魔王の腕争奪編 【不幸の詰め合わせ箱】
『?!』
空中に跳躍したクルルシアは全身を悪寒に襲われる。その本能の警告に従い、体の方向が自由に調整できない空中で必死に身をよじる。
その直後、クルルシアの脇腹を激痛が襲った。
「っ!!?」
喋りこそしないがその痛みにクルルシアは顔をゆがませる。だが、再び悪寒に襲われたクルルシアはジャヌを呼ぶ。
『召喚! ジャヌ!』
クルルシアの前面に魔法陣が現れ、そこから下方に向かったジャヌが召喚される。ジャヌが状況を理解しクルルシアを引っ張ったのと、大槍がクルルシアの頭をかすめ、ジャヌの鼻先を飛んでいったのは同時だった。
『まさかチェリシュちゃんも来てたの!? さすがにあの子は厳しいんだけど!』
『しかも下から何も援護が来ないところを見ると全員やられておるな』
『そんな~』
クルルシアが文句を言いたげに口を膨らます。だが、そういっている間にも下から防御不能な大槍が飛んでくる。
『仕方ない、ジャヌはチェリシュちゃんの攻撃を避けることに集中! ミネルヴァちゃんは私が狙う!』
『了解した!』
一方、ミネルヴァの方も飛んできた大槍をみて、チェリシュが近くにいることを察する。幾分か冷静になると神届物を展開する。
「神届物【希望は世界の果てに】」
〇〇〇
「あら、私に気づいてくれたのかしら」
無数に、大量に、地上近くまで展開されていく結界の箱。それは全てチェリシュの足場を作るためミネルヴァが作り出したものだ。
「いくとしますか。クルルシアを止めないとミネルヴァは逃げれそうにないしね」
近場の結界に飛び乗り、さらに上の結界に飛び乗り、それを繰り返してチェリシュは上空に向かっていく。
「ほんとはこんな事したくはないのだけれど……」
〇〇〇
『おい! チェリシュとかいう奴、上ってきているぞ!』
『え? いったいどうやって……ああ!! しまった!?』
結界を使って上ってきているのを見てクルルシアは目を見開く。
『仕方ない! 作戦変更! ジャヌはミネルヴァちゃんを狙って! チェリシュちゃんは私が倒す! くれぐれもミネルヴァちゃんに近づいたらダメだよ! さっきみたいに何があるかわからないからね』
そう言うとクルルシアもミネルヴァが張った結界の上に着地する。
『その結界、お主が踏んでも大丈夫なのか?』
『これだけたくさん結界作ると消したり作ったりは大変だからね、多分大丈夫。じゃあ、頼んだよ!』
そういってクルルシアは結界から飛び降りる。
『無茶はするでないぞ』
クルルシアにそう伝えてから、ジャヌもミネルヴァの控える上空に向かった。
〇〇〇
「龍……殺し……がんばる……」
すっかり最初の調子を取り戻したミネルヴァは襲い来る龍ジャヌに対し不敵に笑う。
『転生者よ! やってみるがいい!』
ジャヌの方も伝達魔法で返す。そしてその距離は急速に縮まっていく。
「神届物【希望は世界の果てに】」
『その程度では効かぬな!』
展開される結界に対し真正面から突っ込んでいくジャヌ。その戦いはまさしく矛と盾のようであった。
〇〇〇
「まさか自分から来るとはね! 神届物【幽霊武器・不殺の機関銃】!」
『雷龍魔法【雲雷豪雨】!』
クルルシアにはチェリシュの弾丸が、チェリシュにはクルルシアによる雷がお互いに襲い掛かる。
「くっ」
『よっと!』
お互いに結界の影に隠れたり、結界を蹴ったりして相手の攻撃を避ける。互いに相手の攻撃を防ぐ方法がないことから条件的にはいい勝負だろう。
「全く! なんであなたが邪魔するのかしら! ソルト君の事情は知っているでしょう!」
機関銃を真上に構えるというわけのわからないことをしながらチェリシュが尋ねる。
クルルシアは毎分数百発発射される弾丸をよけながら律義に答える。
『なんでって? 戦うのが楽しいからだよ!』
「あなたねえ!!」
クルルシアの回答にあきれるとともにもう一つ機関銃を取り出すと今度は両手に持って弾丸を吐き出す。
『ちょ!! 冗談! 冗談だよ!!』
身体強化を施しながら結界の側面を蹴って縦横無尽に逃げ回るクルルシア。そして今度はまじめな回答を返す。
『世の中には知らない方がいいこともあるでしょ?』
「なるほどね……それが今回、あなたを動かす理由なわけね……」
弾丸を吐き出すのは止めずにチェリシュは納得したように頷く。
『納得したら引いてくれないかな! それ痛いんだけど!!』
「悪いけどそれはできないわね! 多数決でこっちよ! それにソルト君はいずれ知るでしょう! 遅いか早いかよ!」
チェリシュの攻撃は精神に直接ダメージを与えるもの。どんな歴戦の戦士でもその痛みから逃れることはできない。
しかし、現にクルルシアは数発食らってはいるもののまだまだ動けるようである。その精神的ダメージに対する耐性についてチェリシュは一つの解を用意していた。
『そのために私がいたんだよ! 私なら隠し通すことが……』
「できてないじゃない! 迷宮に行ったときばれかけてたわよ!」
『それは……』
動きの鈍るクルルシア。その瞬間をチェリシュは見逃さない。
「神届物【幽霊武器・不殺の鎖鎌】!」
鎖鎌の分銅と鎌が二方向からクルルシアを襲う。一瞬の隙に放たれたそれをクルルシアは分銅こそ避けたが、鎌のほうを避け損ない、右足を切られる。傷や出血こそないが動かなくなる右足。
「悪いけど、あなたにはこれで退場してもらうわ!」
『悪いけど、退場するのはそっちだよ!』
クルルシアが右足を引きずりながらも立ち上がる。
「ええ。あなたが強いことは知ってる。何回か一緒に討伐依頼も行ったしね。全身を切り刻んでも復活するぐらいには予想しているわ。でも、だからこそあなたの弱点を私は知っている」
そして、チェリシュの姿が消える。身体強化を限界までかけた結果、クルルシアの動体視力でさえ負えない速度をチェリシュは使用する。
だが、それは普通の人族に許されるレベルではなく、チェリシュの体からはいたるところから出血し始める。
クルルシアもチェリシュの血が空中に飛び散っているのを見て、相手の本気を知る。だが、クルルシアは死なない限り高速で傷を治癒し、逆に反撃を与えることができる。
よってクルルシアの勝利条件は、一撃で意識不明にされないこと、チェリシュの勝利条件は、相手を一撃で意識不明にすること。
相反する二つの結果、起こるのはただ一つ。
右足の動かないクルルシアはじっと相手の出方を待つ。すべてはチェリシュにカウンターを食らわせるために。
そして、クルルシアの後ろにダンッと飛び降りた音がする。
『そこっ! じゃ、ないよね!!』
一瞬後ろを振りむくふりをするがチェリシュが足音を出すわけがないことを即座に判断。そして、自分の本能に従い左足を軸にして、右手で正拳を放つ。その方向は左。
『こっち!!』
「正解よ」
『え?』
声は確かに左からする。しかしクルルシアの拳がチェリシュに届くことはなかった。見るとチェリシュは二メートル先、つまり、クルルシアの拳が物理的に届かないところに立っていたからだ。
チェリシュはクルルシアの突き出された拳をつかむと詠唱を始める。
「開け、心の闇、閉じよ、太陽」
呪文から不穏さを感じたクルルシアは急いで離れようとするがチェリシュの限界を超えた怪力がそれを逃がさない。左腕で攻撃しても身体強化を施したチェリシュに右腕一本で対処される。
「汝の過去はいずこに、今ここに、それなくして未来はなし」
焦ったクルルシアは雷龍魔法で対抗しようとする。
『雷龍魔法【雷絨……】』
しかしそれよりも一瞬早く相手の魔法が完成する。
「【不幸の詰め合わせ箱】」
魔法が発動し、クルルシアの動きが止まる。瞳孔は拡大と縮小を繰り返し、焦点も合わなくなる。
「ごめんね……医者として失格なのは分かっているから」
何に対する懺悔なのか。チェリシュは謝る。
「あ……あ……」
伝達魔法ではなく、クルルシアの口から声が漏れる。だが、それは言葉にはなっていない。
そして、
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
王都全体にその悲痛な声は響き渡る。




