暗黒の街
染み染み思うことがあるのだが、現在俺と共に過ごしている4人組は寝相が悪過ぎる。
どれくらい悪いかと言うと、隣で寝ていて地震が発生したかと思うくらいだ。暴れまわっている。
目を覚ますと、腹に何かがのしかかっていた。少しばかり重みはあるが決して重くはなかった。
天井の染みを見つめながら手探りで腹の上のものを掴み上げると、色白の細くも肉々しい綺麗な脹脛が眼前に現れた。モトニスの脚だったようだ。
おかしいぞ、彼女は2つ隣の部屋でエリスとレイビアと共に寝ていた筈だ。何故ここに。
とにかく、早く起こしてどかそう。邪魔だ。着替えられんしな。
「モトニス、起きろ。ここは俺の部屋ではなかったのか?」
ぺちんぺちんと柔らかい頬を叩いてみる。反応があったから、恐らくは起きただろう。
「喜音? 何でここに……は! まさか私を襲おうと!?」
「そんな訳ないだろう。開口一番何を言っている」
「あ、違うや私が襲いに来たんだった」
「何ですって……?」
明日波がいつの間にやら扉を開けこちらを睨みつけてきていた。クマが出来てしまっているぞ? 寝れなかったのか?
何やら怒った様子の明日波に引きずられて行ったモトニスは、両手で何か輪を描くジェスチャーを行っていたが、全然分からなかった。ウインクもしていたが。
まあいい。とにかく朝御飯を食べて早めに魔法の練習でもしておこう。
本日の朝御飯はシチューだった、というのは別にどうだって構わないよな。
だが、角が3本生えた鹿らしき生物の頭が丸々添えられていたことだけは誰かに言わなければ俺はどうかしてしまいそうだ。いや誰にだか。
それにしても、中々上手くならないものだな。コツとかも全く掴めないし。天才と言っていたこの俺がこんなだとは。
明日波の指導は素人以下だしな。他は寝てるし。
「ん? 他は寝ている? いや、今日は1人起きているぞ。あいつに聞きに行こう」
本日、明日波と俺を除き起きていたモトニスの元へと歩みを進めるが、明日波の奴彼女を何処へ連れて行ったんだ。見当たらん。
俺の部屋、明日波の部屋、レイビア達の部屋、トイレ、風呂場、台所、家の裏の崖、ゴミ箱の中など捜してみたが何処にも居ない様だ。
少し、本当に少しだけ気になったんだが、異世界にもゴミ箱はあるんだな。うむ。いつがゴミ捨て出来る日なんだ?
かれこれ20分程歩き回った気がするが、姿どころか声も聞こえてこない。もしかしたら家付近には居ないのかもしれない。
だとして考えられるのは、あの崖から見下ろした街。あそこに居るのではないだろうか。
少しばかり不安でもあるが、行ってみるとするか。問題は何処から降りればいいのか、だが。
──木々を潜り抜け、下り坂を発見したので降りて行くと、街に出れた。
街の雰囲気は一言で表すと不気味、だろうか。誰も居ない見当たらない上、風も無く霧で視界が遮られる。今にでもゾンビが出て来そうだな。
よくよく考えてみれば、こんな店もやっていない街にわざわざ山を降りて行くだろうか。無い気がする。
だとしたら俺が降りたのはただの苦労損、とも言える。
「ん? 足音が聞こえるな。モトニスか?」
数歩歩いた先の店の陰から足音が聞こえてきた。カツンカツンと、これはブーツで地を踏む音か?
それが正解なら、モトニスの可能性が高い。
だがそれなら何故出て来ない? 俺は先程から声を出しているぞ。気づいてもおかしくない筈だ。
もし、仮にもし時空の割れ目【アテモテ】から出て来たよく分からない怪物【アテテテ】なのだとしたら魔法を苦手とする俺はどうすればいい? そもそも俺はアテテテの姿を知らないんだ!
「っ!!」
恐る恐る近づくと、それは突然目の前に飛び出して来た。
全身黒タイツを着た様な、人型の真っ黒な生物。ん? 何だこれは。
手を上下に振る奇妙な行動をしながらゆっくりと間合いを詰めて来るそいつは、あまりにも不恰好だ。ファスナーが無いのを見る限り、その黒いタイツの様なのが肌なのだろう。
これが、アテテテか? アテテテなのか? 嘘だろ。俺は怪物と聞いていたから、もっとドラゴンの様な恐ろしい外見をしたものを想像していたんだが。期待外れだった。
「これなら俺でも倒せるんじゃないのか?」
奇妙な動きを随時続けるこのマヌケな外見の生物に、俺は少し呆れていて油断もしていた。正直余裕かとも思っていた。
だがよくよく考えると、コイツ口も目も鼻も無いぞ。どうやってこちらに攻撃をしかけてくるんだ?
相手のことが微塵も理解出来ていない間はひとまず退避するのが先決、有効か。
俺は山を登り家に向かって行った──が、その道中、急に空が暗くなった様に感じた。というか、暗くなった。
「何だ!? 空が、雲でもなく夜ですらないのに黒くなっていってる!? どういうことだ!?」
「アテモテが、『生む』よ!」
「モトニス!」
この際だ、何処に居たんだとかどうだっていい。それより『生む』とは何だ? どういうことなんだ!?
モトニスと共に空に向かって立ち尽くしていると、アテモテのヒビが稲光りと落雷の様な音をたてて少し広がった。
轟音鳴り響き、振動で脳が揺れるが決して目は逸らさずその異常を見届ける。
「モトニス、アレは、何だ」
「アテモテから出て来るのはアテテテって言ったでしょ? アレもアテテテだよ」
広がったヒビから乗り出して来たのは、恐らく、俺より一回りは大きいであろうトカゲの様なものだった。
太く鋭い牙がはみ出た口は人1人飲み込めそうな程巨大で、かなり恐怖だ。
見たことも無い怪物を目撃し竦む俺とは別に、隣でそれを見据えるモトニスは恐れている様には到底見えなかった。むしろ、安心している様にもとれる面持ちで凛としている。
普段とは別人に見えるな。
「モトニス、アレは強いのか? 倒せるのか?」
「強い、て程強くはないかな。多分レイビア1人で倒せるくらいだと思う。私は魔法が攻撃系じゃないから勝てないけど」
「レイビア、アイツ強いんだな」
気が強いってだけではなく、本当に強いんだな。流石異世界の戦士といったところだろうか。
戦士で、合っているのだろうか。まあ構わんか。
今頃になるが、この流れはもしかすると奴と戦うとかそんな感じだろうか? 今から街へ降りて力を合わせて倒し、俺が覚醒するとかそんな感じだろうか。それなら早く行きたいな。
いや、違うな。俺じゃなくて明日波が覚醒するかも知れん。アイツは俺と違って魔法を使いこなせているからな。
モトニスがアテテテに背を向け家に向かったので、作戦会議でもするのかと思ったんだが、俺の期待はまたまた外れた。
何と自身の部屋で眠ってしまったのだ。何故だ、何故敵が現れたというのに戦わないんだ!? 一体どういうつもりだ!?
「おい、戦わないのか!? モトニス、エリス、レイビア!」
「ん? うん」
「ん、アテテテでも進化した? まあ別にいいや」
「あー、まだ戦わねーよ。安心して寝とけ」
「こ、こんな状況でよくも……!」
戦うことなく、敵が来たら瞬殺されるのではないのか!? 俺は戦えないし、明日波だってまだ大した戦力とは言えない筈だ。
く、こんな事になるとは予想していなかった。どうする!? なるべくバレないようにしなくては。
とにかく明日波の元へ向かうか。外に出ない様に言わなければ。