感情の動くままに
トカゲアテテテを倒せた事は俺にとって凄く誇らしい思い出となった。そう満足で今日を過ごす。
ただ、他のメンバーには些か落胆したぞ。あんなに余裕そうにしておいて大ピンチに陥るとは何事だ。たく。
少しの油断が死を招くことなんていくらでもあり得ると言うのに。危機感が無さ過ぎだろう。
「あ、喜音今日もまた練習してるんだね。お疲れ様」
「ああ、おはようエリス」
大体1番最後に起床していたエリスが今日は1番乗りか。まあ俺の次だがな。
服をはだけたまま起きる癖をどうにかして欲しいものだ。伸びてしまうだろう。
俺はエリスに挨拶すると、直ぐさま魔法を発生させる練習を再開した。こうでもしないとまた大一番に失敗してしまう気がしてならないからな。
「おはようのチューしてくれないかな」
「しないぞ。顔洗って服を着直せ」
「ちぇ」
約1週間程過ごして分かってきたことなんだが、エリスは何故か俺に好意を抱いている様だ。全く理解は出来ないのだがな。
だが、エリス自体、俺も嫌いではない。取っ付きにくい性格をしている筈なのに、何故か嫌ではないんだ。
まるで、明日波と同じくらい長く共に居るみたいにな。そんな事は絶対に無いというのに。
エリスは練習に付き合うと言って側に来たが、やはり何故かほっとしてしまう自分が居る。
「絞り出す様に以外にも出し方は勿論あるよ。あんな細い線じゃ人1人殺すことなんて出来ないから」
「そ、そうか。人は殺すつもり無いんだけどな」
「知ってるけどさ、例えだよ」
「そうか」
教え方は今のところ1番上手なエリスはやはり丁寧で、例えがまだ分かりやすいんだ。
それより、聞きたい事も有るのを忘れていた。
「昨日のあの、合体技みたいなのは何だったんだ?」
「ああ、アレね。ちょっとよくは分からないんだけど、喜音はもしかしたら私達の魔力を一時的に自分のものに出来るのかも」
「そうなのか!」
「あくまで仮定だけどね。だとしたら事と次第によっては喜音が1番強いってことだね」
「そうなのか」
俺が1番強い、という事はいつかはラノベの主人公達みたいに無敵に成れる可能性も有るのではないのだろうか。だとしたら更に腕を上げていかなければな。
行く行くはこのメンバーのリーダーとして指揮を執ることもあるだろうしな。ふふふ。
「何か急に張り切りだしたね」
当たり前だろう。自分が完全に役に立たん訳ではなく、更に主人公の様な能力を持ち得ているならもう張り切るしかあるまい。
あのトカゲアテテテがランクCだというのなら、更に上は幾らでも存在すると考えておいた方が良いだろう。
1人でランクCを倒せる様にならなくては勝つのは難しい筈だ。
俺は1度休憩をとると、空を見上げた。
アテテテ来訪時には黒く染まっていた空だが、今は眩しい程に快晴で気持ちが良い。もしかしたら出現と関係しているのかも知れないな。
朝飯のお結びを口に入れながら、俺は自分の世界と繋がる時空の歪み・アテモテを見据えていた。
またいつアテテテが来るかも分からない。警戒しなくては、と。
「喜音、はいお水」
「ああ、すまない。エリスも飲むといい」
「え、うん」
エリスは、感情のある様にはあまり見えない程冷静でいることが多い。
リアクションが薄い、と言うのかも知れないが何故こんなにもテンションが低いのだろうか。俺を部屋へ連れ込んだ時みたいに明るくしていてくれた方がよっぽど気が楽なんだが。
喜怒哀楽の感情で言うと、いつでも「哀」しか感じられない程楽しそうな表情をしてくれない。
モトニスを『放っておけ』と言った時も、無感情な表情丸出しで口だけが動いていた。モトニスはそれでも親友だと言っていたが。
「じゃあ、私もうちょっと寝て来る」
「結局寝るんだな。おやすみ」
俺の思い過ごしの可能性も充分にあり得るな。ただ眠いだけかも知れん。
「エリス? あ、喜音の相手してやってたのか」
「おはようレイビア。俺は幼稚園児とかではないのだから『相手をしてやった』と言うのは止してくれないか」
「ああ悪い」
何やら所々切れているボロボロな服を着て来たレイビアが起きて来たが、今から狩りをしに行くというのだ。なるほど、毎日に食事はそうやって手に入れているのか。
木々の中にズカズカと入って行くレイビアの背中を見ながら、俺は無意識の内について行っていた。
レイビアならエリスのことを教えてくれるのではないか? と考えていたのだ。
「うわっ!? お前何で来てるんだよ!!」
「すまん、知りたい事が有ってだな。それと2度も全裸を目撃した事を謝る」
「もう忘れろ! 何だよ知りたい事って。それより邪魔だけはするなよな!」
「勿論だ」
邪魔をするなと言われ、頷いてしまったが事実何をどう狩るのか分かっていない為、多少の足手纏いになるのは許してくれないだろうか。
逸れる可能性も考え、彼女の左手を握ったらビンタをされた。何故。
暫く進んで幾つかキノコなどの山菜を採取した頃、レイビアが急に振り向いたので警戒して身を屈めた。
「いや、何か用があったんじゃなかったのかよ!?」
「おお、そうだったな」
俺としたことが、すっかり目的を見失っていたぞ。キノコ採りに夢中になってしまっていた。ここら辺のキノコの種類ならもう覚えたぞ。
俺はレイビアが無視しない様、彼女を木と自分の身体で挟み両肩を掴んだ。
「えっ」
「良いか、聞いてくれよ」
「いや、ちょ、ちょっとそれは早過ぎなんじゃないか……!? もっと順序を踏んで。てか何がどうして……」
急に取り乱し始めたな。もしかして熊でも近づいて来ているか!? いや、足音も草の音も聞こえない。
レイビアは俺の話を無視するつもりなのか俯いたまま未だ取り乱している様だ。そうはさせない。絶対に聞いてもらうぞ、絆の為にな。
「エリスは何故あんなに無感情なんだ?」
「え?」
「普段のエリスを見ていると、どうも感情を隠している様に見えてしまってな。気になるんだ」
「そ、そっか。そうだなぁ、アイツは私と出逢った頃からあんなんだから……モトニスのバカなら知ってるかも知れないけど」
「そうか……分かったありがとう」
「え、それだけ?」
「そうだが? 狩り、気をつけてな」
今度はモトニスの元へ行かなくてならないのか。忙しいな俺は。こんな事なら練習していた方がよっぽど有意義なのではないだろうか。
いや、ダメだダメだ。俺は俺達の絆を深めていく為に彼女達のことをもっと良く知らなければならないんだ。それが世界を救う事に繋がる気がするからな。
モトニスはいつも通り崖から街を見下ろしていた。昨日戦ったからか、建物は幾つも欠壊している。悪いことをしたな。
肩に手を置き気づかせた俺は、レイビアにしたのと同じ質問をモトニスにもした。
「エリスは別に感情が無い訳じゃないよ?」
「いや、それは分かっているんだが本心は隠しているんじゃないかと思ってな」
「んー、苦手なだけかなぁとは思ってるんだけど。そういうのは本人に聞くのが1番だと思うんだけど」
「やはりそうか。仕方ない、話してはくれないかも知れんが行って来よう」
レイビア・モトニスと聞いて回って何も得られず結局エリス本人に訊く事になった。
ここの連中は意外とお互いのことを知り得てはいないらしいな。そこもどうにかしなくては。
部屋を訪ねると、エリスは本を読んで寝ている訳ではなかった。
「エリス、少し訊きたい事があるんだが、いいか?」
「いいよ。スリーサイズは教えられないけど」
「大丈夫だ興味無い」
「それはそれでショック」
『ショック』と言う割には目線は本の文に向き、口元は酢昆布がギリギリ入る程度しか開いていなかった。これは本心ではないのかも知れないな。
こんな事を本人に問うのは凄く厳しい事だと思うが、訊くならこのタイミングしか無いのではないだろうか。
「お前は、本心を隠していやしないか? エリス」
俺が質問すると、ページを捲るエリスの指が一瞬だけ止まった。そして瞳が先程までより開いて見える。
図星か。やはり俺の思い過ごしではなかったらしい。
だが、彼女は俺が思っている以上に頑固だった。
「何の話? 私はずっと本心で話してるつもりなんだけど」
「いや、お前はそれすら本心じゃないだろう。何故嘘をつく? 本当は俺のことも好きとかではないんじゃないか? なあエリス!」
「うるさいな」
エリスは本をベッドに叩きつけ、ゆっくりと立ち上がった。凍った空気が彼女を怒らせた事を教える。
何か間違ったのか自分でも分からないのだが、とにかくストレートに聞きすぎたか? だとしたらヘマをしたな。
俺は明日波を含めたメンバー全員で絆を深めていきたいと考えていたのだが、それは甘かったのかも知れないな。怒らせてばかりな気もする。
「あのさ、私がどんな態度取ってようが、自由じゃないの? 少なくともさ、4人に対する気持ちは嘘じゃないんだよ。喜音、君のことだってそうなんだから」
「エリス、す、すまん」
絆を深めるどころか、完全に怒らせてしまった。嫌われてしまったのではないだろうか。
だとしたら俺はどうすれば良いのか選択肢が思い浮かばない。俺は友達を作るのすら下手くそだからな。
実を言うところ、俺は明日波が居なければ他人と話すことも殆ど無かった筈なんだ。
怒らせてしまった人に対する態度は何が正解なんだ? なあ、誰か教えてくれないだろうか。
部屋を出て行ったエリスを追う為、俺も部屋を飛び出した。そして明日波と遭遇した。
「どうしたの? そんな焦ってさ」
「焦っているのか、俺は。そうか。なあ明日波、エリスを怒らせてしまった。どうしたらいい?」
何でも自分で出来ると思い込んでいた俺だが、この世界に来てから人に頼り切りな気がしてならない。凄く悔しい、そんなことより自分がどれだけ周りを見ていなかったかが分かる。
独りで生きて行ける人間なんて1人もいる訳ないのにな。自分は特別な人間ですらないというのに、バカなのは俺もだったか。
「とりあえず、謝ればいいんじゃない? 何で怒らせたのかは知らないけど、とにかく謝らないと何も始まらないと思うからさ」
「謝る、か。ありがとう行ってくる」
「あ、うん」
認めよう。俺はこの5人の中で最も心が弱いと。
自分で何も考えられない様ではリーダーなどと胸張って言える訳が無い。俺は戦隊物の1番端で丁度いいくらいだろう。
エリスは草原に立って何かを握りそれを見つめている。とても哀しそうな表情で。
近づいて行く俺に気づかない程に大切な物なのだろうか。
「エリス、先程は何も考え無しにすまなかった。俺はお前のことを知らな過ぎる、知りたいんだ。もっと」
「私のこと? 本当に?」
「ああ、仲間として」
「仲間……いいよ。教えてあげる」
「本当か!」
「……うん」
エリスは握り締めていた物を俺に投げて来た。それはエリスともう1人男が映った写真の入ったペンダントだった。
その男は見覚えのある人物だった。
「これは、俺か……!?」
「ううん、そのお兄さんだよ」
「兄だと……?」
確かに俺には数年前に事故死してしまった『流音』という兄がいるが、この世界には1度も来ていない筈だ。殆ど病院暮らしだったからな。
エリスはペンダントを自分の首にかけると、切ない表情でぎゅっとそれを握り締めた。
「喜音のお兄さんは、私の憧れの人だった。でも、アテテテに殺されて、そっちのお兄さんも死んだんだ」
「そっちの……? ちょっと待て、とういうことだ!? 俺の兄は、2人いたのか!? 本当にどういうことだ、混乱することを言うな!」
「私達の世界と喜音達の世界は繋がってるって言ったよね? それは次第に変化して行って、パラレルワールドになったんだ。そっちにも私やレイビア達が居るし、こっちには明日波が居る」
「な、何だと……?」
嘘だろう!? パラレルワールドだと!? そんなのが実在するなんて思ってもみなかったぞ。しかもエリス達がこっちの世界にもいるのか。
そしてこの世界には明日波が──明日波だけ?
「おい、俺はどうなんだ? 俺はこの世界に居ないのか!?」
「うん、居ないと思う。喜音はイレギュラーな存在なんだよ。他にも居るけど。何故か1人しかいないの。そうやって君のお兄さんから聞いた」
「兄……から」
エリス達、マリフ・ゴートの住人はパラレルワールドとして俺達の世界の住人と繋がっている。つまり兄が死んだのはこっちの世界の兄が死んだから、だという訳か。
明日波も存在している。だが俺は存在しない。どうなっているんだ、混乱が終わる気がしないぞ。
「私はさ、流音の感情に任されるまま戦っていた姿に憧れた。でも、それももう見られないと思っていたところに、似ている君が来たんだよ、喜音」
「そう、なのか」
「だからどうしても彼と重ねてしまう。それも許してくれる、かな?」
「ああ、勿論だ。兄程勇敢には成れないが、それでも構わないか?」
「あはは、勿論」
結局教えて貰えたのはこの世界と俺の世界がパラレルワールドとして繋がっている事で、エリスの事ではなかったが、安らぐ様な彼女の笑顔を見れたので、今はこれで良しとするか。
守れなかった兄の代わりに俺がこの世界を、この笑顔を守る。明日波もモトニス達も全部。
俺にそんな大層な事が出来るのか不安だがやるしかないだろう。任せろ兄よ。弟がやり遂げてみせるからな。
それと、俺は何なのか教えてくれ。
「喜音、これからよろしく」
「ああ、エリス。よろしくな」