年少編 神の救済
「どうだい、第二の人生は?」
ソルトの耳に、のんきな声が響く。
彼が目を開けると、視界に入ってくるのは見たこともないような荘厳な部屋。だがさっきまで彼がいたのは森の中。突然の事態に考えが追いつかない。
「え……あの……?」
「おーい、返事をしておくれよ。七年ぶりだよ。何か言葉はないの?」
ぼーとするソルト。少女……のように見えるが、どこか神秘的な雰囲気を感じる存在がしつこく聞いてくる。
「あれ? 懐かしすぎて忘れちゃった? 僕だよ? 私だよ」
「あなたは、誰?」
ソルトがようやく口を開く。しかし、少女から返ってきたのは戸惑いの声だった。
「あれ? ほんとに覚えてないの? いや、【記憶固定】もあげたはずだし……はっ! まさか間違えた? いや、でも私だよ? この私がこんな初歩的な間違いを……でも確かに髪の色が黒じゃなくて銀だし……」
変な自問自答を始めた少女。
「うーん……これはどうやら間違えたな……」
「何を言ってるの?」
ソルトがもう一度質問するとようやくまともな返事がかえってくる。
「君、確認だけどプレアじゃないの?」
「プレアは僕の姉です」
「あ、やばい、ミスった」
ソルトの答えに頭を抱え、倒れ込む少女。ダンダンダンと頭を地面に打ち付ける。血は出ていないが彼から見てとっても痛そうであった。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。お兄ちゃんに怒られる……お姉ちゃんに負ける……。君! プレアは今何してる?! ちょっとそろそろ不味いことが起きそうだから連絡を取りたかったんだけど」
その言葉でようやくソルトは先ほどまでの出来事ーー森で魔物に追われ、姉とも離れ離れになったことを思い出す。
「!? お姉ちゃん! お姉ちゃんはどこですか!!」
姉が魔物の群れに飛び込んでいく姿を思い出し、焦り、叫びだすソルト。だが、
「落ち着きたまえ!」
先ほどまで地面に頭を打ち付けていたとは思えないほど厳格な少女の声が部屋に響く。そのたった一言で不思議と彼の混乱は引いていく。
「ちょっと待ってね。何があったか見せておくれ」
そう言うやソルトの頭に手をかざす少女。ソルトは頭の中を何かが入ってくる不快感が襲ったが、それもプレアのためだと本能的に理解し我慢する。
しばらくして、少女がソルトから離れると突然慌てだした。
「あの子は馬鹿なのか! まさか死んでもいいというのか! 神託は放棄する気か?! 助かる自信が?! いやいや、そんな雰囲気じゃなかったし……」
「あの、どういうことですか? お姉ちゃんは大丈夫ですか!?」
「まだ、大丈夫、といったところかな」
「まだ? どういうこと!?」
ソルトの問いに、頭を抑えながらその存在は答える。
「はぁ、そうだね。細かく説明しよう。彼女は君が安全に町までたどり着けるようしようとしたんだ。周囲にいる魔物の注意を惹いてね。でもね、普段ならゴブリン程度しか出ないけど、アホな奴らが馬鹿みたいに強い魔物を撒き散らしているからね。さすがに今の彼女では荷が重い。魔力が尽きた瞬間が彼女の最期だ。いや、もう尽きてる頃合いか。とにかく、もう時間の問題だ」
よく分からない単語もあったが、ソルトの頭には自然と内容が理解できた。
「お、お姉ちゃんを助けてください!」
「なんだって?」
「僕のことはどうなっても構いません! だからお姉ちゃんを……」
「そんなことを言うか!」
ソルトが発した言葉に反応してか、突然少女から怒気が発せられる。
「姉から、プレアから何を言われたのか忘れたのかい? 言われたんだろう? 生きてねって、自分が犠牲になってでも助けてやると言われたんだろ。それならきちんと生きなさい」
「でも、お姉ちゃんが僕のせいで死ぬなんて……」
自分の思いを頑張って伝えようとするソルト。少女の顔に笑顔が戻る。
「安心しなさい。彼女は、私が絶対に死なせない。神として私は誓おう。もっともプレアには後で説教しなければならないが」
「神?」
突然の告白について行けなくなるソルト。
「なんだい? 気づかなかったのかい?」
「は、はい……」
「そうか。まあ。そういうことだ。神とでも創造主とでも好きに呼んでくれたまえ」
「わかり、ました」
「うむ。よろしい。しかし、こうして間違えて召還してしまったのも何かの縁だろう。何か好きなものを一つあげよう」
「好きなもの?」
「固有魔法でも伝説の武器でも。あんまりパワーバランス壊すのはやめて欲しいけどね。ちなみにお奨めは私の兄の世界の武器でね、エクス何とかといって……」
「力を下さい」
即答するソルト。
「なんといってもその刀を抜くだけで……なんだって? 力?」
「家族を守れる力がほしいです」
「ふむ、なるほどなるほど。君の出自を考えれば納得か。よし分かった。さっそく手配してあげようじゃないか。どれがいいかな」
「いいんですか?」
「構わない構わない。転生者には大概同じようなものあげてるから。プレアちゃんだってプレゼントしたよ。知らないかい?」
「そうだったんですか」
【要求】だろうか、と考えながらソルトは会話を続ける。
「そうそう、だから気にすることはないよ。思う存分活用しておくれ。よしこれぐらいが丁度良いかな」
「なにをくれるんですか?」
「固有魔法ではないが【勇者】の力だ。これの権能は使って実感してみてくれ。家族や大切な人を守るには十分働いてくれるだろう。運よく取得条件はクリアしているし」
「ゆ、【勇者】?」
「君の父が【戦士】だっただろう? 似たようなものさ。よし、名残惜しいけどもう時間だ。そろそろお別れだね。私はプレアを助かるよう運命に干渉せねばならないのでね」
「また、会えますか?」
「君が望めばいつでもどうぞ。ま、覚えていればだけどね」
ソルトの視界が眩しい光に包まれる。
そして、ソルトの目は覚めた。
〇〇〇
ソルトが目を覚ますと知らない天井が視界に入る。ソルトは布団の中で寝ていた。何か夢を見ていた気がするが彼は思い出せない。
ここはどこ?、と思い体を起こそうとすると体中に激痛が走り動けなかった。
片腕だけでもと思ったソルトが右腕を動かそうとすると、右手に何かがのっていることに気付く。
そこにいたのはソルトより少し年上の少女だった。布団越しにソルトの右腕にしがみついている。
プレアと同じ黒髪ではある、だがプレアではない。首を覆うように黄色いスカーフと長襟の服を着ていてプレアよりも年上に見える。おそらく8~9歳であろうか。暖色の服に身を包みすやすやとソルトの腕にしがみついているのだ。
そのことが余計にソルトを混乱させる。いったいこの少女は誰で、どうして自分の腕にしがみついているのか。
その時、部屋の扉が開く。
「あら、目が覚めたのかい?」
入ってきたのは30歳ほどの女性、恐らくセナと同年代であろう。
「あ、あなたは?」
「おやおや、起きてすぐ質問かい? まずはそこで寝てる子にお礼を言いなさい」
「この子に、お礼?」
右腕にしがみついて寝ている少女にソルトは目を向ける。
「そうだよ。山道に倒れている君を拾ってきたのはその子だよ。全く、なんであんなところにいたんだ?」
「山道?」
どうして自分がそこに?と考え始めたソルトはようやく何が起こったかを思い出す。
「ここはどこですか!? お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどこですか?!」
「だからお礼を……おねえちゃん?」
「はい! 僕を助けるために……ぐすっ。助けるためにお姉ちゃんが!!」
「【鎮静】! 落ち着いたかい? 言ってごらん。あんた、一体どこから来たんだい。急いでこっちの方で探してやる」
女性は魔法を使ったのかソルトは落ち着く。そのおかげでどうにか幼いソルトも地名を言うことができた。
「キ、キエラです」
「なんだって? キエラ? キエラといえばセナやジャンがいたはずだけど……。え? ちょっと待って、ほんとにキエラ?? なんでそんな遠いところから……ん? 銀髪? もしかして君の名前、ソルトだったりするかい?」
「そのとおりですけど……あなたも勇者パーティーだったんですか?」
勇者パーティーだったのならばセナやジャン、そして自分の名前を知っていたことも納得できる。そう思って口にした言葉だったが女性の反応はちがうものであった。
「いや、なんていうのかな、腐れ縁? まあ、いいじゃないか。まずはお姉ちゃんを探しに行かせてもらおう。この近くにいるなら早急に見つけなければ。ダンダリオン、セタリア来なさい」
「今行く~」
「は~い」
名前を呼ばれて部屋に入ってきたのはソルトと同年代の獣耳のついた少年と少女だった。ぴょこぴょこと耳を動かしている。
「二人とも、今から私はある女の子を探しに行って来る。その間この子の面倒を頼んだよ。クルルシアだけじゃ心配だからね」
「え~~」
「僕たちじゃないとだめなの?」
「他にはもっとちっちゃい子しかいないだろ。それに何かあってもクルルシアがいる。じゃ、頼んだよ」
そう言い残して女性は部屋から出て行った。
〇〇〇
「私はセタリア」
「僕はダンダリオンだよ!」
先程はソルトから見えなかったがよく見るとしっぽも生えていた。細長い尾と耳の形を見る限り獅子の獣人なのだろう。男の子のほうがダンダリオン、女の子のほうがセタリアと名乗る。
「僕はソルト。ソルト・ダンス。ところでここはどこ?」
「ここ? ここはここでしょ……?」
「ファミーユこじゅ、孤児院だよ」
ようやくソルトは今いる場所を知る。答えたダンダリオンは言葉を続ける。
「ちなみにお前はクル姉さまに助けてもらったんだぞ」
「クル姉様ってこの子?」
「そうよ~」
右腕にしがみついている少女から目を向けながらソルトは尋ねる。肯定したのは少女のセタリアの方だ。
「じゃあ、さっきの女の人は?」
「リナ母様!」
「リナ母様~」
今度は二人が答えてくれる。
「じゃあ……」
「待った! 聞きすぎだと思うぞ。そっちのことが知りたいからな、こっちの質問にも答えてもらうぞ」
ダンダリオンがソルトの方に詰め寄る。一方セタリアは部屋の隅のほうに行きこくりこくりと船をこぎだした。
「な、なにを?」
「クル姉様に助けてもらうとは何様なんだ!!」
意味が分からないソルトだった。
「どういうこと?」
聞き返すソルトだったが彼の返事は要領を得ない。
「クル姉様は僕たちには厳しいんだぞ」
「そんなことをいわれても……」
そんなことを言われてもどうしようも無いソルト。五歳児のいいががりは全く意味が通っていない。戸惑うソルトだったがここで助け船がはいる。
『ダン、やめなさい。困ってるでしょ』
突如、頭に直接声が響く。
「ひっ クル姉様!? お、おはようございます」
「クル姉様~? おはようございます~」
ソルトが右腕を見ると腕にしがみついていた少女が目を覚まし、獣人の姉弟を冷ややかな目で見つめていた。
しかし、ソルトは少女の口が全く動いていないことに気付く。どういうことだろうと疑問に思うソルトにそれを悟った少女が説明する。
『はじめまして、私はクルルシア・パレード・ファミーユ。この二人の姉だ。訳あって口でしゃべれないけど魔法で意志を伝えている』
「どう? かっこいいだろ?」
『ダンは黙ってて。セタリアも寝てないでこっちに来なさい』
「ご、ごめんなさい」
「ご、ごめんなさい」
先程の威勢が嘘のように消え去ったダンダリオンと、寝ぼけまなこでソルトのベッドに近づいてくるセタリアであった。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
お礼を言うにはこのタイミングしかないと考え、ソルトはすかさずに礼を言う。しかし帰ってきた答えは「どういたしまして」ではなかった。
『……ん?……いや、お母様の魔法の解き忘れかな?』
「えっ?」
『名前は?』
顔をこれでもかと言うほど近づけ質問するクルルシア。ソルトが少しでも動けばぶつかってしまいそうなほどだ。
「ソ、ソルトです。ソルト・ダンス」
『ソルト君か、ふむふむ、いい響きだね』
ソルトがどきどきしながら返すとクルルシアはよく分からないことを話し出す。
「あ~あ、始まったよ」
「始まった~」
何故か、ダンダリオンとセタリアから同情の目線が寄せられる。
『ではソルト君、私の部屋に来なさい』
「え? ちょっと? え?」
ソルトは、よく分からないまま、クルルシアにベッドから引きずり落され引っ張られた。ソルトは普段体を鍛え、大人が扱う鋼の剣も振り回せたが、そんな彼が全く抗えないほどの力だった。
「気をつけてな~」
「気を付けてね~」
すれ違うときに獣人の姉弟に忠告され、「え?」と思うソルトであった。