魔王の腕争奪編 冒険者ギルド攻防戦
時間は遡る。
ソルトたちが学園の地下から王宮の地下に向かう頃。冒険者ギルドでは別の戦いが始まろうとしていた。
「ナターシャさんは下がっていてください」
受付嬢に冒険者が声をかける。
場所は天井に穴が開いた冒険者ギルド。【蒼海の乙女】に属する冒険者と、転生者であり、SS級冒険者チェリシュが対峙していた。
「何故このようなことを?」
クランマスターを務める冒険者が問う。だがそれには答えずにチェリシュは左手を前に突き出す。
「神届物【幽霊武器・不殺の銃】!」
突然の発砲、そしてさらに悪いことに初見の冒険者たちにとって銃は未知すぎた。形や構えから魔法のように飛ばす、というところまでは推測できてもその速さまでは推測できなかった。
その一方でチェリシュやその仲間セーラの銃の使用場面を見たことのある冒険者たちは、手や視線の向きで的確に回避していく。
そしてお返しとばかりに魔法で反撃する。
「火魔法【ゴーストバレット】」
「風魔法【風柳華】」
炎と風の魔法が複合して互いに威力を高めながらチェリシュに向かって繰り出される。それをみたチェリシュは即座に銃を消し、新たな武器を召喚する。
「神届物【幽霊武器・不殺の大砲】」
そして一発、魔法を使った二人のうち一人に無音で放つ。魔法を打ち消すことはできないが、こうすることで発射された弾は相手から見えない。
そして、チェリシュが体に身体強化を施し魔法をかわすのと、一人の冒険者が防御不能な大砲の弾に当たり意識不明となるのは同時であった。
そしてそれを確認したチェリシュはまた新たに武器を召喚する。
「神届物【幽霊武器・不殺の槍】!」
一人の女冒険者にチェリシュが三メートルを超える大槍で襲い掛かる。本来、障害物の多い室内で槍を使うなど愚の骨頂であるが、チェリシュの実体を持たない【幽霊武器】の前にその欠点は存在しない。
勢いよく振り回される大槍、すでに一人が弾に当たり意識不明となったことから、チェリシュの武器の特性を分析した彼女らはひたすら回避に専念するしかない。
「幻惑魔法【ミラージュ】」
狙われていた冒険者が自分にしか聞こえない声で詠唱し、その直後チェリシュの大槍がその体を捉える。だが、触れた瞬間にその体は儚く消える。
そして大振りが空振りとなったところを狙って四名の【蒼海の乙女】の冒険者が一斉に魔法攻撃を仕掛ける。
しかし、その攻撃がチェリシュを捉えることはなかった。次の瞬間にはその場にチェリシュの姿はない。【蒼海の乙女】の冒険者が気配を頼りに探す。
「せやあっ!」
気配に気づくよりも先に上から声がする。その声に反応して見上げると一人の冒険者に対して槍を振りかぶり投擲するチェリシュが見える。
身体能力の強化されたチェリシュによる投槍は軽く音速を超えたスピードで冒険者に向かって放たれる。
「くっ」
躱すことは叶わず、直感に従い辛うじて防御の構えを女性は取るが、チェリシュの【幽霊武器】の前に全ての防御は意味をなさず、結果としてまた一人、意識不明の冒険者が出来上がった。
「アイリヤ!」
クランのマスターである女性が倒れた女性の名前を叫ぶ。勿論出血も外傷もないが完全に意識不明だ。
【蒼海の乙女】というギルドはもともと回避に優れたメンバーが多い。女性ということもあって打ちあって勝つ、というよりも回避して隙を狙う、という戦法のほうがはまるのだ。
全員が幻惑魔法をはじめとしていくつも自分の位置や姿を誤認させる魔法を持ち、いつもモンスターであろうと、人であろうと混乱させてきた。
しかしだ。チェリシュに対しては幻惑魔法のすべてが通じていなかった。先ほどミラージュを切った後も、驚かずに上に跳躍したのがいい証拠だろう。
「何故だ! 何故効かない! 竜種だろうと騙せる魔法がどうして通じない!」
冒険者の一人が叫ぶ。だが、その間にもチェリシュはギルドに置かれた備品の隙間を縫ってほかの冒険者に接近。
「ごめんね。匂いでわかるのよ。神届物【幽霊武器・不殺の鎌】」
半透明の鎌が一人の意識を刈り取る。
「くっ! マリア! 準備はまだか!」
「行けます! 束縛魔法【神縛呪鎖】!」
ずっと後方で魔法の準備をしていた冒険者が魔法を唱える。
その瞬間チェリシュの四方から高速で四本の黄金の鎖が伸び、彼女の四肢を拘束する。
「あらら。捕まっちゃったわね。さすがに超級の束縛魔法は避けれないわ」
だが、捕まったチェリシュからは全く動揺が伝わってこなかった。
その余裕な様子を見て【蒼海の乙女】の冒険者たちは不安を覚える。チェリシュの使う武器が実体を持っていないことはすでに確認している。だから、こうして物理的に縛ってしまえばその拘束を断ち切ることは不可能のはずだ。
「チェリシュちゃん。どうしてこんなことをしたの?」
【蒼海の乙女】のクランマスターがチェリシュに聞く。このクランマスターはもともと面倒見がよかったこともり、チェリシュ達との交流も少なからずあった。そのため今回のクーデターのようなものを引き起こしたことにショックを受けていたのだった。
「簡単よ。あの子たちが望んだから。私もあの子たちを救いたいから。共感したから。正しいと思ったから。ほかが間違っていると思ったから。これが最善だと思ったから」
十四歳という年齢に見合わず、次々と出てくる言葉に【蒼海の乙女】のマスターたちが圧倒される。
「何を言って……」
「だから私はあの子たちの道を守るために戦う。それだけよ」
力強く言い放つ。その様子に説得は不可能と判断したのか、【蒼海の乙女】のマスターは告げる。
「そう、わかったわ。あとは寝てなさい。すべてが終わったら話し合いましょうね」
子供に話しかけるがごとく、優しく語りかけ、彼女は【催眠】の魔法をかけようとした。
ガプリッと首から音がするまでは。
「え……?」
その途端体から力が抜ける。チェリシュのほうを見ると束縛していた魔法も消えている。倒れつつも後ろを振り返ると誰も立っている人はいない。
「ごめんなさい。あなたたちがいい人なのは知っているわ。でもこっちも譲れないのよ。神届物【幽霊武器・不殺の槌】」
仰向けに倒れた【蒼海の乙女】のマスターが最後に見たのは大きな半透明の槌だった。
〇〇〇
「クスクスクス、全く、危ない人ですね、あなたは。一体何のために私が情報を流したと」
「いいでしょ。あなたのことはばれてないんだし。それに最悪手りゅう弾もあったわ」
冒険者がチェリシュ以外全員が倒れたなか、一人だけ冒険者でない者が立っていた。
「でもありがとうね、ナターシャ。これでまだ戦えるわ」
チェリシュがお礼を言った相手は受付嬢ナターシャ・クアドリリオン。だが、その姿は人のものではなく、目は八つ開き、背中からは異形の手足が生えている。
「クスクス。全く、今回は目的が一部かぶるので協力しましたがこれっきりですよ。私は……」
「大丈夫、知ってるわ。魔王には興味がないけれど封印されたお母様を助けたいのでしょう? そういえばクアドリリオンって英語だったかしら? 確か……」
「さあ? 私は名付け親ではないので知りません。それで、彼らはどうします? 解毒はいりますか? いるなら早く言ってください」
「ええ、お願いするわ。なるべく殺しはしたくないからね。それにしても滑稽よね。王都の結界が昔の異世界勇者のものではなくてミネルヴァが張ったものにすり替わっているなんてね……」
チェリシュがナターシャにお願いした途端、どこから現れたのか無数の蜘蛛が沸き出でる。
「クスクスクス。おかげで王都に入るのが楽でしたよ。【我が眷属よ。彼らに治癒を施しなさい】」
ナターシャの指示が出た途端、一斉に倒れた冒険者に殺到する蜘蛛。その数は千を超え、大きさは小さいものは数センチほど、大きいものであれば五十センチほど。
「これはまた……圧巻ね……。流石、神蜘蛛の娘」
若干その光景に顔を引きつらせながらチェリシュはつぶやく。
「クスクス。何を……。転生者ならこの程度捌けるでしょう」
「うーん……どうだろうこの数に襲われても助かるとしたらプレアと私、ミネルヴァにアクア、テイルも逃げれるだろうし、セーラもいけるかな? あ、マドルもナイルもいけそう」
「【悪魔喰い】は十人しかいませんよね……」
「うん、そうだね。でも、ヴァンとサクラスは厳しそうかな」
「はいはい。わかりましたから。あなたはもう行っていいですよ。残りは私一人で問題ありません」
そういうと蜘蛛を引かせ、今度は彼らに糸でぐるぐる巻きにするように命じる。
「あら、助かるわ」
チェリシュも自分の荷物をまとめ王宮を目指し始めたのであった。
それは奇しくもクルルシアが上空に飛び立ったのと同じタイミングであった。




