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ファンタジーな世界だけどラブコメしません?  作者: 夢愛
第一章 パラレルワールド
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紅蓮の炎

「明日波────!!」


 俺の幼馴染みである明日波と幼き日の友人であったマリフ・ゴートの明日波『世界の闇』を轟々と燃え盛る大火が包んで行く。

 仲間達の叫びも虚しく掻き消され、今明日波の身体は散りかけている。俺の言葉も、もう届かないのだろうか。


 エリスが氷結魔法で明日波を救おうと試みるが、熱量に押し負けそれが不可能に。誰も明日波を救えない事実に鼓動が激しく鳴る。


「ううぅぅらぁあああ!!」


 火柱の中で連打を続ける明日波の雄叫びは次第に苦痛の叫びへと変わって行き、彼女の肉体の限界を報せる。

 ここに居る誰もが彼女の死なんて望んでやしないというのに、明日波がその手を止めることはない。


「明日波やめろと言ってるだろ! そんな事したらお前が死ぬぞ!!」


 自身で放出した魔法が自分自身に多大なダメージを負わせる事は無いのだが、巨大化し頑丈になった世界の闇を倒す為拳を砕いて殴る明日波は勿論無事ではない。

 いくら明日波がこの世界で強くても、魔法が自分に幾らか無害でも、限界がある。


 俺の呼びかけも虚しく、明日波は気にも留めていないようだ。

 気づけば彼女の左腕はぶらん、と下ろされている。先程まで全力で振るっていた筈なのに。


 俺とモトニスは町に降り、レイビア達と合流した。明日波が1人身を削る中ただ黙って見ていることしか出来ないと分かったのだ。


「明日波、何故、何故自分をそう簡単に切り捨てられる」


「分からないよ。でも明日波は世界の闇を自力で滅して、自分を殺して、2つの世界を救おうとしてるんだ」


 世界を救う。などと宣っていた俺は結局決断も出来なかった俺とは違い、彼女は犠牲になろうとしている。俺が最も守りたかった命を犠牲にしようと戦っている。


 明日波が生きるなら世界の闇は死なず2つの世界は滅び、明日波が死亡するなら世界の闇も死亡し2つの世界は救われる事になる。

 明日波はどちらの運命が優先されるべきなのかを自ら捉えたんだ。


 俺は悔しくて、ぐっと拳を強く握った。


 たった1人の、身近に居た幼馴染みさえも守れないのか。非力なものだな、俺は。


「喜音!! よく、見てなさいよ!!」


「明日波……!」


「これが、これが私よ! これがあんたに10年間惚れ続けた女の生き様!! ────次はあんたが、誰かを守りなさいよ」


 世界の闇が膝をついて粒子へと変わって行くが、それと同時に明日波の身体も透明度を上げていく。


『痛いいいいいいいいいいいいい!』


「やっと思い出したわ、あんた。昔居た陰湿な世界の闇でしょ? まさかこの世界の私だったなんてね」


 悲痛の叫びを上げる世界の闇とそれを空中で見下ろす明日波。どちらも燃えています。

 明日波は最期の最後にようやく世界の闇を思い出し、怪物と変わってしまった彼女の頬に小さな手を添えた。


 瞳を閉じた明日波は何かを思い出すかの様に微笑み、紅蓮の炎を両手から噴出した。いよいよフィナーレという場面だろうか。


 こんな実況ばかりしているが、俺は今この上無い程苦しい。後悔だってしている。明日波を連れて来るべきではなかった。



「違うでしょ喜音。明日波は他の人達を助けたくて戦ってるんだよ、急に世界が滅んだ方が辛いし悲しい筈」


 『これで良いんだよ』とモトニスは言うが、俺はそうは思えないんだ。選りに選って何故明日波で、彼女が死ななければならないんだ。

 世界の闇は暫く会わなかった内に何が有ったと言うんだ? 以前倒れた時に出会ったあいつは昔と変わり映え無かった。

 だがその更に前にはこの世界の人間の殆どを消滅させているんだろう? 何が何だか。


 明日波は紅い光炎を纏った両拳を射抜く様に叩きつけた。世界の闇、自分自身の心臓部を目掛けて。


「消……えぇろぉぉおおおおお!!!」


『熱い、熱いよおおおお喜音助けてええええ』


「……っ」


 世界の闇が俺に目線を向けると、その瞳には大粒の涙が浮かんでいるのが見えた。

 一瞬戸惑ったが、目を逸らさぬよう明日波を真剣に見つめる。


「…………あっ」



 耳を澄ましても聞こえるかどうかくらいの小声で、明日波は躊躇った様に口を開いた。


 明日波のほんの一瞬の気の迷いを感じ取れたのは恐らく俺だけで、他のメンバーは息を飲んでその光景を焼き付けていた。

 大爆発が2人の身体を視界から外し、収まった頃には明日波2人の姿はそこから消えて失くなっていた。明日波が、自身ごと消滅させたのだ。


 悲しみや解放感などよりも明日波の最期の表情が何度も脳裏を過る。俺はその苦しみがどの感情をも凌駕してしまっていた。


「これで、救われたんだね世界」


 モトニスが感慨深そうに発言すると、エリスがそれに頷く。


「明日波、ありがとうな。絶対復旧させてみせるから」


 レイビアは精霊やドラゴンを送還し、瞳を閉じた。明日波へのせめてもの礼儀として。

 何はともあれ、2つの世界は救われた事になる筈だ。アテモテの傷は時間が経てば修復されるだろう。そして俺の世界は消滅を免れた。

 明日波には感謝してもし切れない。


 この世界には花束を作る為の材料が残されていなく、俺達は代わりとして俺のパンツをお供えした。いや待て何故だ。

 死者にお供えする物ではないだろう。いやそもそも供える物では無いだろうパンツは。履くものだ。


「明日波も、その方が喜ぶかなぁって」


「な訳ないだろう。お前だけだ」


「私は明日波ちゃん処女で終わったのは可哀想だと思うなぁ」


「いや何を言ってるんだお前らは」


「ライバルは減った」


「明日波を敬う心が無いのかお前達3人は」


 緊張が一気に解れたのかも知れんが、それにしてもこいつらには嘆息するな。たく。


 世界を復旧するにはかなり時間を要するだろうが、俺は目的を果たした為ここに残る理由が失くなった。数日後には元の世界に帰るとしよう。


 坂道を全員で上がって行こうとして、俺は足を止めた。


「ん? 何かおかしくないか? 4人共」


「え?」


 俺が質問すると、エリスが首を傾げた。

 誰もまだ違和感に気付いていないのだろうか、と俺も違和感の正体を探す為周囲を見渡す。


 違和感の正体は、これだ。俺達の影は更に大きな闇に因って掻き消され、辺りは視認が困難な程暗い。

 もう分かるかも知れないが、実は未だに空の闇が晴れていないのだ。もうアテテテは全滅させたというのに。


 レイビアも空に気が付き瞳を大きく開いた。よく分かったな俺。


「どうなってんだ……! お前ら早く汽車に走れ!」


「え!?」


「ど、どうした!?」


 レイビアは突如叫び、坂を駆け上がって行く。何がどうした────ともう一度問いかけようとした時には、もう俺だって理解出来た。


 アテモテが尋常でないスピードで拡大していってるのだ。ヒビが空全体に渡っていく。


 まるで、世界の終わりを連想させる様な景色だ。

 足を取られる大地震に、空からは『破片』が降り注いで来る。レイビアが汽車に乗れと言っているのは、この世界からの脱出を図ってのことだろう。


 だが、坂道をこの地震の中駆けて行くのはかなり何度が高く汽車も必ず異世界へ飛べるとは限らない。絶体絶命な状況に陥ってしまった。

 どうしてだ!? 明日波が世界の闇を消滅させ、世界を救ったのではないのか!? 何故崩壊が始まっている!?


 ──まさか、時間切れか!?


「空間の崩壊、もしかして世界の闇は倒しちゃいけない存在だったとか!?」


 なるほど、その可能性もあったか。

 だがその場合どちらにせよこの世界が助かる方法は無かったという事になるんじゃないか? 最初からバッドエンドしかルートが無かった訳か。


 明日波の決死の猛攻は無駄だった、という訳なのだろうか。そう考えるとやはり意地でも止めておくべきだったな。

 すまない明日波。折角救われたのにまたすぐに絶命の危機に陥ってしまっている。


「く、畜生!」


「どうした!?」


 いち早く汽車に辿り着いたレイビアは地団駄を踏んだ。一瞬だけ足元に居たアテテテでも踏みつけたのかと勘違いしたが、吸収されたし居ないよな。


 俺もアイビス達もレイビアに追いついたが、それぞれが自分の眼を疑った。信じたくなかった。


「あれって、唯一の脱出手段だよな……?」


「ああ、しかもこの世に1つしか存在しない」


「嘘だろ……」


 俺達が眼にしたのは空のヒビが一部欠落し、汽車を真っ二つに断ってしまっている絶望的な光景だった。

 汽車はもう動かないとなると、手は無い。いや、汽車が脱出出来るとも限らないのだがな。


 脱出は不可能、空間に呑まれてしまえば生き残れやしない。つまりはゲームオーバーという訳だ。俺達は皆、苦労の甲斐も無くそこに項垂れた。

 そんな俺達に追い討ちをかける様に、空間のヒビが散る町では巨大な影が蠢いている。


 明日波が命を賭して消滅させた筈の世界の闇が再出現したのだ。


「どうなってるんだ! パラレルワールドは片方が死ねばもう片方も死ぬ筈だろう!」


 理屈では説明出来ない現状に苛立ち、今度は俺が地団駄を踏み怒声を上げた。ぶつけられる相手などいない悲痛の叫びを。

 レイビア達も納得はいっていない様で、降り注ぐ大きなガラスの様なヒビすら気にも留めず世界の闇を恨めしそうに睨みつけている。


 ここで今、生き残る方法を考えたところでぽいぽいっと浮かぶ訳が無い。とは、俺の偏見であった様だ──。


「私が明日波と……いや、あんなのは明日波じゃないよね。私があの怪物を倒すから、モトニスは汽車を治して、皆は脱出の準備を」


 一歩前に飛び出したエリスはそう告げると両手を伸ばし、浅く交差させた。そして氷の滑り台が大きなウェーブを描いて世界の闇目前まで一気に向かえる路を作った。


 明日波はエリス程強くはないが、それでも常人よりを遥かに凌ぐ実力を持っていた。その明日波が連打を決めても倒しきれなかった相手に1人で挑むと言っているのだ。

 なるべく多く生き残る、と決めている俺達がそれを許す筈がないだろう。


「エリスダメだ。お前も共に脱出しよう」


「言われなくても脱出するよ。でも、脱出するには早くこの崩壊現象を止めなくちゃならない。原因は、世界の闇が生きてるからなんだよ」


「確かに、あのデケェのが生きてる限り逃げられねぇだろうな」


 レイビアも納得してしまったが、未だ1人で戦う事は了解していない様だった。そもそも、1人でやるよりは大勢の方が確実だろう。


 俺が何の考えも無いよりは全員で、と大声を出すと更に大声で遮られた。


「全員で行ったら誰が汽車を動かす!?」


「あ……」


 大声の主はまさかのアイビスだった。彼女の性格上大きな声を発する事は殆ど無い筈なのに。それ程俺の間抜けさに嫌気が差したのだろうか。


 万が一そうだとしたらとプチショックに見舞われていると、アイビスは通常のボリュームでエリスに答え合わせをした。


「だから1番早いお前が1人で行く。私達は汽車を操縦しながら援護。崩壊現象がすぐ終わるとは限らないからな」


「うん、そゆこと。分かったなら、モトニスお願い。ここは任せたよ」


 モトニスは1度だけ目を見開き、険しい表情で小さく頷いた。そして1人汽車に駆け寄って行く。


「後半繋ぎ合わせると間に合わないから、前方だけを修復する。ヒビ防ぐのお願いレイビア、アイビス!」


「任せろ」


「おう! みっちゃん、最後の召喚だ。頼むぜ!」


「ゔぉっ!」


 みっちゃん、久し振りだな元気だったか? こんな状況でも出て来てくれるの感謝するぞ。それよりモトニス、俺には何も頼んでくれないんだな。


 俺は急に無理矢理顔を振り向かされて首が死んだかと思ったが、案外平気だった。

 首が痛くて気がつくのに多少時間を要したが、振り向かせたのはエリスで俺に背伸びしてキスをして来ていた。明日波(世界の闇)と言いエリスと言い、キス好きだな。


「あのね、喜音、私ね……」


「何だ」


「……」


 キスをするなら先に確認して欲しいが、それは無理な頼みなのだろうか。まあいいが。

 俺からファーストキスを奪ったあの人間が、今は俺達の前に最大の敵として立ちはだかっているのだからな。何てストーリーだ。


 『世界を救って』なんて言っていたが、お前の所為で救えそうにないわ! と、文句をぶつけたい所存だ。


 結局口籠ってしまったエリスは作り笑いを弾けさせ、氷の滑り台に飛び乗った。そして、掌を振らずに向けて来た。


「じゃあね、喜音。行ってくる」


「あ、ああ……? 頼んだぞ。俺達も出来る限り援護するからな」


「ありがとう。じゃ」


 何か別れを告げられている様で釈然としないのだが、まさか戻って来るよな? まさか俺達と脱出するよな? お前がここへ連れて来た癖に、消えたりするつもりじゃないよな? エリス。


 俺はエリスを見送り、モトニスの手伝いに参加した。手伝えること無いのだが。

 俺の電撃の威力では空間の欠片を弾き飛ばす事が出来なく、俺はそもそも修理魔法など使用不可能だ。今程役に立てないのを悔やんだことは無い。



 エリスは氷の滑り台を解除し、氷で創成された羽を生やし空を舞うと、清々しい微笑みを浮かべた。

 その笑顔さえ仲間達には見えておらず、その笑顔の意味は誰にも知れるものではなかった。



「さ・て・と……タイマン勝負といきますか、明日波ちゃん?」



あと3話で一章が終わります!

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