学校とギルド編 赤騎士団
「そこまでだ!」
今にも喧嘩という名の蹂躙が始まりそうだったその場に、第三者の声が響き渡る。その声が味方か敵かを判断するのが妥当だと判断しソルトは身体強化を解除した。だが絡んできた男達は武器を下ろすどころではなかった。
現れたのは初老の男性。白髪で杖をついているものまだまだピンと伸びた背筋からは若々しさすら感じさせる。
リーダーの男が驚きの声を上げる。
「な、な、な、何故お前がここにいるのだ! 死んだのではなかったのか!」
「ふむ……私相手にお前呼びか。偉くなったものだなアーシェン。それにしても飛行船が爆破されたのはやはりお前の仕業だったか」
「う、うるさい! 一体何のことだ!」
「知らないとは言わせん。あれは紛れもなくお前の得意魔術の【爆破】魔術の一つであろう。これでも私はお前のその魔術だけは認めていたのだが」
「あの……いったいなんの話をしてるんだ?」
置き去りにされつつあったソルトが現れた男性に聞く。
すると男性はソルトに笑顔を向けながら話しかけてくる。
「ああ、君がソルト君か。お話はお姉さんからよく聞いているよ。私の名はエイスケ。SS級クラン【赤騎士団】の団長だ」
「は、はあ」
「それと何の話か、だったか。簡単だよ。この者達が私の乗った飛行船……おっと、知らないみたいだね。まあ、空を飛ぶ船のことさ。それを爆破してくれたんだよ。全くやれやれだ」
「爆破ですか……」
「ああ、おかげで私は高度1000メートルから落下する乗客達全員を地面に落ちるまでに確保するという仕事が与えられたわけだ」
しかし、その説明に男達がほえたてる。
「な! あれは800人は乗っていたはずだぞ! 全員助けられるはずが……」
「それが出来たからこうして堂々と姿を現しているのだよ。私のせいで一人でも死んでしまえば私は申し訳なさから自殺すら考えるだろう」
説明は終わったとばかりに今度はアーシェンと呼ばれた男達に向き直る。
「さて、君たち、人を殺そうとした上にそのクランに汚名まで塗ろうというのはどういう了見か聞かせて貰おうじゃないか」
「ひっ……ひいいい!」
「こ、こうなったら皆もろとも死ね!」
そう言って男は手の中に魔法陣が浮かび上がる。ソルトが見る限り恐らく【爆破】魔法。詠唱破棄では威力も落ちるがギルド内の訓練場とは違って何の対策もなされていないところで発動されればどれだけの死者が出るか。
「食らえ! 【爆破】魔法! エクス……」
「愚か者め」
しかし、魔法が発動する前に杖を向ける。その一動作だけで男の魔法陣は消え霧散する。
ちなみにソルトは誰も動かなければ素手で腕ごと切り落とそうと考えていたりする。
「私の目の前で炎系統の魔法が使えると思うな。炎は我が友、我が武器、我が防具! 使いたければ私以上の炎系統魔法使いにでもなるのだな」
「ちっ! まだだ! エクス……」
「くどいぞ!」
突如老人だったはずの彼の気配が膨れ上がる。そしてソルトは感じ取る。老人の後に何かがいることを……見えないが確かに存在するその強者の存在を。
「ひいいいい!」
気配に圧されたのか魔法陣が再び消える。そしてついに男は尻餅すらついてしまった。よく見ると口から泡も吹いていた。恐らくもう意識はないだろう。
「ほう。君は大丈夫なのか。流石はクルルシアの弟と言ったところか」
ソルトを見ながらエイスケは言う。
「あの、今のは……」
「ああ、私が使役している赤獅子の力を少し使わせて貰った」
やはりそうか…とソルトは納得する。そして同時にこの男の力を警戒する。何故なら魔物を倒すこととそれを手なずけ使役することは別次元の問題だからだ。それに赤獅子はSランク認定されている超のつく危険な魔物であり仮に【魔獣調教師】のようなスキルを持っていたとしても簡単ではない。
「ところでアイツらは結局誰なんです? 簡単な説明は先程うけましたが…」
「なに、これでも私は貴族でね。簡単に言ってしまえば私の敵対勢力だよ。しかも面倒なことに私と同じクラン名までつけた、ね」
〇〇〇
『ソルト~! 会いたかったよ~』
時刻は夜の8時、エイスケと別れ再びソファで寝ていたソルトはクルルシアに起こされる。
「やっと来たのか。随分と遅かったんだな」
『なんか討伐依頼を片っ端から回されてね……もうゴブリンは見たくないんだ……』
クルルシアの受注したクエストは【ゴブリン大討伐】100以上の個体数で構成されるゴブリンの群れを複数群全滅させることが達成条件である。普通一人で受ける依頼ではない。
「そっか、それはお疲れ。俺もしばらくは水路ですら見たくねえ」
四時間のドブ掃除はソルトにトラウマを植え付けたようである。
クルルシアからねぎらいの言葉がかけられる。
『あ~、あれね。初心者はみんなやらされるんだよね。お疲れ様』
どうやら恒例行事だったらしい。いつかあの受付嬢に一泡吹かすことを心に決めたあとソルトはそのあとのこともクルルシアに話す。
『エイスケさんと会ったんだね。よかったじゃん。あの人結構有名だし強いから知り合ってて損はないよ。珍しい異世界人でもあるしね』
「ん? 異世界人だったのかあの人。確かに聞きなれない名前ではあったな」
異世界人とはこの世界とは別の世界の人間のことだ。
『そうだよ。確かあの人は40年前にこの国に呼び出された人だよ』
「40年前か……なかなか遠い昔だな」
『そうだね、ソルトはもちろん私だって生まれてないからね』
ちなみにクルルシアは19歳である。
「そっか、そんな人と知り合えたのはラッキーだったな」
『そうだよ。このシャルラッハ王国では20年ごとに40人ぐらい召喚されるとしても40年前の異世界人はもうあの人だけだしね』
「え? 最後の一人?」
突然の事実にソルトは驚く。クルルシアはさも当たり前のように続ける。
『ん? 知らなかったの? 今一番の話題なんだけど……って、そっか、来たばっかりのソルトが知らないのも当然か』
「事件か何かか?」
『【勇者殺し】っていわれてるね……興味ある?』
【殺し】という不穏な単語にソルトは興味を持つ。そしてソルトはクルルシアから情報を教えてもらうのであった。
〇〇〇
「おかえりなさいませエイスケさま」
「ああ、ハリス、出迎えご苦労」
王都の中にある豪邸の一つ。その中に主人が帰宅する。ソファに座りグラスを一息に飲み干すがその表情はあまりすぐれない。ハリスと呼ばれた執事服の男が心配そうに尋ねる。
「今日も手掛かりは見つかりませんでしたか……」
「ああ、【勇者殺し】の犯人、いまだに何の情報も上がってはいないようだ」
「エイスケさま、あまり無理はなさらぬようお願いします。友人をなくされたつらさはわかりますがそれであなたが倒れられても困ります」
【勇者殺し】それは勇者としての洗礼を受けたもの、すなわち異世界からの転移者が続々と殺されるという悲惨な事件である。今まで殺されたのは39人、今月だけでも3人。いずれも40年前の転移者である。エイスケはその転移者の最後の一人であった。しかし国が動いてくれる気配はない。なぜなら異世界からの勇者というのは補充が効くことに加えて、勇者を殺す犯人に恐れを抱いているからである。
「わかってはいるんだ! だが、だが私は! あいつらを殺した犯人を許すことができない!」
そう言いながら机をバンと叩く。
「それに私が殺されでもしたらその凶刃は20年前の転移者に向かうかもしれないしさらには来月召喚される次代の転移者かもしれない。それだけは……それだけは防がねばならないんだ!」
「しかし一体何故勇者様が狙われるのでしょうか。国には戦力だけでなく貴重な異世界の知識や道具を伝えてくれる存在、貴族でさえ葬るのではなく手駒にしたい人材ですぞ」
そう、この【勇者殺し】は動機が分からないのだ。転移者というのはそれだけで貴重な存在でありそれを害そうという発想は現地人には出てこない。
「ああ、それについては我が友との話し合いの中でいくつか仮説は出ていた」
「と。言いますと?」
「例えばだが私たち異世界人を配下にできなかった貴族が我々を殺すことで他貴族の勢力を削ぐというもの」
「なるほど……しかしエイスケ様。それはないのでは?」
執事から否定の意見が上がる。しかしエイスケはそれを予想していたのか不機嫌なそぶりは見せない。
「ああ、その通りだ。我々を迎えられなかった貴族に我々を殺すことのできる人材を確保することはできん。確保できるような貴族なら我々を配下にしているであろうからな」
そう言って新しい飲み物をグラスに注ぐ。
「ほかにもいくつか出たが似たようなものがほとんどだった。しかしな、その中の一つに最悪で、しかもありえそうなものがあってな」
「と、いうのは?」
グラスに注いだものを一息に飲み干しながら答えるエイスケ。
「【魔王を復活させようとする勢力が勇者を殺そうとしているのでは?】というものだ」
「え、エイスケ様……魔王を復活させようなど……ま、まさか魔族ですか」
「いや、それはない、この街に入るにはどうしたって門を通るしか無い。しかし、その際に魔族ならば一発でバレる」
「では他に誰が」
「異世界からの転生者、それも魔族、或いは魔王に育てられた者達」
「な! 転生者ですと!」
「それならば動機もはっきりする。なにせ復活の話の前に、そもそも彼らの親であろう魔王を16年前に殺したのは私達異世界からの勇者だ。恨みは十分。そして魔王を殺しその力を封印したのは私たち40年前の転生者全員の【神届物】を使って作りあげた聖剣。魔王を復活させるにはその聖剣作りにかかわったもの全員を殺すしかないのだろう」
そう言って再びグラスに注いだ飲み物を一息に飲む。しかし、その動作がぴたりと止まる、
「どうかなさいましたか?」
ハリスが心配そうに首をかしげる。
エイスケは答える。
「どうやら私のところにも来たようだ」
その次の瞬間エイスケとハリスは屋敷を囲むようにして結界が張られたことを感知する。
「これでは……助けも呼べないわけですな」
ハリスが自身の持つ通信用の魔法を試すが全てはじかれる。
エイスケは室内にいては不利と判断して窓からハリスを抱えて脱出を試みる。
「少し口を閉じていろ!」
「は、はい!」
そしてハリスとエイスケは屋敷の外に出ることに成功する。しかし屋敷から10メートルほど離れた場所に着地した二人が見たものは【Ⅸ】という紋様が浮かぶ結界のみ。普段見える景色はそこにはなかった。
「エイスケ様、あれは?」
「番号鍵箱というものです。私を倒さないかぎり消えることはありません」
謎の模様に質問を口に出すハリス。しかしその返答はエイスケからではなく聞き慣れない女性のものだった。
「何者だ!」
声がした方向は屋敷から5メートルほど離れたところであろうか。影になっていて容姿は見えないが窓から勢いよく飛び出した二人はその真上を飛んでいたらしい。すぐさまエイスケはハリスに離れるよう伝え自分の使い魔【赤獅子】を呼び出す。
「何者、ですか? 先程あなた方で当てていたではありませんか」
嘘かホントか分からないことを言ってくる。しかしエイスケには嘘を言っているようには感じられなかった。
そして同時に声の人物を思い出す。
「この声……まさか、お前達なのか!!」
そして………………………………




