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巫女レスラー  作者: 陸 理明
第10試合「平成抜剣業」
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忍者訴訟



「美厳さま。陣内さんがお見えになりました」

「また来たか。とっと追い帰せ」

「例の書類を振り回して、お屋敷の玄関で喚き続けていて手に負えません。……力づくで黙らせてよろしいのでしたら」


 廊下と繋がっている襖を開いて、柿色の着物を着た女性が顔を出した。

 まだ若いが、僕たちよりは年上で、おそらく二十代半ば。

 美厳さんに様付けすることからすると、使用人の女性なのだろう。

 これだけ大きなお屋敷になら、一人や二人いてもおかしくない。

 水嶋ヒロや櫻井翔が執事になっていたりしてもまったく違和感を覚えないだろう。


「あいつの言う通りに裁判沙汰にされるのは面倒だな。とりあえず、座敷にあげておけ。友埜とものが戻ってきたら、俺の代わりに相手をするように言っておけ」

「わかりました」

「こちらが片付いたら、おれも顔を出す」


 女性が消えると、美厳さんはかったるそうに欠伸をした。


「まったく、これだから一門の総帥なんて役は面倒なのだ」

「仕方ないね。怠惰なくせに、いつもいつも余計な仕事を引き受けるキミのお人好しさが招いた結果だよ」

「うるさい。―――そういえばおまえと会ったのも、その面倒な仕事を引き受けたときだった。柳生流の範士役なんていう面倒なことをしたうえで、おまえみたいなのと揉めることになるなんてホントに最悪だ」

「それはボクの台詞でもあるよ」


 時間が経つと殺伐さは薄れていき、逆の様相を生じだしていた。

 空気が緩みだしたのだ。

 屋敷の主人も客人も、完全に足を崩してだるそうに座り込み、時折嫌味や皮肉を言い合っては時間を潰しているだけの状態になっていた。

 美厳さんもよくわからない人物で、尻に根でも生えたかのように動きもせずに肘掛けに寄りかかり、天井の一点を眺めていたりするだけ。

 逆に御子内さんも用意されたお茶を飲む以外は、日向ぼっこをしている縁側のお婆ちゃんのようにじっとしている。

 しかし、時折、口をきくだけでなんとも無言のままの状態が続いているのに、それが意外と楽しいのだ。

 二人が黙ったままお喋りをしているかのように思えて、ついでに一緒にいる僕まで安らかな気持ちになってくる。

 不思議な体験だった。

 それはきっとこの二人とともにいれば、どんな逆境も苦難も乗り越えられるという安心感があるからかもしれない。

 おそらくは美厳さんも相当な武術家であるだけでなく、きっとどんな状況下でも最期まで戦い抜くファイターであるのだろう。

 ある意味で御子内さんによく似た、そして似ているからこそ反目する。

 二人は合わせ鏡なのかもしれない。


「……さっきの陣内というのは誰なんだい?」

「おまえが知る必要あるのか? ―――古物商だ」

「出入りの御用商人か。友埜に任せていいのかい、ねえ冬弥。……あれ?」


 振り向くと、いつのまにか冬弥さんはいなくなっていた。

 素早いというか、気配でも消されていたようだった。


「さすがは裏柳生だ。……ボクにも気づかれずにいなくなるなんて」

「冬弥は友埜が心配になったんだろう。あいつは口下手だからな」

「ふーん。相変わらず仲のいい双子だよ」


 なんと、柳生さんちは三姉妹なのか。

 ちょっと驚いていると、ドタドタと廊下から足音が響いてきて、また襖が開いた。

 今度顔を出したのは、脂ぎって、でっぷりとしたオジサンだった。

 総髪なんだけど、太り過ぎなんで、なんか汚いロンゲという感じである。

 相当体重が重くて力が強いのか、さっきの女性が手を引っ張っているのをものともしないで突き進んでくる。


「柳生の総帥っ! いつまでもワシを足止めさせられるとは思わないことですなっ!」

「……なんだ、陣内。おれは忙しい。あとにしろ」

「そうはいきませんなっ! 光世はもうワシのものなんですぞっ! それ、証文もここにあるっ! さっさとこちらに引き渡してもらいましょうかっ!」

「うるさいな。三池典太は今ここにはない。だから、おれに言ってもどうにもならん」

「そんな馬鹿なっ! あなたがた、柳生が今の今まであれを放置しているはずがないではありませぬか! もう取り戻したんでしょう? さあ、早くワシに引き渡してくだされ! でないと、出るところに出ますぞ! いざとなったら、裁判所から差押命令だって出してもらいますぞ! あなた方、柳生だってこんな不祥事、裏の世界全体に広められたくないでしょう!」


 オジサンは懐からなにやらコピー用紙をとりだして、見せつけるように振っている。

 その姿を美厳さんはうんざりした顔で見つめていた。


「陣内、おまえだって今はともかく、昔は忍びの一族であったのだろう。それが裁判だの、差し押さえだの、恥ずかしくないのか」

「恥なぞ、ありませんな。忍びがそんなものに執着するはずがないではありませんか。いいですか、ワシにとって大事なのは証文にある通り、三池典太光世がうちに引き渡されることだけですわ。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 なんだか捲し立てるオジサンは、彼の言う通りならば、元は忍者だったそうだ。

 ………………

 …………

 ……

 忍者って……。


「ねえ、御子内さん」

「なんだい」

「忍者ってまだいたんだね」

「そうだよ。知らなかったのかい? 結構、有名な話だと思っていたけど」

「へえ。……世間は広いんだな」

「昔と違って、今の忍びは学生服や背広で飛び回っているから、なかなか気づかれないらしい。うちの〈社務所〉でも何人か抱えているぐらいだしね。ギョーカイの常識だよ」


 うん、そういうことだと納得しておこう。

 妖怪とか幽霊とかの存在についてはさすがに受け入れたけれど、現代にも忍者がいまーす、という事実はなかなかにショックが大きい。

 これだったらSTAP細胞だってそのうち再発見されるに違いないぞ。

 とりあえず僕の認識では、あのオジサンは元だけど忍者だったということで、自己解決をした。


「ほら、これを御覧なされ! 村田殿が遺された品はすべてワシのものになるという契約書ですわっ! ここに、「甲の一切の所有権を乙に譲渡する」とあるでしょう? 甲は村田殿で、乙はワシじゃ。よって、村田殿が所有していた光世はワシのもんなんじゃあああ!!」

「やかましい」


 美厳さんの手のあたりが閃き、彼女が放った手裏剣がオジサンの手の中の紙を切り裂いた。

 紙は中央から二分された。


「ワ、ワシの証文に何をするっ! だが、もう一枚ありますぞ! 引っかかったな、これはコピーだああ!!」


 なんだか一人で叫ぶオジサンが本当にうるさい。

 誰か黙らせてくれないかな。

 誰もかれもがうんざりしていた。


「……さすがによくわからないぞ」

「うーん、僕もだけど。断片的な情報からわかることは少ないしね」

「でも、美厳とあの元忍びは、例の妖刀のことでもめているようだけど」

「少なくともまったく無関係という訳ではないみたい」

「あとで詳細な説明を求めるとしようか」

「だね」

 

 今一つ、空気に乗れない僕らは何杯目かのお茶を飲んで過ごした。

 オジサンと美厳さんがまだ言い合いを続けているとき、また、ドタバタと廊下から足音が近づいてきた。


「……せわしい屋敷だな」

「落ち着いた様子の佇まいなのにね」

「まあ、あの柳生四姉妹の家だから騒がしくて当たり前なんだろうけど」

「―――四姉妹なんだ……」


 また、誰かが入ってきた。

 さっきいつの間にかいなくなっていた冬弥さんだった。

 少しだけ慌てている様子だ。


「―――姉さまっ! 結界が破られましたっ! ()()()()()()()()っ!」


 さっきまでだらけきっていた美厳さんが立ち上がる。

 一切の遅滞もない動きで。

 やはり彼女も相当の達人だ。

 ただ、僕の御子内さんも負けていない。

 ほとんど同じタイミングで立ちあがっていた。


「歴史上の剣豪とやり合うことになるとはね。……さすがのボクもちょっと緊張しているよ」


 さすがの彼女も武者震いだけではない寒気を感じているようだった。

 何せ、相手は自称とはいえ、柳生十兵衛三厳。

 伝説の大剣士なのだから……





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