ラブコメしませんか?
寝てばかりだなと思ったので起き、ドアを開け外へ出て背伸びをしたが、目の前には向かいにあったマンションではなく果ての見えない程広がった森があった。
そう言えばここは俺の家じゃなかった。俺の家じゃなかったどころの話ではなくてそもそも──異世界だった。
見れば見る程終わりが無い木々と、俺達の世界とあまり変わり映えの無い空。こんな場所いくらでも有りそうだが、異世界だと認めざるを得ない点が一つある。
空に浮かぶ、大きなヒビ割れだ。
裏側から見た事が無い為、というか見れるのか分からないがとにかくどうなっているのかは皆目見当つかないが、普通では絶対にありえないことだ。
空に傷があるのだ。
アレは時空の傷らしく、アテモテと呼んでいるらしい。因みにモトニス命名だ。
そしてそのアテモテの傷穴から出て来る怪物がアテテテと言うらしい。因みにモトニス命名だ。
怪物、アテテテとは幾度か戦っているらしく、何とか武器で倒せる程度ではあるらしく、異世界的に考えてもバトルものとして考えても雑魚敵だろう。
ただし、敵の外見も勝手も分からん俺が戦っても足手纏いになるだけだと容易に予想が出来る。何せこっちの世界で使用可能は【魔法】は電気類の様だが全く使いこなせないからな。おかしいな、文武両道な俺が。
幼馴染みで共にこの世界へ連れて来てしまった明日波は明日波で炎の魔法を簡単に使いこなしているし。
そもそも、アテテテと戦うことになったら俺は大丈夫だろうか。もしボスレベルが出て来たらモトニス達はそちらと戦い、雑魚は俺がやる羽目になるだろうし。
勝てなかったら俺の所為で更にピンチになるのではないだろうか。それだけは嫌だ。ラノベファンとして、異世界に来たからには格好良くいたい。
す、少しくらい練習しておくか、と昨日破壊出来なかったが明日波が半壊させた岩に掌を向けてみる。
これ失敗する度に心折れそうになるな。やはりダメだった。
まずは放電出来る様にならなければ論外らしいな。他の奴等が起きないかは少し気になるが、こっちも生き延びたいのでな。
だが、先に帰れれば問題は無い。だがもう少し異世界を堪能していたいのも事実。くっ、究極の選択だな。
「何してんの? 喜音」
「ああ明日波、起こしてしまったかすまない」
「いや、質問に答えなさいよ……って、ああなるほどね。練習中か。ふふ、出来ないもんね〜喜音」
「くっ、お前より劣るとは屈辱的だ!」
「うざいわ。教えてあげよっか?」
「お前が得意だとは思えんが、まあ頼む」
「うざいっての。んー、あのね、えーとね、こう、力を手の先に籠めてばあって!」
ばあって、赤ん坊でもあやせばいいのか? やはり明日波みたいな奴が人に指導出来る訳ないか。これは自分一人で努力するしかないな。
他の3人が教えてくれるのが1番望ましい事なんだろうが、どうもモトニスやエリスがものを教えるのが得意とは思えん。レイビアはそこそこ真面目だから分かりやすそうだが、男嫌いだと言うので中々……。
そう言えばあの3人の年齢が気になるな。もし歳上だとしたら今までの態度が無礼だったかも知れん。
「何よ、私よりあの3人の方が良いの? 私は信用出来ないんだからねまだ」
「ああ、巻き込んですまないな。汽車が直り次第帰っていいからな」
「え……」
「ん? 嫌なんだろう?」
「あんたが、残るなら、私も残るし……」
「そうか」
何なんだ本当に。分かりにくい奴だな。
元々はこんな素直で分かりやすい奴だったんだが、高校に入学してからというものの読めなくなってしまった。何が彼女を変えてしまったのだろうか。
素直な頃は好きだったんだがな。初恋の女子が変わると結構堪えるものだな。
練習をやめ、モトニス達の寝室に向かってみる事にした。戦っていると言ってる割に起きないなぁ。
「モトニス、エリス入るぞ」
鍵は開いていたので勝手に入室したが、モトニスの姿は見当たらなかった。エリスはベッドに座っている。
本、この世界にも一応あるんだな。とはとにかく口には出さず、彼女の目の前に屈んでみた。
「俺達は何をしたらいい? そしてモトニスは何処に居るんだ?」
俺が尋ねると、エリスは一度目を合わせると直ぐに逸らし本を閉じた。瞳を閉じながら何か顔を顰めている。
そして俺の方を見ずに立ち上がるとドアノブに手をかけ立ち止まった。
「放っておくといいよ」
「何……?」
その一言を放ち、彼女は颯爽と洗面所に向かって行った。因みに何で分かるかと言うと、昨日寝る直前に場所を確かめたからだ。
それにしても放っておけ、とはそんなに淡白な仲だというのか? なのに何故一緒に住んでいるんだ? 全く理解が出来ない。
だが、共に戦う仲間にその言葉はどうかと思うがな。どうなんだろうか。
とにかくモトニスでも捜すとするか。家の中はまだ見ていないし、勝手ながら捜索させてもらう。
「何してんだお前」
風呂場と思われる浴槽のある部屋を捜索していたら背後から声をかけられた。
この俺程ではないが偉そうで男勝りな口調は、間違いなくレイビアだな。うむ、そうだった。
レイビアは入浴中だったのか、タオルを巻いていて全身が湯気をたてて濡れている。露出した肌はほんのり赤らんでおり、顔はそれ以上に赤い気がする。
「お前、変態野郎だったんだな。入浴中に忍び込むなんて……!」
「ああ、なるほどそういうことか」
「何がなるほどだ! 男はこれだから!」
「ああ待て、俺は三次元の女の裸体に興味は無い」
「は? さ、三次元……?」
ん? 異世界って三次元で良いのか? 一応立体だから三次元だよな。それで行こう。
そうだ、レイビアならエリスと違ってモトニスの事をどうでもいいなどと思っていなそうだな。もしかしたら教えてくれるかも知れん。
俺は彼女の肩を掴んでじっと瞳を見つめた。
「へ? へ!? ななな、何だよ!?」
みるみる紅潮していくが、そんなことは正直どうだっていい。スルーする。
何故か両手を振って来るが、眼の前に居るのに何がやりたいのだろうか。もうとっくに話してもいるだろう。
「モトニスの居場所が知りたいんだ。知らないか?」
「へ? あ、何だそういうことか。モトニスはなぁ、うーん、多分家の裏に居ると思うぞ? 何の用なんだ?」
「知らん! ありがとうな」
「……は?」
何やら変人でも見たかの様な視線を送って来るが、そんな者が居たらそれこそ不安だ。早めにモトニスを見つけ出さなければ。
御礼として頭を下げた時、タオルを剥ぎ取った形になってしまったが、気にせず風呂場を出た。
それにしてもこの風呂場、露天風呂か。良いものだな。
「タオル返せバカ!!」
「ああすまん」
「こっち向くな!」
追いかけて来たのでタオルを返したのだが、振り向かずに渡すとはそこそこ難しい様な。女というのは騒がしいものだな。
何を裸を見られたくらいでそんなに取り乱すのだろうか。俺には到底理解出来ない。別に全裸同士で過ごすても平気だがな俺は。
一度明日波にそれを言ったことがあったが、『やめておけ』と言われた憶えがある。
家の裏は木々で覆われており、その奥へと向かうと草原が広がっていた。
更に先は崖になっており、一部だけ岩が盛り上がって小さなステージの様になっている。
その上にモトニスは立っていた。
話しかけずに伺ってみていて理解出来たが、下に見える街らしきものを見つめているみたいだ。かつて自分も住んでいた、とかそんなところだろうか。
街に活気など無かった。そもそも、人など誰一人として見当たらない。
「あれ、喜音起きたんだ?」
「あ、バレたか」
「真横に居るしね」
どうしたのか訊いてみると、毎朝こうしているんだという。何故かを訊いても教えてはくれなかったがな。
モトニスは昨日のふざけた感じではなく、長めの剣だ腰に付け、凛と表情に見える。全く別の印象を突きつけられた様な気分だ。
「エリスとお前は仲が悪いのか?」
「まさか! 大親友だよ。10年前からの」
「なら何故……」
「ん?」
「いや、何でもない」
彼女はこんな風に思っているのに、エリスが『放っておけ』なんて言っていたと言ったら2人の仲を壊してしまうかも知れない。
俺はうっかりそんな事を引き起こす程馬鹿ではない。
それにしても、どこに居ても同じ様に見えるあのアテモテ、不気味なものだな。本当に俺が何を出来るのか。
あ、そうだ。俺が何を出来るのか聞きたかったんだ。多分。
「なあ、俺はこの世界に居るなら、一体何が出来る?」
「あー、雑用?」
「もっとマシな答えが欲しかったな」
「子孫を残す為に……」
「その先は言わせん」
汽車の修理中もそうだったが、モトニスは俺の質問を適当に流している様な気もする。だとしたら些か腹が立つな。
モトニスの表情を伺ってみると、顔自体は笑っているものの、それは本当の笑顔ではなかった。
何も考えてはいなかったが、気付いた時には既に彼女の肩を掴みこちらに向けていた。
何かを言わなければ、などと考えもせずに自然と口から台詞が零れ出た。
「何か辛い事があるなら、俺に言え。手伝える事が少しでもあるのなら、雑用でも何でも構わない。俺に言え。俺達はもう他人ではないだろう? 少なくとも俺はそのつもりだ。俺はお前達の役に立ちたいんだ」
「喜音、ふふひひひ」
「怖いぞ急に」
「ありがとう! あのね、だったら1つ、お願いがあるかなぁ〜」
「何だ?」
勢いで言ってしまった感が否めないが、モトニスの表情が明るく変わったので良しとしよう。
それに、俺が役に立ちたいと思っているのは事実だし、仲間と思っているとは言えなかったがそのつもりだからな。鬱陶しいかも知れんが。
モトニスは岩の小ステージの中心に立つと、深呼吸してから元気よく振り向いた。
そしてとびきりの笑顔で────
「私とラブコメしませんか?」
──と言ったのだ。
どんな思惑があるのかは全く見当つかないが、とにかく彼女が笑顔ならそれで良いかと、軽い気持ちで頷いた。
少し経っても未だ笑顔でいる彼女を岩の小ステージから下ろし、振り返ると明日波が睨みつけていた。いつから居たんだ。
「あんたら2人で何やってんのよ?」
「モトニスを発見したんだ」
「いや知らんけどね」
「喜音に告白されたんだ!」
「はあ!?」
「いや、してないんだが!?」
軽い気持ちで頷いてはならないということを、この後凄く実感することを俺は徐々に知っていくのだった。うむ。