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巫女レスラー  作者: 陸 理明
第26試合「妹の場合」
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異形幼女



 みるみるうちに、サクラは人から得体のしれないものになっていく。

 四肢のバランスが崩れて妙に両腕が長くなり、猫背になり首が腰の位置と同じ高さにまで下がる。

 手は何かを引っ掻くときのように爪が伸び、眼窩が窪み、歯ぐきが剥き出しになる。

 可愛い幼女であったはずのサクラが瞬く間に猿にも似た変貌を遂げたのを、あたしは驚きと共に見つめていた。

 いったい、あの子に何が起きているというの……。


「邪鬼変化(メタモルフォーゼ)かい。やはりただの幽霊ではないね。地縛霊でもなさそうだし……」

「お姉さま!」

「下がっていなよ、涼花」


 お姉さまが前に進む。

 サクラの変貌の様子などまったく気にも留めていない。

 この人にとってはこんなことは慣れっこなのだろう。


『グルグルグルルル……』


 人間としての理性さえも失いかけたようなサクラが咽喉を鳴らす。

 猿にも似た動きを見せて、ゆらりと近づいてくる。

 そして、瞬きを一回した間にその姿が消えた。

 サクラはお姉さまの眼前に現れて掴みかかった。

 十本の鉤爪が首に伸びる。

 しかし、お姉さまはその両手首を簡単に握ると、回転を掛けて投げ捨てた。

 四回転をするフィギュアスケートの選手のような回転をして、赤いワンピースを翻しても、サクラは器用に地面に着地した。

 まるで足に磁石がついているみたいだった。

 仕草からしても猿っぽい容姿そのままだった。


『ウキャアアア!!』


 再び、サクラが奇声とともに襲い掛かる。

 下から撥ねあがってくる不気味な動きをまるで予想していたかのように、掌で押さえつけ、お姉さまはサクラの腕を捻り、逆に極めた。

 打ち合わせでもしていたのではないかと疑われるぐらいにスムーズな動きだった。


「―――子供を殴ったり、蹴ったりはしたくない」


 関節をとるのは構わないんですね。


「さて、聞くよ。キミをそんな存在にしたのは、何物なんだい? どうもキミには幽霊の癖に現身うつしみがあるようだ。いくらなんでもちょっとおかしい。どうしてそうなったか、教えてもらえないかな?」

『は、離して!!』

「そうもいかない。キミはかなりボクの義妹にご執心のようだし、野放しにしておくには素性が怪しすぎる。ここはなんとしてでも事情を説明してもらおうか」

『許さない! あんたなんか許さない! サクラをいじめるなんて許さない!』

「―――別にイジメてなんかいない。この御子内或子がイジメなんてするはずがないだろう」


 それは確かですけど、今のサクラに言ってもきっと無駄かなあ?


「おっと暴れるな」


 幼女を痛めつける嗜虐的嗜好のないお姉さまなので、これ以上力を加えることもできないでいると、サクラの身体がぐにゃりとしなった。

 とても骨が入っているとは思えない、全身がまるで軟骨でできているかのように曲がると反対方向に撥ねて、お姉さまの関節技から逃れる。

 猿というよりもウナギだった。

 さすがのお姉さまも完全に捉えきれずに、サクラを逃がしてしまった。


『許サナイ!! アンタヲ許サナイ!!』


 逆上して呂律も回らなくなったサクラが憎しみの声を上げた。

 耳にしただけで腐ってしまいそうな怨嗟の声だった。


「何を許さないっていうんだい? そこを具体的に説明してくれないとわからないよ」

『許サナイ!!』


 素人考えでも霊に対して恨みを具体的に説明しろといっても無駄な気がする。

 そういうのをわかりやすく打ち明けてくるようだったら、そもそも簡単に成仏してしまえるのではないだろうか。

 抱えた負の感情を説明できないから霊は怖い存在になっているのだと、あたしなんかは思う。


「さあさ、説明してくれないかな」


 案の定と言おうか、サクラは身を翻すと前のように夕陽目掛けて走り出した。

 彼女の赤いワンピースが、同色の夕陽のそれと混ざり合ったとき、サクラの姿は忽然とは消滅した。

 この間と同じように。

 あたしはまたそれを茫然と眺めているしかなかった……。


 プルプルプル―――


 スマホの着信音が鳴る。

 聞き覚えがない、おそらくお姉さまのものだった。

 ポケットからだしたスマホを耳に当てるお姉さまの顔が少し驚いたものになる。


「―――霊障を受けた男性だって……。うん、うん、命は無事だけど、意識は戻りそうもない? ああ、わかった」


 その険しい顔からして、どうも退魔巫女としての事件らしい。

 お姉さまがさっきまでとはやや違う顔つきになる。


「涼花、ちょっと付き合ってくれないか」

「なんですか?」

「―――この近所で、霊障―――つまり悪霊などによってつけられる傷がもとで意識を失っている男性が発見されたらしい。ただ、その傷をつけた相手がね……」

「ん?」


 お姉さまはちょっと口淀んで、


「ボクの感じでは、今のサクラの仕業のような気がするんだ」


 と気まずそうに言った。




 


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