学校とギルド編 入学試験
いい匂いに誘われてソルトの意識は覚醒する。布団をはぎ、体を起こすとキッチンで調理しているクルルシアが視界に入る。
「クル姉、おはよ~」
『うん、おはよう』
場所はクルルシアの住む学生寮の一室。ソルトが宿を予約していなかったため急遽クルルシアの部屋でともに寝ることになったのだった。
もっともクルルシアが宿をとっていなかったのはそうすれば義弟と一緒に寝られると考えたからであるが……
『さあ、着替えて着替えて! もう朝ごはんできちゃうよ』
クルルシアがエプロンに身を包み、首に付けた黄色いスカーフをピョコピョコと動かしつつ、手際よく料理をさらに盛っていくクルルシア。卵料理から肉料理までさまざまある。大の大人が数人いても食べきれない量があるのだが基本クルルシアが平らげるので問題ない。
「ああ、わりぃ。ちょっと待っててくれ」
おいしそうな朝ごはんのにおいをかぎながらソルトは手早く着替えをすます。クルルシアの料理は孤児院にいたときから大したもので、どんなに泣き叫ぶ弟達でもすぐに泣き止みがっつき、ソルトもうまいうまいといいながら食べたのだった。
そんな思い出からかソルトはさっさと着替えをすませる。着替えを終えた時にはクルルシアはすでに机の上に皿を配膳して椅子に座っていた。
『いただきます』
「いただきます」
孤児院で育つ中で絶対に言わされた言葉、その言葉を口に出してからようやく二人は朝ごはんを食べ始めたのだった。
『今日の入学試験頑張ってね』
ご飯を食べながらクルルシアが思念を飛ばしてくる。食事のときも意思疎通に問題ないのがこの【伝達】魔法の素晴らしいところだとクルルシアは考えている。何より、食事中にしゃべっていることがリナ母様にばれない。
「んん……ごくん、うん、さくっと受かってくるよ。難しい試験でもないんだろ?」
『そうだね、ソルトなら筆記も実技も問題ないと思うよ。内容は私にも知らされてないけど毎年そんなに難しくないしね。去年の筆記はいろんな分野の問題、実技は先生相手に戦って実力を見せるって感じだったかな』
「いきなり先生と戦わしてくれるのか、それは楽しそうだ」
『あんまり強くないんだけどね』
「え……」
『この学校は先生より生徒のほうが強い傾向があってね。も、もちろん先生の中にも強い人はいるよ』
学校の先生がかわいそうになるソルトだった。何よりクルルシアのフォローが悲しい。
「クル姉より強い先生はいるのか?」
『いないね。一人でも全員に勝つ自信はあるよ』
「まじか……」
これにはソルトも戸惑う。もともと自身を鍛えるために入学するわけではないので失望はしないがそれでも強い人と戦えることを楽しみにしていたのだ。
しかし、その心を読んだのかクルルシアが続ける。
『大丈夫だって、いざとなったら私が毎日決闘でもしてあげるよ』
「ホントか!」
自身よりも強い相手、それもクルルシア並ともなれば満足である。自身を鍛えることにもつながり確実に成長できるだろう。
しかしクルルシアがふと思案顔になる。
『あれ? そういえば去年実技担当してた先生、今怪我で療養中だったはず……』
その時、クルルシアの部屋の戸がコンコンとノックされる。
『ん? ソフィアか。今出るよ~』
【伝達】魔法で誰なのか読み取ったらしい。
「ん? 誰なんだ?」
『この学校の生徒会長だよ。ソルトもお世話になるだろうからおぼえておきなさい』
そう会話しながらも席を立つと速やかに戸を開ける。
「クルルシア、時間ですよ。あなたは生徒会の一員なんですから、きちんと時間を守ってもらわないと……」
そういいながら部屋の前に立っていたのは長い金髪をツインテールにまとめた女性。身長はソルトよりも少し高い程度。着ているものは恐らく学校の制服だろうか。青を基調とした派手過ぎず、それでいて地味ではない服を身にまとっている。
しかしその顔は驚きに染まっていおり、口は固まっている。
『ソフィア? どうしたの?』
その固まった顔を見てクルルシアは心配して再び声をかける。すると固まっていた顔が少し動く。
「クルルシア、少し聞いていいかしら。あなたの部屋にまさかだけど男性がいたりしないわよね?」
〇〇〇
「えっと、つまり、これは、あれよね。あなたたち、同じ部屋で、同じベッドで、一晩、寝ていたという、そういうことね」
『そんなに切れ切れに言われなくても伝わるよ? 何かおかしいかな? あ! もしかして今日体調悪かったりするの?』
「違います! 私は学園内の風紀が乱れやしないかと不安なだけです!」
今大声で怒鳴る女性はソフィア・アモラトス。大貴族アモラトス家の長女であり生徒会長でもある。
ソルトがクルルシアから聞くかぎり規則には厳しくそれを破ればどんな王族であろうと拘束し説教を食らわせるほど真面目らしい。
「いいですか! クルルシア! 我々生徒会は生徒の模範である義務があるのです。厳しく言いますが自分の部屋に男を連れ込むなんて言語両断! わかっていますか!」
やっぱり生徒会だったんだな、とソルトはのんびりと考える。筆記試験まではまだまだ時間があるのでこうしてのんびりしている。
『良いじゃない、別に。私達姉弟なんだよ。いっしょのベットで寝て何か問題があるの?』
「あるの? じゃないわよ! あなた自分が何歳か把握してますか! もうじき二十になるんですよ! ソルト君だって成人の十五は過ぎてます! そんな男女がいっしょのベッドで寝るなんて…」
『寝ると? 何かあるの?』
「な、な、」
恥ずかしさからか顔を真っ赤にしてしまう女性。流石にかわいそうになってきたのでソルトが助け船を出す。
「仕方なかったんですよ。なにせ宿を取るのも忘れていたので」
しかしその言葉に再び女性は顔を赤くする。しかしこれは恥ずかしさではなく怒りに近いであろう。
「クルルシアが? 忘れる? そんなこと天変地異が起こってもあり得ません! どうせ宿を取らなかったらいっしょに寝られるとか考えたに違いありません!」
謎の信頼(?)だった。
「いや、まさかクル姉でもそんなことまでは……」
『そ、そうだよ! そ、ソフィアったら、そんない、いい加減なこと言わないの!』
とても動揺しているクルルシアだった。ソルトは事実を知る。
ちなみに場所はクルルシアの部屋ではない。筆記試験が行われる講堂だ。もしソルトが、試験があるので、と言って場所を動かなければ未だにクルルシアの部屋で説教されていたことだろう。
はあ、と諦めたようにソフィアがため息をこぼす。
「今回のことはもういいです。しかし今後見かけたらただではおきませんからね!」
『はいはーい、分かりましたよ』
全く反省していない様子のクルルシアだった。彼女にとって家族をかわいがることは使命に近い。強制は不可能だろう。
そしてそんなクルルシアの様子にあきらめたのかソフィアは改めてソルトに向き直る。
「では、クルルシアから聞いているかもしれませんが改めて。私はソフィア・アモラトス。この学校では生徒会長をやっております。【結界】や【探知】の魔法を得意としておりますので何か必要になったら言ってください」
「ソルト・ファミーユです。こちらこそお願いします」
貴族らしく、実に優雅な礼であった。
〇〇〇
「では私はこれで失礼します。もともとクルルシアを呼びに行っただけですから」
『うん。それじゃあ』
「じゃあ、ソルト君も試験頑張ってね。ほんとはあんまりこういったこと言っちゃいけないんだけど」
「はい、ありがとうございます!」
『ところで今回の実技の担当はだれになってるの? たしかフィム先生怪我で療養中でしょ?』
クルルシアが気になっていたことを聞く。
「それなら大丈夫。そこはアルヴァに任せるつもりだから」
「アルヴァ? あの受付の人と戦えるってことか」
「あら、彼女のこと知ってるの?」
ソフィアが興味を示し、それにクルルシアが答える。
『知ってるも何も昨日の受けつけがアルちゃんだったんだよね』
「アルヴァが受付に? ……はあ、アールツハイトは何をやっていたのか……」
何やら思い当たることがあるらしい。こめかみを抑えながら渋い顔をする。ソルトも思い当たる節があるだけ苦笑いをするしかない。
「そりゃあおかしいとは思いましたよ。最終日なのに二人しか申し込まないなんてことは前代未聞なんですから……」
ぶつぶつと何かを言いながら廊下を進んでいくソフィアであった。




