王都到着編 これからの道標
ソルトが孤児院に引き取られて十年が経った。
彼は十六歳を迎え、体は大きく成長し、顔は幼さを残しながらも大人になりつつある。
今彼は、銀色の短髪をたなびかせながら、訓練として魔物と相対しているのであった。
「はあ!」
ソルトはそんな掛け声とともに目の前の魔物、ハイオーガに切りかかる。褐色の、人を軽々と上回る巨大な体に、丸太のような太い腕。そして理性を感じさせないその双眸。ただのオーガでさえ普通の冒険者では数人が徒党を組んで討伐しなければならない魔物だが、その上位種であるハイオーガともなると並みの冒険者が集まったところで意味がない。
皮膚は鉄よりも固く、動きは俊敏。その巨躯から繰り出される一撃は岩を軽々と破壊する。倒すにはそれこそ鉄をたやすく切る実力、相手の動きを先読みする動体視力が求められる。
「ガウうううう!!」
うなり声がソルトを襲う。ハイオーガはソルトの剣を右腕ではじくと、空いている左腕で薙ぎ払おうとする。体格差は明確でソルトの身長に対し、オーガは軽くその倍の身長を持っている。よほどうまく攻撃に対処しなければ肉塊にされてしまう。
オーガの左腕が迫る。躱す時間はもうない。彼の体を衝撃が襲う。
だが、ソルトは自身の右から襲い来る暴力を体の芯に受けないように、もらった衝撃を逃がすためにわざと吹き飛ばされる。
見た目は派手に吹き飛んでいるがそのダメージは軽微だ。すぐさま起き上がると再び迫りくるハイオーガに対して迎撃態勢を整える。
「がウ?」
魔物はすぐさま起き上がったソルトを見て一瞬不思議そうな顔をするがそのまま両の手を組み、ソルトの頭に叩きつける。
「わが意に沿って陥れよ、【幻惑】」
叩きつけられる寸前、響くのはソルトは魔法の詠唱。
だが、特に何も起こらない。オーガは失敗したと思ったのか、にやりと嗤う。両の手がソルトの頭を捕らえたとき彼の姿が消える。
無属性魔法【幻惑】。相手に幻影を見せて惑わす魔法である。
「風よ、吹き飛ばせ、【球爆】」
そして目標を見失ったオーガの後ろからソルトの新たな詠唱が響く。
「ぎゃうわ!?」
オーガはすぐに振り向き守りのため両腕を交叉させ前に出す。しかし魔法による攻撃は正面からではなかった。オーガの視界は灰色の球体が足元に転がってくるのを捉える。
「発動」
ソルトのその一言をきっかけにして、その球が膨らみ、爆発する。ソルトの何倍も重いオーガの巨体がなすすべもなく空に打ち上げられる。
風魔法【球爆】。圧縮した風を相手の足元に転がし、爆発させ、相手の体を打ち上げる魔法である。
そして落ちてきた巨躯に対し、
「奥義【骨断】」
少年は鉄より硬いと言われる皮膚を一刀で切り捨てるのであった。
崩れ落ちるハイオーガ。その時ソルトの後ろから声がかかる。
「三百五十六秒。まあ、及第点といったところか」
「はあ、はあ、思ったよりもかかってるな」
後ろに控えていた男がソルトを評価し、息を荒げながらソルトはそう返事をするのであった。
〇〇〇
現在ソルトは孤児院で日々鍛えていた。先ほどの戦闘もその訓練の一つだ。ソルトは順調に成長し、すでにジャンのレベルを超えている。
しかし、姉の捜索のほうは難航していた。
「今日もなにもないのか?」
「すまないね」
ソルトが孤児院で生活し始めたころはリナの【予知】魔法で「プレアがどの方向にいるのか」などの僅かな情報を得ることが出来ていた。しかし最近では全く反応しなくなっていたのだ。
「まさか死んでるとかないよな」
不安そうに聞くソルト。
「それはない。君のそのペンダントが光っている限り、その心配はしなくていい」
リナが彼の首からぶら下がっているペンダントを指摘しながら水晶を眺める。
ソルトがプレアから渡された石は現在、ソルトの首からペンダントとなってぶら下がっている。光り輝くその石はソルトにとって希望の光だ。
しかし、いくら事実としてそうとわかっていても不安なものは不安である。
「なあ、まだ俺が直接探しに行ったりしたらダメなのか? リナ母さんは動けないんだろう?」
ソルトは十四歳を超えたあたりからずっとこの話をリナに頼んできた。だが、そのたびに断られてきた。理由は「まだ成長途中だから」とだけ。
もっとも二年前にはそれで一度、リナの言いつけを守らずに彼は孤児院を抜け出し、プレアを探しに行こうとしている。だがその際は重症を負い、クルルシアによって救出されている。以降厳重に監視されることになるというおまけつきで。
しかし、今日のリナの対応は違った。
「そのことだがね。そろそろ頃合いかな、と考えているところだ。ここらへんで一番強い魔物であるハイオーガも倒せたことだし」
「本当か!」
素直に喜ぶソルト。リナの言葉は続く。
「ああ、それに君には王都の学校に行ってもらいたいしね」
「王都の学校? 冒険者じゃないのか? 人を探すならそっちの方が……」
突然の選択肢にソルトは戸惑う。
「もちろん冒険者になってくれても構わない。学校に行きながらでもそれは可能だ。私が学校に行くように言う理由は二つ。一つめ、学校には私を越えて人捜しの魔法を上手に使える人がいる」
「リナ母さんを越える?」
「ああ、私もクルルシアから話を聞くまでは、半信半疑だったがね。彼女なら今の君の力になれるかもしれない」
「もう一つは?」
「今日の予知夢があった。君の姉のことはわからなかったが君に関して。まあ、細かい話は昼の時にしてあげよう」
〇〇〇
『さあ、今日はソルトに大事なお知らせがありまーす』
その二日後、孤児院の何人が昼食の席に着き、食事を始めようとした時だった。クルルシアが場にいるもの全員の脳に【伝達】を行う。この場にいるのはソルト、ダンダリオン、セタリア、リナ。
そしてほかに二名。
一人はソルトに格闘戦を教えており、先ほども時間を計測していたバミルという男だ。しかし人ではない。
鬼。
額に大きな角、そして大柄な肉体を持つだけでなく幅広い格闘術を長い年月をかけて修めてきた男だ。
そしてもう一人。その存在はソルトに剣術を教えてくれている師であるが、彼もまた人ではない。
骸骨。
顔も骸骨、四肢も体幹も骸骨。ひたすらすべてが骸骨でできている彼は正真正銘の死霊である。自身の剣技を後世に伝えるためだけにこの世にとどまり続けている彼が成仏するのはいつになるのか。
なお、他にも子供たちはいるのだが、ここには成人扱いの十五歳以上のみしかいない。大事な話があるときは十四歳以下は別のところで食べるのだ。
「なんだ? 大事なお知らせって」
ダンダリオンがクルルシアの声にめんどくさそうに聞く。
その質問を受けてクルルシアは嬉しそうに答える。
『よくぞ聞いてくれました。なんとついにソルトが卒業試験を受けることになったんだ。ね? リナ母様?』
「卒業試験とはまた違うが……そうだ、ソルトは学校に行く、という未来が見えたのでね。クルルシアからの情報もあっていけばいいのでは?となった次第だ」
「学校ってなんだっけ?」
ダンダリオンがなおも不思議そうにしているがクルルシアが説明に入る。
『学校というのは冒険者を目指す人や強くなりたい人、コネを作りたい貴族とかが入学するんだ。ちなみに私、次は四年生!』
「そしてその学校長、要するに一番偉い人だな。その人物が人探しの魔法に長けているらしい」
「じゃあ、お祝い作る? ケーキ作る?」
獣人少女のセタリアが目をキラキラ、長い尻尾をふりふりさせながら提案するが、この場にいる全員が黙殺し、目をそらす。
「え……なんで皆無視するの……?」
「姉ちゃんの料理食ったクル姉がどうなったのか忘れたのか……」
ダンダリオンに耳打ちされ、しょんぼりするセタリアであった。ソルトはその会話をスルーする形で会話を進める。
「リナ母様、学校長……だったか? 占いが得意っていうのは。これでお姉ちゃんの手がかりが見つかるのか……ん? でも待ってくれよ。それなら入学しなくてもその人に頼めばいいんじゃないのか? クル姉なら知り合いなんだろ?」
「あくまで可能性があるという話だ。しかし問題もあってね」
「問題?」
「ああ、まず一つに現在、彼女は生徒に対してしかその魔法を使えないらしい。昔は生徒以外にもたくさん使っていたらしいがね。そしてもう一つ。一回占ってもらえばしばらくは同じ人物に対して占うことができないらしい。そして占ってもらうには本人が、つまり君が【姉に会えるかどうか】と聞かねばならないらしい。長期的にかかわらねばならないことを考えれば生徒として接したほうがいい」
そしてリナは別のこともソルトに促す。
「それに王都なら沢山の情報が集まる。冒険者のギルドもあれば、図書館もあるしね。君が十年前に受けた魔物の襲撃も記録されているはずだ。なにせ村一つが消えているのだから。私の予知では君が学校に行っている姿しか見えなかったがそういう方面で探してみてもいいだろう」
「その事件の黒幕についても分かるかもしれないな……」
ソルトは納得する。そこにワーリオプスという名前の骸骨の男も発言する。
「かっかっかっか。いいではないか。存分に人の世を堪能してこい! しかし試験はどういうものにするのだ? 私かバミルが戦ってもいいが……」
試験、孤児院の子供がこの家を出る際に課せられる試練のことだ。
「いや、試験の方法はもう考えた」
リナがソルトのほうを向きながら発言する。
「ソルト、食事が終わって、しばらくしてからでいい。クルルシアと決闘してみなさい。それで実力を測る」
「えっ?」
驚きの声を上げたのは当然ソルトだ。なぜなら今までクルルシアとの決闘はリナに止められていたからだ。突然それを解禁されるどころか、それをしないといけない状況になったことに困惑しているのだ。
「リナ母様、それってかなり難しくありませんか? 私たちこの前三対一でぼこぼこにされたんですよ」
口をはさんだのはセタリアである。その時ぼこぼこにされたことを思い出し顔色が曇る。
しかし、リナは取り合わない。
「あれは決闘でもなかったし、お互いに本気ではなかったでしょう?」
三対一で、というのはクルルシアのデザートを食べたダンダリオンがクルルシアの逆鱗に触れ、それをソルトとセタリアが守ろうといたという他愛もない事件である。しかし、その時はクルルシア一人に三人でも全く歯が立たなかった。
しかし、ソルトもこの決闘を断る理由はなかった。
「俺は構わない。一回でいいから本気のクル姉と戦ってみたい」
「でも……」
「それにクル姉に勝てなかったら外で勝つことだってできないだろうし、俺のお姉ちゃんに見つけてもらえるくらい強くなってないってことだろ? それならいつやっても変わらないさ」
「話は決まったね。バミルもワーリオプスもそれでいいかい?」
「構わん」
「かっかっか。ええと思うぞ」
そして今日クルルシアとソルトの決闘が行われることになったのであった。