魔王の腕争奪編 開戦
「グオオオオオオ」
結界を破ったソルトたちの耳に飛び込んできたのは人ではない獣の咆哮であった。ソルトが外を見上げると六頭の赤、橙、緑、水色、青、紫の色をした竜種が王宮を目指してまっすぐに飛んでいた。
「な、なんですか。あれ」
「あれはSSSクラン【七色の旗印】の竜だ。全部が全部SS級災害指定生物だね」
「ま、まさか全員【魔獣調教師】とかだったりするんですか」
シャルが恐る恐る聞くと、レイはうなずく。
「当たり前だろう。そうでなければ竜種など協力してくれるものか。しかし……何故彼らは王宮に? まさか王宮も同時に狙われているのか」
「学長。まさか王宮にも魔王の体が?」
「ああ。そうだ。学園にあるのは【魔王の右腕】。王宮にあるのは【魔王の左腕】だ。まさか両方を同時に狙おうとするとはな」
理解できない、と言わんばかりのレイ。
「では俺たちはどちらに?!」
「ふむ……とりあえず私と一緒に行動してくれたまえ。占いのことを考えればソフィア君にはここに残っていてもらいたい……が、戦力的にはいて欲しいのが実際のところだ」
「はい、大丈夫です。占いのことなら気にしてません」
「いや、できれば気にしていてほしいところだが……まあいい。では今から生徒を保護すると同時に【魔王の右腕】を確認しにいくぞ。王宮のほうは冒険者が多数向かうから心配はいらないだろうからな」
〇〇〇
SSSギルド【七色の旗印】は今いるメンバー全員が竜に乗り王宮に向けて飛行中である。もともと王都内にいたこともあり王宮は目と鼻の先だ。
到着までのわずかな時間、団員たちは【伝達】魔法でやり取りをする。高速で飛行する竜の上では互いの声が全く聞こえないため、この魔法を使った方が効率が良いのだ。クランマスターであるリップトンに隊員たちが話しかける。
『リップトン隊長! 副隊長はどこに行ってるんですか? 昨日から連絡もつかないのですが……』
『隊長ではなくマスター、副隊長ではなくサブマスターだ。ふむ、それにしても彼女か。まあ、死んではいないだろう。あれを殺しきれる猛者がいるとは到底思えん。実力だけならうちのクランでトップだ。間違いなくな』
なんてことない話をしながら順調に進んでいく。これで【勇者殺し】の犯人たちがワイバーンでも放っていれば少しは邪魔だったかもしれないが今のところそのような様子は全くない。
だが、目的地まで竜の飛行速度で三十秒ほどのところで赤い龍に乗った赤髪の女性が声を上げる。
『まあ、それもそうですが……ん? 隊長、目の前に人が!』
『人? 高度1000メートルにか? って彼女か』
遠くに見える人影を目視し、誰かを判別したリップトンは納得する。
『隊長! 彼女は誰ですか』
『【悪魔喰い】の一人だ。名前はミネルヴァ・アルトリア。確か結界が得意なやつだった。今空中に浮いているのも結界を張っているんだろう』
『隊長……どうして女の子の冒険者に詳しいんですか? 確か副隊長を拾ってきた時も……。ああ、失礼しました。貴族ですもんね。そのくらいのご趣味があっても……』
『おれは決してそういう趣味の変態じゃないからな!! 貴族の名誉にかけて誓わせてもらおう』
青色の龍に乗っていたメンバーも話に参加する。
『必死っすね……。ところでどうするんすか? 撃破っすか?』
『構わん。突っ込め。相手をするだけ時間の無駄だ。あと王宮に突っ込む際は一応全力で魔力障壁は張っておけよ。恐らく王宮を囲うようにして反撃結界が張られている』
『了解!』
『ラジャー!』
『わかったっす』
『おっけ!』
『行きます!』
そして隊長であるリップトンはそのままミネルヴァに突っ込む向きで、五匹の竜はそれぞれ散開し違う側面から王宮に突撃するのであった。
だが、
「神届物【希望は世界の果てに】」
その言葉とともに王宮全体に新たな結界が張られ、六匹の竜の突撃はむなしくも失敗したのであった。
『ま、まさかすべての攻撃を耐えたのか!』
紫の竜の使い手が驚く。しかしリップトンに動じる様子はない。
『ふむ、どうやら彼女を倒さねばならないようだ。各人行けるかね?……うむ、よろしい』
ほかのメンバーに問いかけるがすぐに肯定の念が返ってくる。
『では竜種に対して空中戦を挑もうとする愚かな人の子よ! 我はキルゾック・リップトン。王国三大貴族の一人、そしてSSSクラン【七色の旗印】のマスターなり!!』
「【悪魔食い】……団員ナンバー……一。【結界……姫】ミネルヴァ……アルトリア」
ぼそぼそと、しかし不思議と聞き取れる声で名乗りを上げたのであった。
〇〇〇
一方、そんな飛行生物を持っていないSSSクラン【バトルビースト】。彼らは市街地をこれでもか、という速度で疾走していた。このギルドの長所は全員が身体強化を体の壊れる寸前まで施すことができ(根性)、さらにそれを何日も維持することができる(根性)ことだ。普通なら何日も魔力を維持することができないし、一歩間違えれば一瞬で体を壊す。
結果、その技術を習得した彼らは超人となっており、まともな肉弾戦ではほとんど負けたことがない。
実際移動速度も竜に乗っている彼らと大差ないのだから驚きである。
「大将! もうすぐで王宮が見えますぜ! 竜よりも先に到着してやりましょうよ!」
「そりゃいい! お前ら気合い入れろ!」
「おう!!!!!!」
大将であるピコック・ハルセンに率いられ、その期待に全力で答えようとするクランのメンバー。
結果、本当に竜種に乗った【七色の旗印】のメンバーよりも先に門に到着してしまったのであった。そしてその直後、ミネルヴァが竜種のために張った結界が発動する。
「よし! セ~~~~フ!!」
「へっ。竜なんてかっちょいいのに乗りやがって。そのざまかよ」
「全く情けないぜ! まあ、今日のところは俺たちの勝ちだな!」
「お前ら! この調子で俺らが【勇者殺し】の犯人をとっちめてやろうぜ!」
普段いがみ合っている(絡んでいる)クランに勝って戦意を上げる【バトルビースト】の面々。だがそこに氷のように冷たい声が響き渡る。
「では今から敗北して死ね」
現れたのは猫耳の少女だ。彼女を見て男たちは息をのむ。獣人自体はこの世界において珍しくはない。実際冒険者の中にも獣人の者はいるし、【バトルビースト】の中にもいる。彼らが息を飲んだのは彼女から感じる異質な雰囲気でのせいであった。
「おめえさん……確か……」
「おっと。自己紹介が遅れたわね。【悪魔喰い】団員ナンバー四。【断双剣】のアクア・パーラ。よろしくね。そしてさようなら」
〇〇〇
学園の地下。そこでは王都の中で一番最初に戦闘が始まっていた。だが状況は単純でマドルガータが作り出す人形の群れをクルルシアが片っ端から破壊しているだけだ。
『ほらほらほら~早く作らないと全部壊しちゃうぞ~』
「ちっ! 仕方ない」
そういって距離を取り、ありったけの人形を作りだし、クルルシアに殺到させる。そしてその間に召喚魔法を起動する。
「縁ある私の宝物よ、来なさい。【ソーレ】!」
『お? アルちゃんが来たのかな?』
クルルシアが人形を破壊しながら横目で確認をする。そこには橙髪の少女、アルヴァの姿がたしかにあった。しかしいつもと違い目は閉じてあり、身動きも一切しない。
「行きなさい」
そうマドルが言った直後、アルヴァがクルルシアめがけて突撃する。ほかの人形の操作を解き、すべての神経をアルヴァに注ぎ込む。
『やっとアルちゃんと戦える!!』
「好きなだけ戦っていなさい!」
始まるのは肉弾戦、お互い、ひたすら相手を殴り続ける。だが、どうも様子がおかしいとマドルは思う。
(おかしい。彼女に肉体強化がかかっているようには見えない……じゃあ、なんでオリハルコンでできたアルヴァと殴り合える?)
人形を操作しながらアルヴァは考える。そしてそれを暴くために新たに召喚魔法の準備をする。
「縁ある私の宝物よ、来なさい。【プルトーネ】」
現れたのは黒髪の少女。だが、これもアルヴァと同じく生気がなく、目も閉じられている。
アルヴァを操っている集中力の一部を使い、その少女【プルトーネ】を起動する。両手を前に出させて、
「闇魔法【アンチドーピング】」
魔法が放たれ、クルルシアとアルヴァに黒い靄が向かっていく。敵の力を根こそぎ弱めてしまう魔法だ。それを【伝達】魔法で知覚したクルルシアは対抗策を出す。
『あ、それめんどい魔法でしょ! ジャヌ!! 頼んだよ!』
すると、次の瞬間、クルルシアの影からクルルシアとほぼ同じ風貌の少女があらわれる。そして黒い靄を魔力を放出するだけで打ち払う。
「そういえば忘れていました……。【魔獣調教師】でしたね……」
『あれ? 知ってたの?』
「調べましたよ。あなたの強さがどこから来てるのかと不思議に思っていましたから。しかし結局【魔獣調教師】のあなたがなぜ強いのかはわかりませんでした……。まさか昇華ジョブの【心通者】だったとは。しかもその相手が雷竜とか、いや、雷龍ですかね……」
「ほう、吾が龍種だとわかっとるのか。勤勉はよいことじゃ」
「褒められても全然うれしくないですね……。そりゃあ心臓をつぶしても生きてますよね」
【心通者】それは【魔獣調教師】が魔物と心を一つに通わせたときになるジョブである。効果は様々あり、感覚から魔力、果ては生命力までのすべてを共有する。
「おい、クルルシアよ。倒していいのか?」
『全然いいよ! ジャヌ、よろしくね』
「ふむ、了解した。では小娘、参るぞ」
「くっ!」
マドルがアルヴァを引き寄せるよりも、新たな人形を呼ぶよりも早く、ジャヌと呼ばれた少女はマドルに肉迫し、その腹に風穴を開けたのであった。




