王都到着編 旅立ち
『ソルト~、置いてくよ?』
「待ってくれよ。クル姉が速すぎるんだよ」
ソルトがけがの治療を終えてから一刻後、二人は再び決闘の際に着ていた服に身を包み、森の険しい道を進む。
場所は孤児院を出たところにある森、その獣道。ソルトは二人分の荷物を背中に抱え、クルルシアの後をついていく。なお、彼女は手ぶらだ。
「なあ、そろそろクル姉も荷物なんか持ってくれねえか? そろそろ重いっていうか傷が痛むんだけど」
『情けないな~。もっと頑張らないと強くなれないよ?』
そるとの苦言を聞き流し、当然のことのように思いを伝えるクルルシア。確かに『普通の二人分の荷物』を持っているだけでソルトが弱音を吐くならば、それはソルトの鍛錬が足りないという話で終わる。
もちろん、そんなことはない。たとえ、一週間分の旅程の荷物を二人分だったとしてもソルトがくたばることはない。
問題は孤児院の立地にあった。
「いやいや、だからって魔物がゴロゴロ出てくるところに二人分も持たすか?!」
『訓練だと思えば苦じゃないでしょ?』
そう、ソルトは上級、特級と呼ばれる強さの魔物と、二人分の荷物という重りを持ったうえで、ひたすら戦っていたのだ。
なんでも過去に孤児院が狙われたことがあるらしく、それ以来場所を転々としてきた結果、今の場所に辿り着いたそうだ。周り一面を森に囲まれ、自然の砦のようになっている。
ちなみにソルトがクルルシアに拾われたのは森の外だ。
「だからってこんなのむちゃくちゃだろ!」
文句を言うソルト。
「ぐおおあああああああああああ」
だが、その声に反応するかのように遠くから聞こえるのは雄たけび。瞬く間にその音源は彼らに近づき、その姿を現す。
声の主はオーガ。全身がマグマのように赤く、その目は血走り、獲物を食そうと躍起になっている。
この森では上級に分類されるオーガですら空腹に陥っているのである。ちなみに先日ソルトが倒したハイオーガは特級に分類されている。
『そうそう、私と会話するのはいいけど周りの魔物に聞こえるのはソルトの声だけだからあんまりはしゃがないほうがいいよ』
「もう遅いだろ!!」
襲ってくるオーガの攻拳をを両手剣で受け流しつつクルルシアとの会話もしっかりする。オーガの攻撃は一撃一撃が重く、並みの冒険者では一度受けるだけでも難しいのだがソルトは平然とやってのける。先日のハイオーガに比べれば華麗取って何の苦でもない。
そして攻撃が通じずに焦りだしたオーガの大振りになる。その攻撃の隙間を縫うようにして、ソルトはオーガの首を一閃するのであった。
『おみごと。話しながらでもあそこまで細かい芸ができるなんてやっぱり凄いね』
「クル姉も少しは手伝え!」
戦闘が終了し汗や返り血を水の魔法で洗い落としながらソルトはクルルシアのもとに向かう。
すでに戦闘を繰り返すこと数回。だが、いずれの戦闘もクルルシアが手を出すことはない。常にソルトの戦闘が終わるまで、木の上に避難し、首に巻いた黄色のスカーフをいじっていた。
『いやいやこれはソルトのためにやってることだよ? 良い訓練になるでしょ? それに試験の時私に負けたんだからその罰とでも思いなさい』
「ぐうう」
試験で負けたときのことを思い出し、なかなか言い返せないソルト。
しかしクルルシアの追撃が続く。
『それと、ここの森のオーガって仲間意識強いから気を付けてね』
「え? それってどういう意味?」
『そのままだよ』
直後、ソルトの耳が重厚な雄たけびを複数聞き取る。それは遠くから猛進してくるオーガたちのものであった。どのオーガも仲間を殺され、怒り狂っており、まっすぐに仇であるソルトを目指している。どうやら先ほどのオーガはエサを見つけ、群れから飛び出たはぐれ者らしかった。
「やってやるよ! かかってこい!」
群れを成して襲い掛かってくるオーガに対し、半ばやけくそになりながらも、ソルトも大声を張り上げる。
〇〇〇
出会った魔物を片っ端から戦闘不能にしつつ、ソルトはクルルシアの荷物も持って順調に森の外へと向かっていた。
そして一週間後、あるものを見つける。
「あれは……煙か? ということは家か!?」
煙、人が生活するのに欠かせない、火を焚けば必ずといっていいほど現れるもの。それはソルトに近くに人が住む地域があることを教えてくれる。
彼らは孤児院の建つ森をようやく抜けたのだった。
『うん、一週間お疲れ様。あの村に入ったら休んでもいいよ』
クルルシアも声をかけてくれる。どうやら村か町があるのは確定らしい。
一週間、義姉の言うままに目的地がわからないまま進んできた(なぜか地図は見せてもらえなかった)ソルトにとって朗報以外の何物でもない。
しかしそのときだった。
(助けて! 誰か!)
『?!』
「?!」
突如聞こえてきた声にソルトとクルルシアが反応する。
「クル姉、今の!」
『うん、行くよ』
二人が聞いたのは実際に空気を媒介にして聞こえた声ではない。
クルルシアは【伝達】魔法によって周囲の心の声に反応したのであり、またソルトも自身が【助けを求める声が聞こえる】という効果を持つ魔法をもっていたからこそ聞こえた声だ。
方向は森から村に向かう向きからみて三時の方向。今もまだ助けを求める声が聞こえる。
体に身体強化の魔法をかけ現場と思われる場所へ彼らは急行する。
「クル姉! 距離は?」
『もうすぐ!!』
その返事を聞きソルトはさらに足を速める。声の主は一刻を争うようですでに声は悲鳴となって聞こえる。
「待ってろよ! 今行くからな!」
〇〇〇
そしてクルルシアの想定よりも早く着いたソルトの目に映ったのは、今にも棍棒を振り下ろそうとしているオーク五匹と彼らに囲まれた一人の少女であった。
「っ! 間に合え!」
ソルトは剣を抜き、全身に身体強化の魔法を施す。そして走ってきた勢いのまま、振り下ろされる棍棒に向けて、全力で突きを放つ。
それは無事に、オークのこん棒が少女の頭をたたき割ることを阻止。ぎりぎりだったが少女の命を救うことに成功する。
驚いたのはオークたちだ。しかしその混乱はすぐに収まる。なぜなら彼らは経験則で人一人くらいなら苦ではないことを知っていたのだ。再び武器を構えて少女とソルトを狙う。
魔物としてオークは強い。灰色の、人と同じくらいの背丈でありながら、オーガほどでなくても人を軽々と上回る頑強な四肢を持つ。
一方ソルトは少女のほうを一瞥する。突然のソルトの登場に驚いている彼女の年齢は恐らくソルトと同じか少し年下であろう。見る限り武器のようなものは持っておらず、先ほどまでの心の悲鳴を考えると一般人。とても戦闘に参加できるとは思えなかった。
ならば、とソルトは決断する。
「君、そこから動かないでね。ちょっと危ないから」
「えっ?」
少女があげるのは戸惑いの声。何しろ自分の命が終わると思っていたら、突然見知らぬ少年が助けてくれたのだ。
しかし、少女の不安は拭われない。何故ならソルトの装備は少女の目にはオークとの戦闘を行えるようには見えなかったからだ。彼が持つのは両手剣一本のみであり、しっかりとした鎧も着ていない。
四匹のオークが統率された動きでソルトの注意を分散しようとする。
そして少女のほうにも一匹のオークが近づいて武器を振り下ろす。
へたり込んでいる彼女にそれを躱す余裕はない。このままでは為すすべなく頭を割られて終わりだろう。
だから少女は次の光景に驚いた。
「風よ、輪刃となって敵を切り裂け【転風】」
ソルトのたった一つの魔法とともに、彼からの距離に関係なく五匹のオークが地に倒れたその光景に。
〇〇〇
「さ、先ほどは助けていただきありがとうございました」
「いやいや、君が無事でよかったよ」
場所は先ほどのオークとの戦闘があった場所から村に続く道程。助けられ、今なお傷の手当てをしてもらっている少女がソルトに礼を言う。
ちなみに戦闘はソルトが使ったのは【転風】という風の魔法。自身を中心に円状のかまいたちを発生させる魔法で終わった。
少女はへたり込んでいたからこそ当たらない位置にいた。だがオークの身長だとちょうど首の位置に魔法が掛かったのであった。もちろん狙ってのことだが。
『お、無事に終わったようで何より』
そしてソルトが少女の介抱をしているとクルルシアが木の向こう側から現れる。
「クル姉遅かったな。何かあったのか?」
すでに戦闘が終わり数分ほどの時間が流れている。ソルトは傷ついた少女の怪我の具合を確かめていたが、その間クルルシアは現れなかったのだ。
クルルシアがすぐに着くといっていたこともありソルトが多少急いだとはいえ、なぜ遅れたのか疑問に思う。
『ちょっとね。オーク五体程度ソルトの負担にはならないと思ったし、ほっとけないこともあったから』
「ほっとけないこと?」
気になる単語があって反応するソルト。助けられた少女も自分の森の近くで起こったことだからと興味を示す。
クルルシアが続ける。
『いやいやそんな大事じゃないよ。近くにオークの巣ができてたから潰してきただけだよ』
「オークの巣?!」
「こんな人里近くにか?」
通常オークの巣ができているというのはそれだけで国が動かなくてはならない案件だ。何しろオークは中級と呼ばれる強さに相当し、一匹一匹が一人前と呼ばれる冒険者と同じくらい強いのだ。巣ともなればそれが百を超える。安全を考えると千人単位の冒険者たちが必要なのだ。
〇〇〇
「あれ? オークいないわね……」
キョロキョロとあたりを見渡す少女。しかし、その場所は辺り一面焼け野原となっており、蟻一匹いない。
黒く長い三つ編みが二房。風に誘われるようにして舞う。
「仕方ないわね。戦果なしになっちゃうけどプラスに働いたならいいでしょう」
服装は黒いドレス。そして自身を模したような人形を腰にぶら下げている。年齢も明らかにソルトたちよりも年下だ。だが、そこに幼さは感じられない。
「さて、次の仕事は……盗賊に捕まるのか……」
がっくりと肩を落としながらテクテクとその場を去る少女。その方向はくしくもソルトたちと同じ王都方向であった。
〇〇〇
同時刻。とある部屋。
その部屋は一言で言えば豪華であった。中に座る人物も派手な指輪やネックレスをつけている。
そして、その中でもとりわけ豪華な服を着た人物は優雅に、部下に入れさせたであろう紅茶に手を伸ばし、その甘さに歓喜する。
しかし、そんな彼の休暇を邪魔するものがあった。
扉から部下である男が突然入ってきて、その人物にある結果を報告する。
「報告します。レバル村を襲うはずのオークの群れが何者かにより殲滅されました」
その報告に部屋で繕いでいた男も驚きの声を上げる。
「なに? よりにもよってレバル村だと!? あの村に差し向けたオーク共は送り込んだ魔物のなかでも上位に入ったはず。一体だれにやられたというのだ」
「詳しいことはまだ分かっておりません。伝令用の視覚共有の魔術を施したオークが真っ先に狙われたらしく……」
「ふむ、それならば別の手を考えねばな」
しかしそのタイミングで別の男が部屋に飛び込んでくる。
「ほ、報告します! アノン村、ルミバ村、セーヤ村を襲うはずだった魔物が何者かに襲撃されました!」
その言葉に豪華な男は怒りをあらわにする。
「なに! では今回の『災厄』はすべて潰されたのか! 十件だぞ、その全てが偶然などあり得るか!」
そう言うやいなやその男は立ち上がる。いらだちが隠しきれず部屋の中を行ったり来たりする。
そしてたっぷり数分は部屋を徘徊した後、絞り出すような声で言うのだった。
「勇者召喚を待つか……」
その男の胸には太陽と月、そして数多の武器の絵が刺繍されていた。




