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道に咲く華  作者: おの はるか
俺は英雄の道を志す
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年少編 虐殺の行方

「何なの、あれは」

「わかんないよ」


 ワイバーンを飛行不可にして、ソルトたちは来た道をたどる。もともと訓練していた場所もそこまで家から離れてはいない。数分もしないうちに家にたどり着く。


 だが、たどり着いた家は決して無事ではなかった。窓は乱暴に開け放たれ、窓も幾つか割られている。家具もほとんどが凹んだり、壊れたりしていて何かしらの戦闘があったことうかがえる。



 その不気味な雰囲気に、言い表せぬ不安を抱えながら家に入る二人だったがそこで更なる驚きに襲われる。

 誰かが部屋の中で血だらけになって倒れていたのだ。


「母様!」


 倒れていたのは彼らの母親セナ・ダンスであった。


 プレアは呼びかけながら倒れていた母親に近づいていく。その体には無数の刺し傷があり顔からはすでに生気が失われていた。


「ああ、プレア、来た、のね」


 辛うじて返事が返ってくる。しかし、その息も荒い息が混ざり、止まるのも時間の問題だった。今も体からの出血は止まっておらず症状は悪化していく一方だ。


「ちょっと、どうしたの? ねぇ、何があったの?」


 必死に母親にしがみつくプレアだったが、セナ自身がそれを制する。


「プレア、落ち着いて。ソルトも…プレアを、止めて」


「う、うん」


 呆然としていたソルトがようやく事態を飲み込みプレアを止めに入る。

 そしてソルトがプレアを引きはがすとセナが話し出した。


「二人とも、いい? よく、聞きな、さい。今、この近くに、魔物の大群が、来ているわ」


 苦しい息の中、誤解を招かないように、一言一言を紡いでいくセナ。


「た、大群? どうして?! 今までそんなこと一回もなかったでしょ?! 母様の結界は!?」

「話を、聞きなさい、プレア。これは自然発生では、ないのよ」

「ど、どういうこと?」

「普段……この近辺は……わたしが結界で、守ってるから、魔物は入って、これないように、しているの」

「じゃあ、なんで!?」

「結界を、誰かが、壊したのよ。魔物を、たくさん、引き連れてね。ジャンは恐らく、それを、察知して、森の結界、装置を守りに行ったのよ」


 ようやく、ジャンが稽古に来なかった理由を知ったソルト達。彼は聞く。


「なら父さまはどこ?」

「……聞きなさい。今から言うことを絶対に守りなさい」


 セナはソルトの問いかけには答えず、最期の力を振り絞って、力の続く限り強く話しかける。全ては子供達を不安にさせないために。


「私の、この怪我は魔物につけられたものでは、ないわ」

「じゃ、じゃあ、誰なの?」

「人間よ。外は今、恐ろしいことになっているわ。理由は、分からないけど、多分、近くの村の人たちも、襲われているわ。もしかしたら生存者も、いるかもしれない。でもね」

「でも?」

「何があっても……遠くの町に入るまでは、ほかの人を信用してはダメよ。変装しているかも、しれないし、隙を見て捕まえようと、してくるかも、しれないわ。だから、誰が近寄ってきても、逃げなさい。あとはこの手紙を読んで。町まで行ったら、冒険者のギルドで、それを、見せて。知り合いが……いるはず……だか……ら」

「かあさま! しっかりして」


 泣き叫ぶプレア。魔力が切れ平気なふりができなくなったのだ。ソルトはもうどうしていいかもわからず手紙を受け取るだけだった。


「ジャン……裕也……今……いくから……ね……」


 それがセナの最期の言葉となった。


〇〇〇


「お姉ちゃん、どうするの?」

「どうするって、何を?」


 セナの息が完全に止まってから1時間ほど経ってから、ソルトはプレアに話しかけた。二人ともすでに泣き疲れており、プレアの部屋の隅で蹲っていた。


「逃げろって言われたよ」

「そうだね……」

「逃げないの?」

「どこに……?」

「どこって」


 セナが死んで、彼女から受け取った手紙を読んでからずっとプレアはこんな感じだった。ソルトがなにを言っても簡単な返事しかしない。うわの空でずっと壁をみつめているのだ。


「ねえ、お姉ちゃん」

「うるさいってば!! もうほっといてよ!! ソーちゃんだけ逃げればいいじゃない!!」

「おねえちゃん……」

「……ごめん……言い過ぎた。でも……もう少し待って。まだ整理できてないの」

「そっか……」


 しかし、それ以上は何も答えずにプレアはひたすら壁を見つめ、ソルトの頭を撫でるだけだった。


 その時、家の玄関から騒がしい声が聞こえてきた。


「おいっ ほんとに刺したのか」

「は、はい。抵抗してきたもので……」


 その声を聞いたプレアとソルトの体がピクリと震える。一人二人ではない。複数の男のものだ。


「ソーちゃん、誰の声?」

「わからない。知らない声だよ。村の人でもない」


 普段この家に近づくのは家族以外にいない。やってくる人間も近くの村の村長や子供達という風に限られている。

 話し声はまだ続く。


「馬鹿者!! 必ず生け捕りにしろとあれほど言ったであろうが!! 【強欲の使徒様】に怒られるのは私なんだぞ! なんのために【怠惰の使徒様】の魔法道具マジックアイテムを貸したと思っている!!」

「す、すみません。隊長」

「し、しかし隊長、勇者パーティーは戦士もいたので仕方ないかと……」

「馬鹿者! そっちは【強欲の使徒様】が殺しただろうが! 全くこれだから平騎士は……」


 話を聞いていたソルト達はすぐになんの話をしているのかを直感する。


「お姉ちゃん、これって……」

「あいつらが……母様を……」


 二人の心に憎悪が宿る。あいつらを絶対に許さない。そんな思いに心が駆られる。

 そして、話し声はだんだんと近づいてくる。


「全く、こんなにめった刺しにしやがって。これじゃあ、楽しむもんも……ん? ガキのにおいがするな。二階か?」

「なんの話ですか?」


 突然足を止め天井を見つめる隊長に部下は戸惑う。


「二階にガキがいる。おい、お前ら、二人はここで見張りだ。残りは俺に付いてこい。【強欲の使徒様】へのお土産だ。危うく全部殺しちまったかと思ったがよかったぜ」

「は、はい」

「承知しました」


 勘なのか、はたまた洞察力がすごいのか、男は子供がいることを正確に当てる。ぎしりと、会談が軋んだ。


〇〇〇


 二階のプレアの部屋で姉弟は身を寄せ合う。

 段々近づいてくる気配にソルトは体を硬くする。決して小さい家ではないが、あと数秒もしないうちに二階にやってくることは容易に想像できる。しかし、プレアは動じない。


「来るね」

「どうするの? 逃げるの?」

「そんなわけない」


 静かに決意を、そして憎悪を込めた声で返すプレア。

 彼女は棚に飾ってあったナイフを手に取る。誕生日の度にジャンが知り合いの刀鍛冶に依頼してプレアのために作ってもらったものだ。その鋭利な切っ先を見つめる。


聞こえるところで自分たちの親を殺したといわれ、はらわたが煮えくり返っているのだ。


「あいつらに、地獄を見せてやる……!」


〇〇〇


 隊長と呼ばれた男と三人の男が音を立てないよう慎重に階段を上る。その動きは訓練された動きであった。


「よし、やっぱりいるみたいだな。【人間探知】がビンビン反応してやがる。お前達、もう一度言うが生け捕りだからな」

「はい」

「はい」

「はい」


 三人の部下が静かに返事をする。着こんでいる鎧が重いのか会談はぎしぎしと悲鳴を上げている。


 その四人の行程に変化が訪れたのは、階段を上り終え、二階のある一室の前についたときだった。彼らの前に一人の少女がよたよたと部屋の中から現れる。


「おじさんたち、誰?」


 響く声は年相応の可愛らしい声。そこには警戒心などかけらも無い。突然現れた少女に驚きながらも男は答える。


「我々は救助隊だ。この度の魔物の大発生において、生存者をさがしているところだ。君はこの家の子供かね?」


 嘘八百ではあるが、この少女に確認の術はないと考え、堂々と答える男。


「うん、そうだよ」

「そうか、いま一階にも倒れている人を発見してね、我々がいま手当しているところだ」

「じゃあ、おじさんはいい人?」


 プレアは可愛らしく首を傾ける。その顔にも警戒の色はない。


「そうだ。我々はいい人だ」


 男は怪しい気配をおくびにも出さない。


「そうなんだ。助けに来てくれてありがとう」


 そう言って隊長と呼ばれていた男に駆け寄るプレア。


「おー、よしよし、いっ!?」


 プレアが男に抱きつき、男がプレアの背中に手を回した瞬間だった。男が奇妙な声をあげ、同時に男の背中から刃物が突き出た。


 位置は心臓のある部位。プレアが手に隠し持っていたナイフであばらの隙間を一突き、当然即死だ。


「隊長?! 大丈夫ですか!!」


 三人のうちの一人があわてて声をかける。しかし、当然隊長と呼ばれた男は返事をしない。代わりに少女の可愛らしさの消えた声が早口で響き渡る。


「雷よ、わが意を汲んで、崩壊せよ、雷魔法【雷傘(かみなりがさ)】」


 男の背中から突き出たナイフを媒体に、幾筋もの雷が残りの三人に向かって放射状に襲いかかる。しかし、隊長がやられた時点で三人の警戒は高まっていた。


「我が身を守れ【魔封じの指輪】!」


 彼らが装着している指輪から結界が出現し、プレアの放った雷を防ぎきる。しかし、プレアの目的は閃光による攻撃ではなかった。


「ソルト! 今!」

「分かってるよ」


 天井から突如降ってきた物体が一人の男の頭に覆い被さる。魔術を防ぐだけの結界では物体の侵入は防げない。


次の瞬間、その男の頭から鮮血が撒き散らされた。


「あ、ぐぐ、ぐ」


 落ちてきた物体の正体はもちろんソルトである。落下の威力を乗せて首にナイフを突き立てたのだ。

 そして、刺された男が崩れ落ちるのと同時に、プレアはもう一人の男にナイフを投擲し、命を刈り取る。ジャンに狩りを教え込まれていた彼女にとってこの程度造作もない。

 視界がつぶれた中で、状況がつかめない最後の男は、自分が生き残るため仲間を呼ぶ。


「くそっ! 誰か! 助けてくれ!!」


 そして、それがその男の最期の言葉となった。その言葉を待っていたプレアは隊長の体に突き刺していたナイフを引き抜き、最後の男の首に投擲したのであった。


〇〇〇


 一方、見張りをしていた男たちにも死んだ男の「助けてくれ!」という声は聞こえていた。


「まったく、隊長がいるだろ。なんで俺らが行かなくちゃいけないんだ」


 二人は先ほどまでの騒音はてっきり子供を脅すためにやっているものだと考えていたのだった。

 ブツブツ文句を言いながら、助けを呼ぶ声に従い、家の階段を上り始める。


 そして、階段を上がる中で一人の男が異変に気付く。


「おい、待て。音が消えてるぞ」


 先程まで騒音が聞こえてきていたのに、今では不気味なほど静かになっているのだ。

 男たちの心に不安が広がっていく。


「なあ、これってもしかして隊長がやられ……」

「馬鹿者! 滅多なことを言うな。我々の中の一番の実力者だぞ。第一誰に負けるというのだ。戦士も魔法使いもすでに片付けた。村の中にも実力者はいなかった。【怠惰の使徒様】の魔法道具マジックアイテムも持っているんだぞ」


 隊長が子供の不意打ち一発で、ほかの騎士も似たように殺され、この世から退場したなど、全く考えない二人。しかし、階段を上るにつれて濃くなる血の匂いに気づき考えを改める。


「この匂いは血か?」

「おい、武器を構えておけ」

「ああ、分かってる」


 片方の男は漂う血の匂いから他の仲間はやられたものと判断する。


「まさか、まだこの家に勇者パーティーがいたのか? こいつらの勇者パーティーというと……【暗殺者】か?」

「いや、物音がしたし、それはないだろう。とりあえず感知魔法を使ってみるが……」

「おい! 上だ!!」


 男が感知魔法を使う前に血の匂いに反応した男が屋根裏に潜んでいたソルトの存在に気付く。


 そして二人が顔を上にしてソルトを警戒して剣を構えようとした瞬間、注意が逸れた廊下の影からプレアが飛び出しナイフを投擲する。


「ぐっ」

「くそ! 伏兵だと!?」


 一人はナイフが首に刺さりうめき声を上げながら床に崩れ落ち、もう一人は無事ナイフを弾き返し怒声をあげる。

 しかし、はじき返した男は、ナイフを腰から数本ぶら下げ、次の投擲の準備を終えたプレアに目がいってしまう。それが囮だとも考えずに。

 その隙を狙ってソルトが飛びつきナイフを突き立てたのであった。


 そして家は静寂に包まれた。


〇〇〇


「ソーちゃん、とりあえず、身元が分かりそうなものを探して」

「身元?」

「こいつらの正体のこと」

「なる、ほど?」


 二回のプレアの部屋で、ソルト達が行っているのは男達の装飾品の物色である。セナを殺した相手の正体を突き止めるためだ。


「なにか、模様や文字が書いてあったら私に言って」

「わ、わかった」


 そうして男達の遺留品を一つ一つ検分していくソルト達。剣などは全て立派なもので明らかに盗賊の装備ではない。


「お姉ちゃん、これは?」


 剣を調べていたソルトがプレアに聞く。ソルトが示したところにあるのは、とある模様。

 それは太陽と思われる円と三日月、そしてそれを囲むように描かれた剣や盾をはじめとする数多くの武器、防具であった。


 他の道具も見てみると指輪にも小さくだが同じ紋章が刻まれている。


「うーん……わからない……貴族にこんな家紋の人はいないよ」


 プレアも必死に思い出すがセナからこのような家紋を持っている家を教えられたことはない。


 そして、二人にのんびりしている時間もなかった。


「バウバウ!!」


 窓ガラスが割れる音とともに、複数の狼のような鳴き声が一階から響き渡る……。

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