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巫女レスラー  作者: 陸 理明
第17試合「奥多摩怪談」
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山歩きは服装が大事



 奥多摩駅は、JR青梅線の終点であり、そこにいくためには新宿か立川か、拝島の各駅で乗り換えるのが一番てっとり早い。

 僕たちは、一度立川駅まで行ってから、青梅線に乗り換えた。

 三十分ほどして降り立った奥多摩駅は、なかなか趣きのある駅舎をしていた。

 駅舎の外に出ると九月だというのにやや肌寒い。

 これから山登りをするということで、背負ったリュックサックの中には長袖を入れてきたのは正解だったみたいだ。

 天気はあまりよくない。

 雲が多くて快晴とはいえないし、午後から雨が降っても仕方がなさそうだ。


「ここからはバスかな」

「いや、タクシーを使う。チケットは出してもらった」


 御子内さんが懐からタクシーチケットを取り出した。

 いつも妖怪退治をするときに支給されるものだ。

 でも、今回の小旅行は僕たちが独自にやるもので、八咫烏が依頼をとってきたものではないのだから、〈社務所〉の助けはもらえないような気がする。

 よく出してもらったものだ。


「妖怪退治の依頼はなかったけど、こういう風に妖魅発見の端緒を調べるというのもボクらの仕事なんだよ。少なくとも、交通費ぐらいは掛け合えば出してもらえる。あとでレポート書かないといけないけどね」

「へえ、融通効くんだ」

「レポートはWordでいいらしいから、よろしく」

「―――あ、そういうオチ?」


 御子内さんに文才も事務処理能力もあるとは思えないので、やはりその手の雑用は僕の仕事か。


「青梅街道をもう少しいってから、多摩川を堰き止めた小河内ダムの作った奥多摩湖よりも北側にあがろうか。桜井が言っていた話とか、ネットでの噂を聞く限り、鷹ノ巣山と六ツ石山の間辺りが怪しいし、そこを重点的に見て回ろう。それほど険しい山道でもないし、全部見て回っても問題ないでしょ」


 僕は地図を出して、色々と説明する。


「一番高いっていう雲取山は?」

「うんと、目撃談があるのは日原鍾乳洞よりも南側なんだよね。雲取山までもいかない場所。意外と近場で、グーグルアースで確認すると、人も結構住んでいるみたい」

「ほおほお。夜中にこそこそしていても目撃談がそれなりに出る程度には、人里に近いということかな?」

「そうみたい」

「だが、それは好都合だ。もっと北上して白馬峠なんかに行ったら面倒なことになりそうだし。あそこには雨舟村があるから」

「雨舟村? 聞いたことないよ」

「隠れ里さ。ギョーカイではちょっと有名なところだ。オカルト界隈でも知られている」

「ああ、杉沢村みたいものか。消えた村伝説の」

「いや、雨舟村にはまだたくさん人が住んでいるよ。ただ、住んでいる連中がなかなか厄介でね……。まあ、それは余談だ。ボクたちがいくのは鷹ノ巣山の方みたいだし」


 ここに来るまでに確認していたが、麓辺りに賛同の入り口があり、登った先には山小屋があるようだ。

 まずは、そこまで行こう。

 もし、桜井の推理通りだとしたら、わりと人数がいないと地底湖の調査なんてできないから目撃談ぐらいはあるだろう。

 もしくは山小屋そのものが基地でグルか、だ。


「……地震でがけ崩れがあったとすると、それなりに標高差がないとならないから、地図でいうとこのあたりかな」

「等高線が読めるのかい?」

「多少は」

「ああ、道理で。キミの格好はなかなか本格的だと思った」


 僕の格好は、肌着アンダー中間着ミッド外着アウターの三枚の重ね着を意識した服装をチョイスして、吸収・拡散・冷涼・保温・防風・通気という性能を引き出すための工夫がしてある。

 トレッキングシューズもこの季節に合ったものだ。

 登山グッズについても重くなく使いやすいものを中心にリュックサックに詰めてある。

 自分でいうのもなんだけど、山登り中級者に見えることだろう。


「うん。父さんの趣味でね。たまに一家で登るんだ。奥多摩は初めてだけど」

「涼花もかい?」

「あいつもわりと山は好きだよ」

「へえ」


 いたく感心したようなそぶりをする御子内さん。

 そんなに我が升麻家はインドア系に見えるのであろうか。

 だが、うちの意外な一面に感心している場合じゃないのは彼女の格好の方である。


「ところで御子内さん」

「なんだい?」

「待ち合わせ場所でも言おうと思っていたんだけど……」

「だから、なんだい?」

「その山伏みたいな格好はなに?」


 御子内さんは、頭に頭巾ときんという多角形の小さな帽子を付け、手には錫杖しゃくじょうと呼ばれる金属製の杖を持ち、亜麻色の袈裟と、篠懸すずかけという麻の法衣を身に纏っていた。

 山袴、白地下足袋、笠、手甲、脚絆、念珠といういかにもなもの以外にも、首にはほら貝を加工した楽器を下げている。

 リュックサックではなく櫃を背負っているのもなんだかな。

 ……ぶっちゃけ、最近ではカラス天狗のスタイルと言った方がメジャーになった、修験道の行者の格好なのだ。

 いつもの巫女装束でないだけカラフルではないけど、目立つことこの上ない。

 しかも御子内さんクラスの美少女だとコスプレとすら感じさせないのだ。

 おかげで電車の中で僕は相当いたたまれない思いをする羽目になった。


「何かおかしいのかい? ボクらは山に入るときはだいたいこうだよ」


 まったく悪びれない。

 これじゃあ、巫女レスラーじゃなくて行者レスラーだよ。


「山登りをするなら、それでいいのかも……」

「だろ? 動きやすくて悟りやすい。最高だよ」

「巫女の台詞じゃないよね、それ。退魔巫女だと漸修よりも悟入は難しいと思うけど」


 話してみるとわかるが、基本的に退魔巫女の皆さんは神道以外には無頓着だ。

 神道についてだってだいぶあやふやな所もあるぐらいなので、他の宗教に関して詳しいはずもないけど。

 これでよく例えば熊埜御堂さんのように神通力が使えるものだと思わなくもないが、古代の魔術師が儀式も使わず態度のみで精霊を従えたように、退魔巫女は漲る闘志さえあればそれでいいのかもしれない。

 僕らは適当にタクシーを捕まえて、まず麓まで向かってもらうことにした。

 タクシーの運転手は、僕はともかく山伏姿の御子内さんにはえらく驚いていた。

 道中もあまり話しかけてこなかったのはきっとそのせいだろう。


「―――おや、ボクたちみたいな若い世代がいるよ」

「えっ」


 御子内さんがタクシーの窓の外を指さした。

 麓までもう少しという場所の路肩を六人ほどの登山客が楽しそうに笑顔で歩いていた。

 そのうちの一人を見て、僕は思わず顔を伏せた。

 タクシーの外からでは気がつかれなかったと思うけど、もしかしたらと考えたからだ。

 しばらくして彼らから遠ざかったところで元に戻る。

 額に汗が浮いていた。

 ヤバい油汗だった。

 これは本当にマズいかもしれない。

 いや、マジで。


「おかしな行動に出たね、京一」

「放っておいてよ。……で、ものは相談なんだけどさ」

「なんだい?」

「帰っていい?」

「却下。キミに拒否権はない。事情によっては情状酌量の余地は認めてあげるけど」


 く、お代官様め。


「……さっきの連中、僕のクラスメートなんだよ。この前、ここの話をしていた時のメンバーで、僕とは仲がいいんだけど」

「それで?」

「女の子と二人で山登りしているところを見られたら学校で噂される。だから、今日だけは勘弁して」

「大却下」


 すげえ簡単に却下されたけど、それじゃ困る。

 女の子と二人というのも問題だけど、もっと大きいのは今の御子内さんの格好だ。


『升麻ってさあ、山伏のコスプレした女と山登りしてたんだぜ~』

『えっ、ウッソー。もしかしてそういう趣味があるの~?』

『アブノーマルにも程があるよね~』

『升麻くんとつきあうと、イケない服装を強要されたりして~』


 ……などという噂がたったらどうすればいいのだ。

 あと一年半は学校があるのに。

 巫女装束の御子内さんと歩くことはもう慣れたけど、山伏姿っていくらなんでも高度すぎるだろう!

 ハイポテンシャルすぎて僕の処理能力がショート寸前だ。

 なのに、当の元凶はのほほんとしていた。

 それどころか……


「なあ、京一」

「……どうしよう、どうしよう。バレないようにマスクをつけるか……。でも、もし外しているところを見られたら……」

「ボク、思うんだけど」

「ヤバいなあ、せめてフードはつけたままで……」

「クラスメートが連れ立って山登りに来ているのに、どうしてキミはあの中にいないんだい?」


 ………………

 …………

 ……

 はっ!


「普通はその話が持ち上がったときの面子に声をかけるものだよね。そうだとすると、会話を聞いていた京一も誘われて当然のはずだ」

「……ちょっ、待っ」

「それなのにキミが知らないってことは……」


 い、言わないで、ちょっと頭で処理しきるまで言わないで!


「―――京一。もしかして、キミって仲間外れ(ぼっち)なのかい?」







 ―――そんなことないから。




 きっと。




 たぶん。




 おそらく。




 うん、ちょっと覚悟しとく。


 

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