OVA03「ゼロから始めろ異世界飯屋」その2
「うわ…綺麗な厨房ですね!」
プリスが感心した様にため息混じりの声を出す。それに店主が胸を張って答える。
「当たり前だ!食堂は衛生管理が最重要だからな!」
正論だね!それでもって、美味しけりゃ最高なんですけどね!(汗)
「しかし…、こりゃまた良い食材だなぁ…。」
米は粒も揃った無農薬の一等米。豚肉はサツマイモを食わせて育てた黒豚。
小麦粉は無農薬小麦を自分で挽いたモノ。パン粉はその小麦粉から作った自家製パンで作っている。
卵ものびのびと屋外で飼育された健康な鶏の有精卵。玉ネギも皮にキズもシミも1つ無い特上品。
ダシの鰹節は半年掛けて作られた本枯れ一等品。昆布も北の海で捕れた最高級品だ。
「王宮のシェフでもなかなか揃えられぬモノばかりじゃのう。本気度が伝わって来るわ。」
「こんな最高級の食材で、どうやったらあんなにマズくなるんだ!?」
「それは企業秘密だ。料理人がそう簡単に自分のレシピを教えられるか!」
こりゃまた、ごもっともな正論だ。ツッコミ所しか無いけど正論だ。
「―だが、協力してくれたお前さん達を無碍にも出来ねぇ。ヒントだけ教えよう。」
いや、俺達は協力者じゃねーし。被害者だし。(汗)
「スイカに塩を掛けると、甘味が増すだろう?」
「そうですね。お汁粉にもほんの少し隠し味として入れますね。」
「調味料ってのは適量なら良いアクセントになり、素材の味を引き立たせる。それが料理の基本だな。
だが、塩を掛け過ぎればスイカの味さえしなくなっちまう。要はそれの応用だ。」
「つまり、意図的に味のバランスを崩す、というワケじゃな?」
「そうだ。塩味1つとっても重要だが、他にも甘味、酸味、辛味、旨味、苦味と、これだけ多くの味覚がある。
その全てをそれぞれ絶妙にバランスを崩してやるのさ。彩り、香りを崩さないギリギリの範疇でな。」
『料理は科学だ』と何かの本で読んだっけ。
科学の定義の1つに『同じ要素や要因を条件として整えた時に、再び全く同じ事象が起こる』というのがある。
料理も、同じ素材を同じ分量で同じ調理をすれば、必ず同じモノが出来上がる。
すなわち、この再現性があるからこそ、レシピというモノが存在する。
メシマズな人というのは、この再現性を果たしていないのだ。
材料を「アレが無かったからコレで代用しちゃえ♪」とか、「これも入れちゃおう♪」とか、
「量はこんなモンで良いよね♪」とか、「弱火で1時間なら強火にすれば30分だね♪」とかだ。(汗)
そしてこの店主がやってるコトは、このメシマズの究極系ともいえる『匠の技』なのだ。
『美味い』から『マズイ』になるギリギリのボーダーラインを見極め、
外観や香りは如何にも美味しそうに仕上げる。無意味とも思える技術の無駄遣いだ。
「それじゃ、厳選素材を揃えるのも…、」
「そうだ。素材が良ければ良い程、バランスを崩した時の落差が如実に出るからな。妥協は出来ん。」
「でも、ここまでやっても『二番目』なんですか…。」
プリスたんのひと言が厳しい。
でもそうだよなぁ。これよりマズイ料理が存在するとか、俺には想像が付かん。
「素材も手順も吟味の限りを尽くしたと思ってる。俺の料理はもうこれ以上マズくするコトが出来ない。
対戦の日が近いと言うのに、行き詰まりを感じていたトコロなのさ…。」
虚空を見つめる店主。
激しくどーでもいいんだが、これよりもマズイっていう店主の親父さんの料理にも興味が出て来たな。
あ、ホラ、怖いもの見たさってヤツ?
そこにパトルがフラつきながら厨房に入ってきた。やっと気が付いたか。
「う゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛~~~…」
すごい声だな。女の子が発して良い声じゃ無いぞ。
ヨロヨロしながら呻き声上げて近付いて来るとか、ガンシューティングゲームのゾンビじゃ無いんだからさ。(汗)
「おう、パトルよ。無事に戻って来た様じゃな。」
「お……」
「お?」
「おなかすい…たっす…。」
復活して最初のセリフがソレか!!
…まぁ、俺達もあのカツ丼をひと口食っただけだったもんなぁ。だが、またアレを食うワケにも行かないし。
そこへプリスたんが店主に進言した。
「あ、あの、私が作っても良いでしょうか?」
「ん?あぁ、そりゃ構わねぇが。」
「ありがとうございます。厨房、お借りします。ケインさん達は座って待っていて下さい。」
店にあった割烹着を着、頭に三角巾を被るプリスたん。
その純家庭的な幼女が降臨した途端に、透過光でパステルの後光が厨房に溢れ返る。(俺視点)
待つこと十数分。再び店内に芳香が漂い始め、プリスたん特製のカツ丼が運ばれて来た。
…店主の分まで作ったのか。度胸あるなぁ。(苦笑)
「「「「「「いただきまーす!」」」」」」
ハフッ!ハフッ!…美味い!これ美味い!マジで美味い!!
何この荒ぶる女子力!!プリスたん、良いお嫁さんになれるわー!
「凄いよプリス!プロ顔負けの腕前じゃないか!?」
「そ、そうですか?ケインさんにそう言ってもらえると、嬉しいです。」
頬にピンクのブラシが入り、背景に花が舞いそうな笑顔で答えてくれるプリスたん。かわええ~!!
「おかわりっすー!」
「うむ、これが主の言う『じょしりょく』か…。悔しいが、美味いのう。」
「ほう、こりゃ驚いたぜ。素人とは言え、なかなかのモンだな。」
店主も目を見開き、プリスたんの料理に舌鼓を打っている。
実際、クエストで遠出した時も、料理はプリスたんがチーフだもんな。
デヴィルラは王女で料理はしない立場だし、パトルは食う専門だし、マーシャも込み入った調理は不得手だし。
俺はと言えば、せいぜい独り暮らしのお手軽料理くらいしか出来ないしな。
…カチャリ
そんなみんなの談笑を、箸を置く音がぶった切った。マーシャが険しい顔(無表情)をしている。
そしてひと言、
「…このカツ丼は出来そこないだ、食べられないよ。」
―いやマーシャちゃん、アナタもう半分以上食って、ほっぺにご飯粒付けてるじゃないの。
「そ、そんな!」
「どこが駄目だと言うのじゃ?」
マーシャは静かに目を閉じ、ひと呼吸置いて言い放つ。
「…水。」
「な!?」
「水…じゃと!?」
ガタン!!
その音に俺達が驚き、見ると、店主が椅子を転がし立ち上がっていた。
身体と唇がワナワナと震えている。
「そ…そうか…!!水か!!…水だったのか!!」
「ど、どういうコトだ?」
マーシャはん、さぁ、説明してくれへんか!
「…厨房を見た時からこのカツ丼、何かが足りないと思っていた。
…最高の食材が揃っていたけど、水がダメ。」
「水…。」
「…お米を研ぐのも、そのお米を炊くのも水。割り下も水が必要。パン粉にするパンを作る時も水を使う。」
「成る程のう。言われて見れば然りじゃ。そこまで水がカツ丼に直結した存在であるとは思わなんだ。」
ドン!とテーブルを叩く店主。
「―水にも拘るべきだった…!!生命をつかさどる水は根源にして至高!!
こんな基本中の基本を見失っていたとは…。俺の目は節穴だったか…!!」
マーシャは野山で暮らしていたからな。水の良し悪しに誰よりも敏感なんだろう。
「ふむ。他の素材がなまじ最高なればこそ、1つ欠けた部分が目立ってマーシャが気付いたというワケか。」
「納得です。家庭で普通に食べる分であれば、気にならなかったかも知れませんが…。」
「…そう。この水では店主の父親に勝てない。」
何か、マーシャが黒い背広とリーゼント姿に見えて来そうだわ。
一方で、3杯目を黙々と食ってるパトル。うん、まぁ、普通に美味いレベルではあるからなぁ。
しかし、今こうして、すっごい高尚なコトを言い合ってる様な絵面だけど、
コレって、マズイ料理を極めるための話してるんだよなぁ、俺達…。
「で、でも、これで改良点がハッキリしたんじゃないでしょうか?」
「お、おう、そうだな!良い水さえ手に入りゃ…、」
そこまで言って、店主は黙ってしまった。
「どうしたのじゃ、店主よ?」
「駄目だ。水は手に入らねぇ…。」
「どうして?」
「名水100選のトップにある水は、北端の山の雪解け水から来た湧き水なんだ。
だが今、北の山は冬を迎えている。湧き水も凍って採れやしねぇ…。」
店主が重く首を振る。
うーん、湧き水くらい、冬でも取れるんじゃないのかねぇ?
「そうか、主は知らぬが当然であったな。」
「北端の山は冬になると、常識では考えられないほど冷え込むんです。」
「そうなの?」
「あそこの冬は『炎も凍る』と言われておるからのう。空飛ぶ鳥も、地を這う虫も、
生きとし生けるモノ全てが、冬の北端の山には決して寄り付かぬ。生命が惜しければ行かぬが華じゃ。」
炎が凍る!? 何だそりゃ!? 多分、比喩だとは思うけど、まさか絶対0度とかになるのかね?
「他の水では…このカツ丼には使えないんでしょうね。」
「あぁ。この食材を活かすにはあの山の水か、それ以上のモノが欲しい。」
食は極めようとすると、本当に終わりが無いモンなんだなぁ…。
ガックリと肩を落とす店主に掛ける言葉も見付からず、俺達は店を後にした。
宿に戻った俺達。でも、出て来る会話は不思議とあの店のコトだった。
「さても、店主の父親の料理がアレよりもマズイというのは、実に気になるのう。」
「たべてみたくはないっす。でも、みるだけならみてみたいっす。」
「私もです。何か、ドラゴンが住む洞窟に挑むような心持ち、ですね。」
「死を覚悟してるよね?それ!?」
ちなみに今、俺達がいるのはお風呂だ。いつも通り、全員で入っている。
俺も今まで色々抗って来たが、結局最後は一緒に入るコトになるので、もう抵抗する気を無くしました。
プリス達、幼女4人は湯船に浸かり、俺は頭をワシャワシャ洗ってるトコロだ。
デヴィルラが湯船のお湯をすくった自分の手を見て呟く。
「―しかし、水とは盲点だったのう。基本過ぎて考えの外にあったわ。」
「そうだなぁ。でも確かに、良い水ってのはそれだけで美味いもんな。」
「あの店主さん、良い水は見つかるのでしょうか…?」
「みつからなかったら、おやじさんにまけちゃうっすか?…なんだか、かわいそーっす。」
「うむ。方向性はともあれ、目的に真剣に向き合っておったからのう。」
あんなにマズイ飯を食わされたのに、何だかんだで俺も含めて、みんなお人好しだなぁ。
と、今まで黙っていたマーシャが、口を開いた。
「…北の山よりも美味しい水、ある。」
「!? 本当か、マーシャ!?」
「…みんなもその水、飲んだコトがある。」
「ふえ!?どこだったっすか?」
「…『神々の住まう場所』。」
おぉ!!あそこか!!
そう言えば、あそこでキャンプした時、川の水を汲んで料理したっけ。あれは美味しかった。
そうか、あの水か!!
「ふーむ、神々の力で浄化されておるからのう。この世のどんな水よりも純粋であろうな。」
「あの水なら、全ての料理が1ランク、いえ、数ランクアップするコト間違い無しでしょう!」
「じゃあ、さっそくとりにいくっすー!」
大盛り上がりの幼女達。だが、俺はある重要なコトに気付いてしまった。
「あ、いや、みんな待ってくれ。」
「どうしたっすか、ボス?」
「今から行っても、最短としても往復で10日は掛かるぞ?それじゃ料理対戦の日に間に合わない。」
「あ!そう…です、ね…。」
「しかも今回は『あの店主を勝たせたい』という俗な目的だろ?」
「むぅ、野心と取られても文句言えぬのう。そういう輩は『神々の住まう場所』にすら行けぬのであったな…。」
『神々の住まう場所』は中央都市から遥か北東の果て、迷いの森を抜けたその先にある。
そこには悪人や、邪な心、野望や悪しき欲望の持ち主は入るコトが出来ないのだ。
「こまったっすねー。」
「行くだけ行ってみてはどうじゃ?親子勝負の日程は、何とかズラしてもらうとかして…。」
「それは一方的過ぎて公平ではありません。ますます欲望まみれという気がします。」
うーん、俺としても神様のいる地にまで行って、
「ちょっと水汲みに来ました―。」とか、失礼過ぎて言えんしなぁ。(汗)
―ん?何だ?…この感覚は…!?
「おい、みんな!その湯船!」
「え?…えぇ!?」
「なんか、ひかってるっすよ!?」
「も、もしや、コレは…!?」
「…神様。」
幼女4人が入ってた湯船はキラキラと光り出し、浴槽の中央から虹色の光の柱が天井へ登って行く。
そこからお出ましの神様。いつも全裸で登場だが、今回はバッチリTPOに合ってますよ!!
―しかし、斧を投げ込まれたどこかの泉の精ですか、アナタ!? 神様だけど。
神様は静かに顔を上げ、目を開いて第一声。
『―貴方が落とした斧は、』
ごめんなさい!!やっぱ完全に心、読まれてますよ!! 間違い無い!!