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巫女レスラー  作者: 陸 理明
第26試合「妹の場合」
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お姉さまと私



 あたしの名前は、升麻涼花しょうますずか

 

 ちょっと前までだったら、自己紹介する時には「升麻京一の妹です」と名乗っていたのだが、最近のあたしはどちらかというと「御子内或子のプチ・スールです」といいたい気分であった。

 別に、お兄ちゃんに飽きたとか、嫌いになったという訳ではないけれど、或子お姉さまと出会って仲良くしていただけるようになってからは、あたしの中の天秤棒は露骨に一方に傾き続けているのだから仕方がない。

 高校受験の際も、或子お姉さまの指導の下、限界まで努力したおかげで名門といわれる武蔵立川高校へ入学することができた。

 歩いても行けるような近所の高校がいい、と流川楓みたいなことをいって適当に進学したお兄ちゃんと一緒にされたくないし。

 進学してからも同じ部活や委員会に入ったりして、まるで本物の姉妹のように可愛がってもらっていることもあり、あたしの或子お姉さまへの敬慕の念は増すばかりであった。

 だから、「御子内或子のプチ・スール」なんて名乗りたいなあとずっと思い続けている訳である。

 ちなみに、この話をお兄ちゃんにしたら、「おまえの兄弟は僕だけだろう」と気の利かない返しをしてきた。

 そういうときは、「僕が御子内さんと結婚したらおまえも本当に妹になれるな」とか言っちゃったりしてあたしとお姉さまを気分良くさせてあげればいいのに、うちのバカ兄貴は誰かの口にしたどうでもいいボケには気づいても、女の子の気分には疎いので役に立たない。

 お姉さまがあのボケ兄貴のことを憎からず思っているのは、あたしでさえわりと最初のうちからわかっていたというのに、あのアンポンタンは一体全体なんなのだろう。

 そうこうしているうちに、なんと覆面を被った変な巫女まであたしの家に出入りするようになり、夏を過ぎたら今度はレディースみたいな巫女までが入り浸るようになってきた。

 おかげで、我が家はちょっとした神社気分。

 賽銭箱でも玄関に備えておいたら、幾らか儲かったりはしないかな。 


「―――で、さっきから暗い顔をしているのはどうしてなんだい? 涼花らしくないよ」


 放課後、購買部に隣接しているテラスで、あたしはお姉さま―――御子内或子さんと二人でお茶を飲んでいた。

 部活のない曜日だったので、わざわざLINEを使って時間を作ってもらったのだ。

 基本的にお姉さまは忙しい人なので、あまり煩わさないように注意しているのだが、今回ばかりは別だった。

 あたしの抱えてる事件の相談相手としては、彼女が一番適任だということもあるが、なんというか現実感が欲しかった。

 安心を与えてもらいたかった。


「お姉さまに相談したいことがあって……」

「ふーん、それは妖魅絡みじゃないのかい?」


 妖魅……というのは、お姉さまの真の姿である退魔巫女の敵という意味での、妖怪変化や魑魅魍魎のことを指す単語だ。

 

「うーん、断定はできないんですけど、おそらく妖魅そうかな。信じてもらえますか?」

「信じるも何も、ボクと涼花の出会いからして妖怪の絡みから始まっているんじゃないか。今更だというべきだね。それに、いつか言ったはずだけど、キミは妖魅に好かれやすい体質の持ち主だと思う。涼花が異常を嗅ぎ取ったというのならば、高確率でボクらの商売相手が関わっていると思うよ」


 妖魅に好かれやすい。

 確かにそうだ。

 お姉さまとの出会いのきっかけは、あたしが〈高女たかめ〉という妖怪に狙われたことから始まっている。

〈高女〉は、ネットで話題になった「八尺様」という怪奇譚のモデルになったらしい妖怪で、未成年の子供をつけ狙う肉食の化け物だった。

 あたしは〈高女〉に目をつけられ、餌食になって殺される寸前で、お兄ちゃんが連れて来てくれた退魔巫女―――お姉さまに助けられた。

 お姉さまがどうやってあたしを助けてくれた方法については、今になってもなんとも納得しがたいのだが、それでも命懸けで身体を張ってくれたことに嘘はなかった。

 だから、あたしがお姉さまを信じないということは絶対にない。

 しばらくしてから、「涼花は妖魅に目をつけられやすい体質なのかもしれない。だから、あまり霊的な場所とかオカルトに縁のある事件には近づかない方がいいかもしれないね」と忠告されてからは、できる限り避けるようにしてきた。

 自分からわざわざ危険に首を突っ込むことはしないようにしたのだ。

 世の中にはその手のスポットは山のようにあって、中にはどうしても近寄らなければならないこともあるのだけれど。

 実際、意識してみると、意外とあたしはそういう場所を好む習性のようなものがあり、ついつい怪しい建物なんかを気にしてしまうところがあった。

〈高女〉の事件まで、あたしの周囲でオカルト的事件が起きなかったのは、むしろ幸運だったとさえ思うようになっていた。

 ただし、昨日までのことだ。

 今は状況が完全に変わってしまっている。


「京一には相談したのかい?」

「お兄ちゃんにはしない予定です」

「どうしてかな? 実の妹にいうのもなんだけど、京一ほど頼りになる男の子はそうはいないよ。ボクが〈社務所〉の関係者以外に全幅の信頼を寄せているのは彼だけだし、京一の類まれなる強運と熱い魂と、強い義侠心を信じているからだ。いつだって涼花のためなら、動いて悔やむことのない男だね」


 さすがに、実の妹なのでそれはわかっている。

 あの〈高女〉とのときも、お兄ちゃんはあたしのために大車輪で頑張ってくれた。

 だから、あたしに兄を信じないという選択肢はない。

 お姉さまと一緒だ。

 でも、肉親だからこそ、できないこともある。


「―――ん、ということは京一にはし難い相談ということかい?」


 さすが、お姉さま、勘が鋭い。


「そういう訳じゃあ……」

「いや、ボクもキミら兄妹のやり口はよく知っているからね。そういう感じで誤魔化したり、別の話題ではぐらかそうとするときは、たいてい何かを隠しているときなんだ。しかも、その理由がほとんどの場合、他者を気遣ったりするものに限る」

「―――それは……」

「ボクだって学ぶんだよ、これがね」


 お姉さまが学習能力を発揮している!

 勉強はできるけれど、実生活においては三国志演義の張飛やアーサー王の円卓の騎士ガラハッド並みに脳筋な女性ひとであるお姉さまが学習をしている!


「……今、失礼なことを考えなかったかい?」

「いえいえ、そんなことは決して」

「京一がボクをアホの子扱いするときに、よくそういう顔をするけど」

「―――イエイエ、ソンナコトハ……」

「まあいいさ。いいよ、彼には黙っておくよ。ただし、勘付かれたら素直に全部話すけどね。……で、何があったんだい。最初から話してくれると助かる」


 お兄ちゃんの勘の鋭さを考えると、すぐにばれてしまうおそれの方が高いけれども、できたら内緒にしておきたい。

 助手であり、パートナーでもあるお兄ちゃんに秘密を持つことはお姉さまにとってもリスクになるだろうけれども、その気配りは嬉しかった。

 そして、この段階になってようやくあたしは話し出した。

 昨日、何が起きたかを。


 過去、あたしの妖魅に好かれるという体質が引き起こしていた事件を。



 









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