最終話
「なぁ、この国って誰かが王になったりすべきなのだろうか?」
リディアとのデートの最中、俺が住む元々エリス達が使用していたこの家で、昼飯を食べていた。
本当だったらわざわざ山に登らず、レストランとかで済ませることが出来たらよかったんだが……生憎まだ、そこまで発展はしていない。
俺の妙な疑問に、リディアは一度口元を拭ってから返してくれた。
「必要ないとは言い切れませんね。知る人間は私達四人しか存在しませんが、マリフ・ゴートには王がいましたから。こんな、一からやり直すような世界になったのですから、いてもいいかなとは思いますね」
「同感だ。しかし殆どがアンファンから産まれた者で、正直俺達の中の誰かに王が務まるとも考え難い。その場合は……」
「後世に託す選択でいいかも知れません。少なくとも、絶対必要というものでもないですから」
だよな、全く同意見だ。やはりリディアは戒と似たところがあるな。
何と言うか、その、考え方というか。
で、他にも疑問はある。というか、こんな世界で疑問が尽きる訳がない。さっきのレストランで思い出したんだが。
「マリフ・ゴートに金は必要なのか? 見たことないんだが。今は店とか余裕がなくて作れず、レイビアが率先して色々採集しているから関係はないんだが。いずれは、やはり必要になって来るのか?」
マリフ・ゴートでの生活はよく分からない。今は王族も貴族も関係ないし、団子屋とかも再開出来ないし、何より食料が乏しいからどうにもならんが。
もし今後、アンファンの子孫に悪知恵が働く者が出て来たら、物々交換からの金が生まれるのかも知れないな。
正に原始時代からやり直しの気分だ。一応、遥かに発達してはいるが。
「お金は必要ないでしょう。そもそも、作れませんし」
「てことは一応あったのか。俺の……じゃない。向こうの世界とは違うのか?」
「向こうの世界を私は知らないので、何とも言えません。ですが、お金は残っているので、後で私のおうちに来ますか?」
「……いいのか?」
「貴族の町に上がるのは初めてではないですよね? でしたら特に問題はないかと。それとも、喜音さんは何か懸念すべきことでも思い浮かびましたか?」
「ああ、いや……ちょっとな」
恋人から、家に誘われたら変なことを想像してしまうだろう? リディアはモトニスとの思い出の家に一人暮らしだし。
俺はリディアの彼氏であり、リディアは超がつく程の美少女。そしてスタイルがいい。何やかんや俺のことが大好きだし、そんな相手から「おうち来ますか?」だぞ。勘違いして何が悪い。
「……えっちなこと考えたんですね。喜音さんは何も変わらないようで」
「まぁ、許せ。それが男というものだ。しかもリディアは恋人で、どちらももう大人だしな」
「お金をお見せするだけのつもりなんですが」
「金を見るためだけに遠出する俺の身にもなってくれ。部屋に入れてくれたら暫く帰らないぞ」
「入り口でお待ちしていて下さい。持って来ますので」
「お前、戒と違って少しも手を出させてくれないのな」
「お金のついでが嫌なだけです」
「安心しろ、金がついでだ」
リディアの表情が凍りついた。蔑視されている。
何だ、何か悪いのか。戒がいなくなってから寂しかったんだぞこっちは。そろそろ許してくれよ。
「というか、お前今、家の中に二人切りだからな?」
「帰ります」
物凄い反応速度で立ち上がりやがった。
──が、荷物は丁寧に纏めるし食器も焦らずに片付けているので、遅い。
遅いから、背後から抱きしめてみた。おお、デカい胸ってこれだけで触れることが出来るのか。
「……喜音さん」
「キスしていいか?」
「ここでは嫌です」
「部屋ならいいのか?」
「喜音さんの部屋は嫌です」
「じゃあ何処ならいいんだ。この世界にはホテルなんてないからな?」
「私の部屋でなら」
抱き締めていた手を握られた。リディアが少し照れた様子なのは、台所の鏡で確認出来る。
うむ、こんなの普通に可愛いよな。
「因みに、マリフ・ゴートには……ありませんからね」
ボソッと伝えられて、ポカンと口を開く。リディアは目を合わせようとしない。鏡越しでも。
んっと、マリフ・ゴートにはない? 向こうの世界にはあってこっちには無いということだろうか? そんなの数え切れないと思うが、一体どれのことだ。
「分かりませんか?」
「さっぱり分からん」
「えっとじゃあ……遠回しに言いますが」
リディアは俺の腕を払い、綺麗な髪を揺らして振り返る。少し頬が赤くなっていて、身長差のため上目遣いになっているのが心臓に悪い。
「場合によっては、赤ちゃんが産まれます」
「あっ────────くひっ」
思わずニヤけたら、0,1秒で脇腹を殴られた。タイミングがタイミングで息が乱れたじゃないか。
羞恥と怒りが表情に露わとなるリディアは、それでもクールに装ってリビングへと歩いて行く。
マズい荷物を持った。
「待て、今のは俺が悪い訳ではないだろう!? 想像したら誰でもああなるから!」
「笑い方が汚らわしかったので。既に辱められた気分です。もう帰ります」
「なら送って行く! 今度こそムードのあるデートを考えるから、先に日程を決めておこう! な!」
「そうですね」
※
すっかり、薄暗くなってしまったなぁ。俺としてはこの夜空を見上げると、アテモテが広がっていた頃を思い出してしまうのだが。
リディアを送ったついでに沢山イチャつけたのは嬉しい。イチャつき過ぎて、舞い上がり過ぎて最終的に風呂に入ることになったのは、後で謝ろう。きっと怒っている。
「戒が生きていたら、ある意味ハーレムだったのだろうか? まぁそもそも恋人は一人に絞るし、リディアとは付き合わなかっただろうがな」
あまり発散する機会もない。戒みたいに、頼んだら受け入れてくれるようなら楽なんだがな。
「リディアはいつ発散しているのか……まぁもう暫くは平気だと思うが」
「な〜に外で、本人がいないのにセクハラ発言してんの。そういうのは本人の目の前でやりなよ」
「嫌われるわ──って、お前ら!」
ナチュラルに入りこんで来るなよ、エリス。
レイビアもアイビスも一緒か、懐かしいメンツだな。俺が別居になったからか、全員ラフな服装で少し色っぽい。
「お前ら風呂上がりか?」
「おや? 四十三日振りの挨拶もなしにソッチ? まぁ喜音らしいっちゃらしいよね。戒ちゃんいなくて溜まっちゃってるだろうし」
「それについては問題ない。さっき解消して来たから、次は一週間程保つ」
「お前らその会話やめろ」
「相変わらず照れ屋だな、レイビア」
「引き千切るぞテメェ」
怖いな、相変わらず。普通人間に「引き千切る」なんて使うか? ヤクザでも言わないだろうよ。
あ、そういや一年経ったから、エリスも二十歳になったのか。
「よかったなエリス、酒が飲めるぞ」
「んー? 何だっけそれ? ワインと似たやつだっけ?」
「二十歳まで飲んではいけないという意味では、似ているな」
「大雑把過ぎる〜」
成人してから、エリスはますますだらしなくなった。口調が殆ど全て間延びするくらいには。
戦闘中のエリスの姿は、もう薄れてしまっている。
「喜音、これで何度目かは知らないが、本当に一人暮らしでいいのか」
「ああ、それでいい。俺は貴族の町には似合わん。というか、気後れしてしまうんだあそこは」
「それは私も」
「……それに、あの家に住んでいれば、好きなタイミングで戒達に会うことが出来るからな」
向き合って笑い合うなんてことは不可能だが、墓地は直ぐ前にあるから、会えるんだ。夜中でも退屈な時間でも。
それだけで、エリス達と別居する理由になる。俺は戒達から離れたくないんだ。
因みに、リディアはいずれ俺と共に暮らすつもりらしい。アイツも独りだし、寂しいのかもな。
「明日波のことは? 戒ちゃん達と違って、もう絶対に会えないけど」
顔色一つ変えずにエリスは言う。明日波……懐かしい名前だ。コイツのことは死ぬまで忘れる気がしない。
忘れたくもないがな。
「元気にしているのだろうか、気になるな。明日波とは喧嘩ばかりだったが、何にせよ一番の友人だったし。再会したい気持ちはある」
どうしよう、俺離れたことで暗い奴に逆戻りしていたら。頼むから明日波を守ってやってくれ、神様。
アイツが成長してくれるのが最高なんだがな。極度の人見知りなのに突然一人にされるとか、地獄だ。
「……だとしても、明日波はきっと大丈夫だろう。マリフ・ゴートでの戦いを通して、多少は自信が持てた筈だ」
「そうだといいね。喜音はどう? 自信持てた?」
「ん? どっちのだ? 夜の方はあまり自信がないが……」
「そっちじゃないんだなぁ。喜音さ、リディアが彼女になってから下ネタ増えたよね」
「言われてみれば」
下ネタを出すと、リディアは分かりやすく蔑んで来る。しかし照れも見えるので、何となく反応を楽しむようになってしまったんだ。
ただ、やり過ぎるとリディアどころか、レイビアやアイビスにも蔑視される。エリス以外にはあまりセクハラしない方がいいのかもな。
エリスはそういうのが好きだから気にしない。
「──俺は、まだ自信はつかないな。前よりもない。マリフ・ゴートで戦い始める前までは、夢見ていたからな」
異世界に転移したら、無条件で強くなると思っていたんだ。常に中二病でもあったからな。
しかし今は現実を知った。そんな都合のいいことばかりじゃないというのを知った。
何故か美少女に囲まれるという、ハーレムの部分だけは実現した。ただ、嫁は亡くなってしまったが。
「しょ〜うがないなぁ〜?」
俺の答えを聞いて、エリスは大きく背伸びをした。言葉とは裏腹に楽しそうな声色である。
レイビアとアイビスの肩に腕を乗せたエリスは、ニヒッと子供のような笑みを浮かべた。レイビアとは身長差が結構あるから、バランスが悪い。
「喜音が自信持てるようになるまで、これからも私達がサポートしてあげますかっ。ね、二人とも!」
「そうだな、相変わらずの鶏野郎だし、根性鍛え直してやんないとな?」
レイビアが、正直に怖い笑顔になった。何をされるんだ俺。紐なしバンジーとかはごめんだぞ。スカイダイビングもな。
「私の寿命が来る前に終わるか?」
最年少のアイビスが、何か言いやがる。俺もまだ十九だぞ、どれだけチキンだ俺は。
「全くお前らは……俺の気持ちも考えろっての。取り敢えず、お手柔らかに頼む」
「任せて!」
「厳しく行くからな」
「ファイトー」
「一人しか信用ならないのだが」
戦いが終わっても変わらずにいたこの三人に感謝だ。自分で言い出したものの、独りというのは少し心細くてな。
それより暗いから帰らないか? 俺、遠いんだよめちゃくちゃ。
──俺にラブコメをしようと持ちかけて来たモトニスはいない。
──俺と夫婦という関係になった戒もいない。
──小さな頃から支え合って来た明日波だって、もう会えない。
この三人がいなくなったこの世界で、俺は生きる。
いつかきっと、心から笑顔になれる世界を、目指したい。
────了。
完結です!
ありがとうございました!!