学校とギルド編 ギルド
「く、く、クルルシア? 帰ってきてたのか。いや、それよりも弟というのは……まさか」
「おかえりなさイ。随分と報告に時間がかかりましたネ」
アルヴァとジャックの反応はそれぞれ全くべつの反応である。もちろん慌てたのがジャック、落ち着いているのがアルヴァである。
『うん、久しぶりアルちゃん。ところでどういう状況か教えてもらえる?』
「ええ、構いませン。どうせ後で報告しようと思ってましたカラ」
「ま、まてクルルシア。これは違うんだ! 俺はこの学校のことを思ってだな」
「どうぞ映像データデス」
「や、やめろ!」
映像? とソルトは疑問に思ったが次の光景に唖然とする。
なんとアルヴァが唐突に自分の目を取りだしジャックの抵抗も虚しくクルルシアに手渡したのである。
そのソルトの驚きがクルルシアに伝わったのかアルヴァの目を触りながら彼女が説明してくれる。
『安心していいよ。彼女は人間ではないから』
「人間ではない?」
そう言われてもう一度よく見てみる。しかし外見は全くそんな風には見えず一人の少女そのものだった。
「クルルシアの言うとおりデス。触ってみますカ?」
そう言ってアルヴァは右手を差し出してくる。
「ええ、では」
差し出された右手をソルトは戸惑いながらも右手で握り返す。確かに二人が言うようにその体温は冷たく、また本来柔らかいはずの肌の感触も固く滑らかなものだった。
「お、おい。今のうちに逃げるぞ!!」
「ちょっと! ジャックさん! 置いてかないでくだせい!」
そして、そんな確認をしているうちに状況が悪くなったと判断したのかジャックはその場から取り巻き二人を連れて逃げていったのだった。
『あ、こら! 待ちなさい!』
すぐに追いかけようとするクルルシアであったがその行動にアルヴァが待ったをかける。
「クルルシア、諦めナサイ。この場で我々生徒会が問題を起こすわけにはいきマセン。それに彼らは【逃げ足】も持ッテイマス。簡単には捕まえられませン」
『う、それを言われると確かにここじゃ動けないね……』
「生徒会?」
ソルトはクルルシアに聞くべきことがたくさんできたのだった。
〇〇〇
「クル姉、聞きたいことがたくさんあるんだけど」
『なあに? 何でも聞いてくれていいよ』
入試受付が終わり次の目的地に行く途中、ソルトがクルルシアに尋ねる。
「一つ目だけどアルヴァさんって誰か人が操ってるのか? それとも完全なゴーレムなのか?」
ゴーレムというのはいわゆる自立型の人形のことで製作者、あるいはその持ち主が何も干渉しなくても自分で魔力を補給し動き続けることができる。
一方誰かが操る、すなわち誰かが遠隔操作している場合、人形はあくまで人形のままでそこに意思はない。遠くにいるであろう術者がリアルタイムで操りすべてを握っている。
『本人曰く前者らしいね。製作者は教えてもらってないけど相当な知識を持ってたんだとおもうね。私も自動で動くゴーレムとかはよく遺跡とかで見てきたけどこの時代に作られてあの精度の自我をもって動いてるのを見たのは彼女だけだよ。いやあ。彼女とのコンタクトは大変だった』
「あれって現代人が作ったのかよ……ん? コンタクトが大変?」
『最初は私の【伝達】魔法が通じなかったんだよ。傀儡だけにね。三日もすれば受信できるようにはしてくれたけども』
「どんな技術力だ……」
受信できるように、とクルルシアは軽く言っているがそれはつまりクルルシアの【伝達】魔法を感知しそれをどういう感情でクルルシアが発信したのかを機械によって翻訳するということである。詳しい仕組みまではソルトは知らないが並大抵の技術ではないのは確かだ。
『それに彼女、私と同等以上の戦闘力があるしね』
その言葉にソルトは更に戦慄する。すなわちクルルシアに負けたソルトではアルヴァに勝つのは難しいということだ。しかしそこでクルルシアにソルトはもう一つの疑問をぶつける。
「アルヴァさんが強いのは見てわかってたけど……クル姉、二つ目の質問、そんなにさっきの偉そうなやつ……ジャックさんだっけ。強かったのか? 俺の目から見たらアルヴァさんのほうが強そうだけど」
ソルトが強者の強さを感じ取ったのはアルヴァだったのだ。だからなぜジャックが偉そうにするのかわからなかった。そしてそのアルヴァの強さがクルルシアレベルだということを聞けばなおさらジャックが偉そうな理由がわからなくなった。
『ううん、ソルトがあってるよ。実力だけで行ったらジャックなんてアルちゃんなら指一本で勝てるよ』
「じゃあなんでジャックさんはアルヴァさんには強気で、それでいてクル姉にはあんなおびえてたんだ?」
そう聞くとクルルシアはそういうことか、と納得した顔で説明してくれる。
『一応この学校にはルールがあってね。学生同士の私闘はすべて禁じられてるの』
「でもそれならクル姉も厳しくない? 結局相手に攻撃は与えられないし……」
ソルトはクルルシアなら大丈夫な理由がわからない。確かに幻術系の術は使えるがあまり得意でもなかったはずだ。
『じゃあソルト、想像してみよう。私の【伝達】魔法を最大魔力で頭に流し込まれたらどうなる?』
「それは……なるほど、そいういうことか」
確かにクルルシアの【伝達】魔法ならば相手に傷を負わせず、そして証拠も残さず、相手を限界まで追い込むことができる。クルルシアの言いたいことはそういうことだ。
「えげつねえ……」
『まあ、実際そんなに大出力で放てば周りも被害受けちゃうからしないけどね。それに大丈夫、もっとヤバい子もいるよ。戦闘になったら空気そのものを魔力で固めたりする子もいるし、さっきのアルちゃんなんて一撃一撃が必殺だからね』
「一撃が必殺? それはどういうレベルでなんだ?」
『うーん、とりあえず防御不可かな。まともにガードしたりして受けたらそのガードごとくりぬかれるよ』
「く、くりぬかれるのか……どうしよう。俺学園が怖くなってきたんだけど」
『大丈夫、力ある子は皆、暴力振るうような子じゃないから』
「大丈夫なのか、信用していいのか……ホントに……」
ソルトの不安はもっともであった。
『他にもまだあるかな?』
「ある。さっきアルヴァさんが生徒会って言ってたけど」
『ああ、その話ね。それはまた置いておこう。ジャックに対する報復は後にして取り敢えず身分証明を作らなきゃね』
唐突に話を切りソルトの身分証明の話を始めるクルルシア。
「ちょっと? クル姉? それに報復? 今報復って言ったか!?」
『それは心配しなくてもいいよ。さあ! ギルドへゴー』
クルルシアはソルトの質問を強引に打ち止め冒険者カード作成のためギルドへの歩みを早めていったのであった。
〇〇〇
「お待ちしておりました。クルルシア・パレード・ファミーユ様。お隣の方が本日登録するソルト・ファミーユ様で構いませんね?」
ギルドに到着した二人を出迎えたのは肌の白い受付嬢の制服を着た女性だった。身長は170センチのソルトより少し低いぐらいで、紫の毒々しい色をした髪を腰まで伸ばしている。
『うん、あってるよ。出迎えありがとう。早速で悪いけどソルトのこと後は任せてもいいかな?』
「はい。後のことは、このナターシャ・クアドリリオンにお任せ下さい」
「あれ? また別行動するのか?」
『うん。ごめんね。私、帰ってきたら挨拶するようキツく言われてるんだ。ホントはずっと一緒にいてあげたいんだけどね………でもまあ、そんなわけだから冒険者登録終わったらそこで待っといてね。わたしもそんなに時間はかからないと思うから』
それだけ言うとクルルシアは受付嬢が冒険者の相手をしている受付の向こうの通路に消えていったのであった。
「では、ソルト様、こちらへどうぞ」
事務的で堅い雰囲気のナターシャ。和ますためにソルトは会話を試みる。
「あ、ああ。わかった。ナターシャさん、でいいんだっけ? 知ってるかもしれないけど俺はソルト・ファミーユ。クルルシアの弟だ」
「はい。存じております。自己紹介を忘れていましたね。私はナターシャ・クアドリリオンと申します。全然覚えなくても構いませんので」
逆効果だったかもしれない……と、ソルトは思った。
「そんなキャラを忘れろっていう方が難しそうだけどな……そもそもなんでそんなに警戒してるんだ?」
「そんなことありませんよ。問題児のクルルシアさんの弟だからと言って警戒しているなんてそんなことはありませんよ」
「そっか、そう言う理由なのか……」
理由をはっきり述べられたソルトだった。
「で、俺は今から何をすればいいんだ? 試験とか?」
友好を深めるのは諦めて事務的な話に切り替える。
「いえ、冒険者の登録に試験はありません。ギルドとしての方針は来るもの拒まず去る者追わず、ですので」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、なにするの?」
「こちらに来てください。ギルドの仕組みも含めて説明させて貰います」
そう言って受付の方まで案内される。
そこでナターシャが受付の机の下から取り出したのは水晶玉だった。しかしその大きさは門番の持っていたものよりも小さい。
「あの、それって?」
「見覚えがあるかも知れませんが多分それで合ってます。門番のところにもありますね。しかしまあ、この水晶玉は追跡機能まではついておりません。触った人の魔力を冒険者カードに登録することが出来るだけですので」
「なるほど」
どうやらこれで追跡されることはなくなるらしい、とソルトは安心する。
「また、登録することでギルドの諸機関が使えるようになる他、宿泊費が割引になったりします」
「それはありがたいですね」
割引は素直に嬉しいものである。今はまだ冒険者としてどれだけ稼げるか分からないのでお金が安くなることは大歓迎だ。
「では手をかざしてください」
そういわれて門のところと同じように手をかざし、そして同じように水晶玉はきれいな光を放ったのであった。




