迷宮編 最悪な出会い
「破邪の炎を我が手に! 魔滅の業火となって敵を滅ぼせ! 【灼熱炎】!」
魔法陣が展開され黒い炎が発動される。部屋を破壊しないためなのか槍という形に収束されてソルトに射出される。
数秒にも満たない高速詠唱、ソルトに詠唱する時間は無い。
「くっ! 【水盾】!」
仕方なく無詠唱で応じる。そして着弾。大きな爆発とともに水の盾が白い水蒸気となって二人の視界を塞ぐ。相性の問題もあり無詠唱で威力の落ちた【水盾】でも防げたのであった。
すかさずソルトは【消音】の魔法を唱える。無詠唱で発動できる魔法使いでないと自分の魔法が明瞭に想像できなくなり使えなくなる。しかし彼女の対応は早かった。
一瞬だけ戸惑ったものの即座に無詠唱で小さな炎の槍を量産し発射しようとする。
「させるか!」
しかし、その一瞬の戸惑った隙を見逃さず、ソルトは彼女に体格差を用いて組み敷いてから、相手の体に魔力を流し込む。
「くっ!」
魔力を流されたことにより、彼女の炎の槍はコントロールを邪魔され霧散する。
「はあ、はあ、はあ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
ようやく落ち着いた二人。どちらも無理に魔法を行使したせいで疲労が蓄積したのだった。しかし、ここでノックが響き
「ソルト君! シャル嬢! 大丈夫か!」
「「えっ!?」」
返事をする前に扉が開く。
「何やら攻撃魔法が感じられたので心配したのだ……が……?」
入ってきたのはレイだった。高い魔力が感じられたので急いできたのだった。
しかし彼女が見たのは息を荒げてソルトが少女を押し倒すという状況である。
「えっと……お邪魔だったかな?」
「「違います!!」」
〇〇〇
「ふむ、事情は分かった。ソルト君は強姦未遂、シャル嬢は殺害未遂だね」
「ちょっと待ちなさい! 私は殺そうとなんてしてないわよ!」
「ちょっと待て! 俺の何が強姦未遂なんですか!」
事情を話したらとんでもない曲解をされたソルトと少女(シャルという名前らしい)であった。
「ふむ、そうだな。冗談はこのくらいにしておこう」
そう言って二人に紅茶を出しながらソファに座る。場所は学長室。ソファはいくらでもあり、座る場所には困らない。ソルトとシャルもソファに座る。お互いにかなり離れたところに……
「で、俺達を呼んだのは何故なんでしょうか?」
ソルトが問う。誤解されていないならなぜ呼ばれたのか分からない。
「分かったわ。部屋を変えてくれるのね。なかなか良い判断じゃない? 私は早くこの獣とおさらばしたいのだけど」
「誰が獣だ!」
「二人とも落ち着きたまえ」
暴走する二人をレイが鎮める。そしてようやく本題を切り出す。
「君たち二人は入学式に来なかっただろう。そこで行われた説明をするだけだ」
「そうですか……ん?」
「そうですか……え?」
二人とも納得する、が違和感を覚える。
「こいつが次席?!」
「こいつが主席?!」
〇〇〇
王都のある屋敷、そこには連日病人やけが人が運び込まれており、今日も沢山の患者でごった返していた。
その中で一番動いていたのは盗賊団からソルトに助けられた少女チェリシュだった。14歳ながらも年齢に似合わない働き具合で、先生と呼ばれながらその少女は走り回っている。そこに先日ソルトと話したときのような幼さはない。
「先生! これはどうすれば!」
「重症の患者二名! 骨折多数! 維持結界で包んで!」
「先生! 急に症状が悪化しています! どうしてでしょうか!?」
「内部で出血の可能性! 【透視】で確認して!」
チェリシュの的確な判断に救われた冒険者は少なくない。彼女はこの屋敷で僅かな対価でどんな怪我でも治療してくれるのだ。今までお世話になった事のない冒険者は少ない。
今日もチェリシュは王国のどこで習ったのかも分からない技術で人々を救い続けるのであった。
そして夜、怪我をして帰ってくる冒険者のラッシュも終わり、チェリシュは王都で発行されている新聞を読んでいた。【入学式、今回の転生勇者は彼らだ!】という見出しと共に日本人顔の少年を筆頭に取り上げられている。
「今回も40人来たのね」
誰もいないはずの室内で呟く。しかしその言葉に室外から返答があった。
「そうですね。もっとも全員の能力は既に分かっているので対処には困らないでしょう」
扉が開きある人物が入ってくる。白の髪たなびかせながら入ってきたのは一人の白装の少女だった。
「相変わらず仕事が早いのね。流石だわ。ところで生身のようだけど【伝達】魔法の対策は大丈夫なの?」
「この屋敷は【伝達】魔法の範囲外ですからね。それにミネルヴァが作ってくれたこの腕輪があれば、感情が昂ぶらない限り大丈夫です」
「そう、なるほどね。それにしても日本か……懐かしいわ」
「日本ですか。いつか行ってみたいとは思っていたのですが……」
「それは例のあの人と?」
「ま、まあ」
年相応に可愛らしく恥じらう少女。しかし再び真面目な顔にもどると物騒な言葉を発する。
「【勇者殺し】40人目、終わりました」
普通の人が聞けば、卒倒しかねない言葉。しかしチェリシュは少し悲しそうな顔をしながらも、動揺した様子はない。数舜遅れて出てくるのはねぎらいの言葉だ。
「おつかれさま。長かったわね」
「いえ、皆も手伝ってくれたので」
「そう、じゃあ後は彼らが邪魔してこないことを祈るだけね」
そう言いながらそっと新聞に目を落とす。
「彼らは何とかなります。しかし私としてはソルトとクルルシアが気になりますね。あと王宮側に見付かった転生者でしょうか。彼らがどういう教育を受けてきたのか」
「ソルト君は問題ないんじゃないかしら。勇者だからといって魔族や魔王の敵である必要はないわ。それに教育したのはリナさんでしょう? 勿論私達の接触の仕方次第だけどね。ところでどうしてプレアを使わないの?」
「彼女が会いたがらないんです。実際殺人ですからね。明確な敵ならともかく自分の目的のためにでしたから日本育ちの彼女には精神的にはキツいでしょう」
「なるほどね」
その言葉に納得したのかそれきり質問をやめる。しかし少女の方はまだ用事があったらしく口を開く。
「これから私はアクアの店でお世話になります。そこで本格的にテイルやセーラ、ナイルに協力して貰いながら集めるつもりです」
「そう……なら私は何をしておけば良いのかしら?」
「しかるべき時に貴方の神届技を借りたいです。貴方ほど迅速に軍を相手することができる者などいないでしょう」
「分かったわ。約束する」
「ありがとう。それともう一つ」
「何かしら?」
「奴らの監視を頼みます」
静寂が訪れる。しかし数秒経ってチェリシュはしっかりと返事をする。
「分かったわ。勿論あの子も動いてくれるのかしら」
「勿論。後プレアも恐らく手伝ってくれるでしょう」
「わかったわ。任せてちょうだい。彼女たちが手伝ってくれるなら何も問題ないわ」
「では私はこれで、後はよろしくお願いします。Ⅶ」
「うん、お疲れ様。Ⅸ」
そして、この夜、屋敷は再び静寂に包まれたのであった。




