脱出編 これから
「ごめん、これ以上は匂いがきついわ」
そういうとチェリシュは鼻をつまんでしまう。
場所はプレアたちが閉じ込められていた場所から三階層ほど登ったところ。依然として地下であり、薄暗く、なかなか地上にはたどり着けない。
「分かりました。ご苦労様です。しかしそうなると地道に脱出路を探していくことになりそうですね」
マドルの顔は悩ましげだ。なぜなら未だに迷路のような構造は続いており、チェリシュの【悪魔の鼻】がなければ地上まで進むことの難易度が跳ね上がるからだ。
追われている身としてはなるべく早く抜けたい四人であった。
「ごめんなさいね」
「謝ら……ない……で」
ミネルヴァがチェリシュに寄り添う。
その時後方から何人かが走ってくる音とともに、がやがやと声がする。四人は追手が来たのかと、戦闘態勢に移り、プレアに関しては詠唱を始める。
「対象、目の前の……」
しかし突如プレアは詠唱をやめてしまう。疑問に思ったマドルが横から聞く。
「プレア? どうしました」
「あれ、騎士じゃないよ。子供みたい。たぶん私たちと同じくらいの」
薄暗い洞窟の中、もともと目の良いプレアは後ろからやってくる者の身長を正確に測っていた。
そしてようやくプレア以外でも目視できる距離に入ったときに声もはっきりと聞こえ始める。
「お! あれじゃねえか?」
「そうね。やっと追いついたわ」
やってきたのは二人の少年と一人の少女だった。少年は二人ともプレアよりも明らかに年上であり(それでも9から10歳程度)少女のほうはプレアと同じ7歳程度であろう。そして、耳には猫耳がついていた。獣人である。
「貴方たちも転生者かしら?」
チェリシュが近づいてきた集団に尋ねる。
「そうよ。あと、後からも3人来るわ」
3人の内、猫耳の少女が代表して答える。手には騎士から奪ったのか、2本の剣が握られていた。
「3人?」
「彼が【悪魔の耳】を貰っていてね。聞こえたのよね?」
「ああ、子供の心臓の音が三つ聞こえた」
「【悪魔の耳】ってそんなのことまで聞こえるのね……」
プレアが恐ろしそうに呟いたその時だった。前方からガチャガチャと音を立てて十数人もの騎士が現れる。
マドルが叫ぶ。
「プレア!」
「分かってる! 対象、目の前の騎士! 命令【這いつくばれ】」
だが、先程の男達とは違い一瞬は這いつくばる動作をしかけたものの、すぐに立ち上がり再びプレア達に襲いかかる。
「な!?」
驚いたのはプレアだ。髪の毛一本の色を犠牲にしただけとはいえ、今まで抵抗されることはあっても、完全に破られることはなかった。
「ふはははは。怠惰の使徒様直属の騎士を舐めて貰っては」
「私が出る!」
相手の口上を聞き終わる前に動いたのは合流した猫耳の少女だった。2本の剣を持ち突撃していく。
「私も援護するわ……え?」
チェリシュも緊急事態と考えて、【幽霊武器】を準備しようとした、が、
その前に全てが終わっていた。騎士の集団の中に飛び込んだ少女は、一瞬の内に全員の急所を切りつけ、絶命させる。そして、彼女の動作が終わった瞬間、同時に騎士全員が崩れ落ちる。
「なに……もの……?」
ミネルヴァが恐らく全員が思ったことを口に出す。
「アクア・パーラ。ジョブも前世の職業も【軍人】よ」
〇〇〇
「待ちなさ~~~~~い!」
猫耳少女が騎士を全滅させ名乗った直後、後ろからそんな叫びが響いた。
「頑張っておばさん」
「こらっ、テイル。煽っちゃダメだよ。おばさんが怒っちゃうでしょ? ね? おばさん」
「ちょっとあんた達静かにしててくれるかしら!?」
現れたのは9歳ほどの少女、そしてその脇に抱えられている二人の子供だった。プレアとチェリシュはその顔に見覚えがあった。牢屋にいたとき、チェリシュが治療した二人だった。
「貴方たち! 目が覚めたのね!」
「ん? お姉さん達誰?」
男の子の方が疑問の声を浮かべる。しかし、二人を担いできた少女が叫ぶ。
「立ち止まってる場合じゃないわ! 急いで! 誰か知らないけど、壁に攻撃しまくった奴がいる! もうここは崩れるわよ!」
「あ、やべ。それ俺だわ」
声をあげたのは猫耳の少女アクアと共に現れた少年であった。皆の視線が一斉に向く。
「だ、だって。そこのアクアと合流するまで迷路の中でたった一人だぜ! 壁でも壊さねえと進めねえよ!」
全員が呆れたような視線を向けるが、ここで責めるのも馬鹿らしくなり、一斉に駆け出す。今指示を出すのは猫耳の少女と来た、もう一人の方の少年だ。
「次の角左です」
時々揺れる迷路の中で10人はひたすら地上目掛けて走るのであった。
〇〇〇
「風の音が大きい! 右を曲がればすぐです!」
【悪魔の耳】を持つ少年が叫ぶ。それに従って全員が曲がるが、行き止まりになっていた。
「あれ? 行き止まりだぞ?」
壁を壊してきた少年が戸惑う一方、猫耳の少女アクアが指示を出す。
「目の前に壁はないわ! 幻覚よ!」
速度を落とさずにアクアは壁に突撃し、そしてすり抜けた。それを見た他の面々も走り続ける。
そして外に出た。
「やっと……出れた……」
三日ぶりとは言え、地下のじめじめした空気に晒されていた彼らにとって外の空気はとても新鮮に感じられたのである。
だが、ゆっくり休む暇はない。
『やれやれ、私の駒をいくつも潰してくれおって』
現れたのは村人風な服装をした集団。しかし、その彼ら全員の目は虚空を見つめ焦点が合っておらず、禍々しい腕輪や指輪をしている。
「気を付けて! アイツらに触られたら動けなくなる!」
猫耳の少女アクアが叫ぶ。しかし、敵は不満そうだ。
『普通ならば乗っ取ることが出来るのだがな。全く忌々しい奴らめ』
そして、一斉に襲いかかってくる集団。
プレアが詠唱を始める。
「対象、目の前の集団! 命令【転べ】!」
『はっ! 効かぬわ! さっきまで見ていたが貴様の攻撃なんぞおおおお!?』
しっかりと命令通りに転ぶ集団。彼らは「なぜ?」と疑問を浮かべるがプレアの髪を見て察する。
「プレアちゃん!」
髪の一束が真っ白になったブレアを見て慌てるチェリシュ。
「私は大丈夫だから! 突破するよ!」
『ま、まてえええ!!』
立ち上がろうとして再び転ぶ敵集団。その集団に足を掴まれないようにしながら全力で走る。
〇〇〇
「はあ、はあ。もう良いかしら?」
「もう……疲れた」
「なんで、ぜえ、なんで私だけ二人も持たなきゃいけないのよ、ぜえ」
「だって僕たち身体強化使えないんだもん」
「ねー」
走り続けて一時間。ようやく追っ手が来なくなり、一息ついた転生者達。
全員の息が落ち着くのを待ってチェリシュが呼びかける。
「ねえ、これからどうするの? 誰か当てのある人はいる?」
その言葉に応えるものはいない。皆住んでいた村や町を滅ぼされている。
だが、時間を経て手を上げる者がいた。
「はい」
遠慮がちにだが手を上げたのはマドル。アクアが聞く。
「当てがあるの?」
「はい、しかし、今すぐに頼ることはできません」
「誰……なの……?」
「魔王です。今は勇者に打倒されたと言われていますが実際は違います。現在彼女は封印されている状態です。その証拠に新しい魔王が出ていません」
「ま、待って!? 魔王?!」
チェリシュが驚きの声を上げる。マドルは平然と続ける。
「はい。私は魔王の作った孤児院で生活していました。面識も六年前までですがあります。もっとも今回村が襲われたとき、一緒にその孤児院は消失していますが……」
「おいおいおい! 魔王とか大丈夫かよ」
声を荒げるのは壁を壊した少年。しかしマドルが一睨みし彼を黙らせてから続ける。
「魔王は悪ではありません。どちらかというと人間側が悪です」
「私もそう思う。マドルと事情を話しあったけど悪いのは人間側よ」
以外にもマドルに追随したのはその勇者パーティーを親に持つプレアだった。
「【悪魔の脳】は何といっているの? えーと、名前は」
チェリシュが【悪魔の脳】を持つ少女に尋ねる。
「ナイル・パウラムよ。【悪魔の脳】が答えるには、魔王を復活させるべき、だそうよ。向こうに付いている神に抗うための戦力としてもね」
「で、でもよ~。魔王だぜ? 俺の住んでた村ではずっと悪い奴って……」
「そこら辺の事情も後に説明します」
食い下がる少年だったがマドルが両断する。
「決まりでいいかしら」
チェリシュが最終確認を行う。しかしミネルヴァはある疑問を浮かべる。
「でも……魔王を……復活させる……どうしたら…、いいの?」
それに対してマドルは明確に答えを述べる。
「単純です。一つは魔王の分割された体を集めること。二つ目に魔王を封印した聖剣を破壊すること。この二つです」
「魔王の体って分割されてるの?」
「はい、だからまずはそちらを集めなければなりません。そして同時に聖剣破壊のためにも動かなくてはいけません」
「聖剣の破壊は簡単だろう。もしかして聖剣が見付かりにくいとか?」
【悪魔の鼻】を持つ少年が尋ねる。
「いえ、聖剣が祀られている場所は既に判明しています。問題は破壊方法です」
「何か問題があるの?」
チェリシュが治療した男の子が尋ねてくる。
「はい。問題は聖剣作りに関わった人を全員殺さなければならないということです」
「え…!?」
「嘘だろ?!」
こうして10年後の【勇者殺し】は始まるのであった。
「ソーちゃん。お姉ちゃん頑張るからね」
そのつぶやきは誰にも聞かれることはなかった。
そして、時は流れる。
プレア編いったん終わり!
次章【私は博愛の道に夢を見る】




