プライドより命でしょ
結局アテテテとは戦う事なく、アテテテ自体も襲いかかっては来なかった。まるで餌を探しているかの様な素振りは見せていたが。
俺がチラッと見て来た感じ、アテテテはアテモテのヒビよりやや下の位置で眠っている様だった。それにしても巨大だったな。
例え今は眠っているからといって安心出来るかと言えばそうではない。今寝ているからこそ不安なんだ。
実を言うとこちらのメンバーも俺以外が全て寝ている。こんなんで勝てる訳がない。段々帰りたくなって来たぞ。
俺が考えていた異世界はこんなんじゃなかった。何か迷宮にでも行って敵を倒してレベルアップとか、ドラゴンに乗ったりとか、そんな感じのを想像していた。
こんな数名しか見当たらない世界でバカデカいトカゲに喰われるなんて考えもしなかったからな。
ライトノベルの様には行かないか、現実は辛いものだな。1番の誤算は異世界の住人が戦おうとしなかった事なんだがな。
「明日波、明日波起きてくれ」
タンクトップにも似た下着を着用する幼馴染みのか細い身体を揺らし、目を覚まさせることにした。今の状況を説明しなければならないからな。
「ん、何? どうしたの? 喜音」
「ちょっと、来てくれ」
「うん?」
瞼を擦る明日波の手を引き、外へ出た。勿論、あのアテテテ、バカデカいトカゲの姿を見せる為だ。
こんな事したらもうこんな場所に居たくない、と言い出すかも知れないが、今はそんなことより巻き込んでしまった明日波のことが最優先だ。
俺がここで死んだとしても構う者は居るかも分からないが、明日波は巻き込んだだけだ。どうしても死なせたくはない。
家の裏に向かい、その先の崖から街を見下ろす。トカゲは建物の上で丸まって寝ているのだ。
「あれが見えるか? 初日にモトニス達が話してくれたアテテテという怪物だ。レイビア達は奴と戦わず放っておいた。どうする!?」
「えーと、どうしようね」
「何故そんな落ち着いている!? 状況が理解出来ていないのか!? あんなものに襲われたらひとたまりもないぞ!」
「あーうん、そうだね」
何故だ、何故こんな危機なのにコイツは落ち着いているんだ!? あのトカゲが腹を空かせて目を覚ましたらどうなるか分かっていないのか!?
たく、この女共は本当に危機感が無いな!
明日波は警戒こそしていなそうだが、ずっとアテテテの事を見つめている。やはり多少は気になるだろう。
「待ってよ喜音、あんなのが恐いとか言う? 大丈夫?」
「何を言っている。お前こそ大丈夫か!? あのバカデカいトカゲに余裕でいられるのがおかしいんだぞ!」
「何って、もしかして喜音……」
「何だ!」
なるべく静かに話したいんだが、余裕な態度でいる明日波に多少苛立ってしまい、怒声をあげてしまう。気付かれてしまってはないだろうか。
それと、明日波は明日波で口籠っていて何が言いたいのかは分からない。しっかりと声を出したらどうだ。
騒ぎ声が迷惑だったのだろうか、家の横を通って向かって来るエリスが見えた。起きた様だ。
「見てくれエリス、あんな巨大なアテテテがいるんだ」
「うん、居るね」
他の2人とは違ってしっかりとアテテテを見据えている。
だがやはり明日波同様警戒している様には見えない。何だ、何なんだ一体。
時々俺の名前が出ている様だが、エリスは暫くの間明日波と会話をしていた。終わると、俺の顔を指差した。
「多分喜音は分からないんだろうけど、あれは凄い弱いアテテテだよ。そうだね、ゲームで言えばちょっとだけ強めの雑魚キャラかな」
「何だと!?」
あの威圧感が半端じゃない怪物が雑魚キャラと同格だと、信じられないな。外見はボスレベルだぞ。
それと1つ気になる事があったのだが、『俺には分からない』だと? もしかしなくても魔法の技術が関係するのか?
だとしたら、どんな風に何が分かるんだ?
「えっと、私達は魔力が高めで、自然と敵が強いか弱いか分かるんだけど喜音は低いから相手の魔力が感知できない……のかも知れないんだ」
「ま、魔力の高さの問題か。どうやったら高く出来る?」
「あ、多分ムリ」
「何だと」
魔力が低いと戦闘には不向きらしいな。だがちょっと待て。それってもしかすると魔法の扱いまで関係していないか?
明日波は魔力が高くて使用したことの無い魔法をすぐにコントロール出来るようになった。
だが俺は全くコントロールが出来る気配も無い。それは魔力が低くて自身の魔力も感知し難いからって訳ではないよな? そうなら悲し過ぎるんだが。
よく見たら、エリスは寝起きで直ぐに外へ出たのか、寝巻きの様な姿だった。
いや、これは多分寝巻きではないな。下を履いている様に見えないし、首周りの部分は大きい人なら胸が見えてしまうくらいに空いているからな。多分誘惑用の服なんだろう。腹も出ているし。
ただ、エリスには出る程の胸は無いと言うか。モトニスが山ならエリスは崖と言うか。
それにしても、倒さなくて良い程弱いのか? あのアテテテは。喜になるところだな。
「まあ見つかったら家とか汽車とか壊されちゃうかも知れないから中入ろうよ。明日波はまだ寝てな。喜音は私と寝よ?」
「待ちなさいエリスさん」
俺がエリスに手を引かれて歩いていると、反対側の空いている腕を砕けるのではないかと思う勢いと握力で明日波に掴まれた。ペンチで指を挟んでしまった小3の夏を思い出す。
それからというもの、2人は笑っていない笑顔で俺の腕を引っ張り合っていた。
このままでは腕が捥ぎれてしまうのではないだろうか。ううむ、正直に痛い。
あのまま気絶してしまったのか、気付くと部屋の天井が視界に入った。いやどんな腕力で腕を引っ張ったら気絶するんだ。
異世界の美女達は居たものの、性格的には少しばかりゴリラに近いのではないかと思ってしまう。正直な。
洗面台には勿論と言っていいのか、上半身が丸々映る程の鏡が設置されている。まあ覗き込めば下半身も見えるんだがな。
不思議なものだな、鏡って。なんて偶に思っていたな。
「少し気になるな、痣になっていないだろうか。丁度誰も居ないし見てみるか」
本当は袖を捲れば済んだ話なんだろうが、肩が脱臼していないかどうかだけ気になった。今脱臼しているかではなく、気絶したのは脱臼してしまったらからではないか? と考えたからだ。
決して自分の身体が好きとか、そういう奴ではないからな。勘違いされては困るからな。
「ん、大丈夫そうだな」
「な、何やってんのお前」
「うお、何だレイビアか。驚かすなよ。今脱臼や内出血していなかったかの確認をしているだけだ。お前も早く服を……服?」
俺は横の透明なドアに隠れているつもりであろう産まれたままの姿でいるレイビアと、その奥にある景色を交互に確認した。
中には湯の溜まった石の窪みがあり、岩が積まれた先には暗い空が覗いて見えた。ここは風呂だった。
そうか、洗面台の真横に在るのは風呂場だったのか。そしてレイビアの着替えは俺の背後のタンスに入っていると、そういう訳か。
1つだけ確認はしておくが、やはり今は夜ではなく朝だ。空が黒いだけなのだ。恐らくアテテテかアテモテの仕業だろう。
ずっと気になっていたんだが、この裸で睨みつけている隠れられていると思い込んでいる間抜けな女は何がしたいんだろうか。服が取りたいのは分かるが、もう少し身体を隠す事に必死になった方が幸せだぞ。もう遅いが。
それにしても、エリスは小さくて小さいが、レイビアは中々のスタイルだと思われる。胸はモトニスの様に圧力が凄い訳ではないが小さくなく、括れもしっかりとあり肉は少ない。脚も細く長く且つ筋肉で張りもある。
俺は女性のスタイルに何とも思わないが、健康的なのではないだろうか。うむ。
おっと、これ以上下に視線を向けてはならないな。早く着替えを渡して去るとしよう。
「あ、ありがとう」
「構わない。こちらは全部見えてしまったからな」
「な!? え! う、嘘だろ!? 嘘……」
「またな」
やはり全裸を目撃される事は苦手の様だ。俺にはよく分からないが、魔法が使えないより恥ずかしいことか? そうは思えないんだがな。
それにレイビアは忘れてそうだが、俺が全裸を見たのは初めてじゃないんだがな。2度目だ。慣れろ。
「あ、喜音何してたの?」
「ああ明日波か。お前に引き裂かれそうだった腕が心配だったので確認して来ただけだ」
「あ、ああごめん」
「構わん、訳ではない。気をつけろ。それと先程風呂からレイビアが出て来たぞ」
「は? 出て来たところ、見たの?」
「見たが? ておいやめろ何故首を絞める。無言で何だというんだ凄い苦しいんだが」
「何でもないけど?」
「いやそれはないだろう」
明日波の殺人技から逃れて部屋に逃げ込み鍵を閉めたが、鍵も壊されるかも知れない。それより何故アイツが怒っているのか全く分からないんだが。
無理矢理入って来る気配はないので、暫く籠城してやり過ごす事にした。
だが勉強道具も何も無い為、これからについて考えてみる事にした。やはり真っ先に浮かぶのはアテテテに関してのことなんだが。
今回、2種類のアテテテを目撃した。1体は顔を含めた全身を黒いタイツで覆われた様な外見をした人型の怪物。そして2体目は建物を優に超える巨体を誇る牙の生えたトカゲの様な怪物だ。
聞いただけでも後者の方が警戒すべきなのは理解出来るだろうが、外見とは裏腹に弱い敵だったらしい。そして俺にはそれが分からない。
敵の強さが大まかにでも分かるなら戦う相手も間違える事なく有利に事を勧められる可能性が高い。
だが、通常の人間より魔力の低い俺ではどの敵が強いのか分からないんだ。もしかしたらあの人型のアテテテの方が強かったのかも知れないしな。
魔法を扱うのが下手で魔力が低く敵のレベルも理解出来ない、俺は何だ? 所謂役立たずという訳ではないだろうか。あのトカゲアテテテと同様、雑魚キャラという訳ではないのだろうか。
だとしたら、かなりショックが大きいのだが。
何とか、役に立ちたい。ラノベの1ファンとして、異世界に来たからには勇者となりたい。と、いうか、男として女達に任せてばかりではいられない!
レイビアには頼みにくくなってしまったな、先程の件で。まあ俺は少しも気にしないつもりなんだが。
だとしたらモトニスか、エリスかだがモトニスは俺とは違うサポート系の魔法らしいからな。エリスに聞きに行くしかない、か。
道中、鬼と化した明日波に見つからないかと警戒しながらエリスの部屋に向かった。部屋にはモトニスしか転がっていなかった為、レイビアはまだ風呂であることが分かる。遭遇せずに済みそうだ。
ただ、エリスは今何処にいるのだろう。
辺りを見渡し、トイレの中も覗いてみたが彼女の姿は無かった。のんびりしている女だし、街には降りていないだろうしな。
自身の部屋の目の前を過ぎようとした途端、身体がドアとは正反対の方向へ倒れた。誰かに引っ張られた様だ。
「じゃーん、いらっしゃいませ喜音様」
「エリス! ここに部屋があったのか。ただの壁かと思っていたが。あと何故鍵を閉める?」
エリスは俺をベッドに座らせ、自分もその隣に座った。そのままじっと俺の顔を窺っているようだが、何だろう。
もしかして指導をしてくれるのだろうか? 俺の考えていることを理解してくれているとは、流石だな。他の2人よりは頭が冴えている様に思っていたが、本当な様だ。
なら是非と身体をエリスの方へ向けた──が、彼女は突然ベッドで横になった。
「ん? エリス、どうした?」
「あれ? 決意の意思表示じゃなかった? あれ? 恥ずかしいなどうしようあはは」
「何の決意だ? 俺はてっきり魔法の指導を授けてくれるのかと思い込んでいたんだが」
「何で今のでそう思うかな! でも、違う指導ならしてあげよっかなぁなんて……」
「いや、魔法の指導だけしてもらえればそれで構わない!」
「あ、はい」
何が言いたいのかは全く分からないが、一瞬で天から地にテンションが落ちたな。エリス。
だが、本当に魔法だけ指導してくれればそれで構わないんだ。俺は何もかも自分でやってきた。今更他人に教えを乞うのすら屈辱なんでな。
部屋では常にテンションがただ下がりになっていたエリスだが、庭なんだか野原なんだか、とにかく外に出ると真剣な顔つきに変わっていた。やはり1番はエリスだったな。
だがどう教えようか悩んでる様だ。頭を抱えているな。分かりやすい。
「人に教えることなんて無いからなぁ。とにかく念じて、こんな風にしたいって想像して放つ! それが自然に出来るようになれば後は特訓あるのみだよ」
「なるほど! 直線の雷よ、眼前の岩の中心を貫け!!」
エリスの教えに従い念じてみると、開放感や高揚感と共に掌から雷の線が飛び出し、ほんの一瞬で消えた。
だが、どうやら失敗した訳ではなく岩の一部に穴が出来ているのが分かった。つまり俺の魔法は【雷】で、それは一瞬で走るものだったということかも知れない。断言は出来ないが。
他の想像や念じ方によってはもっと雷を維持したまま攻撃が出来るかも知れないからな。
「礼を言う、エリス。これで俺も微力ながらお前達と共に戦える!」
「え、戦いたいの?」
「ん? 戦わないのか?」
「私達は、戦いたい訳じゃないんだよね」
ああそうか、なるほど。戦う運命なだけで戦いたい訳ではないという事なんだな。よくある設定だ。
だが、それでは俺がこの練習をした意味がなくなるのではないか? それと、異世界の戦士としてアテモテをどうにかして止めるとか考えないのだろうか?
エリスは岩に登り、アテモテを凝視する。何かを考えてはいるのだろうが、全然分からない。
「戦士の誇りだーって、死んでった仲間だっているよ。でもさ、プライドよりは命の方が大切でしょ? 簡単に命捨てるつもりは毛頭無いんだよね。少なくとも私はさ」
「そ、そうか」
「うん、期待させて悪いんだけどさ」
「いや、こちらこそ不謹慎な期待をしてしまい申し訳ない」
確かに、俺達の世界なら魔法が使えれば便利だし楽しいかも知れない。
だがそこにこの世界の様にアテモテやアテテテなどが加わって来てしまったらどうなるだろう。恐らく、楽しむ暇や余裕などは一切失くなる。
人は災害などに対して抗っていける訳ではない。そこから復旧させて行くのが人類だ。
アテテテが襲って来たら俺達の世界は崩壊するだろう。エリス達の強さが目に見えて分かる。実力の方ではなく、心の持ち方の方のな。
ちょっと待て、この世界もしかしたらアテテテに滅ぼされた様なものじゃないのか? 戦士達がもう3人しか残っておらず街も崩れているとなると……。
これはやはり他人事ではない。アテテテを倒し、アテモテを何とかしなければならないだろう。
俺はまだ足手纏いだろうがな。
ここからちゃんとしていかなきゃ!
誤字脱字などすみません。
感想、自分は書くの苦手なのですが、辛口でもいいので宜しくお願いします!