1人じゃなくて。
空の異変に遅れながらも気がついた俺達は外へ飛び出し、アテモテのヒビに目線をやる。
「おかしい、あんなに割れてたっけ……?」
「いや、もっと小さかった筈だ」
空が闇に染まって行くのは特殊なアテテテが出現する前触れ。それはここに来て分かっている。
だが、今回はそれだけではなかった。
雲一つ探し出す事も不可能な暗黒の空は、直感だが異様な雰囲気を醸し出している。気味が悪い、と言えばお分かりいただけるだろうか。
そしてアテモテのヒビ割れは、少し修正されたのが元に戻っているどころか逆に拡大されている。
俺と明日波には訳の分からない現象だが、他の4人は瞳孔を開いてそれを見つめている。
「これって、あの時と同じだよね……」
「うん、また起こるなんて……」
震え出したモトニスと、警戒心剥き出しのエリスは、何やら以前にもあった様な事を口にした。
「アイビス、他には誰も生きていねぇのか……!?」
「居ない、と思う。私の知る限りは」
焦りを隠せないレイビアと怯えた様に肩を竦めるアイビス。一体、この現象が何だと言うのか。
黙っていても意味が無いと考え、俺は4人の視界に割り込んで行く。
「なあ、この現象は何だ? 何故アテモテが拡がっているんだ? そして、以前何があった!?」
俺の問いかけに対し、4人はお互いの顔色を窺っている。そして、代表してエリスが答えてくれた。
いつもとは違う、真剣な面持ちで。低めなトーンで。
「アテテテの、一斉強襲。それが以前この現象で起きた事だよ」
「一斉、強襲……!?」
恐らくその一斉強襲とは、アテモテから大量にアテテテでも飛び出して来る事だろう。だとしたら俺達では勝機が薄いのではないだろうか。
そして、以前どうなったのかをレイビアが続いて教えてくれた。その内容は、以前に聞いた憶えのあるものだった。
「アテテテが何千体も襲いかかって来て、マリフ・ゴートの住人は十分の一以下に減った。そしてお前の兄、流音が命を落としたんだ」
「兄は、これで死んだのか……」
恐らくマリフ・ゴート内でも強かったのであろう兄が死亡した一斉襲撃に、俺も遭遇してしまう事になろうとは。
これがライトノベルなら最後の戦いという事になるのだろうか。つまり殲滅出来れば平和が訪れる、ということか?
全匹残らず消滅させられれば、一気にアテモテを修復する事が可能だろう。それが出来ればな。
「やれるか、お前達」
そう質問したは良いのだが、全員の顔色を窺った感じダメそうな事がはっきりと分かってしまう。
流音だけではなく、他の住人達も殆ど全て命を落とした戦いだ。それも2度目となると恐ろしいものだろう。
レイビアに至っては眼の前で背中を任せられた流音を失い、それがトラウマになってしまっている。
今、今だけでも汽車が動いてくれるのなら、俺の世界へ逃げるのも1つの手なのだが──
世界の闇・明日波との約束を破りたくはなかった。
「俺だけでも、戦う。救うと、約束してしまったからな」
「バカ」
「ば……?」
明日波が間髪入れずに発した言葉に思わず唖然したが、直ぐに意識を引き戻した。いつ来るかも分からないのに油断はダメだ。
その油断よならない現状を理解出来ていないのか、明日波は俺の襟元に掴みかかり鋭い眼光を向けて来た。
「自惚れてんじゃないわよバカ! あんたが死んだら悲しむ人間がここには4人居るのよ!? 1人で勝てると思うなバカ!!」
「バカ言い過ぎだろ……」
フォローしてくれたのか、レイビアの小さなツッコミが入る。明日波はそんなことを一切気にしてはいない様子だ。
確かに俺1人では勝てる訳がない。
魔力すらいまいち操れもせず、無双だって出来る訳ではない。そもそも、俺TUEEE系ではなく俺YOEEE系の男なのだから。
だが1つ聞かせてくれ明日波。何故「4人」? 誰が悲しんでくれないんだ? 俺が悲しいぞ。
放してはくれない握り拳が、わなわなと震えている。瞳も揺れている。全身が、震えているのが分かった。
「1人で、じゃない。私達は何の為に一緒に居んのよ。私達が何の為にここに来たのよ。守る為でしょ、救う為でしょ! 私だって戦うんだから!」
「明日波……」
「1人でなんて死なせないから。絶対、死なせたりなんかしないから」
死なせない、それは俺だって全員に同じ事が言える。同じ気持ちなんだ、明日波。
下手をしたら明日波は確実に死亡してしまう。もし、万が一世界の闇が敵だとするのなら明日波を殺すも同然なんだ。
俺は明日波に生きていて欲しい。ならこの世界を見捨てるしかない。
だがそんな事俺には出来ないんだ。モトニス達を、マリフ・ゴートを救いたいんだ。俺に出来るのなら。
「そもそもさ、君1人にやらせる訳ないよね。ここ、私達の世界だよ? 私達で守り抜く」
「当たり前だタコ野郎! 茹で蛸にすんぞ! 言ったでしょ喜音、ラブコメしようって。世界救ったら目一杯楽しむからね!」
「おっしゃ! どこまでやれるか、じゃあない。最後まで戦い抜いてやる!」
「喜音はゴミ掃除。デカいのは私達がやる」
エリスを筆頭に俺の横へ並ぶマリフ・ゴートの住人達は、トラウマなんか抱いてはいない気丈な瞳をしている。
恐れ入った、となるとやはり1番心が弱いのは俺だと再確認出来るな。こいつらは皆アテテテなんかには屈しない、強靭な精神を持っているんだ。
なーんて綺麗事を発するのは容易だが、実際現実は一切を無視する。どんなに綺麗事を放っても、どんなに強い意志を持ってしても、敵わないものだってある。
だがやはり、やらないよりはやる方がずっと良いのだろう。後悔先に立たず、だ。
「よし、なら1人で無茶しようなどとするなよ。困ったら仲間を頼れ。いいな」
「分かってるわよ! てかそれあんたが1番分かってなきゃダメだからね。弱いんだし」
「うるさいこの野郎気にしているんだバカこのバカ」
「子供か」
自分が弱いって事は、痛いくらいに分かっている。分かっているからこそ悲しいのだが、今はそんな事関係ないだろう。困ったらお前達を呼ぶからな。
流音、俺の兄の様に1人で無茶はしない。させやしない。誰も欠けずにこの窮地を切り抜けよう。
明日波達と共にアテモテに向き直り、深呼吸をしておく。トカゲに犀にモグラにドラゴンにユニコーン……もう色々見て来たんだ。何が来ても驚かん。
「出て来たね、黒アテテテ」
「本当に呼びづれぇよなその名前」
「文句あんのかコラァ!」
アテテテやアテモテは確かに他の言葉に続けるとかなり呼び難いが、今それは良くないか? レイビア。
まあこれくらい緊張感無いのがまだマシか。無理するよりはな。
全身黒タイツのアテテテはゾンビの様にヒビから這い出て、街に落下して行く。上空からの落下ではダメージを然程負わない様だ。
夥しい数のアテテテ達を前にしても、俺以外のメンバーは誰1人として微塵たりとも臆してはいなかった。いや、俺は弱いからな。
「んで、怪物タイプが来んぞ」
「まずは……蟹かな」
細長く伸びた4本の脚に、ハサミのついた脚もありアンテナの様に生えた眼。エリスの言う様に蟹だ。
警戒レベルは5段階中4だそうで、理由はハサミだ。挟まれたら真っ二つになるだろう、と。
「2匹目。あれは、鳥だな」
アイビスが注目した2体目の大型アテテテは鳥の一種で、空を羽ばたいている。
蟹よりは小さめだが、2階建ての家よりは大きい。猛禽類の何かだとは姿形から見て取れるが、細かいのは別に良いか。
「あれは? 3体目。私動物の種類とか分からないのよね」
「明日波、あれは園児でも分かると思うぞ。蛇だ」
3体目は今の所最大級の蛇のアテテテ。頭付近の横幅がやけに広い為、コブラとかそこら辺の種類だと思われる。
爬虫類退治はレイビアが得意だと張り切っているが、以前トカゲに苦戦していなかっただろうか。弾き飛ばされていなかっただろうか。
その後数分経ったが、次の大型は出現しなかった為、あの3体が強敵だと了解出来た。前回1体相手にあの苦戦しようだからな、不安だ。
「デカいのは何とかなるとして、問題は黒の方だよね」
状況を把握し終えたエリスが呟いた。正にその通りだと思われる。
大型の特殊なアテテテは確かに強敵だが、たった3体のみ。対する黒タイツのアテテテは数えると飽きて眠ってしまいそうな程大量だ。
それでいてまだ増え続けている。
いくら雑魚敵だとしても、物で例えるなら塵も積もれば山となるの諺が当てはまるだろう。流石に邪魔になる。
エリスは俺の顔を不安気に見つめて来た。言いたいことは分かっている。
「喜音、無理しないで欲しいんだけど、頼める?」
「任せろ。いや、そんな自信は湧いて来ないが、とにかく任せろ」
「不安だなぁその曖昧な返事」
不安なのは俺もだ。明日波ならいざ知らず、俺では魔法が上手く発動するのかも怪しいからな。下手すれば袋叩きだ。
ふと、俺は先程まで右隣に待機していたモトニスの姿を捜した。
「モトニス、何処へ……?」
いつの間にか家の中へ戻っていたらしいモトニスは、初めて出会った頃の露出が多めの派手な服装に剣を装備した格好で出て来た。
装飾品などは一切見当たらず、地味な魔女の様な服装だが、派手な黄色の部位が所々に存在する。
「私の魔法は回復だから、それ以外で戦わなきゃ。遠距離でも治療出来る様に魔力溜めなきゃならないし」
「なるほど、頑張ろうな」
モトニスも戦闘に入るのは初のことだろう。その剣でアテテテが倒せると言うのなら俺1人ではなくなるな。助かる。
アテテテの進行は止まらず、このままでは町を抜け俺達の佇む山頂へ辿り着かれてしまう。家を壊される訳にはいかないな。
「明日波、ドラゴン出すから乗れ! 命令すればその通りに動いてくれっから!」
「分かった!」
レイビアの魔方陣からトカゲ戦でも目撃したドラゴンが飛び出し、明日波はそれに飛び乗る。そしてレイビアと明日波はそれぞれドラゴンを操り戦場へ飛び立った。
アイビスもそれに習ってユニコーンを2頭召喚し、エリスと共に戦場へ駆け下りて行った。
山頂には俺とモトニスの2人が残され、互いに顔を見合った。
「行くぞ、モトニス。助けは呼べよ」
「分かってるよ。喜音こそ、私よりも弱いかも知れないんだから無茶はダメだよ?」
「……分かっている。行こう!」
「うん!」
特殊な移動方法が無いので、ただ地味だが坂道を駆け下りて行く俺達は直ぐに黒タイツのアテテテと遭遇する事となった。
町を抜けて来たアテテテ達が登山を開始していたのだ。……何か別の事が想像出来てしまうな。
モトニスは華麗な剣捌きで次々とアテテテを消滅させていく。あの普段変人なモトニスがアクロバットな動きが出来るとはな。
本当に俺が1番弱いのかも知れないな。悲しい。
「はっ! 出ろおおおお目の前に居るんだあああああ!!」
「ボッヘー」
「ボッヘー」
「ボッヘッヘー」
弱々しく放出された電撃に敗れ、棒読みの断末魔を上げ消滅していくアテテテ。いちいち頭に血が昇る。
こいつらの悲鳴は悲鳴に聞こえないんだよ。もっと激しく声を荒上げて叫んでもいいのではないだろうか。何故棒読みなんだ。
「くたばれえええええええ!!」
倒していく毎に腹が立っていく俺はかつて無い程に暴れ回り、アテテテを滅していく。覚醒したのではなく、苛立っているだけだ。
無意識なだけあって、電撃をコントロール出来ているが気付いた途端に下手くそに戻った。また暴れなければ。
「キリが無いな! どうりで……!!」
続く言葉は声に出さず、俺はアテテテ殲滅に全神経を向けた。
「どうりで他の人間が簡単に死ぬ訳だ」なんて声に出したら、いや、考えてしまっただけで俺はもう最低な奴だ。これを機に嫌われたとしても仕方が無いだろう。
そう言えば魔力は切れたりしないだろうか? 万が一魔力切れなんて事になったら形勢が一気に逆転してしまうぞ。今は押していても敗北してしまう。
「喜音大丈夫!?」
「何とかコントロール出来ている! 明日波達は無事だろうか!?」
「大丈夫っぽい! 誰の魔力も充分残ってるし、攻撃は受けてなさそう!」
「そうか! なら良かった!」
今の会話の中、俺はある疑問が1つ解けてしまった。魔力切れについてだ。
モトニスは今、「残ってる」と口にしていた。つまり魔力はいつかは切れるということなのだろう。
だが、もう1つ得ている情報もある。魔力は溜める事が出来るということだ。
だが電撃を放出し続けている俺は不可能で、大型に対抗している4人もそれは難しい。モトニスにしか可能でない戦法だろう。
俺も剣を扱う事が出来れば同じことが可能だろうが、少し不安なのでやめておく。
「むっ、危ないな。くそ、暗いから黒タイツ達が見えにくい! 何か打開策は無いだろうか」
空が闇に染まり陽の光が町を照らせずにいる為、真夜中の様に暗いマリフ・ゴート。それは黒タイツのアテテテ相手にはかなり不利だった。
足音、そしてギリギリ確認出来る範囲のアテテテの攻撃はオーバーに飛び退いて避け、周辺を薙ぎ払う。その戦法でないと普通に負けそうだ。
モトニスは夜目が利くのか、攻撃も防御も完璧にこなしている。羨ましい。
大型のアテテテは真逆の白で確認し易いのだがな。
「喜音危ない!」
「おっと! すまん、助かったモトニス」
背後からの接近に気づかなかった俺を助けてくれたモトニスに礼を言ったが、集中しているのか返事は無かった。
なら、俺も五感を研ぎ澄ませて戦おう。
「はっ!」
外れた。中々上手くはいかない様だな……。