第2の『世界の闇』・最後の戦い
風向きが変わったな……とか、格好いいイメージのあるセリフを探してみたが、このシチュエーションに関しては何も浮かばなかった。シンプルに「様子がおかしいぞ」でいいか。
「なぁ明日波、エリス。何か様子がおかしい……」
「だから言ってんでしょ、マズいって。あんた如きじゃ分からないのかも知れないけど、今のアイツ……魔力が膨れ上がってるわよ」
「魔力が……? より一層強化されているということか? 冗談じゃないぞ」
ただでさえ鬼みたいな強さの流音が、更に強くなる。そんなの止めようがないだろう。
俺達今の時点で、そんな攻撃当てられていないんだぞ。
「ん、動くみたいだね。明日波、姿見せたらぶっ飛ばすよ」
「オッケー。普通に死んでおけばよかったって、後悔させよ」
エリスと明日波が脚を引く。今にも飛びかかりそうな体勢だ。
それと言うことがいちいち普通じゃない。何だお前らは。
少しずつ、少しずつ氷が崩れて行く。結構長く休んでいたようだが、それなりにダメージが大きかったのだろうか? そしてキレて本気出したとかか?
理由がどれであろうとあまり関係はないのだが、一つだけ言える。
──俺は流音を、甘く見ていたのだと。
「離れろお前ら!」
「「分かってる!!」」
全員が必死で後退する。氷から姿を現した黒い靄は、瞬く間に巨大化。天辺は、遥か上空だ。
靄は人型であり、頭部だけが人間そのものだった。
そう、アレは世界の闇と同じだ。世界の闇と酷似しているどころか、恐らく同一のものだ。
流音が、世界の闇と同じ姿に変化したんだ。
『んん、まだ少し慣れそうにないな……この身体。それに、身長差があり過ぎてお前達を見つけ難い』
腰を下ろして、俺達を捜しているようだ。アイツ、バカなんじゃないか? 巨大化しておいて「何処行った?」は頭悪い。
だが、一つヒントを得たな。この距離なら、巨大過ぎて俺達が見えないんだ。
人間が、立ったままじゃ大きめなダニさえも見つけ難いのと似たようなもの。だろう、恐らく。
『……見つけた。お前達、随分とちっぽけだな』
「お前やはり大バカ野郎だろ!? 俺達のサイズは全く変わっていないからなー! お前がデカくなったんだからなーー!?」
『そんなことは分かっている。いちいち大きな声を出すな、耳障りだ』
「おお!? お前が言うか!? 教えてやろう、今のお前エコーかかっねるしデカいから半端じゃなくうるさいからな!!」
『俺は至って普段通りに喋っている』
ほほう、それで見下したつもりでいるのか? 実際に見下ろしてるだけだろうが。
普段通りに喋ってるんだとしても、うるさいんだと言ってるんだ。耳障りなのはお前だ。耳どころか、脳にも響くけどな!
『まぁいい。この、第二の世界の闇となった俺にはもう敵わん。お前達はただ潰されて死ねばいいだけだ』
「お腹に力でも入れときなさい!!」
『ん……!?』
いつの間にか、明日波が懐に飛び込んでいた。お前いつの間に突っ込んで行ったんだ!?
「燃えろおおおおおおお!!」
力いっぱい振り下ろされた炎上する拳が、流音の胸部で大爆発を起こした。最早唖然としている他ない。
大爆発と言っても、明日波自身が小さいからかそんな広範囲のものではない。流音のサイズの所為で、そう感じるだけだけどな。
テロリストが使う爆弾でも、あそこまでは大きくないのでは?
『くっ……! 今のは見えていなかったな。喜音との会話に気を取られていて、魔力を感知することも忘れていた』
当たり前のように、倒れやしない。少しグラついただけだった。重さの問題だろうか?
明日波の打撃は想像を絶する破壊力の筈だ。体格差でそれが軽減されるとなると、俺の攻撃は最早目も当てられない結果になるだろう。
時間が足りない。崩壊が終わる前に、流音を倒す策が浮かぶ気がしない……!
「焦んないで、皆!」
流音から少し離れた明日波の隣に、エリスが並ぶ。俺は少し距離があり崩壊の音もうるさいから、よく耳を澄ます。聞き逃さないように。
「やることは、変わらない! さっきまでと同様にめちゃくちゃ攻撃するだけ。袋叩きにするだけだよ!」
袋叩きって。出来ていないから、そうは言わないと思うぞ。
袋叩きに出来るならそうしたいのだが、如何せん強過ぎる。俺達を瞬殺することはないようだが、こっちからの攻撃は殆ど通っていないんだ。
──それでも、お前らが言うんだから、「諦め」なんて知らない言葉としておこう。
「明日波、エリス、レイビア! お前達は引き付けておいてくれ! 俺は一つ、試してみたいことがあるんだ!」
「試したいこと!? どうした喜音!」
「あまり大声は出せない! 流音に勘づかれてしまうからな!」
「もう多分聞こえてると思うぞ!」
『ああ、聞こえている。だがお前に何が出来ると言うんだ?』
「教える訳ねーだろ。アイビス、俺と来てくれ」
「分かった」
アイビスと共にユニコーンに跨り、流音から離れて行く。空と、着地したアテモテの位置をよく把握して停止させた。
流音には気づかれないことが最善だったが、そもそもアイツは俺を一番に殺そうとしているのだから無駄なことだろう。
それにあの三人が相手をしていてくれれば、そう簡単に離れた俺達を狙いやしない。そこまでの余裕はない筈だ。
「喜音、策って」
ユニコーンに跨ったままのアイビスが、疑いの眼差しを向けて来る。信じてくれよ少しくらい。
「本当はな、流音が普通のサイズの時に使えればよかったんだ。しかし隙も中々見つからず、その上狙われるという不遇状態。だからこのタイミングで……」
「策が何か訊いてるんだ」
ギロリと睨まれて、渋々使わなかった言い訳を終わりにすることにした。ハッキリしないのが嫌なのは分かるが、話を訊いてくれてもいいだろう。
実際、この技は大きな隙が出来る。しかも時間がかかる。更には全員が近距離にいてもダメだ。
「吸収魔法だ。流音を弱らせるには充分なのではと思ってな」
メグリスにはてんで効いていなかったが、世界の闇には大ダメージを与えられた。今の俺が使える魔法で、圧倒的な威力を持っているだろう。
しかし、吸収魔法は広範囲から魔力を吸収して放つ大技だ。魔力を吸収されている間は力が抜け、その後は暫く動けないらしいから、仲間から離れる必要があったんだ。
「なるほど。でも誰の魔力を吸収するんだ?」
「お前達のは吸収しない。これだけ距離があれば問題ないから、アイビスもこの後戻ってくれ。因み吸収するのは、流音の魔力だ」
一人だけ、これだけ離れていても鮮明に見ることが出来る今の流音。アイツはそれだけデカく、明日波達よりも吸収魔法の効果内に入りやすい。
そして流音の周囲にはアテモテの破片が降って来なくて、奴に見つからなければ安全にチャージ出来る。さっき落ちているアテモテを確認したのは、どの距離までなら離れられるのかを知りたかったからだ。
今いる場所は流音からもそこそこ離れていて、アテモテが降って来ない位置と思われる。
流音は十歩以内で辿り着いてしまうのだろうがな。
「……分かった。明日波達には伝えない。私は戻る。気をつけろ喜音」
「お互いにな。チャージしたはいいが外したなんてことにはしないから安心しろ」
「うん」
確実ではないんだがな。これだけ距離が離れていれば、躱される可能性も高くなる。
チャージしたものを保ったまま移動とか出来ないだろうか。
アイビスが見えなくなったのを確認して、一旦深呼吸。向こうで戦っている最中だし、場所がズレないとも限らない。いきなりアテモテが降って来ても冷静に避けなければな。
「始めるぞ、外れないでくれよ本当に……!」
吸収魔法、発動!!
やったぞ、誰の喘ぎ声も聞こえない。ようやく気持ちが楽な状態でこの魔法が使える! この時を待っていたんだチクショー!
おお、感じるぞ。やはり吸収出来ている。範囲内だったようだな流音!
──の割にはリアクションがないような?
「普通、違和感に気づいて俺を捜し始めると思うんだが。もしかして戦闘に夢中で麻痺ってるのか? こんなに大きな魔力を吸い込んでいるのに?」
アテテテの魔力を、とっ……ても感じるのにな。何故流音はこちらに見向きもしない? 気づいていないのではなく、大したことがないとでも思って余裕ぶっこいてるのか?
だとしたらムカつくな。いっそ至近距離で顔面に放ってやりたい。
ところで、この魔力身体が重くなるくらいには流れ込んで来るのだが。離れてるから少しずつ吸い取るんじゃないのか……?
「んん? あそこに落ちてたアテモテ何処行った?」
ふと周囲を見回してみたら、直ぐ近くに落ちていた筈のアテモテの破片が消えていた。それどころか、あっちもこっちも。
不思議がってキョロキョロしていたら、驚愕の事実を知ることになったとさ。
「──俺が吸収してるの流音じゃなくてアテモテかよ!?」
消滅して行くソレを見つけたから察せた。道理で流音にリアクションがない訳だ。何もされてないのだから。
クソッ、ここ範囲外だったのかよ。お陰で気づかれずに恐ろしい程の魔力をチャージ出来ているが。
というか、アテモテ吸収したらアテテテと同じ魔力をまた得てしまうとかないよな? そうしたら流音が死んだ時点で俺もジ・エンドだぞ。
「でも、アレだな。吸収はしているが、それは何処かに蓄えられてるようにイメージ出来る。プイエルの魔力を持っていた時は、自分の一部のように感じていたのだが」
だからきっと、大丈夫だ。身体に宿すのと技として吸収するのでは、確実に違いがあるのだろう。
「そうと分かれば覚悟しろ流音。これでお前も、アテモテと共に空に還るんだ」
本来流音は普通の人間だったが、最後はアテモテと共に消滅することになるとはな。壮絶な人生だ。
悪いな、こうなったのも全部全部、過去の臆病な俺の責任だ。何か背負ってやることは出来そうにもないが。
出来るとして、残らないだろうが死体を背負うくらいだ。もしそうなったらいきなり首締めるとかやめろよ?
「最後にもう一度謝っておく。本当にすまなかった、流音」
精一杯踏ん張って、溜めた魔力を一気に放出する。様々な色が混ざったドス黒い靄に、電気を纏った光弾が流音を目掛けて飛んで行く。
──なぁ、流音。
俺とお前が入れ替わっていなかったら、どうなっていたと考える? 俺は、立場が違うだけで同じ結末が待っていたと予想する。
お前が入れ替わってくれたから、俺は向こうの世界を知ることが出来た。寧ろそっちしか覚えていなかったが。
結果的にオタクになったのは許してくれ。ラノベのオススメをあの世で教えてやる。
もしお前が死なずに生き続けていたら、レイビアの気持ちに応えてやるつもりだったのか? それとも断ったのか? そこにはあまり、首を突っ込む気はないが。
──俺とお前が本当に兄弟だったなら、仲良く出来たと思うか? 俺は思わない。
だって、再会してから口論ばかりじゃないか。偽りの記憶でも、仲睦まじく微笑み合っていたシーンなど思い当たらん。
「……記憶が残っているお前は違うだろうけどな、俺にとっては普通に兄だったんだ。お前は」
光弾はもう、流音に触れる。
さらばだ、兄よ────。
『見つけたぞ喜音。そんなものでやられるかぁあ!!』
──なん……っ!?
吸収魔法の攻撃を、流音は右腕で振って消した。右腕もブチ撒けて消滅したが、本人はまだ余裕そうにしている。
というよりは、一層元気が増していないか!?
『退けお前達ぃ! 俺は喜音を殺す! 邪魔だああああっ!!』
「おい嘘だろ、あの巨体で走って来るか普通!?」
より遠くへ逃げても無駄だろうから、向かって右に逃げる。正確に言えば、グルグル回る……だ。
とはいうが、何十メートルもある巨体からは逃げ切れる訳がない。あっという間に踏み潰されるだろう。
だからここは、仲間を信じた。
「待ちなさーーーーーーーーーーーーーーーい!! 暴れてんじゃないわよこの顔だけ男!!」
『うぁあぁあぁあぁあああぁ!!』
明日波が火炎弾の如く蹴りつけ、流音は走る勢いが増し倒れ込んだ。やってくれると信じていたぞ。
……最早原型を失った民家などのことは、後で考えよう。今は、確実だと考えることを仲間達に伝えたい。
「お前ら無事だったか!? 俺は明日波のお陰で事なきを得たが」
「大丈夫。いきなり走り出すから驚いたけど」
「アイツ、アテモテを吸収した魔法すら簡単に弾きやがったな……」
「でも見て! アイツ、右腕治ってない。多分さっきのが鍵になるんじゃない?」
「恐らくそういうことだろう。だが先にお前達に、話しておきたいことがある」
のんびりと起き上がる流音を見据える。明日波達は眉を曲げ、「今?」と訴えてくるような顔をしている。
今ならまだ、攻撃はされないだろう? 別に時間に余裕がある訳ではないが、このタイミングくらいしかない。
残り5話です!!最後までお願いしますっ。