平穏の終わりは突然に?
「この調子でいけばこの世界の仲間達と打ち解けるのも早いだろう」
その仲間達の衣服を日干ししながら俺は元気よく呟いた。今日は良い日差しがあり気分も爽快だ。
昨日レイビアと共に雨に打たれていた筈が全く体調悪くなる事無く風邪を引きもしなかった。ラッキーと言えるだろう。
だがその代わりレイビアが熱を出してしまい、理不尽にも俺の責任だとされて看病する羽目になった。ふざけるな、だ。
洗濯物を干し終えた俺はレイビアの元へ向かった。レイビアは熱を出した為普段はモトニス達と同じ部屋だが今は別の部屋に隔離されている。
少し可哀想な気もするが、これはレイビア自身が望んだ事なので仕方のないことだ。
「レイビア、具合はどうだ?」
「うーん、まだダメそう」
「誰も治ったかどうかは聞いていない」
いつも元気で男顔負けの凛々しさを持つレイビアがベッドに横たわり弱々しく息を荒あげる姿は何か新鮮にも感じた。
今なら俺レイビアに勝てるのではないか? などと下らなく下衆な思考が脳裏をよぎる。俺は本当に最低なようだ。
正直、病人の看病は得意ではなくて、と言うか初めて看病する。何をしたらいいのだろう。
とにかくまずは額のタオルを濡らし、絞り、もう一度額を冷やす。これは常識だろう。分かる分かる。
問題はこの後なんだが、看病って何をしたら良いんだ? 本人に直接訊こう。
「レイビア、俺は何をしたら良いんだ? 慣れてなくて分からないんだ」
小さく呻き声を上げたレイビアは顔を腕で覆い、何かを考えているみたいだ。お前も分からないとか言うなよな。
「身体、汗拭いて欲しいかな。気持ち悪い」
「なるほど、汗を拭くんだな。……身体を拭く?」
身体を拭くって事はタオル越しに身体に触れるということだよな? 明日波とか居たら俺の代わりにやってくれるのだろうが、俺が任されてしまっているからやるしかない。
触れて怒るなら言わないでくれよ。俺に故意は無いからな。断じて無いからな。
拭くタオルは濡らさなくて大丈夫なんだよな? むしろ濡らしたら服がへばり付いて更に気持ち悪くなるだろうしな。よし、深呼吸だ。
「ふぅ……いくぞ」
「うん」
「まずは首からな」
「うん」
「いくぞ?」
「早くしろよイライラするから」
「すまん」
俺は首の汗を丁寧に拭い、その後レイビアの身体の方へ目を向けた。次は、上半身、か。
何も起こらないでくれよ。これ以上イベントは増えなくていい。
俺自身は特に何とも思わない程身体に興味無いのだが、レイビアが嫌かも知れないという不安が俺の腕を強張らせる。
無駄に力が入ってしまった所為で────
「あっ」
「す、すまん……」
「誰も揉めなんて言ってないぞバカ」
「す、すみません」
掌に残る感触を無心になって追い払い、再び服の中へ手を侵入させて行く。
少し思うのだが、これは意識するなという方が無理な話ではないだろうか。直接的に触っているんだぞ、女性の身体を。
これで怒る者がいれば俺はそいつに精一杯逆ギレをしてみせるぞ。理不尽だ。
「ここは、いいか?」
「いや、頼む。めっちゃ気持ち悪いから」
「う、うむ」
控えめだが柔らかな双峰の隙間にタオルを割り込ませていくが、手にはその双峰が直接触れてしまう。
女性の肌は柔らかいものなんだなーとか思いながら丁寧に汗を拭い切った俺は疲れ切っていた。
「じゃあ、次腰から下お願いな」
間髪入れずに注文して来たレイビアは少しだけ微笑んでいて楽しんでるのではないかと泣きそうになった。
俺が俺でよかったと思えよレイビアお前。クラスの下ネタばかり言っている連中だったらお前今頃無事では済んでいないからな。分かってるのか?
「い、いくぞ」
「早くしろっつの」
「はい」
下はパンツ以外自分で脱いでくれたが、中々綺麗な脚をしていることに気付いた。
鍛錬しているおかげか程良い張りのある脹脛にすべすべした肌。色は白くすらりと長い。スタイルはやはり良いな。
良く良く考えたら上半身拭くより圧倒的に簡単かも知れない。脚をただ拭けばいいだけなのだ。何を苦労することがあるのか。
ささっと拭いて自分の額の汗を拭う俺は一仕事終えた気分だった。
「さて、次は何したら良い?」
「ここは拭かないのか?」
「流石に遠慮しておく。どうしても拭きたいなら自分で拭け」
「冗談だし」
レイビアはズボンを上げると、毛布をかけて顔を隠した。何だ? もう用はないのか? なら戻らせてもらいたいのだが。
立ち上がった俺の腕はかなり弱々しく掴まれた。まだ用があった様だ。
「どうしたレイビア。何して欲しい」
「一緒に寝よ」
「……は?」
「…………な、なんてね」
なんてね、ではないだろう。熱を出している者となんて寝たら自分が風邪を引くだろうが。
レイビアには常識が無いのだろうか。雨の日に傘も差さずに外出したりとか。
だが、コイツが昨日外に出ていたのは哀しさや苦しさを紛らわせる為だった。のかも知れない。
そしてその原因は俺の兄が死亡したからだ。自分の責任だと思ってしまっていたからだ。
たく、放っておけないものだな。
「え、喜音?」
「お前が一緒に寝ろって言ったんだろうが。残念ながら今日はお前のことを任されているのでな。安心して寝て良いぞ、寝たら戻るからな」
「喜音……」
俺も毛布に入り込むと、熱の酷さが温もりで知れた。凄く暑かったのだ。早く出たい。
そんな俺の心境を一切無視して胸部に蹲ってきたレイビアは、安心した様な柔らかい声色で──
「ありがとう喜音。────」
「構わん」
後の方が少し聞こえなかったが、感謝されたんだろうとは何となく分かった。
だがな、だがなレイビア。暑い。凄く暑いぞ。お前の身体もそうなのだが密着しているから更にだ。
すやすやと眠るレイビアを引き離した俺は静かに部屋から出た。
気晴らしに陽射しでも浴びてこようと草原に出ると、まだ昼前だと言うのに辺り一帯が暗く静まり返っていた。この現象、前にも見たぞ。
「モトニス! エリス! アイビス! 明日波! 外に出ろ!!」
「どうした?」
「アテテテがやって来るぞ!!」
レイビアを部屋に残し、5人で飛び出しアテモテのヒビをじっと見据える。今回はどんなアテテテが出て来るのだろう。
そして何故か明日波に睨みつけられていたので面倒な事になる前にどうしたのか問いかけてみたが、『私が最後だったから』と訳の分からない答えが返ってきた。
訊いても訊かなくてもあまり変わりなかったかも知れんな。
「喜音、レイビア動けないけど、戦うの?」
少し怯えた様に質問して来た明日波に、俺は小さく頷いた。
あの強気な事が多い明日波が怯えているのは、恐らく前回トカゲの様なアテテテに吹き飛ばされた事がトラウマになっているからなのかも知れない。
いや、本当にそうなのかは知らないが。
レイビアが動けないからと指を銜えて見ている訳にもいかないだろう。勿論敵が以前の様に弱いかも分からないからなるべく避けたいのは同じ気持ちだ。
「いつか、俺の兄が死んだ時の様な囲まれた状況に堕ちいったとしても1人で対抗出来る様にならなければ世界を救うなど夢のまた夢だ。やるんだ、俺達で」
正直、それが1番出来ていないのが自分自身だと考えるとかなり苦しいものだが、ここで引いても結果は同じだ。
そして意外にも初めに賛成してくれたのはアイビスだった。
「私は強い。強いなら1人で勝てなきゃダメ。レイビアに頼り切ってたから負けたんだ。もう負けない」
「その意気だ」
「そうね、やるっきゃない、か」
続いて明日波も諦めた様に賛成してくれ、エリスも無言で頷いてくれた。
あとはモトニスだけだったが、攻撃系の魔法じゃない為か返事は返ってこなかった。
「あ、寝てた」
「目を開けて立ったままか」
「だって暗いから。眠くなっちゃって」
「ほう」
緊張感が一瞬で時空の彼方へ吹き飛んだ気もしたが、その方が良いだろう。変に緊張して集中出来なければ勝てるものも勝てない。
尊敬して良いのか分からないが、モトニスの性格はチームに1人は必要だと思える。
かく言う俺も一つ不安な点が残っているのだ。
皆憶えているだろうか、俺は魔法の扱い方が成ってなさ過ぎて正直弱い。
だが前回の戦いでモトニス、エリス、レイビア、明日波から魔力を一時的に吸収して特大の光線を放つ事が出来るのを知った。
それが無ければ俺は足手纏いなのだが、レイビアが動けない今同じ事が出来るのだろうか。
不安が消え去る事は無く、アテモテの中から巨大な1つの爪が出現した。サイズ的に前回のよりは小さそうだ。
「今回は、何アレ」
明日波が目を凝らしてアテテテの現れた姿を観察しているが、何の生物に酷似しているかは分からない様だ。簡単だぞ。
「大きな角で四足歩行。鎧の様な皮膚──犀だ」
「犀か」
全体を乗り出し町に飛び降りた犀のアテテテは重さで建物を豆腐を潰す様に弾けさせた。踏まれたらと思うとゾッとする。
こちらの魔法は俺が電気、明日波が炎、アイビスが獣系、モトニスが回復系。あの鎧で威力が減少されると予想しておくと、何処までやれるものか。
そして、前回と打って変わって明日波やモトニス達の表情は少々険しい様に思える。つまりはトカゲより強いということだろう。
キツめの戦闘になる事間違い無しだろうな。
「行けるか? 4人共」
全員の意思を尊重しようと何気無く訊いてみたが、大した心配は無かったみたいだ。
「もっちろん! 犀だとしても何だとしてもアテモテを消す為には倒すしか道無いし!」
「そうだ。バカな事訊くな」
「アイツの下を凍らせれば勝手に転ばないかな。でも危ないからアイツ自体を凍らせればいいか。冷凍食品にしてあげる」
「行くわよ喜音! さっさと倒してレイビアの看病してさっさと欠片拾ってさっさとアテモテ直して帰るわよ!!」
「ああ、全員頼りにしてるからな!」
全員一致で戦闘態勢に入る俺達は、素早いアイビスを先頭に続いてアテテテに向かって行く。
だが気になった事が幾つかあるからツッコミを入れさせてもらうぞ。エリス、アレは食い物じゃない。そして明日波そんなに帰りたいのか。
折角纏まってきたかと喜びを噛み締めていたのに、言ってる事はそこそこバラバラじゃないか。
「私が凍らせるから明日波とアイビスは追撃頼める?」
「勿論! 任せなさい!」
「行ける。鎧砕いてやる」
いつの間に明日波はエリス公認の前列で戦えるメンバーになっているのだろうか。そんなに強いのか? 不安要素だってあるんだぞ。
俺や明日波は異世界の人間ではない為、エリス達程頑丈ではない。以前、明日波は流血していたからな。もう2度と見たくない。
だからそれを阻止するのが後列にてサポートを行う俺とモトニスという訳だ。
「頼りにしてるよ、2人共」
「任せろ! と言う自信は無いが、誰もやらせやしないから安心してくれ!」
「なるべく回復早めにするけどあまり大怪我はしないでね皆!!」
後列のメンバーは頼りない発言しかしないのだろうか、と自己嫌悪に侵されている俺であった。
いち早くアテテテの懐に潜り込んだアイビスの右手首の周囲に小さめの黒い魔法陣が浮かび上がる。そして角の生えた馬が飛び出し犀アテテテを弾き飛ばす。
「ユニコーン、か!? 凄いのが使えるな」
「ドラゴン程強くない。レイビアは怪物」
「酷いなお前。だが褒めているのか貶しているのかが分かりにくいぞ」
「うるさい。集中しろ能無し」
「俺の事は完璧に貶すんだな」
弾かれて上半身が浮いたアテテテは重みがある為かすぐに元の態勢に戻り、アイビスに突進を仕掛ける。
「アイビス!」
「任せて喜音」
エリスのローブが風に煽られふわりと浮かぶと、アテテテの突進が急停止した。脚を凍らせた様だ。
流石という訳か、エリスの氷結魔法は様々な点で活躍出来る万能さを見せる。
「ボヘッ」
「行くぞ。歯有るなら食い縛れ」
アイビスは魔力を拳に集中さて、アテテテの頬に力一杯奮った。恐るべき破壊力により転げ吹き飛ぶアテテテを見て、刺されなくて良かったと心底安心した。
それにしても、『歯有るなら食い縛れ』か。初めてそんな台詞を聞いたかも知れん。
犀にも一応歯は有るだろう。
「そうだアイビス、拳は大丈夫なのか?」
「全然余裕。本気になれば岩なんて楽勝」
なら絶対に殴られてはいけないな。頭がかち割れる可能性も否めない。
仲間でよかった、などとは安心出来ない。何故ならアイビスは容赦無く殴って来るからだ。
アテテテよりもアイビスに恐怖感を抱いていた俺は正面から猛突進して来ているアテテテの存在に気がつかなかった。
戦闘では一瞬の油断が命取りとなる時の方が断然高い。つまり、俺の実力では避ける事が不可能ということを告げる最悪の知らせだったのだ。
「喜音避けて!!」
「喜音!!」
明日波とエリスの悲痛の叫びが木霊するが、時既に遅し。俺は全身に駆け巡る激痛も感じぬまま宙を舞っていた。
どれくらいの高さを飛んでいるのだろうか、アイビスの町まで見えている。皆が小さく見える。更に先に町がもう1つ見えてきた。
とにかく、絶体絶命の危機だということははっきりと想像できた。
あまりにも早い戦線離脱が俺に訪れたのだな──。
その思惟を最後に、俺の意識は闇の底へと落ちていった。
最後に聞こえたのは、4人が自分の名前を呼んでくれる温かい声だった。
────起きろ。起きろよ喜音。