脱出編 攫われた者同士
「プ、プレアと言います。私も日本人です」
少し緊張しているのか、プレアの反応はぎこちない。その反応を解すかのようにチェリシュは話しかける。
「あら、そうなの! 嬉しいわ、同郷に会えて」
現在、プレアの傷はチェリシュがじわじわと【治癒】魔法で塞いでいる最中である。。
「他にも異世界人はいるんですか?」
「ええ、私が把握してるだけでもここには他に四人いるわ。それで怪我をしていたら私か治療してるって訳ね」
「前世では医者か何かを?」
「ええ。【医者】よ。最も日本ではなくて海外に行っていたけれどね」
「そうだったんですか」
「ま、自己紹介はこれくらいにしておきましょう」
そこで突然、チェリシュは話題を打ち切り、四歳児とは思えない真剣な目つきになる。
そして使う言葉は日本語。
「あなた。転生者なら今回の件、あの神から事情は聞いているわね」
「は、はい」
いきなり懐かしい日本語となり、プレアはすこし慌てる。
「なら話は早いわ。ここが敵の総本山よ」
「はい……っえ?!」
「詳しい話はまた人数が集まった後でする。とりあえず私達はここを脱出しなければいけないわ。私が神から聞いたのはそのことだけよ」
「それって……」
しかしプレアが口を開いた時だった。外からカツカツと靴音が聞こえた。
「静かに、倒れてるふりをしておいて」
「は、はい」
言われたとおり目をつむり、寝たふりをするプレア。そこに鉄格子の外から男の声が響く。
『チェリシュよ。その娘は起きたか?』
「まだ目が覚めないわよ。分かったらどっかに行ってちょうだい。傲慢野郎」
『くっくっく、相変わらず口が減らんやつめ。転生者でもお前のように治癒しか使えぬ輩には脅威もないのだぞ』
チェリシュを煽るドグライト。だが、それを遮るように別の男が現れる。
「おい、ドグライト。絡むのもいい加減にしろ。とっととこいつらを運べ」
『悪かった悪かった。ほら、新入りだ。とっとと治せ。治すのは得意なのだろう?』
そう言って男二人が乱暴に鉄格子の扉を開け、二つほど袋を投げ入れる。
「ちっ!」
盛大な舌打ちし、プレアの体を床に置いてから、その投げ入れられた袋に駆け寄り、袋を開ける。
プレアが目を細めて見てみると、中から出て来たのは血まみれの男の子と女の子であった。
「?!」
必死で声が出ないように我慢するプレア。チェリシュの怒号が響く。
「お前ら!」
しかし、怒りを向けられても男たちはたいして気にしない。
『ふん、好きなだけ騒ぐがよい』
「ドグライト。そろそろやめておけ」
『くっくっく、そうじゃの。ではまたな』
男二人が出ていく。それと同時にプレアが起き上がる。
「そ、その子たち、大丈夫ですか?」
「助けて見せるわよ」
そういうとチェリシュは手に魔力を集め徐々に凝縮していく。そして形成されたのは、
「それは……ピンセットですか?」
「ええと……ちょっと違うのだけど似たようなものね」
右の手に魔力で作りあげた医療器具を持ち、左手には針や糸を持っている。恐らくプレアに刺さっている針もこうして作ったのだろう。
手際よく二人の子供の傷を縫合していくチェリシュ。数分にも満たない間に全身の傷を塞ぎ終わる。
「治癒魔法は使わないんですか?」
作業が終わったところを見計らってプレアは声をかける。
「今から使うわ。この魔法ね、怪我にそのまま使ったらだめなのよ」
「え?!」
プレアが驚くがその理由を言いながら、二人の子供に治癒魔法をかける。
「転生するときに神様から聞いたのよ。この世界の治癒魔法は術を使う人だけじゃなくて相手の生命を削って高速再生するらしいわ。だから私は基本的に応急手当してから、最後に傷口をふさぐ時だけ使ってるの」
「そ、そうだったんですか」
そうとは知らずに治癒魔法を使った記憶のあるプレア。その顔は心配でいっぱいである。
「大丈夫よ。生命を削るって言ってもこの世界の人間の寿命は長いわ。誤差の範囲よ。私だって応急手当をするのは時間があるときだけだしね」
「そ、そうだったんですか」
二人の子供に生気が戻る。傷口はゆっくりと塞がりつつあり、チェリシュもようやく安心した顔になる。
「よし。これでこの子たちは大丈夫ね」
「は、はやい……」
二人が血まみれで運ばれてから30分もたっていない。その手際の良さにプレアはただただ驚くのであった。
「じゃあ、ごめん、プレアちゃん。私もちょっと寝る」
床に直接寝転ぶチェリシュ。
「え?! ここって敵の本拠地だから早く脱出しないといけないんじゃ……」
「脱出するのはまだよ。それに人数も集まっていないわ」
「人数?」
「ごめん、もう無理」
そして聞こえるのはチェリシュの年相応のかわいらしい寝息だけだった。
〇〇〇
「終わったかしら?」
「こ、今度は誰?!」
チェリシュが睡眠に入り、二人の子供も目を覚まさず。そんな状況でプレアは何をしようかと考えていると隣の部屋から声が聞こえる。
「誰……と聞かれますか。まあ、いいでしょう、あなたのことは聞いていましたし。名前はマドルガータ・ジオイア。現在9歳。イタリア出身の転生者。ジョブは【人形遣い】」
「に、人形遣い?」
「前世ではサーカスをやっておりました。そこで人形劇の担当をやっていたのでそれの影響かと」
「サーカスで人形劇……? そんなのやってるところがあったんだ……」
あまりサーカスに詳しくないプレアはただ納得するしかない。
「まあ、私のことは置いておきましょう。それより聞きたいことがあります。あなたのギフトです。一応全員の能力を把握しておきたいので。ミネルヴァ! 結界を」
「わか……った……」
さらに隣の部屋から返事の声が聞こえる。そしてほどなくプレアの体に違和感が走る。
「今ミネルヴァに……隣の部屋にいる少女に結界を張ってもらいました。これであいつらに聞かれる心配はありません」
「け、結界? あいつら?」
「チェリシュは言いませんでしたか? ここが敵のアジトだと伝えるように頼んだのですが」
「ああ、そういうことですか」
つまり敵である彼らに情報が伝わらないように結界を張ったということか、とプレアは納得し、自身の能力を使う。
「対象マドルガータ・ジオイア 命令【私の敵なら自白せよ】」
プレアがマドルに向けて放つ。さすがに騙されているとは思っていないので軽い確認だ。まあ、これで自白されたらかなり危ない状況に陥るのだが……。
「……………それがあなたの力ですか。面白いですね」
「失礼しました。一応の確認を込めて……」
「いえ、その用心深さはとてもうれしく思います。ちなみに能力名は?」
「最初は【一日のお願い】っていう一日一回お願いが叶う神届物だったんだけど……いじってたら【要求】っていう固有魔法になっちゃいました……」
その答えにマドルガータは疑問を浮かべる。
「いじる?」
「一日あたりのお願いの数を増やして、とか」
「なるほど、どう変わったのか教えていただいても?」
「一回目の発動の条件は変わらないけど二回目以降は代償が必要です」
「了解です。ミネルヴァ、もう解いてもいいですよ」
マドルガータがプレアのいる牢屋とは反対方向に声をかける。すると、
「わか……た……」
か細い声が聞こえてきたのであった。




