王都到着編 17の盗賊
七人の盗賊を戦闘不能に追い込んだソルト。しかし、さすがに表が静かであることに気づかれたのか、出てくる盗賊はいなくなった。また、それだけではなく、ソルトに対する悪意が増大していることを【悪意探知】の魔法で知る。
他人から「あいつは敵だ」と思われればソルトはその時点で相手を感知することができるのだ。
もちろん有効範囲はあるが。
「おかしいな。見られた気配はないんだが……」
だが、ソルトはなぜ自分の存在がばれたのかわからなかった。
「しかたない、乗り込もう」
時間が経てばそれだけ、相手に猶予を与えることになる。地下を中心に作られたアジトだ。きっと抜け道などいくらでもあるだろう。
そこから逃げられる前に決着をつける、そう考えながらソルトはアジトに乗り込むことを決意する。
〇〇〇
「なんだと! 外にいるのは子供が一人? お前もう少しまじめにしたらどうだ」
薄暗いアジトの中、大き目の椅子に偉そうに座る男が目の前の男を叱責する。しかし叱られた彼はまじめに他のメンバーから受けた報告を伝えただけで、嘘すらも言っていない。
「リーダー! ほんとなんです。ナターシャさんからの情報ですよ」
「なに? ナターシャだと?」
その名前が出ると先程までのような疑いの声は出なくなった。どうやらリーダーの中でナターシャという団員の信頼は高いらしい。
そして、部下の男が次の言葉を発そうとしたときだった。部屋の扉から何かが吹っ飛んでくる。
「な、なんだぁ?!」
部下の男が驚き飛びのく。得体の知れない物体が自分の真横を飛び去っていったのだから当然だ。しかし、彼は飛んできたものを認識したとき再び驚く。
「カ、カーダさん!! どうしてあなたほどのひとが!」
扉を突き破って飛んできたのは、盗賊団の中でも古参の強者だった。斥候などの役には向いていなかったが、他のメンバーが太刀打ちできないような護衛を何人も殺してきた男である。
しかし、リーダーの男はまだ落ち着いていた。
「ほう、カーダもやれる相手か、久しぶりに楽しめそうじゃねえか」
そういいながら舌なめずりをし、男はカーダが飛ばされてきた方向を見る。その方向からはまだ戦う盗賊団のメンバーの怒声と悲鳴、そして何かヒュンヒュンという風を切る音だけが聞こえる。
そして、数分もしないうちに怒声も悲鳴も消え失せ、一人分の足音だけがドアの向こうから響き、扉から入ってくる。
そのタイミングで部下の男が扉を開けた人物に弓矢を放つ。
決められた合図をおくるのがこの最奥の部屋に入る時の条件となっており、それがなかったために敵と判断したのだった、
しかし、現れた人物はその弓矢が来ることが分かっていたのか、全く動揺せず、躱すどころかその矢をつかみ取る。
「悪いな。悪意はわかるんだよ」
そういうや、矢をその部下の男に投げ返す。素手で投げられた矢だが魔法で加速させられているのか、簡単に男の膝に突き刺さる。
そして部下の男が痛みに崩れ落ちるのにお構いなくその人物、ソルトは盗賊の頭に向かい合う。
「お前がここの頭でいいのかよ?」
〇〇〇
もともとこの頭の男は強い。盗賊団の中でも格段に強い。
もちろん剣聖などと呼ばれる人物などとは比べるまでもない。だが、元は上級冒険者であり、誰が討伐者としてきてもそれなりに戦えるつもりであった。
だがソルトの【悪意を感じ取れる】という言葉に心当たりがある頭領は動揺を隠せない。
「あ、ああ、俺がここの頭領で間違いない。そういうお前は冒険者か?」
その動揺を隠そうとしながら男はソルトの問いに応じる。
しかしその言葉を聞いた瞬間にソルトは男に向かって突撃していった。
自身の持つ両手剣で鞘ごと殴りかかる。
ガキン、と刀を刀で受け止める音が響く。
「おいおい、いきなり危ねえやつだな。最近の冒険者は挨拶もないのか」
男は自身の腰に差してあった小刀で受け止めて見せたのだ。この程度でやられるならばとっくにこの盗賊団は消滅している。
初撃を防がれたソルトはとっさに後退する。ここが相手にとって庭であり、罠が多数仕掛けられているかもしれないと考えると、つばぜり合いであっても一か所にとどまるのは危険と考えての行動だ。
そして男と距離を取りながらようやくソルトは口を開く。
「悪いがおれはまだ冒険者じゃない。そこら辺の少年とでも思っておいてくれ」
「へっ、そこら辺の少年が盗賊団を何人も倒せるかよ」
そういいながら男は壁に掛けてある自身の獲物である片刃剣(奪ったものだが)を手に取りソルトに向き直す。
男の知っている知識が当たっているなら速攻で倒さねばならないからだ。
「おれは嬉しいんだぜ。お前みたいに強い奴と会えてよ」
「嬉しいならそのお礼に捕まってくれねえかな」
ソルトは師匠バミルに習ったな歩法で常に動き回りつつ相手に武器を向け牽制をかける。
「悪いがそれはできねえ。なにせこっちの依頼も失敗したらまずいんでな」
「依頼?」
依頼、というワードにソルトは反応する。
「おっと、口が滑っちまったか。まあ構わねえ。どうせお前はここで死ぬんだからな」
そういうや男は持っている武器を構える。
「いくぜ」
そういった瞬間男の姿がぶれる。そして次の瞬間、男の気配は後ろに移動し、ソルトの首筋にその凶刃が迫る。
「くっ?!」
苦悶の声を発するソルト。そして何とかギリギリのところで自身の刀で受け止めることに成功する。
だが、男は追撃をせずに再び距離を取る。
「こりゃ驚いた。これを防ぐのか」
「こっちこそ驚いたよ。その武器【魔法武具】か」
【魔法武具】というのはその名の通り魔術が発動できるように作られた武器のことである。
あらかじめ刻まれた魔法陣に従って誰にでも発動できるという利点があるほか不意打ちにも使える。
もちろんその代わりに値段が高いことや決まった魔法しか放てないなどの問題点もある。値段に関しては盗んだ盗賊には関係のない話であるが。
そして再びお互いが距離をとったとき盗賊が「くっくっく」と笑い声をあげる。
「何がおかしい」
武器を構えながらソルトが問う。
「いやあ、知ってるぜ。悪意を感じ取る魔法。それって【勇者】の称号だろ」
「知ってたか。それで? それがどうかしたか」
「なあに、ひと昔前にも勇者がいてな、俺みたいな悪党の技や攻撃は全部躱されちまうことを学んだことを思い出してな」
だが、と男は言葉を切る。そして勝ち誇った顔で言い放つ。
「どうやら人間以外の悪意にはまったく反応しないみたいなんだよな」
その瞬間首筋のチクりとした痛みとともにソルトの全身を虚脱感が襲う。ソルトの体がふらつき、ついには片膝をつく。
「な、んだ。これ。毒?」
ソルトは正解を言い当てる。
先ほど接近した際につけられたのか、はたまた天井から降ってきたのか、どうやらクモにかまれたらしい。
「そうさ。そいつの名前はナターシャだ! なんか俺たちの言うことをすんなり聞いてくれる魔物でな。索敵とかも全部任せられるんだ。ナターシャ! もう一刺しだ!」
その声とともにソルトの首筋にかさかさと感触が伝わる。そして次の瞬間、
ベチン!
そんな音とともにクモ改め魔物の盗賊団員ナターシャはこの世から消えた。
「な……え……? な、な、なんで動けるんだ、お前!」
先ほどとは打って変わって狼狽する盗賊。ソルトはクモをたたいた手をパンパンと汚れを落としながら滑らかな動作で立ち上がる。そこにクモの毒による影響は見られない。
「残念だけど勉強不足だな。その勇者には効いたかもしれないが、俺には効かねえぞ」
「なん、だと」
「多分、持ってる魔法は勇者によって違うぞ。俺の場合は【毒無効】があってな。この程度なら全く問題ない。そう、セタリアの料理と比べたら……」
そういいながらソルトは自分の両手剣を構え男に近づいていく。一瞬義妹の料理のことが頭に浮かんだがそれを無視して男に近づく。男は恐怖からかそれとも自身のとっておきが不発に終わったことの動揺か、じりじりと後退る。
「な、なんだそれ、ほんとに同じ人間なのかよ」
「残念ながら人間だ」
そういってソルトは一気に武器を振り下ろした。鞘ありの峰打ちで。




