OVA03「ゼロから始めろ異世界飯屋」その1
前作『1クールで終わる異世界冒険』最終回のラストシーンからの続きになります。
前作はコチラ! https://ncode.syosetu.com/n5705ej/
サブタイトルは、私の大好きな異世界モノの作品のパロディとしました。
※内容にはパロディ元の作品は一切関係しません。単なる言葉遊びと捉えて下さい。
「おなかすいたっすー。」
「そう言えば、そろそろお昼ですね。」
「今日は何にするかのう。」
―ここは中央都市セントラル。
大陸中央部に位置する大きな街で、飲食店だけでも多くの店があり、毎日違う店で食事しても全てを回り切るのは容易では無い。
俺達は今、冒険者ギルドからの帰りで、昼飯をどうしようかと思っていたトコロだ。
「みんな、何か希望はあるか?」
「…昨日は中華だった。今日は和モノが良い。」
「良いですね、お蕎麦でもうどんでも。あ、お蕎麦屋さんのカレーって美味しいですよね。」
「うむ。先週行ったあの店はアタリだったのう。」
「がっつりたべられれば、なんでもいいっすよー。」
この世界は、俺が転移してきた影響で日本の文化があちこちにミキシングされている。
おかげで異世界でも食い慣れた味を楽しめてるってワケだ。
「今日は違う道、こっちの通りを行ってみるか。」
「はい。知らないお店はワクワクします。」
「また然り。ハズレもそれはソレで楽しいモノじゃ。」
この中央都市を冒険の拠点として、もう数ヶ月。近くの店はあらかた入って試してみたからな。
今日はちょっと遠回りしてみよう。これも小さな『冒険』だ。
そしてブチ当たった一件の和風の店。その看板を見て俺達はギョッとなった。
『世界で二番目にまずい店』
怪しい。怪し過ぎる。(汗)看板の前で俺達は並んでフリーズ状態。
引きつった笑みでデヴィルラが俺に言う。
「の、のう、主よ…。こ、こういうのは大抵、2つに1つじゃ…。」
「あぁ。謙遜のギャグで言ってるか、本当にマズイか、…のどっちかだよな。」
「でも、お店は綺麗ですし、良い匂いも漂って来てますよね。」
「…殺気は感じない。」
いや、マーシャちゃん!?飲食店で殺気は感じちゃ駄目なヤツだから!
「まずいっていっても、たべられないほどじゃないんじゃないっすかー?」
パトルは呑気だなぁ。コイツはよっぽどのハズレでも無い限り、何でも美味そうに食うからなぁ。
「ここで立ち往生しておっても始まらん。余は主の判断に任せようぞ。」
あ、汚ねぇ!俺に丸投げしやがった!!
でも、プリスの言った通り、鼻に入ってくるのは和風ダシの良い香りだ。メシマズの雰囲気じゃあ無い。
ええい!さっきも言ったけど、これも『冒険』だ!
「みんな、覚悟はいいか!?」
「はい!」
「おーけーっす!」
「うむ!」
「…覚悟完了。」
まるでラスボスが待ち構えるダンジョンフロアに入るような気持ちで、俺達は店の扉を開け、のれんを潜った。
「うお…すっげー…。」
店内は明るく、徹底的に掃除されチリ1つ落ちていない。テーブルも椅子も整然と配置されている。
隅には花も活けられており、食に対する真摯な空間が演出されていた。
「―な、何じゃ。あの看板はこけおどしであったか…。」
デヴィルラが平らな胸をなで下ろす。 俺も同じ気分だ。
「これは、なかなか期待出来るのではないでしょうか?」
席に着きながら、プリスも安堵の表情を見せる。
「よし、注文するか。…えーっと、メニューは、と…。」
テーブルにはメニューは置かれていなかった。で、店内を見渡すと品書きの札が1枚だけ掛かっていた。
『カツ丼 500円』
この世界の物価水準は、俺がいた時代の日本よりはるかに安い。どこも大体、数十年ほど前の価格ってカンジだ。
それからしたら500円はやや高目だな。
しかし、この一品だけで勝負か。こりゃ相当なコダワリがあると見た。
そんなコトを思っていると、奥からこれまた頑固な職人気質溢れる風体をした店主が出て来た。
「お決まりで?」
「うん。カツ丼を5つ。」
「へい、お待ちを。」
言葉少なく、サッと厨房に引き返す店主。
「…動きにも無駄が無い。あの店主、かなりデキる。」
格闘の専門家、マーシャが褒めるとは大したモンだな。
武術でも茶道でも花道でも、所作ってヤツは突き詰めるとそういう『無駄のない美しさ』に行き着くらしいが。
そこにプリスがカウンターから全員分のお茶を持ってきた。流石、女子力高いよ!プリスたん!!
「お茶も良い葉を使ってますよ、コレ。一切の妥協をしないカンジですね。」
「お、美味い。淹れ方も良いなぁ。」
「あー、いいにおいがしてきたっすー!」
「おぉ、コレは待ち設けさせるのう。」
デヴィルラは椅子に座って浮いた脚をパタパタさせて、今や遅しといった具合だ。
こういうトコロは幼女っぽくて可愛いんだよな。
やがて厨房から香ばしいカツの揚げた香りと、割り下の濃厚なツユの香りがこっちにまで漂って来る。
うぉおおお、腹の虫が鳴いてるぜ!
「お待ち。カツ丼5丁。」
カウンターに並べられた蓋をされた丼が5つ。そこには汁の垂れ跡1つ無い。見事な仕事ぶりだ。
一緒に付いてきた味噌汁は具を控えた配分で、香の物も瑞々しく盛り付けも綺麗だ。
テーブルに並べ、蓋を取るとモワッとした湯気と共に良い香りが。
卵の黄身は黄金色に輝き、白身は象牙のように滑らかで、
カツは汁を吸っても衣がダレずに尖っており、それ等を支えているご飯は粒が揃って立っている。
あぁ、日本人に生まれて良かったと思う瞬間!異世界でもこんな逸品が食える幸せ!
「うひょー!おいしそーっす!」
「よーし!突撃ー!!」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
ぱくっ
ずぶぅばしゃぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!
その瞬間、俺の肉体と精神は力任せに引き千切られ、精神は暴力的な握力で握り潰されたかと思うと、
遥か遠い暗闇の奥底目掛けてゴミを捨てる様に無造作に、乱暴に、何の感慨も無く放り投げられた。
俺の精神はどこまでも深い闇を落ちて行く。そして僅かに残った魂までもが闇に削られ、
あぁ、コレが無へと帰するというコトなのだと、薄れ行く意識でそう思っていた。
「…マスター!マスター!しっかりして!!」
「―はっ!?…お、俺は一体…!?」
俺の意識は強制的に現実に戻された。
横を見ると、真っ青な顔をしたマーシャが俺の肩を弱々しく揺さぶっていた。
マーシャの手を取り、俺は辺りを見回す。
…さっきの店だ。何事も無かったかの様に、店内には芳しいカツ丼の匂いが漂っている。
「何があったんだ…?」
「…地獄絵図。」
横を見ればプリス、デヴィルラ、パトルが倒れている。
プリスは箸を握ったままテーブルに突っ伏し、デヴィルラは崩れ落ちそうなトコロで椅子に引っ掛かり、
パトルは丼に顔を突っ込んだまま意識を失っていた。
カウンターの方を見ると、店主が腕組みをして俺達を凝視しており、ポツリとひと言発した。
「5人中3人…。60%しか仕留められなかったか…。」
「てっ、テメェ!一体何をした!?」
俺は立ち上がり剣を抜こうとしたが、身体が言うコトを聞かない。ひ、膝に来ている…!
マーシャも立っているのがやっとの様だ。
これは…俺達を狙った罠か? だとしたら今の状況は正に絶体絶命だ。
だが、店主は俺に向かってこう言った。
「心配するな。死にはしない。気絶しているだけだ。」
「何?」
「毒でも無いから安心しろ。」
「安心しろだと!?こんなモノを俺達に食わせて、何言ってやがる!!」
「待て。お前が怒るのは筋違いというモノだ。―この店の看板に何と書いてあった?」
「看板?……『世界で二番目にまずい店』…。ま、まさか?」
「そう。ウチの看板に嘘偽りは無ぇ。」
「 」
「まぁ、説明はしてやる。そこの3人を奥に運びな。」
俺とマーシャは店主の助けも借り、気絶した3人を奥の部屋に運び、寝かせた。
ようやく身体の自由も戻り、『毒では無い』と言った店主の言葉に嘘は無かった様だ。
やがてプリスとデヴィルラも目を覚まし、起きて来た。
パトルはまだピクリとも動かない。
無理もない。俺達はカツ丼をひと口食っただけだったが、パトルは一気に丼の3分の1をかっ込んだからな。
その威力は想像を絶するモノだったに違い無い。
「大丈夫か?二人とも。」
「は、はい。何とか…。」
「主と共におると色々な初めてに出会えたが、こんな経験まで出来るとは思わなんだ…。」
お茶を飲みながら話す二人の顔は、まだ本調子では無いと分かるモノだった。
「マーシャは平気だったのか?」
「…マーシャはマズイ食事にも慣れてる。」
あぁ、マーシャは90年近く人里離れて暮らしていたから、日頃から粗食に慣れていたのか。
「ありがとうな。マーシャが声を掛けてくれなかったら、俺も気絶してたよ。」
「…うん。でもこのカツ丼は今までで最強。マーシャも危うく持って行かれそうだった。」
デヴィルラが湯呑みを置くと、いまだ冴えぬ頭を振り振り、店主に向かって問う。
「で、じゃ。この際『世界で二番目にまずい店』に自ら入った我々の自業自得は認めよう。
しかし、何故ゆえにここまで強烈なモノを店として供しておるのじゃ?」
もっともな疑問だ。 それに店主は答える。
「それは、『あの男』に勝つためだ。」
「『あの男』?…誰かと勝負をしているってワケか?」
それを聞いたプリスがポンと手を叩く。心なしか手は震え、いつもより音が弱々しい。
「あ!そういうコトですか!…この店が『世界で二番目にまずい店』だとするなら…、」
「―どこかに『世界で一番まずい店』が存在する…!?」
俺達は今、恐ろしい想像をしている。決して当たって欲しくない想像だ。
だが、店主は無慈悲にもその俺達の想像を肯定した。
「そうだ。俺はその男と対決し、負けた。だからこうして2番目の座という生き恥を晒している。」
「いや、マズイ方が恥なんじゃ無いのか?普通。」
「貴様に食の真髄は解らん!!」
「んなモン、解ってたまるか!!」
店主は茶を一気に飲み干すと、話を続けた。
「―その男というのは、俺の親父だ。」
「何と!?」
「親父は正に食だけに生き、食だけに取り憑かれた、食の鬼だ。阿修羅だ。
ヤツは自分の食を追求する余り、家庭も、俺の母も見捨てた。俺はそんなアイツを絶対許せなかった。」
…何か、どっかで聞いた風なハナシだな。
「ヤツは『美食サークル』という、自分が主宰する自分が選んだ者だけが利用出来る会員限定の食堂まで作った。
こんな酔狂を許せなかった俺は、ヤツの目を覚まさせるべく、ある日、ヤツの昼食に細工をした。
こっそりと厨房の料理人と入れ替わり、俺自身の手でワザとマズイ料理に作るコトで
『お前のやってる食の追求などには何の価値も無い』と知らしめたかったのだ。
―だが、俺はアイツに負けた。」
「一体、何があったんですか?」
「ヤツは俺の作ったマズイ料理を食った。事も無げに綺麗に完食した。」
「げ。」
「そして、その料理の手順のクセから俺が作ったコトまで察し、俺を呼び出すとこう言った。
―『そこで待っていろ。本当にマズイ料理を食わせてやろう。』と。」
話を聞く俺達の額には、ジットリと脂汗が浮かび出した。
「ヤツの出した料理は凄かった。盛り付けも、色も、匂いも、どれも最高級の逸品にしか見えなかった。
そして、それをひと口食った俺はその瞬間に意識を失い、…気が付けば自分の家の寝床だった。
俺は負けた。ヤツは食の美意識を保ったまま、壮絶なマズさを俺に教えたんだ。完敗だった…。」
そうか、あのカツ丼も見た目と匂いは最高だった。この店主は親父に並ぶべく努力して来たのか。
…努力のベクトルが間違ってるカンジはするが。
「俺はヤツを倒すべく、ヤツよりもマズイ料理を作ろうと決心した。そうして事ある毎に対戦して来た。
その戦いは美食サークルでは有名となり、いつしか『窮極 対 死高』と呼ばれるまでになった。」
「今までの対戦成績をお聞きしても?」
「5戦してヤツの3勝2敗。前回負けたコトで、俺の負け越しだ。」
「よもやとは思うが、その対戦毎に『世界で一番まずい店』の看板を賭けておるのか?」
「そうだ。今はその看板は、ヤツの美食サークルに掲げられている。」
「…何がなんだか分からない。」
マーシャの意見に俺も賛成だわ。(汗)
「次の対戦日が近くてな。さらなる『高み』を目指して改良を続けて来たんだが…、
5人中3人しか仕留められないとは、こんな為体でアイツに勝てるのか…。」
「対戦はいつですか?」
「3日後だ。場所はこの店。前回負けた方の店でやるというルールになっていてな…。」
意気消沈している店主。そこにデヴィルラが不思議そうに問い掛けた。
「のう店主よ。そんなにマズイ食事を出したいのであれば、生ゴミでも出せば済むのでは無いのか?」
もっともな意見だ! だが、それを聞いた店主は激高した。
「ふざけるな!!ゴミなど客に出せるか!ウチは食堂だ!!」
うわ、正論だ。ツッコミ所に溢れてるけど、正論だ。
「これを見ろ!!」
店主は俺達を厨房に連れて行く。そこには、さっき俺達に出したカツ丼の材料が並んでいた。