通信手段
戦闘終了後、俺はリビングで5人に呆れられた様にバカにされていた。
理由は弾き飛ばされた後、精神が飛ばされた場所の事と『世界の闇』と再会した事を話したからだ。勿論、明日波は忘れているし他の4人は彼女を知らない。
バカにされるしかないと腹も括ってはいたのだが────
「アッハハハハハハ! 辺り一面小麦って何じゃそりゃ! 周辺芝生の方が近いよ喜音!」
人が彷徨い迷惑したあの場所を腹を抱えて悶え笑うモトニス。
「流石に、信じられないかな。天国にでも行ってたの?」
「死んでないのか。死んだのかはっきりしろ」
そこは三途の川すら無かったと言っていたのにも拘らず天国じゃないのか、と言い続けるエリスとアイビスの2人。
「頭打っておかしくなったのかお前」
「喜音、『世界の闇』って……ネーミングセンス無さすぎ」
笑いを堪えないレイビアと堪える明日波だが、残念ながらその『世界の闇』と名付けたのは本人だぞ。しかも正体はこの世界の明日波だからな。
俺は初対面で「強そうな名前」と言ってしまっているからな。別に良いなんて思っていない。
まあ説明したところで信じてくれる者が居るかどうかと問われれば「いない」と簡単に回答することが出来るメンバーしかいないのだから仕方のない事だが。
「信じれないのならば信じなければ良い。お前達には少ししか関係の無い事だからな」
「何が関係あるの?」
溜め息を零しながら立ち上がると、エリスが質問をして来た。その点を考えると他よりは信用してくれているのだろう。
「アテモテとだ。世界の闇は俺に世界の未来を託して来た。だとするとこの世界と関係があるのが手に取るように分かるだろう」
「あ、ちょっと分かんない」
「明日波。バーカ」
「ばっ!?」
低脳過ぎる幼馴染みについ浅い台詞を吐いてしまったが、今の説明で理解できないとなると相当だと思うぞ。何日ここに居ると思っているんだお前は。
アテモテと関係があるのを何気無く伝えると、明日波以外の4人は固まってしまった。何か思い当たる節でもあるのか、またはただ状況を理解したのかだな。
俺は世界の闇の正体を知ってはいるが、それをここで伝えないのには大きく分けて2つの理由が存在する。
1つは、明日波自身が驚愕してしまう可能性を避けたいから。
そして2つ目は──世界の闇、もう1人の明日波が敵である可能性も否めないからだ。
この仮説が正しいものだとしたら、俺はいずれ明日波自身を葬る事となってしまうのだ。それだけは逃れたい。
「まあ、それが本当に存在したとして何とかなるでしょ。それより私が気になるのは──」
明日波は瞼を閉じて何やら邪悪なオーラを放出しながら立ち上がった。お、今なら見えるぞ何か魔力が。こりゃ怪物だな。
目を点にして、笑顔で歩み寄って来る明日波の動作を追う。そして、胸倉を掴まれた。小さいからキツそうだ。
「キスされたって、どう言うことよ!? 世界の闇は女だったってこと!? 何様よそいつ急に現れた癖して!」
「そうだそうだー」
「ブーブー」
何故か明日波を筆頭に怒りの感情を発揮させた女共から打撃を受け続ける事となってしまった俺は心の底からクエスチョンマークが溢れ出ていた。
落ち着いてくれないだろうか。俺は何故殴られ蹴られ締められなければならないんだ。
必死の思いで抵抗し、4頭の猛獣から脱出した。何故こんな目に。
「喜音、答えなさい。今度そいつ出て来たら殴り殺すから、身長、髪型、髪色、瞳の色、スタイル、服装全部!!」
「いやそれは……」
それ、お前自殺の様なものだからな!? 世界の闇であるマリフ・ゴートの明日波を殺したらお前も死ぬんだからな!? やめておけ!
「言えないの?」
「言えん。本当に厳しい事情があって言う事が出来ない! お前の為なんだ!」
「どんなに強くても構わない! 戦争じゃあああああ!!」
「構うんだよ!」
ダメだ。明日波は止まりそうに無い。明日波の事を話すべきではなかったのかも知れんな。ああややこしい。
部屋に逃げ込んだ俺は全ての鍵を閉め、外から来られるのも嫌なのでカーテンも閉鎖する。これでもう多少は安心出来るだろう。
時々思うのだが、明日波は過剰反応し過ぎではないだろうか? 世界の闇・明日波は何かしらの感情を持っていたとしても、疚しい事は何も無いというのに。
「喜音! 何でそいつのこと庇ってるの!」
「いや庇うだろう。マウンテンゴリラ4頭相手にさせる訳にはいかん」
「「「「おい、ちょっと出て来い」」」」
「しまった」
こういう場合、頼りになるのはレイビアただ1人なんだよな。他と違って猛獣と化す事が無いからな。
まぁ、レイビアは俺の事を好いている訳でもなさそうだし当たり前と言えば当たり前なんだが。
正直、レイビアが1番落ち着く相手だと思っている。他は怖いだろう?
「何故そんな風に怒る? 何が嫌なんだ!」
「それは、その、私だって喜音と……」
「童貞〇〇〇を喰らい尽くしたいからだそうです」
「一変死んで来いあんたは!!」
扉の外で破壊音が鳴り響いた為、暫くの間怯えたが明日波は何と言おうとしたのだろうか。
そしてモトニスは何を言っているのだろうか。伏せ字にすれば良いって台詞じゃなかったぞ。
もし、扉を開けると死体が転がっていましたなんて場面に遭遇したら俺まで容疑者にされ兼ねんからな。絶対出て行きたくない。
「喜音と、キスしたいもん!」
「あ、明日波ズルい。私もでーす。喜音とディープキスがしたいでーす」
「私はヤダ。調教したい」
明日波、俺達の周りはロクなのが居ないのかも知れないな。
おっと失礼。マウンテンゴリラはロクな奴と言える類のものではなかったな。ゴリラはゴリラだ。人間は人間でな。
という訳でレイビアの元にエスケープしよう。
俺はなるべく物音を立てぬ様に窓から脱出し、窓を閉めずにリビングの方へ向かった。リビングにはまだレイビアが居てくれた。
「あれ、喜音じゃん。どうした?」
「そう言えばお前熱出していたのではなかっただろうか。まあいいか。ちょっと来てくれ」
「ん? うん」
手招きをするとレイビアは首を傾げ、ささっと窓際に寄って来てくれた。やはり良い奴だな、なるべく静かに動いてくれる。
俺の好きな真紅の髪は座ると床に接してしまう程長い為、汚れてしまうのが可哀想だ。何故そんなに伸ばしているのだろうか。
「レイビア、お前はやはり良い奴だ。ずっと傍に居て欲しい」
先程の様に猛獣に喰い散らかさられそうな状況で、レイビアが隣に居てくれるだけで気持ちが安らぐだろうと思ったので、そう本音を告げた。
「ちょ、お、お前、何言ってんだバカ! 急にそんなこと言われたってな……」
何やら焦り始め、更には弱々しく怒るレイビアはそれでも小声だった。
だが気になることとして、何故か顔が紅潮していき、胸に手を当てもじもじしている。ど、どうした。
「レイビア、トイレか?」
「何言ってんだバカ!」
「違うか」
予想は完全に外れてしまったな。赤面ともじもじ、他に考えられるものは何だ? もしかして吐き気でもあるのか!? 熱がぶり返して来たのでは……!?
直ぐに窓を開けレイビアの頬に右手を、そして額には額を当て、熱を確認する。おかしいな、大丈夫そうだ。
「えっ、あ、へ!? 何してるんだよお前は! 離れろ!」
「うおっ、急にど突くな危ない」
「え、あ、悪い」
どうもよそよそしいレイビアに、俺は未だ疑問を抱き続ける。本当にどうしたというんだ。
それと、わざわざここまで来なければ話せない上、別の場所に居ると連絡が取れないのが不便だな。この世界には通信手段が無いのか?
通信手段が無いとなると、いざという時に助けを呼んだり助けに向かったりが出来ない。それでは勝機が薄れてしまう。
「なあ、レイビア。この世界には携帯電話、というか通信手段は無いのか? 正直不便だ」
「通信手段?」
レイビアは下唇に人差し指を置くと、暫く上を見ながら考えていた。
「クリリンならあるかな」
「く、クリリン!? クリリンとはあれか!? ド〇〇ン〇〇ルのあの、アレか!?」
「何の話してんの」
いやぁ驚いた。クリリンがこの世界に存在していたとは。ん? だとしたら「ある」ではなく「いる」か。何だ違うのか。
助っ人に来てもらえれば大きく戦力が増えるのでは、と期待していたがそんな甘い話は無いか。そもそもクリリン二次元。
レイビアは尻ポケットから丸い形の機器を取り出すと、何やら操作を始めその画面を俺に見せて来た。
登録、とある画面ではモトニスとエリスの名前が記されている。これがアドレス帳の様なものか。
「栗みたいな形だから『クリリン』。可愛らしいだろ?」
「よりによって何故にそのネーミング……」
俺の世界の人間なら「クリリンで連絡を取り合おう!」と言われたら髪の毛の無いクリリンを思い浮かべてしまうだろう。作者も今の今まで気づかないとは。
だが、そのクリリンという携帯電話の様な機械、何処で手に入るのだろうか。
「これ自分で作れるよ。私じゃなくてモトニスが作るんだけど」
「なるほど、モトニスは生きているのだろうか」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
聞くところ、俺や明日波、アイビスのみがクリリンを所持していないそうだ。そして別に栗を用いて作製する訳でなく、単純な部品で作るのだと。
作製方法や部品を知っている限り教えてもらえたが、全く訳が分からなかった。マイクロホンと言うのだけは聞き取れた。
だが1つ、不安な事がある。明日波やアイビスの分も作るという事は、あの猛獣共をこの部屋に連れ戻すということだ。殺されないだろうか。
「携帯電話作るの?」
「クリリンだよ」
「く、クリリン!?」
ほらな、明日波も恐らく俺と同じものを思い浮かべてしまったのだろう。残念だな明日波。そのお方は実在しない。
レイビアが軽く説得でもしてくれたのか、4人は俺を殺そうと襲いかかっては来なかった。
「私赤が良いなぁ」
「任せて!」
「私は何でも良い」
「俺もだな」
「助かるぜぃ」
「……」
明日波はまた少し不機嫌そうな表情を作ったが、それは俺とアイビスに仲間外れにされたからかモトニスの台詞の違いの所為か。どちらにせよお前が悪い。
モトニスの作業中、邪魔になる様な事は一切禁じられるらしく、エリスに連れられ俺の部屋にやって来た。何故俺の部屋。
レイビア以外の視線が一斉に俺を貫く。やはりか。
「喜音、私に……き、キス、してよ」
「私もお願いしようかなぁ」
「私に跪け」
「全て断る。特に1番最後」
一斉に不機嫌そうな顔になるが、アイビスに至っては不機嫌になるのは俺だからな。何故俺がお前に跪かなければならないのだ。
身長が低いからか。小さくて抵抗すら出来ないからか。声には出さないが。
「何でそいつとはしたのに!」
「いや、不意打ちだったんだ。掴まれていたので避ける事など不可能だった」
「ぶー」
「豚の真似か?」
「違うよ」
明日波は項垂れていてエリスは頬を膨らませている。アイビスは舌打ちを鳴らしているが、お前のは絶対に御免だと言っているだろうが。
レイビアはレイビアで静かで違う世界の住人みたいだしな。実際異世界の住人なのだが。
頭痛と胃痛に襲われ始めたぞ。早く終わらせてくれないだろうか、モトニスの奴。
何故かエリスは俺のベッド下を漁り始めた。どうしたんだ──まさか、アレが存在すると思っているのだろうか。
「エロ本なら無いぞ」
「ちぇっ」
「ちぇっ、じゃないだろう」
「じゃあどうやって発散してるの?」
「違う話題にしようか」
エリスはちょくちょくそう言う話題に塗り替えて行くが、何か楽しいのか? 何が楽しいんだ。
俺にはエロ本など必要無いのだ。何故なら、って、この話題の必要性はミジンコ以下だ。やめよう。
「じゃあパンツ探そうっと」
「「待て待て待て」」
俺と明日波の声がハモり、箪笥へ向かうエリスの腕をホールドする。隙を見せたら奪われてしまう、俺のパンツ。
また匂いでも嗅ぐつもりだったのか? それこそ何が楽しいというのだ。一体それの何が得すると言うんだ。やめろ本当に。
レイビアがクリリンのメールを俺に見せて来た。そこには『終わったよ〜』とメッセージが。
早く解放されて助かったと言えば助かったのだが、早いな。恐れ入るぞ。
「俺はベージュか。地味だな」
「文句あるのかあんコラ」
「無い」
「ならよし」
明日波にはしっかりと髪色と同様赤のフォルムをしたクリリンを授けているが、何でも良いと答えた俺とアイビスはベージュとホワイトの地味色。確かに何でも良いと言ったのは俺達なんだが、その、なぁ?
手に入れたばかりのクリリンを奪ったレイビアは何かを操作し、直ぐに返してきた。画面には、『登録完了』の文字が。
「アドレス帳第1号、私。よろしくな」
可愛らしく口元をクリリンで隠すレイビアは、照れながらウインクを飛ばしてきた。
俺も「よろしく」と返す為口を開いた瞬間、明日波とエリスの悲痛の叫びが響いた。何だ今度は。
「私が最初に登録したかったのにー!」
「私もだよ! レイビア抜け駆けずるいー」
元々登録するつもりではあったのだが、無理矢理クリリンを奪われ登録されていく、という感じで全員のアドレスが登録された。
順番は別にどうだって構わないと思うぞ。
とにかく、お互いに全員が登録を終え、その後昼食に入る為準備を開始する。
モグロウの肉、今日食べるんだな。
正直あんな悲惨な最期を遂げた奴の肉を食す気分にはならないのだが、ありがたくいただこう。それが礼儀というものだ、と昔父から教わったのでな。
今ので思い出せたのだが、両親は今頃どうしているのだろう。俺達を心配して捜してたりしないだろうな。不安だ。
よくよく考えると何も言わずに出て行ってしまったからな。と言っても異世界なんて信じないだろうが。
「腹減ったぞーい」
「今お前が作ってんだろが!」
「モトニス早く〜」
「腹減った」
「あんたら、少しは待つ事出来ないの……?」
アホなモトニスはいつも通りで、忙しないマイペースな2人もいつも通り。呆れている明日波もいつも通り。
このいつも通りの平和な時間でさえ、あとどれくらい堪能出来るのか誰にも知れることではない。勿論俺だって分からない。
だが、本日2度目の闇と化した世界に気づくのは容易なものであった──。