魔王の腕争奪編 王宮城門
「急ぐぞ! 王宮はあっちだ」
【転移石】で学長室に戻ったソルト、シャル、ソフィア、レイ、クルルシアは休憩も束の間、急いで王宮に向かう。
因みにクルルシアの使い魔であるジャヌはクルルシアの影に潜っている。
「先生、王城にはどれだけの戦力が?」
走りながらソフィアがレイに尋ねる。
「ん? 【王者の庭】で把握できないのか?」
「はい、どうやら結界が張られているようでして……」
「そうだな……恐らく私の代の異世界勇者が五人ほどいるだろう。うち、戦闘特化の者は三人ほどだ。一人二人ならすぐに落とされることはないだろうが、複数人が襲撃してきたら厳しいな」
冷静に答えるレイ。その横でソルトはソフィアの魔法の汎用性に驚く。
「え、ソフィアさんの固有魔法って探知も出来るんですか?」
「はい、私の魔法は魔力で空気を固めます。そして、更に言うならば、それを自分の手足のように操ることこそが利点です。そのお陰で私は目が見えなくても生活できています」
「えっ!? 目が見えない?」
「え? そんな素振りありましたか?」
『あれ? ソルトたち知らなかったの?』
三人が驚きの声をあげる。ソフィアの声は冷静だ。
「実際魔法で周りは把握できているので困ることはないです。声とかでも判断できますしね」
「皆、雑談はそこまでにするんだ。もう王宮も近い。敵と遭遇するのも時間の問題だ」
「はい」
「了解です」
「分かりました」
『分かってます』
四者四様に答えるソルト達。王宮はもうすぐだった。
〇〇〇
「あれれ? おかしいな」
「どうしたのさ?」
一組の男女が王宮の裏門近くの木陰にたたずんでいた。少女のほうは二丁の拳銃を腰にぶら下げ、少年のほうは長い槍を背中に担いでいる。
「約束なら、このタイミングでナイルからミネルヴァに連絡がいって、一瞬だけ結界を解除してもらうはずだったんだけど」
「その様子はないわけだね」
王宮を囲うようにして展開された結界を見ながら少年の方が呟く。
「うーん、どこかで戦闘でもしてるのかな?」
「まあ、不測の事態ならいつでも起きうるものさ。だけど、王宮の中に入っていったのはプレアさんだろう。僕たちが行かなくても王宮の一つや二つ、簡単に制圧してくれるよ」
「それもそうだけど……ん? あれは……」
「どうした? もしかして……」
「うん、ソルト君達だね。やっぱり想定外のことが起こってるみたい」
「まあ、元はといえばセーラのせいでクルルシアさんにばれて、計画が前倒しになったんだけどね。本当なら建国祭の当日にこっそりやるはずだったのに」
「それは言わないで!」
〇〇〇
「王宮が見えました! やはり結界が張られています!」
「ふむ、それにどうやら空中の方でも戦いが起こっているようだな。しかし、【七色の旗印】が押されているのか?」
『全く! 仕方ない。上空は私達が向かいます! ジャヌ、行くよ!』
「了解した!」
影からジャヌが現れる。だが、今回はクルルシアを模倣した姿ではなく、雷の魔獣としての姿であった。巨大な翼に雷を纏い、その目は上空の敵を真っ直ぐに見つめていた。
クルルシアが飛び乗るのを待って、ジャヌは勢いよく翼を拡げ、一瞬のうちに上空に飛んでいく。
「あれはまさか……竜ではなく龍か? そういえば、雷龍の子供が逃げたしたのが……」
「レイ先生! 私達は早く王宮へ! シャルちゃんならここの結界も解除出来るはずです」
「はい、任せて下さい! これだけ大きな結界なら綻びも簡単に」
「シャル! 伏せろ!」
突然ソルトが叫び、その声に驚きながらも身を伏せるシャル。直後、伏せたシャルの頭上を魔力の塊が過ぎ去った。
「あ~、やっぱり感知されちゃうか」
「それはそうだよ。しかも今のは、神届物も使わずに適当にやっただろ」
「な、なぜこの世界に銃があるんだ!?」
現れた少年少女を見てレイは驚きを口にする。だが、それには答えず男女が名乗る。
「【悪魔喰い】、団員ナンバー八、セーラ・アミルタ」
「同じく【悪魔喰い】、団員ナンバー五、テイル・ゲスト」
レイの問いかけに名乗りを上げる二人。またか、という顔をしながらもソルトが前に出る。
「シャルはレイ先生とソフィアさんとで、一緒に先に行ってくれ。この二人は俺が引き受ける」
「ちょっとソルト、大丈夫なの? 相手は……」
「この四人の中で一番強いのは俺だし、王宮のほうに何人敵がいるかもわからないからな。できる限りそっちに向かってほしい」
「そう、わかったわ。先に行ってるからね」
そして二人の敵を迂回するように走り去る。
「先に進ませたら私たちが怒られちゃうんだから!」
少女セーラのほうが銃を構え、走っている三人の背を狙う。
「させない!」
以前チェリシュが使っていたのを見て、銃の用途を知っていたソルトがセーラの銃の照準が定まる前に土魔法で足場を崩しにかかる。
「きゃっ! テイル!!」
少女のほうが姿勢を崩すが、すかさず少年のほうが呼びかけに応えて、少女を抱えて魔法の範囲外に脱出する。だが、着地した直後を狙って再びソルトの魔法が襲い掛かる。
「風魔法【風塵断】」
いくつもの目に見えない微細な風の刃が二人を襲う。その数は優に千を超えており、これならば少女の銃でも少年の槍でも防ぎきれないだろう、との考えだ。
「三の型【扇風槍】」
だが、ソルトの予想に反し、少年は少女を左手で抱えたまま、槍を高速で回転させ襲い掛かるすべての風の刃を打ち落とす。
そして反撃とばかりに少女の銃から魔力弾が放たれる。他人に抱えられている状態だというのにその狙いは正確にソルトの体を狙っていた。
ソルトはその全弾を剣で防ぎ切り、距離を取る。そして、三人は膠着状態に陥るのであった。
「なあ、おまえらの目的はなんだ?」
「目的?」
「魔王を復活させること」
質問に答えたのは少年。ソルトは質問を重ねる。
「じゃあ、なんでそんなことする必要があるんだ? 俺は魔王が何したかは知らないけど、お前たちにとって魔王は何十人も人を殺してまで復活させなきゃいけないのか」
ソルトとて、魔王に対して悪いイメージを持っている訳ではない。だが、それでも昔に何十人もの人が協力して封印したものを、その全員を殺害してまで復活させようとしていることに疑問を抱いているのだ。
「僕には必要ない」
「私にも必要ない」
だが、帰ってきた答えは余計にソルトを混乱させるものだった。
「必要……ないだって?」
「ええ。私たちにはね」
意味ありげに返事をする少女セーラ。少年が補足する。
「僕たちではないけれど、魔王を復活させたい人はいるんだよ。二人ほどね」
「二人?」
武器の構えは解かず、刃は切っ先を二人に向けたまま尋ねるソルト。
「一人はもう会ったんじゃない? マドルガータっていう人形遣いの子よ」
「もう……一人は?」
ソルトの【直感】が何かを感じ取るが、それが何か、理解する前に答えが来た。
「プレアっていう言霊遣いだよ。君のお姉さんだ」
〇〇〇
「なん……だって?」
「ん? もう一度言ってほしいの? プレアさんだよ。プレア・ダンス。知っているでしょう?」
レイにプレアが【勇者殺し】に関わっている可能性を指摘されて以降、ずっと考えて、否定してきた可能性を告げられるソルト。顔をうつむけ、剣を下ろし、腰に戻す。
「やっぱり……そうなのか……」
「あれれ? そんなにショックだった?」
戦いの中で武器を下ろしたソルトに困惑する二人。だが、ソルトにとってはショックだっただろうと考えて納得する。
「いや、予想として考えたことはあったけど……それでもな……」
ソルトから戦意が消失した様子を見て、彼を警戒しながらも武器を下す二人。
「どうしたのさ? いくらショックだったとしても……」
少年テイルがそこまで言った時だった。ソルトがつぶやく。
「必要な情報は得られた。シャル、いいぞ」
「ん? シャルってさっきの子だよね? 大丈夫? ショックすぎて頭おかしくなっちゃった?」
「そうだぞ。もう君の仲間は……しまった!!」
少年のほうが何かに気づく。だが、時すでに遅し。二人に知覚されないように展開されていたいくつもの魔法が二人を拘束する。
「悪いな、勇者なのに【洗脳】魔法や【幻惑】魔法みたいな卑怯なものを使ってしまって」
「ちょっと、頑張ったのに卑怯とはなによ!」
誰もいなかった空間から突然シャルが姿を現す。
「馬鹿な! さっき王宮に向かったはずじゃ……」
「それは私の【幻惑】魔法、そしてあなたたちが素直に受け答えしてたのは私の【洗脳】魔法。どう? これで理解できた? まあ、レイ先生とソフィアさんには実際に先に向かってもらったけれども」
魔法で拘束された二人を見ながらシャルは種明かしをする。生命力を吸う効果でもあるのか、だんだんと顔色が悪くなっていく二人。
「で、でも。あんたたちそんな素振りは……」
納得できないという顔でセーラが叫ぶ。
「ソルトが自分のことを一番強いとか言うわけがないわ。だって私との決闘で勝ったことがないんだもの」
「おい、それだと俺が負けたみたいな誤解を生むだろ。引き分けだ引き分け」
文句を言うソルト。
「そんな……ことで……」
そしてセーラとテイルの二名は生命力をシャルの魔法に吸い上げられ意識を失ったのであった。




