってきたらしい。
しばらく飛んでいると、辺りの空が少し暗くなってきて霧が視界を阻み始める。それでも、彼女には全く影響が無いのか真っ直ぐ同じ高度を維持したまま飛び続ける。
そしてようやく濃い霧を抜けて、その先を見るとそこにあるのはオラシオン城とは比べられない程大きな城。その迫力に目を奪われる透徹。
「ここで降りるよ」
そう言って、城の正面入口の前に向かって降下していき、石畳で舗装された地面に足をつける二人。
「えっと、ここは何処なんだ?」
「ふふ、ここは私の居城のオルマリア城よ!」
まるで子供が買ってもらったばかりのおもちゃを自慢するように、ドヤ顔で透徹にそう答える少女。
「そして、私の名前はティナ・オルマリア。この城の城主にして完璧美少女魔王! そして、ダーリンのお嫁さんになる女の子でーっす!」
ウインクしながら甘々な声でそんなことを言う魔族の少女もといティナ。魔王と名乗った彼女だが、透徹から見るとどうしてもイメージしていた悪の親玉とはかけ離れた見た目の女の子。
正直、透徹からすればどストライクの理想の女の子。内心では過度なボディタッチに鼻の下を伸ばしていたりする。
しばらくティナの好き好き攻撃が透徹を襲っていると、目の前の厳かな城の扉が鈍い音を立てながら開かれていく。そして、中から出てきたのは黒い燕尾服を着こなすスタイルの良い若い男の魔族。
彼はこちらへ歩を進めると、ティナの前で膝をつき主人の帰還を迎える。
「お帰りなさいませ、ティナ様。そして、旦那様」
「うん、ただいまクロード。それと、まだダーリンを旦那様って言うのは早いよ!」
頬を紅潮させて、クロードと呼ばれた執事風の魔族を優しく咎めるティナ。その姿も非常に可愛らしいのだが、透徹としてはちょっと待って欲しい。
「え、えっと……、旦那様ってのは一体?」
「ダーリンと私は将来結婚を約束した仲なんだよ! あ、でもまだそういうことは結婚してからだからね?」
話が全く見えてこない。
またもや不安に苛まれる透徹は困惑する。
「ティナ様、もしかして旦那様にはまだ何もお話になっていられないのですか?」
「だって、クロードが説明してくれた方が分かりやすいもん。それと、まだ旦那様じゃないから!」
まだと言うことは、本当にこの魔王と自分が結ばれることになるのかと不安に思う反面、期待してしまう透徹。
「何はともあれ、よくいらっしゃいました。トウテツ様」
「え、俺の名前……」
「存じております。それはもう記憶に強く焼き付いていますから」
「はぁ……」
本当に分からないことだらけで、頭の上にクエスチョンマークが浮かび続ける透徹。
「俺はこれから一体何をしていけばいいんですか?」
「ダーリンと私の愛を育み続けること! そして、もう一つは魔族の存亡を賭けた戦いの為よ」
「はぁ、ティナ様。ですからもう少し詳しく説明されなければトウテツ様もお分かりになりません」
額に手を当て考え込むクロードの姿は、彼には面と向かって言えないが非常に様になっている。イケメンが憂う姿が絵になるとはこのことかと初めて理解した透徹であった。
「ごめんごめん。取り敢えず中に入ろうよ!」
お小言をもらうと察知したのか、ティナが透徹と腕を引っ張りながら城の中へ入っていく。クロードを始めとした出迎えの面々は、そんな自分たちの仕える主の久しぶりに見る笑顔に顔を綻ばせ後に続く。
「ダーリンにはこれからいっぱい頑張ってもらうからね!」
好意全開の少女が冴えない少年の腕を引っ張りながら、これから励むようにと言葉を掛ける。初対面のはずなのに、あちらはこちらのことを知っているみたいであるが少年は全く心当たりが無い。
しかし、彼の心に芽生えた感情はどこか懐かしく感じる。彼女のこの甘えたがりな性格、やたらと密着したがる癖、そして何よりもこの綺麗な銀色の髪。
元の世界にいた頃から、よく見る夢に出てくる少女のシルエット。それは、今目の前で笑顔を振り撒いている女の子にどこか雰囲気が似ている。
無色透明で何事もやりきることの出来なかった少年、鏡透徹。
モノクロだった彼な心には少しだけ色が入る。
それは、何故か頭の中に強く焼き付く桃の色。
今はまだ何も知らない少年の止まっていた時間は、一人の魔族の少女との唐突な出会いを果たすことによって再び動き出す。
透徹の秘密。
ティアとの約束。
かつてのクラスメイトとの対立。
魔族という種の存続。
これらが解明されていくのは、この話の続き。
透徹の有為転変とした人生は、これから紡がれていく。
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