コンビネーション魔法
先日のアテテテの来訪。そしてそれに対してこの世界、マリフ・ゴートの住人達は魔法を持ちながらも死にたくはない為に戦わないと言った。
俺はそれでも気持ちが分かるのだが、異世界ファンタジー的にはそれで良かったのだろうか? と問われるとダメなのではないかと思ってしまう。
異世界で戦う者達は襲いかかって来る怪物や魔物を無条件で退治しなければならないのではないかと、そう考えてしまう。
でも、事実この世界の住人は山から見下ろしても蠢めく人影も見えやしない。それ程までに被害の大きい敵が襲って来たんだろう。
「だがあのアテテテ、いつまでも放置する訳にはいかないと思う。どうにかして倒さなければ。いくら弱めの敵だったとしても増殖していけば勝ち目が薄れていく」
「そうね、何とかして倒さなきゃ。まだ私達だけで倒せるとも限らないし」
「ああ。特に俺がな」
魔法を放出させる基礎はエリスからしっかりと学んだ為練習量でカバー出来るとして、戦闘に関する知識は無いに等しい。俺達だけで挑みに行っても返り討ちに遭い最悪死ぬだろう。
結局、異世界にやって来たとしてもやる事は別段無い上大した食料も無いから腹も減る。こんな世界は想像していなかった。甘かったな。
着替えも二着しか無いからか、段々明日波が気にし始めたぞ。服の質や匂いを。
心配しなくても洗濯してあるんだけどな。家からア〇〇ール持って来てあるから大丈夫だ。
「いや、服の匂いとかは仕方ないから全然良いんだけどさ」
「いや、だから匂いは心配無いと言っているだろう」
「あの子達さ、私達の事全然信頼してくれてないって思うんだよね。エリスさんは寝てばかりだし、モトニスさんだってつい最近漸く心開いてくれた感じだし、レイビアさんは喜音のこと避けて通るし」
「……ああ」
恐らくレイビアが俺を避けているのは、また全裸を目撃されてしまうのではないかと警戒してるからだと思う。と言うのは言わない方が身の為な気がする。
肉体的で物理的な意味でのな。
しかし、明日波がそんな事を考えていたとはな。モトニス達のことを未だ毛嫌いしているのではないかと不安だったからな。よかった。
巨大なトカゲは、牙が生えている事に注目すると種類的には「コモドドラゴン」ではないかと推測できる。
だとしたら警戒すべきは主に口だ。口の中にギラリと煌めく牙には毒がある可能性もある。それはモトニス達に伝えるべきだろうか。
「明日波、引き続きアテテテの監視を頼めるか? 俺は気になった事があるのでモトニス達に伝えてこようと思うんだ」
「分かった。なるべく早く帰って来てよね」
「ああ。じゃあ、行って来るな」
『なるべく早く帰って来て』か。明日波でもそんなに怯える事があるとは思いもしなかった。
昔からあの利かん坊の事はよく知っているが、危険な場面であっても決して根を上げることが無かったからな。ダンボールの山は流石に重いらしいが。
10年ほど前、雨中の帰り道を駆けていた時、川に流されそうになっている黒猫を発見した俺は無謀にも川沿いへと降りた。
水嵩が増しているのに七つの子供が助けられる訳がないと後に散々叱られたが、その時は無我夢中だった。たった一匹、誰の目にも留まらぬような野良猫だとしても、一つの命には変わりないからな。
結局、誤って自身も川に流され、猫を抱き締めながら意識を失った。
目が覚めた時には、洞穴の様な場所で倒れていた。目の前には助けた猫と、幼馴染みの明日波が転がっていた。
猫は気を失っていただけなのか、直ぐに立ち上がり洞穴から出て行ったが明日波は違った。水を飲み過ぎて呼吸が出来ていなかったんだ。
ふと考えた。俺は何故大した怪我も無く川からここへ逃れて来れたのだろう──と。
単純な事だったんだ。明日波が、身を挺して守ってくれたんだ。
男が女に助けられるなんて、と悔しがっていた俺を今はぶん殴りたい。そうじゃないだろう、と。
自分の危険を顧みず助け出してくれた幼馴染みの女の子に精一杯の感謝をしてやるべきだろうと。そして次は自分がどうにかする番だろう、と。
今考えてみると、明日波が強く育ったのは俺という世話の焼ける幼馴染みが居たからなのではないかと思う。
だが今は明日波が震えている。どうやってあの雨の中俺と猫を助け出したのか知らないがとにかく俺の知る限り一番強い心を持つ明日波が怯えているんだ。
今度は俺が明日波を守る。もう二度と無茶はさせない。
そして馬鹿はやらないようにしよう。
モトニス達の部屋へと勝手に侵入してみたが、意外な事に全員が起きていた。天変地異でも起こるのではないだろうか。
「あれ? 喜音、乙女の部屋に侵入するなんて、何する気だったのかな?」
無駄に露出をしながら迫って来るモトニスをガン無視しておく。
「やっぱり我慢出来なかったんだ? 喜音」
頬を赤らめてベッドに横たわるエリスの行動も無視しておく。
「何の用だよ。まだ着替えてんだけど」
「すまない、終わったら話がある」
「あー、分かった」
レイビアの着替えを見てしまったが、更に嫌われるのではないかとヒヤヒヤして来たぞ。ここでは彼女達との仲を深めるのが一番得策だというのに。
だがしかし、脱衣所があるのに部屋で着替える方が危機感が無いんじゃないか? 違うか。無言で入室した俺が一番悪いな。反省はしている。
数分後全員が着替え終えたらしいので、俺は直ぐさま部屋に入った。
「きゃー! 喜音のエッチー!」
「ところで話のことなんだが……」
「無視は辛いな!」
喚くモトニスをまたもガン無視し、俺はエリスとレイビアに向き合う。
アテテテが仕掛けてくる可能性のある行動パターンを出来るだけ話し、逆にどのくらいの強さなのかを分かりやすく教えてもらう。俺達で倒せる程度なのかもな。
エリスとレイビアは何やらスマートフォンの様な機械を取り出し、一斉に捜査を開始した。コモドドラゴンを調べるみたいだ。出て来るのか?
「生きた恐竜、ね。毒か……面倒くさい相手」
先に終えたのはエリスで、恐竜のことは知っているらしい。何故だ。
続いたレイビアが調べたのはコモドドラゴンアテテテの情報。過去に出現したことのあるアテテテは記録しているのだという。マメだな。
「ランクCってとこだな。この毒は喰らえば暫く動けないが死にはしないっぽい。甲殻はコンクリート並みの強度がある。まず私じゃ対抗出来ねーな」
「そうなのか」
レイビア1人で退治出来ると言っていたモトニスの予想は完璧に外れたな。コイツ良いところ無しじゃないか?
今も何故かベッドで暴れているし、もう少し大人しくはしていられないものなのだろうか。
レイビアでは倒せないということは、誰なら倒せる? もしや誰も1人では倒せないという事だろうか。
だとしたら俺達皆力を合わせて戦うべきではないだろうか。
「なあ3人共、俺達で力を合わせて戦わないか? 俺はまだ役には立てないが、サポートレベルには動ける筈だ。どうだ?」
「うーん、面倒くせぇけど力蓄えられるのもちと面倒か」
「だね、じゃあ行こっか」
「ああ!」
漸く異世界バトルっぽくなって来たのではないだろうか。俺が待っていたのはこれだ、多分これだ。
このまま5人で力を合わせ、アテテテを倒し、絆を深めて共に戦って行こう!
「遅い!!」
「す、すまん」
そう言えば早く帰って来いと言われていたのを忘れていた。明日波も1人で心細かっただろうな。すまない。
「また襲われるかと思ったから」
「あ、そっちですか」
明日波はアテテテなんかよりもエリスやモトニスを警戒していたらしい。味方を警戒するんじゃない。
それに俺がそんなものに興味あると思うな。いくら異世界の人間達だと言っても二次元から飛び出たものは認めん。三次元は興味無いんだ。
気が強いキャラはあまり好きではないんだが、優しい妹系のキャラなら可愛くて癒されるから大好きだ。二次元だけだがな。三次元にそんなもの存在しない。
俺が1人妄想に浸っていると、明日波に腕を引かれ山を降りて行った。危ないぞおい。
「アレがそうだね。想像よりデカい」
「本当だ〜。おっきいね〜」
エリスは近くに来ると流石の巨体に呆気にとられているが、対するモトニスは意味深な表情で同じ言葉を連発している。うるさいなコイツ。
レイビアは動物を扱う魔法を使用するらしい為、その点は少しも臆していない。
明日波は警戒はあまりせずとも、真っ直ぐアテテテを見据えている。
このメンバーで、初のアテテテ退治だ!
「あー、コホン。そこのおっきぃトカゲ君、起きなさい。退治しに来ましたよ〜」
果たしてそんなやり方で起きるのだろうか、いや起きるか。敵が居たら怪物は襲いかかって来る筈だ。
モトニスの声かけが3回程繰り返されると、建物よりも大きな体躯で地鳴りを響かせながら起き上がった。
間近で見ると本当に恐ろしいサイズだな。尻尾でも振られたら避けられる気がしないのだが。大丈夫だろうか。
頭部は遥か上空に見えるというのに、その口は存在感を必要無い程に放っている。噛まれたら終わるな。
アテテテが手を振り上げると共に、前線で戦闘を行うエリスとレイビアは高く飛び上がった。
凄いな。建物よりも高く飛び上がっているが、もしかしてこの世界ならあの様な動きも可能なのだろうか?
ジャンプしてみたが、無理だった。だろうな。
「行くぞガル!!」
レイビアが空中で叫び手を翳すと、赤色の光が掌の周囲を螺旋状に飛び回り、巨大な靄の様なものに変化した。
そこから俺が2人分程の高さになるであろうドラゴンが出現し、レイビアが背に乗った。
アレがレイビアの魔法か。そしてドラゴンをこの目で見れたのは嬉しいことなのだが、アテテテの方が遥かに巨大なので迫力が失われる。
アテテテの大手振りを華麗に避け、直ぐさま口から火炎弾を吐き出し攻撃を当てていく。
「凍りなさい」
エリスの魔法は氷結らしく、アテテテの脚を凍らせて自由を奪っていく。凄い、何か興奮してきたぞ。
アテテテの攻撃はレイビアによって防がれていき、じわじわとエリスの氷で包まれていく。確かにこれなら苦戦する事も無さそうだ。
モトニスは暇そうに隣で脚をぶらぶらさせている。鬱陶しいからやめてくれないか。
明日波どこ行った?
「エリス! ちょっとマズいことに気がついちった!!」
「何? どうしたの?」
「私の炎とお前の氷じゃ結局解ける!!」
「あ」
アホな会話を聞いた様な気がしたんだが、気のせいだろうか。気のせいであって欲しいんだが。
確かに、エリスが氷結魔法で凍らせていっても、レイビアがドラゴンで火炎弾を吐き続ける限り融けてプラスマイナスゼロになる。そう考えると、大したダメージ負わせられてないんじゃないか? あの巨体だし。
そして不安を更に掻き立てる様な台詞がモトニスの口から吐いて出た。
「あ、やっべ。アテテテが増えて来てる」
「何だと!? あ、アレか! アテモテから出て来ている黒タイツの!」
「いやタイツではないんだけどね?」
アテモテからは無数の黒タイツアテテテが湧い出て来ている。まるでゾンビが這い上がって来る様に。
しかし、このままでは2人が危険なのではないだろうか!? アテテテが集合すると、いやあの黒タイツのアテテテが強いとは思えないが、流石に厳しいのではないだろうか。
ここは俺が戦線に入るしか!
「ええ!? ちょ、喜音行くの!? 流石に勝てないって! 頭大丈夫!?」
「果てしなく腹が立つなお前は!!」
例え勝てないのだとしても、エリス達のサポートが出来ればそれでいい。なるべく黒タイツアテテテを彼女達に近づけないことが最善だ!
俺は未だに集中しなくては雷は一筋も出すことが出来ない為、トカゲアテテテを大きく避けながら集中力を高めていく。
「はああああらああああああ!!!」
「ボッヘー」
俺が黒タイツアテテテ達に雷を放とうと構えた直後、火柱が上がりアテテテが棒読みの叫びをあげて吹き飛んだ。
一体、何があった!? 俺が行く間もなく──『火柱』だと? まさか!
「かかって来なさい! あんた達の相手はこの私1人で充分よ!!」
「明日波!!」
1人大群の中に突っ込み、次々とアテテテを葬って行くのはやはり明日波だった。
まるで今まで戦闘経験があったかの様な身のこなしで、今まで使用経験があったかの様な魔法の扱いで無数に増え続けるアテテテを消し飛ばしていく。
今俺が行ったら巻き込まれて自分が葬られる気がするんだが、大丈夫だろうか。
不安も消えぬまま、俺は少し遠距離から明日波と共に戦線に入った。なるべく近づかれる前に倒して行く。
「あの2人、中々やるみたい」
「だな、私らも負けてられねーぜ!」
「ふんだらぁぁあああ!!!」
「うおおおおおお!!」
冷静にトカゲアテテテと交戦するエリス達マリフ・ゴートの住人達と、うるっさく騒ぎまくる俺達。明日波は気合だろうが、俺は少し怯えているだけだ。
明日波のマウンテンゴリラっぷりの暴走の甲斐か、黒タイツアテテテ達は次々とアテモテ内へ戻って行っている。ひとまず助かった。
が、意外と倒れないトカゲアテテテがまだ残っている。
確かアテテテから出て来た欠片をアテモテに投げて修復していくんだったよな? だとしたら絶対に倒さなければならないな。疲れたけど頑張るか。
「明日波! 無事か!?」
「余裕よ!」
「そうか!」
流石ゴリラだな! と言いかけたが喉元で急ブレーキをかけておいた。危ない危ない、俺が殺される。
モトニスもいつの間にやら戦線に入っていて、レイビアはワニの様な巨大生物に立っている。
「ボッヘーーーーーイ!!」
叫び声何とかならないのだろうか、と少し拍子抜けしていた俺だが、次の瞬間意識が引き戻された。
「おわっ!」
「……っ!!」
「きゃっー!!」
少し離れていた俺とモトニス以外の3人が尾で一斉に弾き飛ばされてしまったのだ。
戦闘直前に恐れていたことが起こってしまった。異世界の住人達はまだ丈夫かも知れんが、明日波は無事なのだろうか!?
モトニスは回復する為にエリスの元へ。俺は心配で明日波が弾き飛ばされた場所へ向かって行った。
「明日波! 明日波無事か!?」
「う……」
気を失ってしまった明日波を早く回復してあげたいのだが、生憎モトニスは反対方向に離れていて、しかもエリスを回復中だ。そして更なる危機が訪れていた。
回復していて気がついていない様だが、エリスとモトニスの元へ氷を砕いたトカゲアテテテが接近して行ってるのだ。
伝えなきゃやられてしまう。だが地響きが大き過ぎてどんな大声を出しても聞こえないだろう。
だとしたら取るべき行動は、これだ!
「こっちだ怪物!! 喰らえぇ!!」
俺が戦うしかない!! のだが出たのは糸程の細い雷だった。やはり、俺は役に立てないのだろうか。
アテテテにも気づかれ、絶望していると掌がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
光が、俺の両手を包んでいった。何だ? 力が漲ってくるんだが、何か、何か違和感がある。
「う……んだ? 力が抜けていく……」
「私も……」
「何じゃ!?」
「うぅ……」
4人の魔力が、俺に吸われている……!? まさかこれで倒せと、そういうイベントなのか!?
そうと分かればこっちのものだ! なんて自信は別に無いんだが、まあノリに乗っかっていくのが最善だろう。
魔力が溜まったのを感じると、俺は両掌をアテテテに向けた。
「おおおおおおおおおお!!ゲホッ」
光が放出されると共にドラゴンの形をした凍っている炎がアテテテに向かって行った。何だこれは。
そして衝突し、アテテテの身体を微塵に消しとばしていく。
「ボッヘー」
もしかすると、俺達の合体技の様なものなのかも知れない。俺はこの中で、主人公にもなれるのかも知れない。
いや、こんな魔力もコントロール出来ん主人公がいてなるものか。それはただの自惚れだな。
「喜音、何? さっきの」
アテテテが消滅した跡に残っていた欠片を拾ったエリスは怪訝そうな表情で聞いてきた。
「さあな、俺が分かる訳ないだろう。さっさとそれをアテモテに投げろ」
「う、うんそうだね。そうだよね」
エリスが欠片を空高く投げると、それは吸い寄せられる様にアテモテに消えた。そして欠けていた部分がほんの少し修復された様にも伺えた。
こうやって少しずつ、本当の本当に少しずつだがアテモテを修復し、世界を救っていくんだな。
だとしたら俺ももう少し頑張ってみよう。そして更にこのメンバーで絆を深めていこうじゃないか。
そうすることできっと、より確実に世界を救えると、そんな気がするんだ。
俺は久々に全力で運動をした気分になり、その場で仰向けに倒れた。
「なあ、皆」
「ん?」
「どうしたの?」
「喜音?」
「あ?」
俺は全員の声を聞き、心にしっかりと刻みつけた。
「明日波強くないか?」
「「「うん」」」
「え……」
何かフィニッシュださかったけど、まあいいか。うん。もっと頑張ろう。
これからもよろしくです。