迷宮編 最悪の事態
「ガタバナ……? どこの連中だよ」
「ソルト。構えなさい、来るわよ」
猛然と走り来る二人のた男児。やはり、というか先程から続いていた逃走からも垣間見えていたが、身体能力や魔力といった基礎的な能力が格段にはね上がっている。
誰が見ても操られていると判断できるその状況にソルトとシャルはニ対ニではなく、先程決めたとおり一対一をそれぞれが行う。
『『賢い、目は十分に良いようだの。クックックッ。操り甲斐がありそうじゃて』』
ニ対ニを選ばなかった理由。そんなものは明確。
ソルトもシャルと眼の前の敵がどのような魔法や技術で行っているのか検討はついていない。しかし、操ることが敵の十八番だと言うのならば、複数人を操ることを得意とするならば。
操られた集団と、集団戦で戦ってはならない。
なにせソルトとシャルは多少の話をする機会はあっても共に戦った経験は無きに等しく、互いの手の内すら把握していない。集団戦となって有利なのは間違いなく敵だ。
「けど……一対一も面倒くさいわね……」
ソルトが剣聖、リュウヤの相手をしにいったことを確認しシャルはダイへと向き直る。
相手は勇者一行と呼ばれる存在。その上何かに操られて強化されている状態だ。遠慮はいるまい。
そんなことを考えながらシャルは魔法を放つ。
「【氷結天界】」
詠唱はなかった。手をかざし、魔法の名を口にしただけ。たったそれだけの動作でダイの足場が、呼吸に必要な空気が、体内に駆け巡る血流が、その全てが凍てつき始める。
並の魔術師が見れば卒倒する出鱈目な魔法行使ではあるが……勝負はつかない。
『クックックッ。いいぞ。その魔力の収束率、変換速度、威力、躊躇の無さ、どれをとっても素晴らしい! もっとその性能を見せてくれたまえ! 【アンチマジックアーマー】!』
「凍らせたはずなのにどっから声出してんのよ……」
ダイの宣言。それと同時にダイにかけられた魔法が霧散していく。
『クックックッ。凍っていても体は動く。少々壊れるがな。普段なら勇者の体を得た時点で即座に撤退するのだが……それ以上の逸材を見つけたと合っては手に入れたいと思うのは当然であろう?』
「ほんっと気持ち悪いわね……あんた……」
確かに、よくよく見れば口辺りはひび割れている。しかしそれが相手の行動の抑止につながるとは到底思えなかった。むしろ今はシャルのことをひたすら舐め回すように視線を送ってくる。
『では今度はこちらから行くぞ? 【アーマープレス】!』
「近づいてくんな!!」
猛烈な勢いを伴って突進してくるダイの体。シャルは反撃気味に無詠唱のまま氷柱を数柱投擲するが当たるようには見えない。重盾などを持ちながら、見た目からは想像も出来ない速度で機敏に動き回ってくるのだ。
そしてその手には……腕輪。まるで手錠のようになっているそれは恐らく腕に叩きつけるだけで装着することができるもの。
シャルは考える。恐らく敵の持つ装飾品に触れるか、装着することが操られる条件なのだろうと。
幸いにしてダイの動きが早くなったからと言ってシャルにとっては躱せない速さではなかった。魔法は当たらないがそれは若干の、目の前の男に対する気持ち悪さからの同様だろう。
故に、シャルは腕輪を振りかぶってくる男の動作、その全てを機敏に感知し避けた。
普通に避けた。
そして、ダイはそのままシャルの横を走り抜けていった。
「は……?」
『クックックッ! 甘いぞ小娘! どうして集団戦に優れる我が一対一をせねばならぬ! ニ対一を2度繰り返せばいいだけのことよ!!』
「ちょ……ふざけんじゃないわよ!!」
ダイを乗っ取った男、ドグライトの目的は強い肉体。シャルは勿論当てはまっていたがそれはソルトでもいいのだ。
そして、唐突な事態に一瞬出遅れたシャル。距離はすでに十分に離され、シャルがダイに追いつくよりもダイがソルトに近づくほうが早いだろう。
「ソルト! そっち向かってるわよ!!」
ならばせめて声だけでも伝えようとしたシャルだったが……それは叶わなかった。ソルトはその声に気づいた様子はない。
何故ならソルトとリュウヤ、その二人を囲むかのように青白い結界のような何かが存在していた。それがソルトへ届いたはずの声を消したのだ。
ニンマリと、リュウヤが……リュウヤの身体を乗っ取ったドグライトが嗤う。
〇
『クックックッ。それではこちらも始めるとしよう。貴様名前をなんという?』
「ソルト・ファミーユ……」
数秒前。シャルが魔法を放った頃ソルトとリュウヤは静かに互いに武器を構え対峙する。
『うむ、礼儀正しいやつは好きだ。では私も名乗るとしよう。改めてまして、私はガダバナートス十四柱の一人。傲慢の使徒ドグライト・バッケルセルト』
「それはさっきも聞いたな!!」
身体強化も交えたソルトの剣がリュウヤへと迫る。
剣と剣が、互いに十代とは思えぬ速さで切り結ぶ。
たったそれだけの動作でリュウヤの目は輝く。
『おお……いいぞ! 剣聖の体についてこれるのか。ますます興味深い! 欲しいぞ! その体!』
「勝手に一人で人形遊びでもしててくれ」
再度斬りかかろうとしたソルト。しかし次の言葉に思わず止まる。
「勿論、そうしようとしたさ。十年前にな。失敗したがあれはいい計画だったはずだ」
「十年前……?」
自分が、姉と生き別れた日。
両親が殺された日。
『ほう……貴様反応したな? やはり間違いなかったか。剣聖について来れる剣撃。魔法も得意と見た。貴様、【勇者】だろう』
「何言ってやがる……」
図星を疲れながらもその同様を悟られまいとするソルト。しかし相手はすでに確信したかのように話し始める。
『いや、懐かしい。我らの実験。失敗したかと思えばきちんと成功していたではないか。なに、隠すことはない。【勇者】と認定されるには女神に認められねばならぬ。それ即ち条件があるということ。それを模索し、考えにたどり着いた我らは行動に移ったまで! 十の村を焼き、百の軍を動かし千の人間を殺したのだ』
「……! あれは……お前たちが……」
『左様! そしてやはり、間違いないのである! クックックッ。まさか思わなんだ。人口勇者の計画が成功しまさかこの年まで育っていたとは』
「詳しく聞かせてもらうぞ……」
親の死の引き金を引いたのが、姉と生き別れる目にあったのがコイツラのせいだと知った瞬間、彼から逃げるという選択肢はなくなっていた。
考えるのは如何にこの敵を捉え、情報を吐かせるか。
『おお、いい殺気をぶつけてくるではないか。いいぞいいぞ。もっとこの体の試験運転がてら戦ってみたいものだが……』
男がニンマリと嗤う。
『詰みだよ。少年。ソルト・ファミーユよ』
瞬間、ソルトの体に衝撃が走る。
「なっ……!?」
まったく、音もなく、気配もなく、されど自分の体が吹き飛ぶ程の威力。
自分に攻撃する相手がいるとするならばリュウヤでないならばダイであろう。
吹き飛ばされつつも体勢を変え、後ろを振り返ったソルト。
その視界に映ったのはダイではなかった。
「全く……世話が焼けるわね……」
ソルトを突き飛ばしたと思われるシャルと、その体に腕輪を叩きつけるダイの姿だった。




