表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道に咲く華  作者: おの はるか
俺は英雄の道を志す
7/174

年少編 慟哭の末

『さあ、着いたよ。ここが私の部屋だ』


 廊下を引きずられながらソルトはクルルシアの部屋に進んでいく。抵抗はするが少女はお構いなしだ。そしてついに、古びた扉の前にたどり着くとそこで止まる。彼女の手で扉が開かれると、置いてあるものが本と布団だけという殺風景な部屋が広がっていた。


「い、一体、何をする気?!」


 ダンダリオン達の言葉のせいでソルトは完全に震えている。しかし、クルルシアは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべると納得した顔になる。。


『君はなにを…… ああ、ダンダリオンか。全くあのバカは。大丈夫。取って食ったりはしないよ。とりあえずそこに座りなさい』


 クルルシアが指さしたのは布団だった。

 ソルトは、警戒しながらも恐る恐る布団の上に近づいていく。


『大丈夫だって。怖がらないでよ。ちょっと話したいだけなんだから。とりあえずこれでも飲んで』


 出された飲み物を受け取って、ようやくソルトは落ち着いてきたのだった。


「あ、あの、話というのは? えっ?」


 驚きの声をソルトがあげる。彼の反応も仕方がない。突然クルルシアが抱きついてきたのだ。

 コップから飲み物がこぼれ、動揺が彼の頭を支配する。


「あの! やめてください」


 懸命に抵抗するソルト。しかし少女のどこからそんな力が出るのか分からないが、先程引き摺られてきたように全く抵抗できない。


「あの! クルルシアさん!」

『泣いていいよ』

「えっ?」

『泣いていいんだよ。ここにいるのは私だけ。ダンもセタリアもいないから恥ずかしがる必要もない』

「な、何を言って」

『分かるんだよ。辛いんだろう? 親がいなくなってさみしいんだろう? お姉ちゃんが生きてるか分からなくて不安なんだろう? 全部私にぶちまけなさい。【解除(ディスペル)】』


 ソルトの背中に手をまわし、優しくさするクルルシア。

 次の瞬間、先ほどかけられた【鎮静(クラム)】の魔法が解けたのか、ソルトの目から涙が零れる。声にも嗚咽が混じり始める。


「な、なんで、うぐ、分かったの? ぐすっ」


 ソルトの目にクルルシアを警戒する色はもうない。ただひたすらクルルシアの胸に顔をうずめていた。これまでの不安が一気に表に出てきたのだ。


『私の固有魔法だよ。こんなふうに意思を伝えたりも出来るけど他人の感情も感じ取れるんだ』

「他人の、ぐすっ、感情?」

『君から伝わってくるのはやり場のない怒り、喪失感、そしてまだなにかを失うかもしれないという恐怖心だ』


 クルルシアは優しくソルトを抱きしめる。彼女の目にも涙が浮かんでいる。


『大丈夫。お姉ちゃんは私やリナ母様が絶対に見つけて助けてあげる。だから私にその感情をぶつけなさい。怒りも何もかも受け止めてあげる』


 その言葉にソルトの口から堰をきったように言葉が飛び出す。


「なんで! なんで! 僕たちがこんなめに、ぐすっ、こんなめにあわなきゃ、いけないの! 父さま! 母様! 僕を置いていかないで!」

『大丈夫、大丈夫』

「もう、いやだよ! お姉ちゃん、帰ってきてよ!」

『大丈夫、大丈夫だから』


 そしてその日、クルルシアの部屋からソルトの泣き声がとまることはなかった。


〇〇〇


「クルルシア、起きてるかい?」

『はい、母様』


 夜が明けソルトがようやく寝入ったときだった。クルルシアの部屋に孤児院の経営者であるリナが訪ねてきた。

 しかし、入って早々にリナは顔をしかめる。


「クルルシア、寝ていないのかい? 目が随分と腫れているよ」

『彼と一緒にずっと泣いていたものだから』


 そう言って布団の上で寝ているソルトの頭を優しく撫でる。そこには先程までの陽気さや強引さはかけらもない。そこに在るのはただひたすらに慈愛の心だけだ。


『この子、ずっと泣いてたよ』

「それは、大変なことを頼んでしまったね。いつもすまない」

『いいの。それよりも状況はどうなっているの?』

「私も全部を把握している訳ではないが、恐らくキエラを襲った魔物はこの近くから転移されたものだ。原因は不明だが今現在、キエラの村とここは転移門でつながっている。ソルト君はたまたま転移門を通ってこちらに来たのだろう」

『この子の姉はどうだった?』

「見つからなかった。家の中はひどかったね。魔物に食い散らかされた後でとてもじゃないが生きている人どころか死体も無事なものはなかった。そうそう、ジャンのほうはキエラを守る結界装置の場所で見つかったよ」


 その答えを聞いたクルルシアは辛そうにする。


『じゃあ、彼のお姉さんはもう……』

「いや、そうじゃない。この子の姉に関しては安心していい。おそらく彼女は生きている」

『どういう意味?』

「戦闘が起こった魔力跡を探してみたんだが、家からずいぶんと離れた場所に成人男性の死体が複数見つかった。結界装置とも別の場所だ」

『成人男性? それも家から離れた場所で? 簡単に彼の記憶を覗いたけれど戦闘があったのは家の中でしょう?』


 ソルトの頭をなでながら、クルルシアは疑問の声を届ける。


「ああ、おそらくプレア嬢が、ソルト君と離れた後に起こった戦闘だろう。そしてだ。これが一番驚いたのだが……その成人男性の死体の中にシャルジャス・ブーノの死体もあった」

『シャルジャス・ブーノ!? それって、強欲の?』

「流石にびっくりしたよ。ソルト君の口ぶりでは恐らくあの場にいたのは彼のお姉ちゃん一人。つまり彼の姉が一人で倒したわけだ」

『転移魔法とかの形跡は?』

「確かにあったよ」

『じゃあ、誰か助っ人が来たんじゃ……』

「転移魔法でその場を訪れた形跡と去った形跡なら見つけた。しかし、どちらの魔力跡もつい2、3時間前のものだった。ブーノ達が死んだ時間のほうが圧倒的に早い」


 その言葉に驚き、クルルシアは思わず口ごもる。リナが続ける。


「そう、君が考えたとおりだ。私の想像も入るが恐らくこういうことだろう」


 そして、リナは指を折りながら考えていく。


「一つ、彼女は自身を中心に魔物を集めた。二つ、安全が確認され次第ソルト君を逃がす。

三つ、第三勢力、まあ、恐らく今回の魔物大発生の黒幕の集団だろうな。彼らと交戦した。四つ、彼らとの戦闘には勝利したものの、そのあとに来た他の誰かが彼女を連れ去った」

『なるほど……。でも誰が?』

「目星はついている。【強欲の使徒】がいたんだからあいつらに間違いないだろう。しかし問題もあってね。もし彼女を転移させたことに奴らが関わっていれば私たちが直接動くことは出来なくなる、それにソルト君が彼らと接点を持つのは非常に不味い」

『そうなったらバミル師匠やワーおじさんも動けないよね』

「ああ、すまないね」

『仕方ないよ。それに動いちゃったら私たちも困るんでしょ?』

「そうだね……全く……本当に君は子供らしくない」

『全部知ってるからね……でもそれだと彼のお姉ちゃんがほんとに生きてるかどうかは結局わからないんじゃ?』

「いや、ソルト君の荷物を調べさせてもらったがこんなものがあってね」


 そう言ってリナは透明で光る石をポケットから取り出してクルルシアに見せる。ソルトがプレアから受け取ったものだ。


『それは?』

「説明は今度、明日の朝食の時にでもしてあげよう。とにかく、私が彼の姉が無事であると確信する理由の一つだ」

『ほんとに!?』


 ソルトの姉が生きている--リナが状況証拠ではなく確実な証拠を持っていることを知って喜ぶクルルシア。


「ああ、しかし……まあいい。何はともあれクルルシアも一回休みなさい。疲れているだろう?」

『うん、そうさせてもらうね』


 そう言ってすでにソルトが寝ている布団に自身も入るクルルシア。

 程なくして、彼女からも寝息が聞こえてくる。そしてようやくリナは部屋を去ったのであった。


瀬名(せな)裕哉(ユウヤ)、それにジャン、あんたらの子供は絶対に助けてやる」


 リナの手にはプレアがソルトに渡した手紙。それを強く握りしめ、静かに決意する。その呟きは誰にも聞かれることはなかった。


〇〇〇


 ソルトは目を覚ます。しかし、眼前は暗いままだ。

 彼が手探りで周りに何があるか確認しようとすると、何かに触れた。

 寝起きのぼうっとした頭でそれが何かを考えるが、遅かった。


『きゃっ、ソルト君、だめだよ』


 その頭に直接聞こえた言葉でソルトは今の状況を察する。すなわち自分の眼前が暗いのはクルルシアが正面から抱きついていたから。そして、今まで自分が何を触っていたのか。


「ご、ご、ごめんなさい。そんなつもりなかったんです」


 慌てて弁解するソルト。六歳でもやって良いことと悪いことぐらい分かる。その様子が面白かったのかクルルシアはソルトをからかい始める。


『君、可愛い顔してなかなかやるじゃないか。まさか揉まれるとは思っていなかった』

「だから、違うんですってば」


 そんなこと言ってもクルルシアとて九歳だ、そんなに立派なものがあるわけではない。


『恥ずかしがることはないよ。なんたって一日一緒の布団で寝た私と君の仲だろう?』


 そういいながらクルルシアが強引にソルトに抱きつく。そのとき、タイミング悪く扉が開いた。入ってきたのはダンダリオンとセタリアだ。


「クル姉様? もう昼だぞ。まだ起きないの……か………」

「もう昼で~す。まだ起きないの…です…か…」


 部屋に入ってソルトとクルルシアを見て沈黙する二人。それも仕方のないことだ。なにしろ昨日拾ったばかりの少年と自分たちの姉が同じ布団で寝ていたのだから。しかもソルトはクルルシアに抱きつかれている。

「リナ母様!」

「大変です~」


 顔を真っ赤にしながら慌てて部屋の外に出ていく姉弟であった。


〇〇〇


 半刻後


「ごめんなさいね、あの二人は後できちんと怒っておくから」


 場所はファミーユ孤児院の食堂。ソルトがクルルシアと遅い朝ご飯を食べているときだった。リナがソルトに謝ってきた。少年は返事を返す。


「いえ……別に、気にしてはいないので……。ところでお姉ちゃんは、見つかりましたか?」


 その質問に申し訳なさそうな顔をしながらもリナが答える。


「すまない、見つからなかった」


 その答えを聞いてソルトの顔は絶望に染まる。

 だがそこでリナは続けた。


「だが悲観する必要はない。おそらく彼女は生きている」

「ほんとですか!」

「君が持っていた石があるだろう。あの石は君の姉から手渡されたものだね」

「そうですけど?」

「石が光りだしたのは、手渡された瞬間かい?」

「はい」


 その答えを聞いてリナはようやく話し出す。


「よかった。万が一と言うこともあるからね」

『母様! 焦らさないではやく教えてあげて。あの石がなんなの?』


 話を戻すクルルシア。どうしてソルトの姉が無事とわかったのか知りたいのだ。


「悪かった悪かった。では話そう。まずあの石は刻命石という」

「刻命石?」

『母様? それは?』

「言葉通り、命を刻んだ石だ。古代の魔道具の一種でね。起動した術者が他人に渡すと光り出すんだ」

『それで、どうなるの?』

「その光は術者の命が尽きるまで輝き続けるんだ。どういう仕組みかはまだ解明されていないが、もう一度使うには起動した術者が死ぬまで待つ必要がある。冒険者なんかが持っていることが多いね」

「じゃあ、これが光っているということは」


 ソルトの声に元気が戻る。


「その通り、彼女はまだ生きている」


 その言葉にようやく気が抜けて力が抜けるソルト。


「よかった」

「でもね。彼女がどこに行ったのかは全く分からない」

「そう、ですか……」


 しかし、リナの言葉に再び元気を失ってしまう。

 その様子を見てリナはソルトにある提案をする。


「そこで提案なんだがソルト君。君、両親は死んでしまって家もないんだろう? ならここで暮らさないか?」

「どういうことです?」

「そのままの意味だよ。私、というよりこの孤児院なら君が一人で生きていける技術を君に提供できる」

「でも……その間にお姉ちゃんが……」

「今の君に彼女を探す力があるのかい?」


 ソルトは、その言葉に言葉を詰まらせる。残酷な言葉とリナも分かっている。だがこれが現実だ。


 彼にプレアを見つける方法など思いつかない。

 リナが続ける。


「安心してくれていい。もちろん君がここにいる間も、プレアちゃんのことは私とクルルシアが探し続けることを約束しよう。どうだい?」

「でも、どうやって見つければいいの?」

「それこそ自分で力を手にすることができればいくらでも方法はある。力さえあればね」


 その言葉に目を見開くソルト。

 そして彼は孤児院での生活を決めたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ